マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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セプテム5

 ――夜は明けて、太陽が中天にかかった頃。

 その戦争は始まった。

 

 武器をぶつけ合う剣戟。雄叫び、または断末魔。濃い血の臭い。古代であっても、これはまぎれもなく「戦争」だ。

 

「露払いはあたしとスパルタクスでやる! あんたたちはネロと一緒に本陣へ突っ切れ! ――ああ、もう、スパルタクス! そっちじゃなくて、こっち!」

「……うむ。頼んだぞ、ブーディカ。色々な意味で頼んだからな」

 

 殊勝になったネロ陛下を初めて見た。

 

「今こそ『皇帝』の一人を倒す時だ。偽なる『皇帝』に占領されたガリアを取り戻す。征くぞ! マシュ! リカ!」

「「はい!」」

「フォウっ」

 

 

 

 

 

 わたしたちはネロ陛下の両脇を固めて、不意打ちに対応できる姿勢で走った。

 

 ――この時代の正統皇帝であるネロ・クラウディウスに万が一あれば、人理定礎は崩壊する。特異点の修正と同時に、ネロさんの命を守ることも重要任務だ。

 

 闇雲に走っているわけではない。わたしには分かる。この先にいる僭称皇帝は、サーヴァントだ。ブーディカさんの言葉を信じるなら、英霊カエサルのサーヴァントが待ち受けている。

 

 伯父カリギュラとの闘いにも躊躇していたネロ陛下だ。偉大な先達を前にして、ネロ陛下の心にダメージが出ないか。それだけが心配。

 

 ああ、心配しているのに、敵影へぐんぐん近づいていっている……!

 

「来たか。待ちくたびれたぞ」

「貴方が――」

「その様子では我が真名を知っているようだな。我らの愛しきローマを継ぐ子よ。名は何と言ったかな?」

 

 ネロ陛下は押し黙った。

 

「貴様は名乗りもせずに私と刃を交えるのか。それが当代ローマ皇帝の在り様か?」

「ネロ――余は、ローマ帝国第五代皇帝。ネロ・クラウディウスこそが余の名である! 僭称皇帝、貴様を討つ者だ!」

「よい名乗りだ。やはりそうでなくてはいけない」

 

 カエサルの視線がわたしたちのほうに向いた。つい、身構えた。

 

「そこの客将よ、貴様も名乗るがいい」

「マシュ・キリエライト。マスター・リカのデミ・サーヴァントです」

「ほう。それがマスターか。私の知るマスターとサーヴァントとは異なる形だが。あるいはそちらのほうが正しいか? 何であれ、私の敵か。面倒なことだがいいだろう」

 

 カエサルが地面に突き立てていた剣を抜いて、順手に持った。

 ……あの剣から異様な存在感と魔力を感じる。きっとカエサルの宝具はあの剣なんだ。

 

「ここまで来られた褒美だ。我が黄金剣を味わえ」

「言うな! 黄金は余のものである。黄金劇場を作り上げし、この、ネロの!」

「はは。その意気だ。そこのデミ・サーヴァント、よく護れよ。貴様らの求める聖杯とやら、戦いぶりによっては私が教えてやってもよい」

 

 それは、カエサルが聖杯の在り処を知っているということを意味する。その一言で、聖杯が連合ローマ陣営にあることは判明した。

 それ以上の精密な情報については、カエサルが本当に明かすならよし。そうでなくたって、戦いにベストを尽くすのは変わらないんだから。

 

 先に斬りかかったのは、ネロ陛下のほうだった。

 

「たああああ!!」

「――ふ」

 

 大上段に振り被ってからの直線一閃。連続して左右から二閃。それらを、カエサルは黄金剣で容易く受け止めた。

 

 ネロ陛下は唇を噛んで正眼に長剣を構え直した。

 長剣の刀身には刃毀れ一つない。サーヴァントの剣と衝突したのに。

 でも、例えばネロ陛下の剣の素材が本当に隕石だとしても、それだけでサーヴァントの武器と鎬を削り続けられると楽観視はできない。

 

 再びカエサルが振り下ろした黄金剣を、わたしはネロ陛下の前に出て盾で防いだ。さすがに真正面から受け止めると、重い――!

