マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
わたしたちは、ジキル氏に指定された、情報提供者がいるという古本屋に着いた。
わたしが盾を構えて先頭、次にリカとフォウさん、
やっぱり客は誰もいなかったけれど、カウンターまで行って一人の人間を見つけた。
子供だった。毛色といい服装といい、全体的に青い。
「ようやくか。待ちくたびれたぞ。おかげで読みたくもない小説を1シリーズ20冊近く読み潰すハメになった」
それと、外見に似合わず声が渋い。変声期?
「お前たちがジキル氏の言っていた救援だな。ではさっそくこちらの状況を伝えよう。まず、この古書店の老主人は、すでに魔本に襲われた」
え――えええ!?
「ソーホーエリアの半数近くが同じ状況だ。醒めない眠りへと落ち、今も仲良く夢の中というわけさ」
《いま魔本がどこにいるか分かるかい? それと、キミは何故襲われなかったんだ?》
「あん? 馬鹿かお前は。声だけでなく頭まで花畑か? そんなもの、逃げたからに決まっているだろう」
《え、あ、ご、ごめん。そうだね、それはそうだよね…………すみません》
ドクター・ロマンに合掌。この年頃の子供は直截に物を言うことが多いものだから。
「魔本がどこにいるか、だったな。ここだ」
……はい?
「奴はこの古書店二階住居、つまりまだこの上にいる」
屋内戦闘は危険だ。リカはもちろん、少年にも危害が及んでしまう。魔本をせめて外へ誘導しなくちゃ。
そういうことで、わたしたちは足音を忍ばせて2階へ上がって、書斎に突入した。
――本当に、巨人サイズのハードカバー製本がぷかぷか浮かんでいたから面食らったけど、すぐに立て直した。
わたしが盾で体当たりして、窓から魔本を路地へと弾き落とした。
落ちゆく魔本を追って、モードレッド卿が窓から大通りに飛び降りて、魔本と斬り結び始めた。
わたしも大通りへ跳び下りて加勢した。
モードレッド卿は王剣で目いっぱい魔本に斬りつけたし、わたしも渾身の力で魔本を盾で殴った。なのに――効いて、ない!?
「くそ、当たってるはずなのに! 何だよこの本!」
「わたしにも不明です。確かに攻撃は命中しているのに、倒れません!」
《幻覚のたぐいではないね? 確かにキミたちの攻撃は届いていると》
魔本からステータス異常を発生させる攻撃もスキルも受けていない。なのに――どうして!
「先輩!」
リカ!? 古本屋から飛び出して……だめよ! ここは危ない!
「せ、先輩、あ、あの、今っ。いえ、さっきから、ずっと」
「ごめんリカ、またあとで聞いてあげるから!」
「待て、盾公。――おいリカ! 言いたいことがあるならまず言え! 言葉を呑み込むのは口を利いてからにしろ!」
「ぅ……さっき、魔本から! 女の子の悲鳴が聞こえました!」
女の子の悲鳴が魔本から……、……悲鳴!? 本から!?
「その子、痛がってます! 魔本は、ただのオバケじゃありません!」
「よし。お前も、やればできるじゃねえか。――攻撃が通らねえのは、その悲鳴とやらと関係してんのか? 魔本! テメエも声が出るならリカみてえに何か言え!」
魔本は語らない。人語を発しない。うん、そうよね、本なんだからこれが正しい。
「馬鹿者。本から声が出るものか。本が語るのは文字だけだ。そこのお嬢さんは、たまたまそれを少女の悲鳴に錯覚したに過ぎん。……錯覚でないなら、まあ、骨董屋か鑑定士でもやってみろ。当たるぞ」
「さっきの子……! あ、危ないよっ。お店の中にいなきゃ」
リカが少年の肩に手を置いて――目を瞠った。
「サーヴァント?」
「ご明察。俺もあいつらと同じ英霊だ。というか、このタイミングで悠々と稀覯本を読み漁っている子供がマトモだとでも思ったか?」
「ぁぅ……そ、そうですよね。その、すみませんでした……」
リカ。そこ、絶対謝らなくてもいい場面だと、先輩思うの。
「テメエ何様だ! いちいち言い方が癇に障るんだよ!」
「俺か? 俺はアンデルセン。ハンス・クリスチャン・アンデルセンだ。クラスはキャスター。詳しく知りたいのなら俺の本を一冊でも読め」
え――ええええええええ!?!? あ、アンデルセンって今言った? アンデルセンって! 世界三大童話作家の一角だ。
童話は好きだけど、わたしの特に好きな『人魚姫』、その作者。こんな嬉しいサプライズに出会えるなんて!
