マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
原作沿いじゃない? はい。その通りです。お詫び申し上げますm(_ _)m
ガリアでの戦いは終わった。
わたしたちはネロさんと、彼女率いるローマ軍に付いて首都ローマへの帰路に就いた。
いえ、出立前にインターバルもあったけど。おもにブーディカさんからわたしに。
わたし自身の経験談じゃないが、正月に実家に帰省して、久しぶりに会った遠い親戚のおば……コホン、奥さんに構い倒された年頃の娘というか、うん、終始そんな気分だった。
帰途にこれといった波風はなかった。
――いいえ、もしかしたら、もう少し耳をそばだてていれば、わずかに帰軍ルートが逸れたら、何かが起きたのかもしれない。
けれど、そんな余裕がなかったのがわたしたちの現実だ。
まずは、ネロさん。
彼女はガリアでの戦いが終わってから、ぼんやりすることが増えた。
偉大な先達カエサルを討ったことで思う所があるからだと、わたしは最初思った。しかし、別れる間際のブーティカさんの話だと、ネロさんのその症状は前からあったもので、しかも最近はそんな時に決まって微弱な魔力をネロさんから感じるとのことだった。
次に、
先述の様子のネロさんに寄って行っては、頭痛を和らげるという名目で――いえ、名目じゃないわね。本心ね。ネロさんの具合の悪さを絶妙に発見しては、ネロさんのそばへ行って治癒魔術を施した(制服付与の「応急手当」はあくまでサーヴァントの魔力を回復するもので、生身の人間を癒すものではない)。
その二人の体調不良があって、海千山千の噂は陛下のお耳まで入れず、帰還ルートは最短で。ここぞと総督権限で兵士の皆さんにお願いした。
遠征軍が地中海沿いの街道に入った所で、休憩のために、行軍は止まった。
――ちなみに説明が遅くなりましたが、帰り道はわたし、マシュ・キリエライトと後輩のリカ(とフォウさん)は、一頭の馬に相乗りした。
リカが「先輩も。一番頑張ったんですから、帰りくらいは楽してほしいです」なんて言うものだから、不覚にもときめいてしまったのだ。
わたしは一足先に馬を降りて、下から、わたしに体を委ねるリカを抱えて地面に降ろした。
「ありがとうございます」
「フォウ」
「どういたしまして。まだしんどい?」
「今はちょっと楽、です。馬にも慣れた、ですし」
確かに顔色は良さそうね。リカの頬には赤みが射している。
――時は夕暮れ。
進路側面の森を抜けたすぐ先には、白い砂浜と、打ち寄せる白い波涛が覗いていた。
「あ。先輩、あそこ。――ネロ陛下です」
最後は声を潜めて、リカがわたしに告げた。
わたしはリカが指したほうを見やって、込み上げた驚きを慌てて呑み込んだ。
本当に、ネロさんが砂浜にいた。
伴も連れずお一人で。あんな無防備に背中を見せて。兵士も気づいていないってことは、こっそり撒いて出たってことで。
わたしはリカと顔を見合わせ、頷き合った。
わたしたちは地中海を望む砂浜に出て、ネロさんに歩み寄った。
「――――。ああ、マシュにリカか。もう体調は良いのか。余か? 余は……我ながららしくないが、物思いに耽っておった」
普段の凛々しさが嘘のような、儚い微苦笑。
身の安全について注意するのは簡単だけど、今のネロさんにはそれを言わないほうがいいと判断した。
「どうしたのだ? 近う寄れ。許す。――そういえば。慌ただしさゆえ聞きそびれたが、そなたら、
なんでもないことを、皇帝陛下である少女が楽しげに語っている。
ううん。今この時に限り、ネロさんは皇帝じゃなく「ただのネロさん」だった。
もしかしてネロさん、寂しかった? こんな他愛ない話ができるような相手を待って、ここに一人で佇んでいた?
