マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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このペースだとオケアノス編は長くなる予感…(戦慄)


オケアノス7

 わたしたちは、エウリュアレさんとアステリオスさんを引き連れて砂浜に戻ってきた。

 いざ黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に乗り込む、その前に。

 リカがアステリオスを呼び止めた。

 

「あの。アステリオスさん。足枷、外させてもらえませんか?」

「?」

「これから海に出るんですから、万が一海に落ちたら、鉄球が重くて浮かび上がれないんじゃないかと思ったんです、けど……その、すみませんっ。出過ぎたこと言って」

「――いいんじゃない? せっかくだから外させなさいよ、アステリオス。たかが人間の小娘にできるならね」

 

 アステリオスは無言で頷いた。

 リカはほっとした様子で、アステリオスの足元にしゃがんだ。そして、まず左側の足枷に両手を添えた。

 リカがわたしまでは聞こえない声量で詠唱すること十秒足らず。

 バキン! と、鉄球付き足枷が開錠した。

 

「――――」

「次はこっち、失礼します」

 

 二度目の詠唱。やはりアステリオスの足枷は容易く開錠されて外された。

 

 リカは立ち上がって、アステリオスにぺこんと一礼した。

 わたしはリカの頭を撫でた。よしよし。よくできました。

 ――みんな忘れがちだけど、この子は魔術師としてオールラウンダーですよ?

 

 船に乗り込んでから、引け腰の子分さんたちに、ドレイク船長は一喝するようにエウリュアレさんとアステリオスを紹介した。

 さらにエウリュアレさんから「手を出したら殴る」との先制攻撃宣言。こういうのは最初が肝心なんだとしても、エウリュアレさんのそれはどこか過剰というか、本心を隠して強がっている印象が強かった。

 

 

 

 

 ――黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が出航した。

 

 天気浪々、浪低し。絶好の航海日和だとは、ドレイク船長の言だ。だからってまた酒宴を始めないでください……まったく。

 

 あちらのデッキでは、エウリュアレさんとアステリオスが、余人を寄せ抜けぬ雰囲気を作り上げている。

 

「アステリオス。ケガはもういいの?」

「ん」

「ふうん、そう。じゃあ私を肩に乗せても問題ないわね?」

「う」

 

 アステリオスはしゃがんでから、大きな両手で華奢なエウリュアレさんの腰を掴むと、自身の肩に座らせた。その光景は、有名な童話のタイトルを想起させた。ずばり、美女と野獣。

 ……ああしてエウリュアレさんと仲睦まじくしていると、本当に彼があのミノタウロスなのかを疑う。

 

 と、そこに物見の子分さんが走って来た。

 

「姐御! 前方に船一隻! 例の旗と同じ海賊旗を掲げてます!」

 

 ちょうど同じタイミングでカルデアから通信が入った。

 

《よかった、やっと通じた! 一体そっちで何が起きている!?》

「すみません! 色々な事が一斉に起きたもので、報告をうっかり忘れていました!」

《忘れられてたの!? みんなの頼れるロマン先生ですよー!?》

 

 ドクター・ロマンが頼れるお医者さんであるのは知っている。今はそれよりも。

 

「ドクター! 接敵直前です。コピー海賊とは異なりきちんと旗を掲げています。あの旗について急いで分析お願いします!」

《そーゆー意味で頼られるのはなんだか悲しいんだけど!? すぐ照合する! ――――っ、そんな、まさか》

「判明しましたか!?」

《受信した旗の映像が確かなら、それは史上最高の知名度を誇る海賊船だ! 黒髭ことエドワード・ティーチの海賊団……! 接敵直前と言ったね。戦闘になったら出し惜しみなしの最大火力で臨むんだ。黒髭は伝説上、無抵抗の相手は見逃したが、少しでも抵抗の素振りを見せたら皆殺しにした残虐な海賊だ》

 

 くっ。護りしか能のないデミ・サーヴァントにはきついオーダーですね。

 でも、やるしかない。

 

「あー! アイツだ! アタシの船を追い回してた海賊! ここで会ったが百年目だ。水平線の彼方まで吹き飛ばしてやる!」

 

 ドレイク船長はこのように殺る気満々なのだから。

 

 ふいにエウリュアレさんがアステリオスの肩から降りた。かと思えば、辟易満面で、わたしの背後にやって来て、リカと腕を組んだ。エウリュアレさんもリカと一緒にわたしの盾に隠れる形になった。

 

 二つの船がついに横並びになって停まった。

 

 見えた。あちらの船のデッキには、通り名そのままに黒い髭を蓄えた男が一人。それに、女海賊が二人に、十字槍を持った男が一人。うそ、あの全員がサーヴァントじゃないの……!

 

「おい! 聞いてんのか、そこの髭!」

「はぁ? BBAの声など一向に聞こえませぬが?」

 

 ――――――――。

 

 ――――――――はい?

