マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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 よし! 念願のロンドン編だ!


発覚-奮い断つ決意の盾-
ロンドン1


 今朝も目を覚ませば、可愛い後輩の寝顔が目の前にある。

 

 翌日にグランドオーダーを控えていなくても、わたしとリカが同衾するのは日常茶飯事になりつつある。これでわたしかリカのどちらかが男なら問題なのだろうけど、幸いわたしたちは女同士だ。

 

 静かに起き上がって、リカの顔にかかった髪をどけた。

 あどけない寝顔が、綿菓子をほどくように、覚醒へと向かう。

 

「おはよーございます、先輩……」

「おはよう、リカ」

 

 顔を、角度も高さも同じにして、ふたり、笑い合う。

 

「お先にお湯頂いていい?」

「先輩ならどうぞどうぞ。あたしは今日持ってく荷物、チェックしてますね」

 

 二人してベッドを下りた。

 

 わたしは着替えとバスタオルを持って簡易シャワー室へ。

 リカはネグリジェのまま、ハンガーから、真新しい制服礼装を取った。

 

 

 

 

 

 今朝の食堂の朝食は、英国式フル・ブレックファーストだった。――ベーコンエッグに、塩ソテーしたトマトのスライス。マーマレードが添えられたトーストとスコーン。

 食後には、本格的な紅茶一式を給仕された。食堂スタッフが恭しく、香り立つ一杯を淹れて、わたしとリカの前に置いてくれた。そして、「今回も頑張ってください」という激励をくれた。

 

 朝からおなかに幸せ気分を詰め込んで、わたしはリカと手を繋いで、中央管制室に入った。

 

 管制室で一番に出迎えてくれるのは、やはり、我らがDr.ロマンことロマニ・アーキマン。

 

「おはよう、諸君。いいタイミングだ。ちょうど準備も整った」

 

 まずは前回得た情報の解析結果から、ブリーフィングは始まった。

 

 ――七十二柱の魔神を操るソロモン王。この解析をしたドクターははっきり答えた。ソロモン王の時代、紀元前10世紀頃に特異点は発生していない。つまり――ソロモン王と彼らは無関係。

 

「もっとも、ソロモン王がサーヴァントとして誰かに使役されていた場合は別だけどね」

「ダ・ヴィンチちゃんっ。お、おはよーございます!」

「おはようございます」

「ん、おはよう。気持ちのいい挨拶だよ、二人とも」

 

 ダ・ヴィンチちゃんはリカの頭をなでなで。わたしは?

 

「大体、ソロモン王がそんな悪事に荷担できるとはボクには思えない」

「お言葉ですがドクター。サーヴァントはマスターには従うものです。マスターが命令すれば、ソロモン王も従うしかないのでは?」

「そんな悪人にソロモンは呼べないよ。冬木の聖杯戦争じゃあるまいし――」

 

 ドクター? なぜそこで複雑な表情をするのでしょうか。

 

「カルデアの召喚システムはマスターと英霊、双方の合意があって初めて成立するものだ」

「私も同意したからカルデアに来たのだしね」

「そうなのですか?」

「当時の所長が魔術師としては優秀でね。彼くらいの腕利きならまあいいかなー、と軽い気持ちで召喚に応じたんだ。私はカルデアにおける、記念すべき召喚成功例第三号だよ」

 

 第二号は10年前にわたしと融合した“彼”。真名はまだ分からないまま。

 

 そういえば、第一号に当たる英霊は誰だったんだろう? 確か機密事項扱いで、詳細はオルガマリー所長の父、カルデア前所長、マリスビリー・アニムスフィア氏しか知らなかったのだったか。

 

 そこでドクター・ロマンが手を打ち鳴らした。

 

「さて。どうあれ残り四つの特異点、このいずれかの時代に黒幕が潜んでいる可能性は高い。何しろ他の時代に異常はないんだ。特異点を潰していけば必ず黒幕に遭遇するさ」

 

 ドクターは第四特異点の説明を始めた。

 ――時は、産業革命。決定的な人類史のターニングポイントの一つ。消費文明への足がかり。転移先は、絢爛にして華やかなる大英帝国。その首都、霧の都ロンドン。

 

