マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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今回から1話の文字数上限を1000字ほど上げます。


セプテム3

 翌朝。わたしたちにすれば突然だが、ネロ陛下はガリアという土地への遠征を発表した。

 皇帝の勅伐だ。通常、戦乱の時代にない限り、最高権力者の陣頭参戦は大変珍しい。そのくらいの知識はわたしにもある。

 

 ガリアは連合との戦いにおける最前線。聖杯を有したサーヴァントが敵将の可能性もあるし、レフ教授もいるかもしれない、とはドクター・ロマンの推論だ。

 レフ教授の名前を聞いてわたしは迷いなく同行を即答した。リカとフォウさんも同じく。

 

 そして、軍備を整えて、正統ローマ軍の遠征は始まったのだが――

 

 

 メディオラムの見晴らしの悪い森を行軍中、リカは思い切って! というふうにわたしに尋ねた。

 

「先輩、あの、ずっと歩いてますけど、疲れて……ませんか?」

「フォウ、フォーウ」

 

 行軍中は、フォウさんを肩に乗せたリカが横向きに乗馬して、わたしは馬の手綱を引いて徒歩だ。

 

《リカ君。マシュだってデミだけどサーヴァントだ。体力の桁が常人とは違うから、そう心配しなくても大丈夫だよ》

「は、はい……すみません」

「怒ってないよ。心配してくれてありがとう」

 

 リカはフォウさんを持ち上げて顔を隠した。久しぶりの照れ隠しだ。

 

《待った。前方に生体反応。サーヴァントではないけど、敵襲のようだ》

「姿のない魔術師殿は便利だな。余の斥候よりも早いとは。宮廷魔術師に召し抱えることも考えようか」

《謹んで辞退致します》

 

 ドクターがこうもキッパリハッキリ、冗談も交えないで即答するのは珍しい。

 

《それより、来るよ! 左右から挟撃だ。そろそろ戦闘態勢に入りなさい》

「蹴散らしてくれる! マシュ、左の軍は任せたぞ!」

「了解しました。――リカ、魔力回してくれる?」

「は、はい先輩っ。お願い、します」

 

 わたしは盾を持って、左から迫る部隊に向かって飛び出した。

 

 とはいえ、正史上は「ない」はずの戦乱での、「ない」はずの小競り合い。敵兵の皆さんは、なるべく峰打ちで沈静化しよう。

 降伏すれば、ネロ陛下なら新しい戦力に加えることも考慮してくださるはずだ。陛下からは「一度敵であった者でも構わぬ。過去は水に流す」と言質を戴いてあるんだから。

 

 突撃してきた兵士を勢いで叩いて、一人、二人! おまけに盾でのフルスイングに巻き込む形で3人!

 残る兵士は怖じてはいるけど逃がしはしない。

 高所を取って、飛び降りて盾を地面に突き立てる余波で、全員吹き飛ばした。

 

「剣を納めよ、勝負あった!」

 

 ネロ陛下! もう右側からの部隊を留めたのか。さすがは全盛期の皇帝陛下。

 

 ネロ陛下が何人かの兵士と話しつつ、わたしが倒した部隊に降伏勧告をする所を、わたしはこっそり離れてリカのもとへ戻った。

 

「リカ、フォウさんも。大丈夫だった?」

「フォーウ!」

「あたしたちは特に。陛下と兵隊さんが、すっごく強かったですから」

 

 こんな時でも周りを立てるのを、この子は忘れない。

 

「先輩?」

 

 わたしは馬上で首を傾げるリカと、手を、繋いだ。

 リカにも意図は伝わったようだ。ふんわりと、わたししか知らない顔で微笑む、わたしの後輩。

 

「お疲れ様でした。手当て、要りますか?」

「ちょっと疲れただけだから。でも、そうね。下ろしていい?」

 

 リカは疑問も浮かべず、わたしの両腕に全身を委ねた。

 両足を地面に着けたリカを、わたしはぎゅーと抱き締めた。温かい、柔らかい。ああ、生き返る。

 

