マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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次で終わらす次で終わらす次で終わらす…(ブツブツ


オケアノス15

 ――アークによる儀式は、イアソンの望んだ無敵の力を与えるものではない。

 メディアの宣告に、誰より一番に激昂したのは、当のイアソンだ。

 

「それじゃあ何の意味もない! オレは今度こそ理想の国を作るんだ! 誰もがオレを敬い! 誰もが満ち足りて、争いのない、本当の理想郷を! これはそのための試練じゃなかったのか!? オレに与えられた、二度目のチャンスじゃなかったのか!?」

「……それは叶わない夢なのです、イアソンさま。だってアナタには為しえない。アナタは理想の王にはなれない。人々の平和を願う心が本物でも、それを動かす魂が絶望的にねじれている。アナタは永遠に、(りく)に帰ってはいけなかったの」

「魔女め……! 鄙びた神殿に籠もっていただけの女に何が分かる! オレは自分の国を取り戻したかっただけだ! 自分だけの国が欲しかっただけだ! それの何が悪いと言うのだ、この裏切り者がぁ!」

 

 メディアはイアソンなんかよりずっと大人らしい顔に、ありありと諦念を浮かべた。

 

「わたしは裏切られる前の王女メディア。外に連れ出してくれた人を盲信的に信じる魔女。だから、かの王に選ばれてしまったアナタを、こうしてお守りしてきました。全て本当、全て真実です。多少の誤解は、あったかもしれないけど」

 

 さっきから、「あの御方」とか「かの王」とか。二人とも誰の話をしているの?

 

 メディアが手を握って、開いた。手にしているのは――聖杯!?

 

 メディアはまるで悲恋ドラマのヒロインが恋人にしなだれかかるかのように、聖杯ごと、手を、イアソンの胸にねじ込んだ。

 ぐちゃ、と肉が抉れて、デッキに大量の血が落ちた。

 イアソンが絶叫している。愛する夫が怪物に変容していく様を、メディアはやはり、笑って見つめている。

 

「顕現せよ。牢記せよ。これに至るは七十二柱の魔神なり。――共に、滅びるために戦いましょう? さあ、序列三十。海魔フォルネウス。その力を以て、アナタの旅を終わらせなさい!」

 

 ――この光景を、わたし、知っている。

 

 挽肉を限界まで詰めたパックに裂け目を入れたように、肉が気味の悪い動きをしながら溢れ出て、連なり、柱を形成した。

 肉柱がぎょろ、ぎょろ、ぎょろと赤黒い眼球を剥いた。こちらに向けられるのは千にも万にも及ぶその邪悪な視線。

 

《二体目の魔神……! 本当にそんなモノがいるっていうのか!?》

「序列三十、フォルネウスだって? それはソロモンの魔神のことじゃないか!」

 

 アルゴー号の足場が突然傾き、デッキが裂けた。魔神柱の重量に耐えられなかったのか。

 

 ――どうすればいいの? 古代ローマで魔神柱と戦った時には、ネロ陛下とローマ軍が総力を挙げて援護してくださった。でもこの海にそんな援軍が駆けつける宛ては――

 

 そんなわたしのネガティブ思考を、魔神柱ごと、一発の銃声が撃ち貫いた。

 

「ドレイク、船長?」

 

 硝煙を上げる拳銃を握って不敵に笑う、我らがキャプテン・ドレイク。

 

 ヘクトールは船上にいない。自分で編成を打ち合わせておいて何だが、女性陣チームは本当にヘクトールを撃退したと思われる。唖然だ。

 

 次いで、砲弾やタル爆弾や銛の斉射が始まった。個々はデタラメに、しかしどれも確実に魔神柱に当たっている。黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の海賊さんたちがありったけの武器を魔神柱に投げ放っていた。

 

「ボサッと突っ立ってんじゃないよ、マシュ! シャンと胸を張りな。こいつはアンタのための大一番だ。不敵に笑ってこう言い返してやんな。『バケモノなんかに用はありません。いいから素敵な王冠を渡してちょうだいな』ってな!」

 

 ドレイク海賊団の皆さんが一斉にどよめいた。ドレイク船長の女性らしい言葉遣いはそれほどに珍しかったようだ。ドレイク船長自身、自覚はあるのか、頬を微かに紅潮させながら援護射撃の続行を命令し返した。

 

「い、いいからやるよ、マシュ、リカ。モタモタしてるとアタシが二つ目の聖杯を頂いちまうからねっ」

 

 ――援軍の宛てがない? とんでもなかった。わたしは最初から、この海で独りで戦った時など一度もなかった。初めて会った日から、ドレイク船長も子分さんたちも、ずぅっとわたしの「仲間」だったじゃないか。

 

「先輩――」

「フォウフォウっ」

「みっともないとこ見せてごめんね、リカ。あなたの先輩を、信じてくれる?」

「信じます。いつだって、先輩を信じなかった時なんてない」

 

 ――この特異点、最後の敵と会敵。第三オーダー、最終工程を開始する!