 大英帝国。ロンディニウム。ブリテンの系譜の都市。()()()()――

 

「さあ、準備はできた。世界はまだ焼却なんてされない。未来を取り戻せ!」

「「はいっ」」

 

 …………

 

 ……

 

 …

 

 レイシフトから意識を覚醒させたわたしたちは、灰色の霧に覆い尽くされた街に立っていた。

 空を埋め尽くすほどの濃い霧と煙。それ自体は産業革命時代には珍しくはないけれど。

 

《霧が魔力を含んでいる。まるで大気に魔力が充満しているようだ。生体に対して有毒なレベルだよ、これは……通常の人間が深く吸い込めば命に関わる。マシュ、リカ君、体調は大丈夫?》

「わたしは問題ありません。――リカはどう? 様子は、普段とそう変わらなく見えるけど」

「あたしも平気、みたいです」

《うーん。もしかしてマシュと融合した英霊の恩恵なのかもしれない。強い毒耐性や祝福があって、その加護がマスターにも与えられているのかもだ。とりあえず、耐毒スキル(仮)とでも呼ぼうか》

 

 わたしはストリートを見回して、壁時計を見つけた。時計の時刻は午後2時。真っ昼間なのに、馬車も歩行者もいない。道々、犠牲者が倒れているよりはよほどマシな光景だ。

 対する屋内は、昼日中なのにどこも灯りを燈している。霧のせいでずっと曇り空だからだろうけれど、家の中まで魔力の霧が入っていないかが心配だ。

 

「………何だ、お前ら?」

 

 重い金属がぶつかる音。わたしは急いで盾を実体化して、声がした方向へと向き直った。

 少女だ。しかも騎士だ。金のポニーテールと、獰猛な翠の両目。纏う刺々しい鎧は銀と赤。

 わたしはこの少女の顔立ちにデジャヴを覚えた。

 

「先輩?」

「キュ?」

 

 彼女によく似た面差しをどこかで見たような気がする。思い出せない。いつだったっけ――?

 

 わたしが黙っていたからか、少女のほうが先に口を開いた。

 

「来るのが遅ぇぞ盾公!」

 

 そして開口一番、わたしを怒鳴りつけた。

 

「そ、その盾公というのはわたしのことでしょうか!?」

「他に誰がいんだよ。手前のシンボルマークも忘れたか? ……まあ、いいか。オレのが先に駆けつけたんだ。それで良しとしてやる。――あばよ、盾公。ここらは霧が濃い。連れが心配なら、さっさと移動したほうが身のためだぞ」

 

 彼女が踵を返して、より深い霧の地帯へと踏み入って、見えなくなっていく。

 

「ま、待ちなさい! ()()()()()()! ……え?」

 

 どうしてわたし、彼女の名前を知っているの?

 それにモードレッドといえば、アーサー王伝説に名高い、父王アーサーに叛逆した騎士。そんな人物が産業革命真っ盛りのロンドンにいるなんて、そぐわないことこの上ない。

 

「先輩っ。もしかしてあの人、先輩と、じゃなくて、先輩と融合した英霊と知り合いなんじゃ」

 

 そうか。そういう可能性も無くはない。よくよく思い返せば、わたしに宿った英霊がブリテンに縁があるらしき節はあった。

 ――もうここらで観念して、自分の正体と向き合うべきなのかもしれない。

 

「リカ、走るわよ!」

「はい先輩っ」

「フォウ!」

 

 少女は北の方角へ進んだので、わたしたちも進路をそちらへ取った。整地された大通りは途中で終わったが、道は細く路地裏へ続いていた。進もうと思えばさらに進める。わたしたちであれ、あの少女であれ。

 路地裏の霧は大通りより濃い。そして、彼女は霧の濃い方角へ向かっていた。

 

 霧でお互いを見失わないために、わたしはリカとしっかり手を繋いで路地裏へ足を踏み入れた。

 