 

「だーかーらー! BBAはお呼びじゃないんですぅ。何その無駄乳、ふざけてるの? まあ傷はいいよ? イイよね刀傷。そういう属性はアリ。でもね、ちょっと年齢がね、困るよね。せめて半分くらいなら、拙者、許容範囲でござるけどねえ。ドゥルフフフ!」

 

 黒髭と思しきサーヴァントの謎言語によって精神をやられるのは、わたしよりドレイクさんのほうが先だった。

 子分さんに声をかけられてもドレイクさんはノーリアクション。目が死んだ魚状態。

 

「あの、先輩? あの髭おじさん、何なんでしょう……?」

「しっ。見ちゃいけません」

 

 わたしは後ろからリカに目隠しをした。リカはリカで、抱っこしていたフォウさんを目隠し。

 

 当の黒髭はエウリュアレさんを見つけて、とんでもなくよろしくない意味でハッスルしている。

 そんなアレが何かと聞かれたら……変態だ。それも時代の最先端を行き過ぎた変態だ。

 

 その変態の視線がよりによってわたしたちに向いたものだから、わたしはリカを背に庇って、精神衛生的な意味で盾を構えた。

 

「ん? んー……んー、んーんー…………マル! ごーかーく! そこの鯖、名前を聞かせるでござる! さもないと――」

 

 さ、さもないと何だ。わたしはより身を強張らせて盾を握り締めた。

 

「今日は拙者、眠る時にキミの夢を見ちゃうゾ♪」

「マシュ・キリエライトといいます! デミ・サーヴァントです!」

 

 く、屈辱……! でも、アレの夢に登場させられるよりよっぽどマシ!(夢に出た時点で絶対ろくな展開に遭わされないだろうし!)

 

 すると、後ろからリカがわたしにぎゅーっと抱きついてすり寄った。あ、これは助かる。全身の鳥肌が波のように引いていった。

 

「……………撃て」

「あ、姉御?」

「大砲。全部。ありったけ。いいから。撃て。さもないとアンタたちを砲弾代わりに詰めてから撃つ」

 

 石化していた子分さんたちが慌ただしく動き出した。

 

 船が回頭する。ドレイクさんの大喝を受けて、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の大砲が黒髭の船へ向けて斉射された。

 でも――効いて、ない!?

 確かに砲弾は命中しているのに。黒髭の船の装甲が分厚いのか。それとも何か別の――って、しまった! 考えている内にあちらから黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に接舷された!

 

 雄叫びを上げて黒髭側の海賊たちがこっちに乗り込んできた。

 応じて、海賊と海賊の戦いがあちこちで勃発して、もう船上は混戦状態だ。

 とっさに敵味方を見分けるほどの動体視力もないわたしじゃ、リカとフォウさんを背中に庇って、近くで斬り合いになったら盾で身を守るのが精一杯だ。

 

「チッ! 撤退するしかないか……!」

「この混戦状態で!?」

「やるしかないだろ! ――砲弾、再装填! 煙玉を使う、煙幕張りな!」

 

 こちらは必死だというのに、敵船から黒髭が余裕綽々に声をかけてきた。

 

「おーい、無理すんなBBA~。大人しく聖杯を渡せばこっちも見逃してやるよ~」

 

 黒髭が聖杯の在り処を知っている――? サーヴァントなら付与された知識で聖杯を知っていておかしくないけど、ドレイク船長が所持者だとこの海で知るのはわたしたちだけのはずなのに。

 

「ギギギギギ! コロス! コンドコソ、コロスゾォォ!」

 

 血斧王エイリーク……!? どうして!

 

《こ、こいつは倒したはずだろ!? 消滅も確認して―――そ、そうだ! あの時、サーヴァントを形成する魔力の大幅な乱れがあった。あれが転移だとしたら……もともと黒髭が召喚したサーヴァントってことか!》

 

 サーヴァントがサーヴァントを召喚する。つまり黒髭は聖杯、もしくは聖杯に近い何かを持っているということ?

 

 思案に費やす暇はない。エイリークは問答無用で、血塗れた斧を振り回した。

 

「きゃ……!」

 

 エウリュアレさんの悲鳴に反応したアステリオスが、エイリークの斧の柄を掴んで、競り合いに持ち込んだ。

 傷口が開くという心配は無用だった。何故ならリカが後ろからアステリオスにタッチして、瞬く間にアステリオスの傷を治癒したからだ。これならエイリークの相手をアステリオスに任せられる。

 

「マシュ! 上よ!」

 

 エウリュアレさんの叫びに反射的に顔を上げると、弾丸じみた速度で一本の十字槍が飛んできていた。狙いはわたし――じゃない! リカだ! わたしは迷わず盾を開いた。

 

仮想展開(ロード)人理の礎(カルデアス)!!」

 

 飛来した十字槍を魔力防壁で受け止めた。ぐ……! 今まで受けたどの攻撃より重くて、両腕が軋んだ。

 

「先輩!」

「フォウ!」

「来ちゃだめ!」

 

 わたしの前に跳び移ってきたのは、苔色の戦装束の男。十字槍がオートで男の手に戻った。

 

「手っ取り早くマスターを始末すれば、どうにでもなると思ったんだけどねェ。いやはや傑物だ。一体どんな英霊なのやら」

 

 わたしは男に言い返そうとしたけれど、急に船全体が揺らいでできなかった。

 揺れの原因は、あちらの女海賊がマスケット銃で黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の船底を撃ち抜いたから。

 

「精々頑張りな、お嬢さん。ここで船もろとも海の藻屑じゃ恰好がつかないぜ」

 

 男はこちらに来た時と同じ軽快さで、黒髭の船に跳んで戻って行った。

 

「先輩……」

 

 リカがわたしのすぐそばに来て、わたしの左手を両手で包んでくれた。

 

 どんな英霊か、なんて――

 ――わたしが一番知りたい。


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