マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
首都ローマに帰参したわたしたちを出迎えたのは、市民一丸となってのパレードだった。
戦のあとにこんなお祭り騒ぎが待っていると予想だにしなかったわたしは、とにかくリカを一般市民に潰させまいとしながら、宮廷へ急いだ。
「ふう。やっと落ち着いたな」
ネロさんと一緒に玉座の間に入ったわたしは、疲労困憊でその場にぺたんと座り込みそうだった。
「凄まじい人の賑わいでした。危うくもみくちゃにされて潰れる所でした」
《はは。満更でもなかったろう。あれが勝利の美酒の味わいってやつさ》
「ほほう。姿なき魔術師殿。まるで味わったことがあるような口ぶりだな」
《ボクは想像力が豊かなほうだからね。おかげで色んな目に遭ったけど》
はい。ドクターはまぎれもなく空想力逞しい方だと思います。
「マシュは見事にリカを護りきっていたな。さすがは盾の猛将。
だってリカ、パレードを見たとたんに泣きそうな顔をしたもの。だったら「先輩」としては、怖がる「後輩」を護らなくちゃ。
「ともあれ余以外に貞操が堅いのは良いことだ。一層気に入ったぞ」
「あ、ありがとうございます。恐縮です」
リカが頬を赤くしてわたしを見やった。はて?
「失礼致します、皇帝陛下」
「おお、セネカか。どうした」
「恐れながら申し上げます。特別遠征軍、首都ローマへ帰還し、宮廷へ向かう途にあるとのこと」
「なに? あの者たちが帰ってきたか!」
「はい。将軍、両名ともご健在であります」
「うむ! 城下に触れを出せ。余の戦士たちの二度目の凱旋だ。祭りはまだ終わらぬぞ!」
セネカさんは丁寧なお返事とお辞儀をして、玉座の間を出て行った。
「陛下。特別遠征軍とは何ですか?」
「そなたらのような客将2名が率いている軍だ。内一名は斥候や偵察に長けておるゆえ、連合ローマ帝国の本拠地の位置を特定すべく何度か派遣していたのだ。さて。此度の遠征こそ吉報を聞ければよいのだが」
客将、というと、ブーディカさんやスパルタクスさんのような。もしかしてサーヴァントだったりするのかな? そうだとしたら是非協力を仰ぎたい。
わたしはリカを見やった。リカは微笑んで頷いた。
「先輩のいいように」
こういう時に理解ある後輩を持ってわたしは果報者だと思うのです。
わたしとリカとフォウさんもネロさんの前から辞して、特別遠征軍が帰還するという宮廷の門へと向かった。
今夜は久しぶりに、屋根のある部屋のベッドで眠れる。
ガリアの野営地も設備は整っていたけど、ベッドがちょっと狭かった――リカと並んで眠るには、ね。
けど今夜はその心配もなく、リカと二人(とフォウさん一匹)、一つのベッドで眠れるのだ。
わたしは部屋に備え付けの夜着に着替えて、リカが腰かけているベッドの、隣に腰を下ろした。
「先輩。今日も一日、お疲れ様でした」
「フォーウ」
「リカもフォウさんもお疲れ様。――リカ。荊軻さんと呂布将軍と会って、どうだった? 怖かったりしなかった?」
――昼間に、わたしたちは特別遠征軍の将軍2名に会いに行った。これが案の定、サーヴァントだった。どちらも中国出身の英霊で、荊軻さんと、呂布さん、といった。
呂布将軍はバーサーカーだったため言語での挨拶は無理だった。
次に、荊軻さん。いくら伝説的暗殺者とはいえ、死後もサーヴァントになってまで皇帝暗殺に精を出すのはいかがなものか。わたしたちとは敵の首級の数で競争なんて言い出すものだから、話を合わせるのに苦労した。
「ちょっと付いてけないとこもありましたけど……悪い人には見えなかった、です。それに明日から協力して戦うんだから、あれこれ言ってもしょうがないかな、って」
そう。どちらも同じ陣営の味方であることは変わらない。明日から大いに頼りにさせてもらいましょう。
――だって明日から、連合ローマ帝国の首都攻略に向けて、出征準備の慌ただしさが始まる。
荊軻さんと呂布将軍は見事に(ネロさんからすれば「ようやく」)、敵の首都の位置を突き止めた。これを受けて、次の出陣は連合ローマ帝国首都と決まった。
やることはいくらでもある。武具や食糧の調達。進軍ルートや兵の数を決めるための軍議。その全てにネロさんは携わる。
人手不足の正統ローマ帝国では、些事であっても皇帝ネロ自らが采配を執る仕事がたくさんある。そう、セネカさんから聞いた。わたしたちのようなよそ者へのVIP待遇だって、裏返せばそれだけ兵力が足りていないという証左なのだ。
そんな情勢や多忙を背負うのが彼女の華奢な両肩なのかと思うと、どこか、やりきれない気分にさせられる。
リカが屈んでわたしを上目遣いに窺った。
「先輩。難しいこと、考えてます?」
「え? あっ、うん、ちょっと。大丈夫よ。大したことじゃないから」
「そう、ですか……無理、しないでくださいね」
リカは両手でわたしの手を取って、包むように握った。琥珀色の両目が、じっと、わたしだけを見つめている。
わたしは、リカが握る手のさらに上から、もう片方の手を重ねた。
絡めた指。包み合う掌。伝わる温度と柔らかさが胸まで届いて、心を暖めてくれる。
失くせない、護りたい、わたしだけの「後輩」。
――そして。
あらゆる軍備を整えて、正統ローマ帝国軍は進撃を開始した。連合帝国首都への侵攻だ。
ガリアから合流したブーディカさんとスパルタクスさん。加えて、呂布将軍と荊軻さん。わたしを数に入れるなら、五騎のサーヴァントを擁した軍勢。通常の兵力では敵うべくもない陣容を前にして、しかし、連合帝国はサーヴァントを投入する気配がない。
――あるいは、すでにサーヴァントの敵将はどこかにいて、こちらに存在を察知させないほどの戦上手なのかもしれない。
正統ローマ軍が破竹の勢いで連合帝国の兵を退ける中、わたしはそんな危惧を捨てきれなかった。
――その危惧はひどく手痛い形で現実となる。
連合帝国首都まで間近という時になって、敵軍との戦闘が勃発した。
怒涛の進撃を受けて、わたしは内心、悲鳴を上げたいくらい必死だった。いっぱいいっぱいだった。
ようやく攻勢が止んだ時になって、自分しか省みる余裕がなかったのだと思い知らされた。
――ブーディカさんが虜囚となって敵軍の手に落ちた。