 

 

 

 

 

 鏑矢はアタランテさんが放った。

 魔神柱を狙ったその矢は、しかし、浮遊するメディアが魔術防壁を展開して弾いてしまった。アルテミスさんの矢もダビデ王の投石もドレイク船長の銃弾も、同じくメディアは防いでみせた。

 エウリュアレさんは――ヘクトールにくれてやったトドメの宝具の消耗から回復していないから攻撃できない、とのことだ。

 

 メディアが魔神柱の守りに専念する限り、こちら側の攻撃は魔神柱に届かない。

 

 現状、微細にでも魔神柱にダメージを与えているのは、黄金の鹿号(ゴールデンハインド)からくり出す子分さんたちの背面攻撃だけ。さすがのメディアも、全方位に防壁を張り巡らせることはできないのか、魔神柱の正面以外はがら空きだ。そういえばメディアは自分を「防御と回復しか能がない」とか言ってなかったっけ。

 

 魔神柱が、ガラスを爪で引っ掻くような咆哮を上げて、剥き出しの眼球の全てをわたしたちに向けた。

 しまった! 邪視による呪詛……!

 今回は火傷こそしなかったが、発熱したように悪寒がせり上がった。

 

 デッキの裂け目がさらに大きくなった。このままだと本当にアルゴー号が真っ二つに割れて沈没してしまう。

 

 この中で最も船と海に慣れたドレイク船長が一度離脱して、備え付けの脱出艇の縄をありったけほどいて海面に蹴り落とした。

 わたしは心得て、リカとフォウさんを抱えて、脱出艇の一つへ跳び下りた。次いでわたしたちの脱出艇にドレイク船長が着地した。

 エウリュアレさんはアタランテさんが抱えて、ダビデ王は単身で、それぞれに脱出していた。アルテミスさんとオリオンさんは、スキルでそのまま水上を歩いている。

 

 ドレイク船長が(オール)で波を掻き分けて、脱出艇は黄金の鹿号(ゴールデンハインド)を目指す。

 

「やっぱアレかい。デカい敵を燃やすにゃあ、船ごと燃やしてぶつけるくらいの気概が要るってコトかい!?」

 

 するとリカの肩からフォウさんが飛び降りて、舳先の下でしきりに飛び跳ねた。――舳先。大型船において最も突き出た部位。

 

 ――そうか! フォウさん、名案です!

 

「船長! 黄金の鹿号(ゴールデンハインド)を全速力であの怪物に向かわせてください! 船を燃やす必要はありません、()()()()()()()()()()ッ!」

「――策があるのかい?」

「はい」

 

 破れかぶれの神風ではない。多少の無茶はするが、ヘラクレスとの戦いほど命がけではない。黄金の鹿号(ゴールデンハインド)への被害は最小限に留めてみせる。初めてこの時代に来た日からずっと乗ってきたあの船は、わたしにとってもはや“城”も同然なのだから。

 

 わたしはこの戦局で打とうとしている一手をドレイク船長に説明した。

 

「く――あははははは! アンタって女はもー、豪胆なのか繊細なのか分かりゃしない! けど気に入ったよ! その方法でケリを付けようじゃないか!」

 

 わたしはエウリュアレさん、アタランテさんとダビデ王、それにアルテミスさんとオリオンさんに向けて叫んだ。少しの間だけメディアを今の向きのまま足止めしてくれ、と。――今ばかりは全員がアーチャークラスで助かったと心底思う。遠距離攻撃をする彼らならば余波に巻き込む心配がない。

 

 脱出艇が黄金の鹿号(ゴールデンハインド)に辿り着いた。

 

 ドレイク船長はデッキに上がってすぐ、子分さんたちに、総員を操舵に回すよう号令を出した。

 わたしは舳先に登って、盾を両手で構えた。

 

 ふいにわたしの全身を巡る魔力が増した。――リカからの魔力供給だ。

 ――やっぱりどんな時も、あなたはわたしの後ろにいてくれるね。

 

「面舵いっぱぁぁい!!」

 

 船体が回頭する。ちょうどわたしの正面にアルゴー号が来た所で、黄金の鹿号(ゴールデンハインド)は前進を開始した。

 スキル「魔力防御」発動。黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の船体を覆うような形状――俯瞰するなら錐状に魔力障壁を正面展開。

 

 アルゴー号が凄まじい速さで迫ってくる。このまま、魔神柱の無防備な横っ面まで!

 

「進めえええええええええ!!!!」

「やぁぁああああああああ!!!!」

 

 黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の推力をブースターとして、錐状の魔力防壁は抉るように魔神柱に激突した。

 

 効果は覿面だった。鋭く形成した防壁先端は魔神柱を貫き、根元からへし折った。

 倒れゆく魔神柱は空中分解して、ほとんどの肉片を海へ夥しく降らせた。アルゴー号に残った肉塊も煙を上げて蒸発していった。




 魔力で構成された防壁なら、形状は発動者(マシュ)の任意で変形できると信じて。

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