マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
上陸してすぐに見つけたあの石板が正しいなら、この島には血斧王エイリークのサーヴァントが存在する。
戦闘になった場合、わたしは防御一辺倒だから、攻撃面はどうしてもドレイク船長に頼らざるをえないんだけど――
「ざまあみろ、ヒゲモグラ。ロートルは引っ込んでな」
――どういうわけかこうなった。
エイリークのクラスはバーサーカー。ご多聞に漏れず狂化を付与されていて対話は不可能だったから、わたしたちはエイリークを迎え撃った――のだが。
血染めの巨斧による重撃を受け流すので精一杯だったわたしの眼前。
ドレイク船長が放った銃弾は、筋骨隆々のエイリークの心臓部に風穴を穿った。
それだけ。
たったそれだけのダメージでエイリークは消滅した。
「にしても、嵐の中でしつこく追い回してきた連中に比べたらなーんか薄っぺらかったというか、いまいち覇気に欠けたね。マシュ、サーヴァントってのぁこういうもんなのかい?」
いいえ、まさか。聖杯を所持しているにしても、常人は満身創痍でおかしくありません。
《おかしいな。消滅した割にサーヴァントの反応が……あれ、消えた。うーん、この時代に来てからどうも計測機器の調子が悪いな》
「ふーん? よくわかんないけど、改めてお宝探しと行こうじゃないか」
鼻歌まじりに再び先頭を行き始めたドレイク船長。わたしもドレイク船長に続いた。
フォウさんを肩に乗せたリカが小走りでわたしの横に来た。
「先輩。宝物があったら、どんな中身でしょうね」
はにかみがちに言う後輩のかわいいこと!
けれど、ふむ。お宝、お宝か。例えば、幻の鉱石や冒険家の手記なんかがあったら、面白そうだとは思う。
「……あたし、実はちょっと怖いです。本当に宝箱でも見つかったらどうしよう、って」
「こわい?」
「本当に金銀財宝でも見つかったらどうすればいいの、って。もう怖くて怖くて。どんな物があるにせよ、それって手に入れたら自分のほうが宝物のオマケになっちゃうってことだから」
……訂正。こんな笑い方をするリカが、かわいいだなんてとんでもなかった。
わたしは両手でリカのほっぺを、むにゅ、と摘まんだ。
「
「リカがオマケだなんて、ないから。どんなすごいお宝を見つけたって、わたしにとっては、お宝のほうがリカのオマケだから」
だから、そんな悲しいこと言わないで――
「おーい! 見つけたぞー!」
わたしとリカは驚くほど機敏にお互いから距離を取った。
どうして? わたしもリカも悪いことをしていたわけじゃないのに、心臓が妙な律で打っている。言葉が喉につっかえてるの。
それはリカのほうも同じみたいで……
と、いけない。ドレイク船長が呼んでいるんだから、早く行かないと。
わたしは一拍ためらったけど、リカの手を引いて浜辺に急いだ。
ドレイク船長が見つけたのは、砂浜に打ち上げたヴァイキングの大型船だった。ドクターによると、品質は新品同然だけど、様式は9世紀のもの。
ドレイク船長はその大型船から、手垢がついたスケジュール帳サイズの本を持ち帰った。
その本こそ、ヴァイキングの詳細な航海日誌。中にはこの島と周囲一帯の海図が緻密に書き込まれていた。
ドレイク船長は磊落に笑ってみせた。
「これから海に乗り出すアタシらにとって、これ以上ないお宝だろう?」
――参った。これはドレイクさんへの評価を大きく上書きせざるをえない。
フランシス・ドレイクは一見すると乱暴で無軌道だけど、極めて堅実かつ現実的な「航海者」だ。
「見直したかい? じゃあ、世界一周に付き合う?」
でも、それとこれとは別問題。
だって――時代が修正されたら、わたしたちの記憶そのものがドレイクさんから消えてしまう。いえ、そもそも「なかったことになる」。約束したって、いずれは泡と消えるものを、簡単に結べはしないよ。
ふいに、リカがわたしの腕を、抱きつくように組んだ。
「この戦いが終わったら……で、どう、でしょう?」
「そうかいそうかい! アンタたちがいるなら百人力だ! さ、船に戻るとするか。食料と水を確保してから出発だ」
ドレイクさんは意気揚々と来た道を戻っていく。
「リカ。今のは――」
「……ごめん、なさい。先輩、困ってるみたいに見えて、その……」
「ううん。その通りよ。フォローありがとう」
それに、満更でもない。そんな奇跡が起こらないのは重々承知しているけど、ドレイク船長との世界一周、行けるものなら行ってみたいって気持ちは胸にあるから、嘘の答えでもない。
わたしは、不安そうな顔をするリカの、頭を撫でた。代弁してくれてありがとうね。
日誌の海図のほうならともかく、文字は古い時代のものなので、ドクターに翻訳を頼んで転送した。
到着までの10時間、どう過ごしたものかしら――ん? リカは? 近くにいない。
――いた。リカは木箱の隙間に隠れるようにして、レーションで栄養補給中。
そういえば、船に乗り込んでから、リカが「お腹がすいた」「喉が渇いた」と訴えたことは一度もない。
朝一に船を出してもうすぐ半日。まさかこれまでも今みたいに隠れてレーションですませて来たの?