「フォウフォウ」
「あ、あたしは日本、です。えっと、ここからずーっと東に行った先の、極東の島国の、生まれと育ち、です。今はカルデアがおうち、ですけど」
「カルデア? とんと聞かぬ名よな。どこだ?」
「えっと」
「カルデアは、標高6000メートルの雪山にあります。そうですね。エトナ火山が雪に覆われたような場所だと想像していただけると」
「エトナに雪? むうう。それこそ天地がひっくり返ってもありえぬが、雪に覆われた山か……うむ! 雪白のベールに包まれた峻険なる山。悪くない絵面だ。そういう彫刻を作ってみたくなってきた! 帰ったら白大理石を取り寄せようか」
そういえばネロ皇帝には芸術家としての一面もあると、史実に伝わっていたっけ。特に有名なのが、首都中心に建造された「黄金劇場」。ダ・ヴィンチちゃんの生前でもあるルネサンス美術期に大きな影響を与えた建造物だとか――
わたしとリカの通信端末に、カルデアからの通信が入った。
《憩いのひと時を邪魔してごめん! サーヴァント反応だ! 海から来るぞ!》
ドクター・ロマンが言い終えるが早いか。海から、大きな飛沫を上げて、一人の男が上がってきた。
「余の……! 振る舞いは、運命、で、ある!」
「伯父上!?」
わたしは急いで、リカとネロさんを背にして盾を構えた。
カリギュラ……これは、最初に戦った時より、狂化が強くなっている。ネロさんを見る目。怖い、を通り越して、全身に鳥肌が立つもの。
「美しい、な。美しい。お前は美しい……! 奪いたい、貪りたい、引き裂きたい。女神が如きお前の清らかさ美しさその全て……! 余は、愛して、いる、ぞ、我が愛しき妹の子――ネロォォォォ!!!!」
くっ。咆哮そのものが衝撃波みたい。空気が震えている。
「陛下、その――」
「言わずともよい、リカ。――そうとも。伯父上はすでに死んだのだ。無念の死であったろうと、今も思わずにはおれぬ。しかし! 死に迷い、余の前に姿を現すならば、引導を渡してくれる。それが姪として、正しき皇帝としての使命と知れッ!」
迫ってくるカリギュラ。わたしは前に出て、盾でカリギュラの突進を防いだ。
……やっぱり! 最初の戦いより膂力が増してる!
お願い、保って、わたしの白亜の壁……!
「リカよ! そなた、魔術師であろう? 一撃でよい。余の剣でもあの伯父上を斬れるようにまじないをかけることはできるか」
「できます。けど……いいんですか?」
「言ったであろう。余が引導を渡す、と。――余には優しい伯父上だった。これ以上の失墜は見ていられぬ」
「……分かりました」
少しだけふり返った視界の端。ネロさんが差し出した長剣の刀身に、リカが手を置いていた。
――誰もが忘れがちだが、あの子は47名のマスター適性者の中でナンバー2を勝ち取った、実力派魔術使いだ。リカが行使する魔術は治癒に留まらない。あの子はあれでオールラウンダーだ。
ネロさんの紅い長剣に、魔力を通した痕跡であるグリーンのラインが幾条も浮かび上がった。
ネロさんは強化された長剣を正眼に持って、まっすぐカリギュラを見据えた。
放っておけば、カリギュラは脇目も振らずネロさんを目指す。
わたしはあえてカリギュラの前から――どいた。
案の定、カリギュラはネロさんにまっしぐらに突進した。
「ネロォォォォ!!!!」
「伯父上―――おさらば」
ネロさんは一歩だけ前へ踏み出して、長剣を突き出した。切先は誤ることなく正確に、カリギュラの心臓を貫いた。
その瞬間、ネロさんがどんな顔をしたか、わたしの位置からは見えなかった。
カリギュラの肉体が光る粒子へと変わって、完全に消滅した。
わたしは盾の実体化を解いて、ネロさんのもとに戻った。何て声をかけるかなんて決まりきってる。
「大丈夫ですか?」
「――マシュは優しいな。だが心配は無用だ。余はローマ皇帝なのだから」
その言い方はまるで、皇帝は普通の少女らしい哀惜など感じたりしないのだ、と自分に言い聞かせているみたいで。わたしは胸が沈んだ。