 やっぱり戦闘は何度やっても怖いし、終わったあとは心臓の鼓動が鳴りやまない。

 そんな弱気を悟られず、英気回復できる手段が、こうしたリカとの強めのハグだったりするのです。

 

「そなたらは実に仲が良いな。戦場に咲いた二輪の白百合のようだ」

「陛下」

「お、お見苦しいとこを、お見せしましたっ」

「よいよい」

 

 真紅のドレスを翻したネロ陛下がわたしたちの前までいらっしゃった。

 

「連合の兵たちは余に恭順を願い出たゆえ、最後尾に組み込んだ。それよりそなただ、マシュ。連合の奴らを雑兵扱いとは。ふふふ。初めて会った時よりそそるではないか。どうだ、客将と言わず余のものとなるか?」

「申し訳ありませんが、わたしのマスター――主君はリカ一人とすでに決まっていますので」

「何とっ。余はてっきりリカがマシュの従者なのだとばかり」

「……です、よね。普通、そう見えますよ、ね」

 

 わたしが、リカが、ネロ陛下が何かを言うより先に、通信越しにドクターが平坦に道どりを告げた。

 

《そろそろ目的地が見えてくるはずだよ。リカ君、マシュ、長旅ご苦労様だ》

「フォウフォウ!」

《ごめんごめん。フォウもだったね》

 

 ……フォローしてくださったんだ。ありがとう、ドクター・ロマン。わたしたちカルデアみんなの頼れるお医者さん。いつか素直にそう口にできる日が来るといいな。

 

「魔術師殿の言う通りだ。すでにガリアの地へ入っているぞ。遠征軍の野営地とは目と鼻の先。しばらくぶりに、ゆっくりと寝所で休めるぞ」

 

 わたしはリカがフォウさんと馬に乗ったのを確かめてから、改めてその馬の手綱を引いて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 ついにわたしたちはガリアの野営地入りを果たした。

 

 野営地、と言うからキャンプみたいな風景をぼんやりイメージしていたが、これはもう「集落」だ。門も壁も道も整備された、宿舎の集まりから成る「基地」と言ってもいい。

 

 乗馬したネロ陛下が石造りの立派な門を潜る様は、まさに帝王の貫禄でした。

 

 わたしたちがネロ陛下に付いてまず向かったのは、閲兵式のための場――小学校のグラウンド程度の広さの平地だった。

 

 わたしたちが到着した時にはすでに、その場に兵士たちが整列していた。

 

 ネロ陛下が馬を下りて、兵士たちの正面にある演台に登った。

 わたしとリカの位置は、演台の真横だ。兵士さんの視線が集まるが、ぐっと我慢よ、マシュ・キリエライト!

 

「皇帝ネロ・クラウディウスである! これより謹聴を許す!」

 

 兵士たちの間に流れていた空気が清冽に引き締まった。

 

 初めて会った日から見て来た愛くるしいネロさんはそこにおらず、兵士を鼓舞する演説を行うネロさんはまぎれもなく「皇帝」だ。

 

「余と、愛すべきそなたたちのローマに勝利を!」

 

 兵たちから歓声が上がった。喉よ嗄れよといわんばかりの叫びは、縒り合わさってうねりとなった。

 

《不思議なものでもある、か。こうまで人心を集めた皇帝が晩年には……、……いや、やめよう。いけないな。過去を生きる人間に未来を知らせない。それが方針だ。――む、この反応。マシュ、そこに――》

 

 ドクターが言い切るより先に、二人の男女――2騎のサーヴァントがわたしとリカの前に現れた。

 

 リカが体の半分をすすすっとわたしの後ろに隠したのは、2騎の片割れ、特に拘束具を全身に装着したマッスルな男のせいだと思われる。

 

「アンタが噂の客将かな? 見かけによらず強いんだってね」

 

 赤毛の女性は親愛の深い笑みを刷いた。

 