 

 ――カエサルの剣捌きは決して速くはない。でも、重い。一撃を防いで腕に伝わったショックから立ち直るまでに、どうしてもタイムラグが生じてしまう。

 

 ネロ陛下が走った。迂回して、カエサルの横の間合いから斬りつけようとしている。

 カエサルにネロ陛下の一刀を避けさせない。

 わたしはあえて盾ごとカエサルにぶつかった。弾みでバランスを崩す、一瞬。隙。

 

「はあああああ!!」

 

 ネロ陛下の長剣がカエサルの脇腹を斬った。血が宙に弧を描く。カエサルは反撃しなかった。

 

 わたしとネロ陛下は一旦下がってカエサルから間合いを取った。

 

「仕損じたか……!」

「そう気を張るな。肩の力を抜け。当代の皇帝よ、貴様は美しい。その美しさは、世界の至宝に他ならんのだぞ。それにデミ・サーヴァント。貴様もだ。ああ、実に美しい。私は感嘆したぞ。ゆえに一つ教えてやろう。聖杯なる物は、我が連合帝国首都の宮廷にある。正確には、宮廷魔術師の男が所有している」

 

 宮廷魔術師――まさか、レフ・ライノール?

 あの人は実力確かな魔術師。それに聖杯が手にあれば、狙って「皇帝」の来歴を持つ英霊ばかり召喚するのも不可能じゃない。

 

 ――定まった。わたしたちの目的地。

 

「さて。ネロ。皇帝よ。貴様の苦難は私の望みではないが、聖杯を得るために、私にも戦わねばならない理由がある。次は、本気だ」

 

 うそっ。あの強烈な剣、本気じゃなかったっていうの!?

 

「陛下は下がって!」

 

 カエサルの兜割りを、盾を斜め上に構えて防いだ。ぐっ、さっきより、もっと重い……! わたしが立っていた地面のほうが凹んでるくらい!

 

「マシュ!!」

「フォーウ!」

 

 負けちゃだめ。負けてたまるか。わたしの後ろには、ネロさんもフォウさんもいて――わたしのたった一人の後輩が、いるんだから。

 

「先輩! 瞬間強化、付与します!」

 

 腕に熱いエネルギーが奔った。これなら。

 

「でっやあああああああ!!」

「むぅ――!?」

 

 わたしは盾を力いっぱい押し返した。黄金剣をカエサルの手から弾き飛ばした。

 

 わたしたちの頭上高く跳ね飛んだ黄金剣が、落下してきて――ちょうどカエサルの心臓部に、突き刺さった。彼の愛剣が、彼自身を殺した。

 

 

 

 

 

 ……正直な所、わたしにも予想外だった。

 わたしの想定では、カエサルが剣を手からなくした隙に魔力防御した盾を霊核に叩き込む、そういうつもりだった。

 それが、期せずして、偶然が彼にとどめの一撃を与えた。

 

「やった、のか?」

《ああ。反応が弱くなっているのが観測できている。運も実力の内。キミたちの勝利だ》

「そう、か――」

 

 深紅の長剣が地面に転がった。ネロ陛下がその場に頽れたからだ。

 リカが慌てた様子でネロ陛下に駆け寄って、彼女の上体を抱えて支えた。

 

「――当代の正しき皇帝よ」

 

 っ、カエサル、まだ生きて――!

 わたしはリカとネロ陛下を背にして盾を構え直した。

 

「連合首都で、あの御方が貴様の訪れを待っている。正確には『皇帝』ではない私だが、まあ、死した歴代『皇帝』さえも逆らえん御方だ」

「あの御方――?」

「そうとも。その名と姿を目にした時、貴様がどんな顔をするか楽しみだ。厭味で言っているのではないぞ。貴様は美しい。どんな表情を浮かべても、等しく――」

 

 口から血を吐きながら、胸元を血で真っ赤に染めながら、それでも最後まで威厳を崩さないまま、カエサルは消滅した。

 

 ……何なの。この釈然としない気持ち。後味が悪い。

 

 フランスでの任務で、たくさんのサーヴァントが敵だった。でも結果的に、わたしはサーヴァントを一騎も()()()()()()。だから、今日の戦いでついにこの手でそうするんだと、腹を括って来たのに。

 

「陛下、大丈夫ですか?」

「フォフォーウ」

 

 ふり返ると、リカがネロ陛下を支えて立つのを介助していた。

 

「よもや余ともあろう者が戦場の只中で腰を抜かされるとは……それだけあの方の王気は強烈であった。疑いようなく、あの方は名君カエサルその人であった。余は」

 

 ネロ陛下の視線は、さっきまでカエサルがいた位置に向いた。

 

「……余は、名君カエサルを、そなたたちの手にかけさせたのだな」

「陛下?」

「いや、何でもない。うむ。見事に『皇帝』の一人を倒したこと、褒めてつかわす」

 

 ネロ陛下はリカの腕を離れて、長剣を拾うと、それを高々と掲げた。

 

「敵将、討ち取ったり! ガリアは名実共に余の下へ戻った! 余の想いのままに、余の民の願いのままに、神祖と神々に祝福されしローマが、今、戻りつつある!」

 

 帝国ローマ軍の兵士たちが喝采を上げた。

 ――勝利したのは確かに彼女なのに、その背中は、か弱い少女のように薄く見えた。


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