マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
烈しい攻防の果て。
ついにネロ陛下が真紅の長剣でロムルスに引導を渡した。迷いも躊躇もない、見事な袈裟斬り。ロムルスの霊核を両断するほどの一斬だった。
とどめの一撃を受けたはずなのに、ロムルスは穏やかに笑った。
「眩い愛だ、ネロ」
わたしは、息を切らすネロ陛下を背に、盾を持って前に出た。
「永遠なりし真紅と黄金の帝国。その全て、お前と、後に続く者たちへ託す。忘れるな。心せよ。ローマは永遠だ。故に世界は永遠でならなければならない」
ロムルスの霊基消滅を確認。――この戦争は、ネロ陛下の、正統ローマ帝国の勝利だ。
これでこの時代の「ローマ帝国」はあるべき形に戻るだろう。あとはわたしたちカルデアが聖杯を回収して、時代を修復して、カルデアに帰還する。それでわたしたちの第二グランドオーダーはやっと完遂。
そのためには、まずここの宮廷魔術師を見つけなくちゃ。
「ネロ陛下。わたしとリカは連合帝国の宮廷魔術師を探そうと思います。首都ローマでは、宮廷魔術師の方の工房がどちらだったかご存じですか?」
この王宮の内装が正統ローマ首都を模して造られたものなら、同じ間取りの部屋にレフ・ライノールがいる可能性が高い。
「私をお探しかい? マシュ・キリエライト」
耳から、ほかの音が、すべて、消えた。
自分でももどかしいほどにゆっくりと後ろをふり返る。
かくてそこに、“彼”は立っていた。
「貴様、いつのまに背後に!」
ネロ陛下が振り向きざまに構えた剣の切っ先の先には、ああ、間違いない――
レフ教授……いいえ、レフ・ライノール・フラウロス。わたしたちカルデアの、そして全人類の裏切り者。
「ロムルスを斃しきるとは。デミ・サーヴァントふぜいがよくやるものだ。多少は力をつけたのか?」
レフが手を握って開いた。掌に浮かぶ金の八面錘は――聖杯だわ。間違いない!
《宮廷魔術師が王の危急をあえて見過ごすとはね。すっかり裏切り者が板に付いたんじゃないか? というより、それが素なのかな。カルデアにいた頃より活き活きとしているよ、キミ》
――心を堅く持って。いつも穏やかで、わたしの体調を気遣ってくれた「レフ教授」はもうどこにもいない。いないのよ、わたし。
「聖杯は渡してもらいます。その上で、あなたの身柄を拘束し、人理焼却の目的を尋問させていただきます」
「おや。勇ましい口を利くようになったじゃないか、マシュ。聞けばフランスでは大活躍だったとか。まったく――おかげで私は大目玉さ! 本来ならとっくに神殿に帰還しているというのに、子供の使いさえできないのかと追い返された。結果、こんな時代で後始末さ」
神殿? 帰還? 薄々予想はしていたけれど、彼の背後には黒幕がいる?
《だが、神祖ロムルスも他の英霊たちも、人類の滅びなんて望んでいなかった。だからキミ自らが介入するしかなかった。その時代にはキミのような人類の裏切り者はいなかったってわけだ》
「ほざけ、カスども。人間になんぞ初めから期待していない。キミもだよ、マシュ・キリエライト。たまたま難を逃れた凡百のマスターと契約した程度で、このレフ・ライノールを阻めるとでも?」
「阻みます。マスターに、わたしの後輩に誓って」
「先輩――っ」
「クハハハハハ!! よくぞ言ったッ! ならばお見せしよう。哀れにも消えゆく貴様たちに、我らが王の寵愛を!」
聖杯から莫大な魔力がレフ一人に集束していく。そんな量の魔力、人間じゃオーバーフローして内側から弾け飛ぶだけ。レフは、何をしようとしてるの!? くっ、眩しくて、前が見えな……! …………………え?