わたしはリカに歩み寄った。
「リカ」
「あ、先輩。何かありました?」
「いいえ。航海は至って順調。それよりリカ、食事はそれだけでいいの? 栄養は摂取できても、おなか空かない?」
「これだけで平気、です。あたし、小食ですから。それに、船の食糧を分けてもらったら、子分さんのごはんが減っちゃうかなあ、って」
――前回の古代ローマでのオーダー。わたしたちは正規のローマ軍兵士だったから、食事は充実していた。だからあえて召喚サークルから食糧支援を受けなくてもよかった。
――今回の食事事情は真逆だ。
次に着く島に霊脈のポイントがあればいい。そしたらドクターに頼んで、味気ないレーションなんかじゃなくて、おにぎりの一つでも転送してもらおう。そうしよう。後輩の食生活に気を配るのも「先輩」の役目、だもんね?
そして、ついに。
ドクターによると、エイリークがいた島よりも格段な大きな島で、霊脈のポイントもあるそうだ。
カルデアから送られた座標を目指して(もちろんドレイクさんにも了解を得て)、わたしたちは島の探索を始めた。
「広いねえ、こりゃ。島の上とは思えない」
こういう光景は、思い出す。ローマの風薫る大平原もこんな感じだった。
船の上にずっといて海を眺めているのは楽しい。楽しいけど、こうして陸に上がってほっとするのは、わたしが「陸の人間」だからなんだろうな。
などと、物思いに耽りながら進めば、あっさりと霊脈地に着いてしまった。
わたしはドレイクさんにお時間を頂いて、実体化させた盾をその場に立てた。
召喚サークル形成、レイシフト座標、アンカー!
――――
――――、ふう。これでよし、と。
あとはドクターかダ・ヴィンチちゃんにお願いして、リカの分の食事を……
あれ? 何? 通信が、ノイズがいっぱいで……ドクター・ロマン!? ダ・ヴィンチちゃん!?
わたしが困惑していると、唐突に地面が大きく揺れた。
「じ、地震っ?」
「フォーウ!」
「伏せな、かなり大きいよ!」
わたしは左手をリカの肩を回して、地面に這いずる格好をとった。ドレイクさんもそうしている。
揺れは10秒ほどで鎮まった。
「リカ、大丈夫だった?」
「はい。なんともないです。ありがとうございます、先輩」
「フォフォーウ」
「ドレイクさんは――」
「荒れた海に比べりゃ、そよ風さ。だが船と部下が心配だ。一度戻って構わないかい?」
「はい。わたしたちはここでお待ちしていますので」
砂浜に戻っていって、またわたしたちのところへ来たドレイクさんは、開口一番。
「船が動かなくなった」
すごく大変なことを、いつもより深刻そうに告げた。
「船そのものに異常はなかった。ただ、船体が何かでがっちり固定されちまっててね。にっちもさっちも行かない。アンタたち、こういうの専門なんだろ?」
「魔術的な結界じゃないかと、思い、ます……」
リカの予想は多分当たっている。わたしはデミ・サーヴァントだから無理やり脱出できるかもしれない。でも、
「はい。結界を構築した何者かを討たない限り、船は固定されたままでしょう。結界の主を探し出して倒す。でなければ脱出はきっとままなりません」
「アンタらがそう言うんならそうなんだろう。じゃあ一丁、そのヌシとやらをぶっ飛ばしに行こうじゃないか!」