《霧が含む魔力のせいで、こちらの魔力系統の反応感知は完全に混乱状態だ。せいぜい動体感知のみ。二人とも、目と耳を研ぎ澄まして、異常を感じたらすぐにその場を離れるよう心がけて。こちらも追える限りの反応を逐一知らせるから》

「了解しました」

「ぁ……ありがとう、ござい、ます」

「フォウっ」

《どういたしまし――って、待った。大型の動体反応を感知した。分かりやすいな、人間ではありえないサイズだ! マシュ、何か感じるかい?》

 

 わたしは耳に神経を集中した。聴こえてきたのは、機械の駆動音。多分だけど、大型だ。

 

《英国の特務機関が用意した特殊車両なり、当時の魔術協会による機械式ゴーレムなりが、ロンドン市民を救うために現れた――って話だったら、とてもロマンチックなんだけど、そういうわけでもないだろうなあ! 敵性反応と判断。キミたちの前方だ!》

 

 わたしは盾を実体化させて踏み出した。この路地裏は一本道。前から来ると分かっていれば、先手を打って迎え撃てる!

 

「リカ! 魔力回して!」

「はいっ。霊子譲渡します。いつもより気持ち多めの魔力消費も大丈夫ですっ」

 

 霧の向こうに巨躯のシルエットを視認した瞬間、わたしは盾に全身を乗せてシルエットに問答無用でボディアタック。盾が接した面に魔力防御を発動して、その巨躯を弾き飛ばした。

 

 路地裏の奥で、大きな金属物体が落ちてひしゃげる音がした。

 わたしはリカと一緒に正体を確かめに行った。

 

「何、これ……ゴーレム? 機械人形?」

「ロボット、とか」

 

 そういうふうに見えない……こともない? わたしには寸胴にしか思えないんだけど。

 

《二人とも少しその場から動かないで。露出した内部構造の静止画を保存したい。合間を見てこちらで分析してみるよ》

「了解。バラしますか?」

《いや、今見えてる部分だけで大丈夫》

 

 露出した金属装甲を覗き込んでみた。大半の部分は何ともないけれど、鉄の部位だけが腐食している。排煙のせい? この時代では、亜硫酸ガスが冷たい霧に阻まれて、滞留して濃縮されて硫酸の霧になるのが社会問題だった、と資料にあった。

 

《うーん、これは……まさかボクたちは幻の蒸気機関技術にでも出会ったのか?》

 

 ドクターの返事が来てから、わたしたちは一度、見晴らしのいい大通りに戻った。

 

 戻ってすぐ、わたしは面食らった。先ほどわたしを「盾公」呼ばわりした少女騎士、モードレッドと鉢合わせたからである。

 

「っ、あなた――」

「観てたぜ。“連中”をぶち壊すってことは、少なくともオレの敵ってわけじゃあなさそうだ。それに、悪くない戦いぶりだった。状況の詳細もロクに分かんねえだろうに、よくやる。いいね。そういうバカは嫌いじゃない」

 

 冷静に、冷静に。

 

「あなたの言う通り、きっとわたしたちはあなたの敵ではありません」

 

 なるべく彼女の心を掴んで、今後の関係構築を円滑に運ぶために。

 

「ですからどうか、お話を聞かせてはいただけないでしょうか?」

 

 ――この霧の都市で、何が起きてしまっているのか。

 

「いいぜ。その前にハッキリさせとこう。お前、デミ・サーヴァントってヤツだろう?」

「は、はい。真名こそ分かりませんが、盾を用いて戦う、おそらくはブリテンゆかりの英霊と推察されます」

「ふーん……、……そういうことなら納得せざるをえねーか」

「あなたのお名前を尋ねても?」

「さっき呼んでたじゃねえか」

「いえ、あれはその、口から勝手に出たといいますか。確認も含めてお名前を教えてほしいのです」

「ったく。オレはモードレッド。父上の愛したブリテンの都市、ロンディニウムの危機に馳せ参じた円卓の騎士だ」




 マシュの真名探しフライング。または前倒し。
 正直このくらいのタイミングで明かされてよかったんじゃないかと配信当時思ったのです。

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