《架空とされた小説の登場人物たちの次は作家本人か! そして敵は本と来た! よぅし、今回もまた訳の分からない状況になってきたな! それで、Mr.アンデルセンはサーヴァントとしてすごいのかな!?》
「はあ? 俺は作家だ。クソ弱いに決まってるだろう」
え、でも、フランスで会った音楽家のサーヴァントはものすっごい実戦派でしたが。
「そこで肉体労働に適したサーヴァントが来るのを待っていたというわけさ。さあ戦うがいい、セイバー、盾のお嬢さん。その一部始終、零さずメモにとってやろう!」
「ンー、キュウ! キャーウ!」
「よし黙れ、頼む黙れ! 魔本より先にテメエに斬りかかっちまいそうだ!」
モードレッド卿のイライラ、分かります。わたしだって、これが憧れのアンデルセン先生だと思うと胸がチクチクしますもん。
「え、えっと、あ、アンデルセンさんは、魔本がどんなオバケなのか知ってるってこと、ですか? 自分で戦わなかったってことは、敵の性質が分かってて、勝てないって判断できる材料があったから、なんですよね?」
「マスターのほうは読み手の資質アリだな。では答え合わせも兼ねてレクチャーしてやろう。あれは本ではない。存在そのものが固有結界だ。無敵に等しい耐久性はそのためだ」
モードレッド卿が王剣で再び魔本に斬りつけた。しかしやはり、魔本には傷一つない。
「結論を言え、結論を!」
「結論というか見たまんまの問題だよ。こいつは、はぐれだ。マスターがいない。だからこそ、こいつはソーホーの人々を襲った。眠りに落として夢を見させた。要はマスター探しさ。夢の顕現として、こいつは疑似サーヴァントとしての実体を得ようとしている」
《そうか! この魔本の姿は、まだ実体ではないのか!》
「ご名答! こいつはサーヴァントですらない、サーヴァントになりたがっている魔力の塊だ。放っておけばいずれ実体化するだろう。代わりに、ソーホー市民全てが眠りの中へ落ちる。眠ったまま衰弱死する人間もいるかもしれない」
「――マスターが見つかれば止まるんですか?」
リカの声は努めて感情を乗せまいとしたものに聞こえた。
マスターが見つかれば。確かに、アンデルセンさんの言い方だとそうなる。誰かが、魔本のマスターになりさえすれば。
「リカ、あなた、まさか……」
「っ、何でもありません! 聞いてみただけですから! 何も変なこと考えてないですから……っ」
「痴話喧嘩はそこそこにしろ。そろそろあのセイバー単騎では厳しくなってきたぞ。まあ、そうだろうな。魔本はノーダメージだが、セイバーは消耗する。そら、どうするんだ、ご両名!?」
「「う……」」
わたしは困り果ててリカと顔を見合わせた。
リカはためらっている。わたしの顔色を窺っている。
わたしがゴーサインを出せば、リカはすぐにでも魔本と契約するに違いない。
「先輩……」
……ずるい。そんな潤んだ目と声で言われたら、NOなんて言えないよ。
「リカ、お願い」
「! はい!」
話はまとまった。
アンデルセンさんがリカに、魔本を鎮静化する方法を教えた。
リカはそれに硬く頷いて、魔本へと歩き出した。
触れるか触れないかの至近距離へ至ったリカは、令呪のあるほうの手を、魔本に差し出した。
「あなたに名前をつけてあげる。あなたの
魔本が光った。
光の中で魔本は普通サイズのハードカバー本へと形状を変えて、リカの手に納まった。
「あれで魔本はリカのサーヴァントになったのですか?」
「結果的にはな。あとはまあ、あの娘の魔術触媒として、高速詠唱の助けくらいにはなるだろうさ」
触媒になる? ならキャスタークラスであるアンデルセンさんご自身がマスターとなって、魔本を鎮静化することもできたのでは?
「俺がアレを『呼んだ』らヒト型で実体化しかねなかったんだ。言っとくが殴り合いなら弱いぞ俺は。お前たちという肉体労働者が来るまで、息を潜めて読書しているしかなかったと言っただろう。とにかくこれで一件落着だ」
一件落着……してません。少なくともわたしの中では。
「何だ? 文句があるのか、盾のお嬢さん?」
「――――」
「盾公。この手の人種には手ぇ出したほうが負けだぞ」
「はっ!? は、はい、いえ、分かっています! 分かっていますとも! 作品と作者のパーソナリティは別物、ですよね!」
「あ、いや、そこまで言っちゃいねえんだが……いいのか?」
どことなくアンデルセンさんの表情が鬱蒼としている。
は! わ、わたしってばあのアンデルセン大先生を前に何てことをー!!
《あー……ウチのマシュが失礼を言ってすまないんだけど、君にも協力を仰ぎたい。サーヴァントの仲間が増えるのは心強い》
「ぜひ同行しよう。協力する気なんぞ全くなかったが、先ほどの発言で気が変わった」
はは、やっぱりわたしの失言のせいですよね。3分前のわたしの頭にチョップしたいです。はは、あはははは……ぐすん。