マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

4 / 97
冬木4

 キャスターさんはわたしたちに教えてくれた。この冬木が今、どんな異常な場所なのか。

 

 聖杯戦争があった。キャスターさんやさっきの鎌の女ランサー(恥ずかしいことに仮称とはいえライダークラスというのはわたしの読み違いだった)、それにあと5騎のサーヴァントが、万能の願望器・聖杯を巡って争った。

 

 その大前提が、ある時、一夜にして崩れた。

 

 突然の大火災。住人の消失。

 聖杯の汚染と、聖杯から湧き出た黒泥に冒されて反転したサーヴァント。

 第一の被害者はセイバーのサーヴァントだった。黒化したセイバーは、キャスターさんを除く5騎を屠り、自らと同じくサーヴァントたちを黒泥によって汚染した。

 現時点で、泥を浴びず、正気を保っているのはキャスターさんだけ。

 

 

「セイバーを退けて、聖杯とやらをどうにかすれば、特異点Fの異常も収まる見込みがあるかもね。それで、居場所は分かってるの?」

 

 キャスターさんが見上げた先は、民家の集落より遙か向こうの遙か上。連なる山。

 

「奴は汚染された大聖杯の前に陣取ってる。――この土地の心臓を、守ってやがるのさ」

 

 

 

 

 

 わたしたちは火の手が弱まった、それでも瓦礫でとても道らしい道ではない地面を歩き出した。

 

 目指すは、キャスターさんが示した山の、地下。

 大聖杯はそこに巣食っていて、それを守るため地下空洞の奥にセイバーと、セイバーを守るべくアーチャーのサーヴァントが控えている。

 

 アーチャーはキャスターさんが相手をして引き離すから、わたしたちは迷わずセイバーのいる大聖杯を目指せ、との頼もしい言質をキャスターさんから頂いた。

 

「その時代の事情には深く関わらねえ。あくまで兵器に徹する。サーヴァントの鉄則だ。アンタらの目的はこの異常の調査。オレの目的は聖杯戦争の幕引き。利害は一致してるんだ。お互い陽気に手を組もうや」

 

 道路が陥没したせいで段差になった地面。上の無事な道路に登れないオルガマリー所長に、キャスターさんが手を差し出した。

 

「合理的な判断ね」

 

 キャスターさんは所長の答えに満足行ったらしく、所長の手を掴んで一息に彼女を上へと引っ張り上げた。というか、持ち上げた?

 

「にしても珍しいな。アンタ、マスター適性がないのか」

 

 頭上から、所長の怒声とキャスターさんの快活な笑い声が聞こえた。

 

 ――カルデアに限らず有名な噂話だ。所長、オルガマリー・アニムスフィアは若くして名門(ロード)の当主となった一流魔術師であるが、サーヴァントを従える才能だけがない、と。それを理由に陰口を叩いていた人たちがいることを、わたしでさえ知っている。

 

 でも、キャスターさんのように、そのことを真っ向から指摘して爽快に笑い飛ばすなんて、わたしにはとても真似できない励まし方だ。

 

 気持ちを切り替えよう。せめてわたしも、わたしがやるべきことをこなさないと。

 

 わたしも道路に登って、下に残したリカ(肩にはフォウさん)を、苦戦しつつも引っ張り上げた。

 

「ありがとうございます、先輩……ぁ」

 

 不意打ち気味に、リカの指先がわたしの頬に触れた。

 

「顔色悪い、です。大丈夫です、か?」

 

 そういえばリカは他人の不調にはもっぱら目端が利いたっけ。

 

「――あのね、リカ。わたし、まだ、宝具の使い方が分からないの」

 

 リカが何かを答えるより先に、オルガマリー所長が大きく溜息をついた。

 

「そうじゃないかと思ったわ」

「申し訳ありません」

「アナタだけの責任じゃないわ。マスターが優秀であれば、契約したサーヴァントを解析できるはずなんだから」

 

 リカが胸の前で両手を白ばむほど強く握り合わせた。

 

「……すみません。あたしがマスターとして至らないから、先輩が宝具を使えないんですよね。あたしみたいな能無しが先輩のマスターになっちゃったから……」

「そう決めつけないで。マスターとしての才能があろうがなかろうが、わたしは確かにリカのサーヴァントだよ」

 

 それにそもそも、さっきも所長が言ったけれど、リカは48人のマスターを退けて次席を勝ち取った実力派マスター。能無しのわけがない。パスを通じてわたしに流れ込むリカの魔力はこの上なく潤沢なんだから。

 

「ありがとう、ございます――マシュ先輩はやっぱり優しいです」

 

 あなたも充分優しい子だよ、と言ってあげたほうがいいだろうか? 「先輩」として。「先輩」らしく。

 

 迷う間に、キャスターさん、それに所長が再び歩き出してしまったので、わたしは何もリカに言えずに進むしかなかった。

 

 

 

 

「それより、大事なことを聞いていなかったわね。アナタ、セイバーの真名は知っているの? 何度かやり合ったような口ぶりだったけど」

「ああ、知っている。奴の宝具を食らえば誰だってその正体に突き当たるからな。――奴の真名は、アーサー王。騎士の王と誉れ高き聖剣の担い手だ」

 

 

 ――どくん、と。

 わたしでない何者かの鼓動が、わたしの内側で、強く打った。

 

 アーサー王。輝けるブリテンの騎士王。()()()()と戦う? “()”が?

 

 

 ふと、盾を持っていないほうの腕に、他者の体温を感じた。

 リカが両手でわたしの腕に両手を軽く取って、心配げにわたしを見つめていた。

 ……あれ? 今わたし、何を考えたんだっけ……

 

「先輩――」

「ごめんなさい。ちょっと考え事して、ぼうっとしちゃっただけだから」

「そう、ですか……痛いとことか、悪いとことか、あったら、い、言ってください。あたし、がんばって治しますから」

 

 リカが最も得意とするのは治癒魔術だ。特に「外傷を跡形もなく消す」点に関して、この子は、魔術協会から派遣された適性者たちより頭一つ抜きん出ている。

 自信を持って、胸を張っていいことなのに。

 リカはいつも俯いて、長すぎる亜麻色の髪で顔色を隠して、自分は大それた人間じゃないから見ないで、と態度で語っている。

 

「ありがとう」

「! は、はいっ!」

 

 よかった。リカ、笑ってくれた。

 

 よし。わたしもくよくよするのはやめだ。怖がりの後輩ひとり護れないで、「先輩」だなんてただ呼ばれているわけにはいかないものね。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。