「遠路はるばるこんにちは。あたしはブーディカ。ガリア遠征軍の将軍を務めてる。ブリタニアの“元”女王ってやつ」

「戦場に招かれた闘士がまた一人。喜ぶがいい。此処は無数の圧政者に満ちた戦いの園だ。あまねく強者、圧政者が集う巨大な悪逆が迫っている。叛逆の時だ、さあ共に戦おう。比類無き圧政に抗う者よ」

「やっぱり、お二方ともサーヴァント……!」

「え? うわあ、珍しいこともあるもんだ。スパルタクスが他人を見て喜んでるのに、襲いかからないなんて、滅多にないわ」

《この時代にもはぐれサーヴァントが存在するのが証明されたか。自由意志を持って、時代の側に立って戦う者もいる。すでに二つの時代で確認されたからには、きっと全ての特異点でもそうなんだろう》

 

 ドクターの通信を一番に聞き咎めたのは、女王ブーディカだった。

 

「姿の見えない魔術師ってのは、あんたかな?」

《これは失礼。自己紹介をしておこう。ボクはロマニ。ドクター・ロマンと呼ばれている。彼女たちは、デミ・サーヴァントのマシュ・キリエライトと、そのマスターである――リカ。フルネームは藤丸立香というんだが、彼女のことは『リカ』と、そう呼んであげてほしい》

 

 無視できない、違和感。ドクターがわたしたちの紹介をするのはいいとして、リカを愛称で呼んでほしいなんて念押ししたことなんてあった?

 

「お気に入りの客将なんだってね、皇帝陛下?」

 

 女王ブーディカに呼びかけられたネロ陛下だが、憂鬱さを隠してもいない。――忘れがちだが陛下は生身の人間である。ここまでの行軍、休憩中でさえ兵士の鼓舞に時間を割きもした。疲労の限界が来たのかもしれない。

 

「……ん。少し疲れたようだ。ブーディカ、客将たちを頼む。ガリアの戦況について教えてやってくれ。余は頭痛がひどい。少しばかり床につく」

「分かったよ。この子たちはあたしに任せといて」

 

 ネロ陛下は兵卒の案内で、一番瀟洒な宿舎へと向かって行って去った。

 

 えーとですね―――

 

「ずっと不思議って顔してたよ。女王ブーディカがどうしてローマの将に、って」

 

 頷いた。

 女王ブーディカは皇帝ネロの軍団に殺された。ローマに蹂躙されたブリタニアの女王。そんな彼女が、何の思惑か、ネロ皇帝に味方して戦っている。疑問を覚えるなというのが難しい。

 

「そりゃあね――、――ケルトの神々に誓いもしたよ。皇帝ネロとローマをあたしは絶対に許さないって。なのに、そんなあたしが現界した。まさか、自分が死んだ直後のこの時代に。復讐の機会かな、とも思ったんだけどねえ。連合に食い荒らされる帝国を見てたら、体が先に動いちゃって。ネロ公のためじゃない、そこに生きる人々のためにね」

 

 女王ブーディカはふにゃっと相好を崩した。

 

「あたしは守るために戦う性格なんだと思う。それが一番向いてるっぽいのよね」

「――理解しました。あなたは、正しく英霊であるのですね。人々の夢見る英雄の姿。悪逆を制し、多くの人々を救う力の象徴」

《女王ブーディカ、キミの誇りは眩いな》

「そんなに難しい話じゃないんだ。要は、ネロより連合のほうが気に食わない。こっちのスパルタクスにしても、本人は圧政者の群れと戦ってるつもりなんでしょう。物騒な話だけど敵じゃないってだけ」

 

 そういうことですならばこちらも遠慮なく切り出そう。

 ガリアの戦況ももちろん把握しなければいけないのだけど、まずはこちらの事情からだ。

 女王ブーディカ、それに拳闘士スパルタクスに、世界の深刻な危機を知ってもらわなくては。


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