――地に突き立つ、巨大な、柱。
――ぶよぶよとした剥き出しの肉が混ざり合って形成されている柱。
――剥き出しの眼球が無数にあって、それぞれがギョロギョロと別方向を見ている。
『改めて自己紹介しよう。私はレフ・ライノール・フラウロス! 七十二柱の魔神が一柱! 魔神フラウロス――これが、王の寵愛そのもの!』
これが、レフ教授……? レフ教授、だったモノ……?
「フォーウ!!」
「何だこの怪物は……! 醜い! この世のどんな怪物より醜いぞ、貴様!」
魔神柱の剥き出しの水晶体が、一斉にわたしを睥睨した。それだけで手足に痛みを伴う熱が走った。
手足を見ると、炎を浴びたわけでもないのに、火傷していた。あの怪物、「視る」だけで人を呪うの!?
「フォウ、フォーウ!」
「先輩っ」
後方援護で離れていたリカがわたしに駆け寄った。リカはわたしの火傷を見ると蒼然としたけれど、すぐに表情を引き締めて、わたしの火傷の一つに手を当てた。
それだけで全ての火傷が跡形もなく綺麗に消え去った。
「ありがとう、リカ」
「いいえ。――先輩の肌、すべすべで真っ白で傷一つなくて、すごく綺麗だった。火傷の痕なんて、一つだって許しません」
驚いた。こんな鬼気迫る表情、この子でもするんだ。――そんなにわたしにケガしてほしくないんだって、自惚れていいの?
《情報が足りない。詳細は全て不明。だが、それは危険なものだ。この場で完全に撃破するんだ!》
はい、と答えて、改めて盾を構えようとした。
ピィィイイイイイイイッ!!!!
魔神柱から噴き上がった瘴気が室内を覆うなり、大きな揺れが起きた。
「きゃ……っ」
「リカ!」
震動でバランスを崩したリカを、わたしは慌ててキャッチした。よかった。リカにケガはないみたい。
「すいません、先輩」
「気にしないで。何てことないわ」
するとリカが小声で何か言った。次の瞬間、わたしの体に流れる魔力量が増した。……この子ってば、ほんとに、もう。
『陛下!』
玉座に踏み込んできた、それなりに多い数のローマ兵士。率いているのは荊軻さんだ!
「約定通り手勢を王宮に引き入れたぞ、ネロ・クラウディウス。それで。これはどういう状況か、と貴殿に尋ねてよいのかな」
「うむ。余にも仔細はてんで分からぬ。確かなことは、この怪物は滅ぼさねばならぬという一点のみ! ――余の剣たる
ウォオオオオオオォォォォ!!!!
兵たちが一斉に、剣や槍を携えて魔神柱に挑んだ。
……こんな時だけど、肩の力が抜けそう。皇帝ネロ・クラウディウス。何て人望とカリスマなんだか。
わたしも負けてはいられないよね。
さっきリカが、もっとたくさん魔力のラインを繋いでくれた。魔力供給は満タン。あの子を枯渇させないためにも、迅速に魔神柱を斃そう。
大丈夫。兵士の武器が魔神には通じるんだもの。わたしの盾が負けるはずない。そうでしょう、マシュ・キリエライト?
スキル・魔力防御、発動。魔力で盾をコーティングして、床に盾を押し当てた。スキル発動による反発力を利用して、わたしは魔神柱に向かって高くジャンプした。この勢いのまま――
やること自体はエルメロイ二世の陣地を破った時と同じ。
魔神柱に盾でボディアタック。接面の瞬間にもう一度、魔力防御全開。
「で、っりゃああ!!」
反発力を利用して、魔神柱に貫通ダメージをお見舞いする!
魔神柱が大きくよろめいた。あと一撃と見た。
わたしも跳弾した勢いで壁まで飛ばされた。わたしは壁に両足で垂直に接地して(足にジーンとダメージが来たけど今は我慢!)、もう一度、跳んだ。狙いは、さっきの打撃で凹んだ部位。
「
わたしの最大火力で魔神柱へロケットブースト。
めごり! と、嫌な音がした。
魔神柱は「く」の字に折れて、地べたに倒れた。
ここでお知らせ。
セプテム編のラストですが、作者がカルデアエースで読んだ荊軻のSSにインスピを受けたため、大きく原作から乖離します。