マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
わたしたちはモードレッド卿の提案通り、ジキル氏のアパルトメントに帰還した。
「立て続けに走り回らせてすまない。みんな、ありがとう。お疲れ様。しばらくは休息に専念してくれ」
「それがそうもいかなくなった。ジキル。ヘルタースケルターが
――帰途でわたしたちはヘルタースケルターに遭遇した。
襲ってきたヘルタースケルターは一機ではなく複数。連戦だった。ヘルタースケルターは量産が効かないと思って動いていただけに、ちょっとしたショックを受けた。
わたしたちの報告を聞いてジキル氏も険しい顔をした。
「おそらくは魔霧計画の主導者の一人、『P』ことパラケルススを斃したためだろう。敵は君たちを脅威であると認識し、魔霧から現界した英霊を確実に手にすべく戦力を増強した。そう考えるべきだろうね。でも、そこまでして彼らが求める英霊とは一体……」
「知らん。考えるのはお前の仕事だ」
モードレッド卿は甲冑を消してインナー姿になるなり、一人掛けのソファーに体をどかっと投げ出した。まさに投げやり。…………こほん、失礼しました。
「……そーだ。考えるっていやあ、それしか能の無い穀潰しが二人に増えたんだっけか」
モードレッド卿、そうやってソファーに丸まって足だけパタパタさせていると、まるで猫のようですよ。
「呼んだか?」
「お呼びですかな!?」
「……オレとしたことが手前でアークを開けちまった。盾公、パスだ」
「レシーブします。ドクター・ロマンへ」
《人生でこれほど無茶振りなレシーブは初めてだなあ。しかもこれ、ルールに則るならパス返し許されないよなあ。――いいとも。見事アタックを決めてみせよう。そこな物書きキャスター二名。モードレッドの言ったアークだが、ウチのマシュはつい先だっての特異点でまさにアークの実物を拝んできたばかりだ》
ちょ!? それはアタックではなくデッドボールでは!? しかも味方へ!
ああ、アンデルセン先生が無言で紅茶とスコーンを持ち出されて、完全に取材態勢ですっ。もうわたし、先生が満足するまでネタを吐くしかなくなってしまいました!
《リカ君はこっち。一晩中、外にいたからね。魔霧の影響がないかバイタルチェックしようね~》
「は、はいです、ドクター……先輩。あたし、ちょっと外し、ます」
「フォウ、フォーウ」
最後の砦をも奪われた~~!
――徹夜で歩き回って戦ったのに、拠点に帰ってからは、憧れの作家先生が拝聴する前で高名な劇作家さんからの質問攻めに遭い、休憩は取れず、一睡もできず。デミ・サーヴァントなので健康に害はないのが唯一の救いだ。
……いや、唯一、ではないか。少なくとも、わたしが話している間、リカは眠れた。
あの子は生身の人間だから、睡眠は欠かせない。ドクターの行為は、リカの体調を慮ってのことだった。
さて。わたしたちが外を哨戒中、居残りのアンデルセンさんは、ある考察をしていたという。
曰く、“聖杯戦争”という魔術儀式に引っかかるものがある、とか。
しかし、資料が足りないため判断がつかず、思考実験は行き詰まっている。
行き詰まっているというなら、わたしたち実働部隊も変わらない有様だ。ヘルタースケルターが大量発生した現状、外での長時間活動と戦闘はいたずらに魔力をすり減らすだけだ。幸い、敵が注力しているのは魔霧の発生だけで、建物を破壊して回ったりはしていない。正直に言って、手詰まりだ。
「では、こういうのはどうだ。ヘルタースケルターの大量発生中ではあるが、俺の考察を裏付けるための資料を集めるというのは。要はお使いだな。体力のあるお前たちには持って来いの仕事じゃないか?」
《あれだけ大量のヘルタースケルターの間を縫って移動するのは大変そうだけど……》
アパルトメントに籠城しても事態は好転しない。目下の事態への対応ではないが、できることがあるならやるほうが建設的だ。うっかりひょっこり、現状への対策のヒントくらい出てくるかもしれないし。
「行き先は―――魔術協会、『時計塔』かな」
《あ!! っと、ええと、そう! 魔術協会が健在なら、当然、ジキル氏が連絡を取り合ってると思ってたんだけど》
「話す必要がなかったからね」
「リージェントパークからウェストミンスターにかけての地下にあるとかいうのか。オレが現界して、ジキルと会ってすぐに始めたのがそこの現場確認だ」
――モードレッド卿とジキル氏は、大英博物館にある魔術協会への入口へ赴いたが、入口が瓦礫で塞がるほどに、大英博物館は完膚なきまでに破壊されていたという。今にして思えば、魔霧計画の首謀者たちが反抗の芽を潰したのかもしれない。
しかし。瓦礫であれ廃墟であれ、資料は魔術師たちが強固な守りを施しているはずだから、大英博物館へ行ってみるという方針は変わらなかった。
魔術協会の魔術師たち……せめて協会内に籠城して魔霧の被害を逃れた人が、一人でもいればいいのだけど。
「ゥ……ゥ?」
「ごめんなさい、フランさん。
「ゥ、ゥ」
フランさんはこくこくと頷いた。
「セイバー。よくよく俺たち、ひ弱なキャスターを守るように」
「そういうのはそこの盾公に言っとけ」
「え? ええと……」
「よし、僕も行くからね! 出発だ!」
――あれ?
今一人、名乗りを挙げてはいけない人物が混じっていたような……ってジキルさん!?
「何いきなりトンデモ抜かしてやがるテメエ!?」
「魔術協会跡地の探索だよ? 碩学たる者、知的好奇心が疼かないわけないじゃないか」
「おーまーえーなー! そもそも生身の人間のお前は、魔霧が充満してる外には出られねえだろうが!」
「それがそうでもないんだな、これが。ね、リカ?」
どうしてジキル氏はここでリカの名を挙げるのか。
たくさんの人とサーヴァントに注目されたリカはというと、フランさんとお話し中だった。
リカ自身は注目されるのが何故か分からないようで、首を傾げている。
「リカが魔本を用いて、防護魔術をかけた外套を貸してくれるそうだ。その外套を着ていれば、短時間だが僕でも魔霧の中で動き回れるようになる。これまでセイバーには外を散々駆けずり回ってもらったんだ。これくらいの手伝いで帳尻が合うとは思わないけれど、手伝えることがあるならやらせてほしいんだ。だめかな?」
「あー、もう! 分かった。オレはもう一切口出ししねえ。仮に魔霧に当てられてぶっ倒れても拾ってやらねえからな! そこら辺は弁えて付いて来いよ」
「もちろんさ。それに、僕だっていざという時には役に立つさ。“奥の手”もあるからね。それに、きっと君たちが守ってくれるだろう? 頼りにしているよ、セイバー」
モードレッド卿が顔を赤くした。照れていらっしゃるようだ。まあ、確かにそういう方面には疎いからなあ、彼女。