マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
わたしは深く長く息を吐いてから、盾の構えを解いた。
「先、輩……あの」
「もう、大丈夫。どうしたの?」
「腰…抜けて…た、立て、な、くて」
ああ、そうだった。リカはそういう、恐がりな女の子だ。知っている。
わたしは苦笑して、リカの両脇に腕を入れて、ほぼぴったり抱き着いて、リカの体を立ち上がらせた。
「すみません。ご迷惑を……」
「気にしないで。わたしはあなたの『先輩』なんだから。後輩が困ってたら助けるのは当たり前」
立ち上がって目線の高さを合わせてから、わたしは改めて事情をリカに説明した。聞く内に、リカは苦しげに、俯く角度を深めていった。
――きゃあああああああっっ!!
女性の、悲鳴? こんな炎上都市で人を襲うモノなんて、十中八九ろくなものではない。悲鳴の主の身の安全が危うい。助けに行かなければ!
わたしはリカをふり返って、わたしと同じくらいの体格の体を抱き上げた。
「せ、せんぱい?」
「悲鳴があった方向に駆けつけるわ。落ちないようにぎゅっと掴まってて」
リカは返事せず、わたしの首っ玉に両腕をきつく巻いた。軽い。
わたしはリカを抱えて脱兎のごとく国道を駆け出た。
――視えてきた。大量の首のない骸骨が集団で剣を手にして、逃げる女性一人を追い立てている。あれ? まさか、あの女性は――オルガマリー所長⁉
所長がコンクリートの亀裂にヒールを引っかけて転んだ。骸骨兵団はそこを逃さず、無慈悲に石の剣や槍を向けて揮った。
「たすけて、レフ……!」
わたしはリカを下ろしてすぐ、オルガマリー所長に武器を向けた骸骨兵一列を、盾の跳弾力を利用して横からぶつかることで一掃した。
まだ骸骨兵団には残党がいる。この場で殲滅しなければ。わたしはがむしゃらに盾を振り回した。
骸骨兵の全滅を確認。これでここも、ほんの少しの時間だけど余白ができた。
所長はわたしに、これはどういうことだと尋ねてきた。わたしは、ここが2004年の冬木市であると回答した。それから、わたしがデミ・サーヴァントとして覚醒したことも申告しようとしたが、所長はすでに気づいていた。
「わたしが聞きたいのは、どうして今になって成功したかってことよ!」
オルガマリー所長が立ち上がる。
そこで、リカが目線を下にやってから、おもむろにしゃがんだ。
「所長。膝、擦り剥いてます。ちょっと失礼、します」
リカがオルガマリー所長の膝に手を当てて、少しして離した。所長の擦り傷は綺麗に無くなっていた。
「その手の令呪……あなたがマシュのマスターになった子?」
「は、はい。そうみたいです。すみません」
「何で謝るのよ」
「ご、ごめんなさいっ」
「まったく。半分とはいえ英霊を従えているんだから、毅然としなさい。アナタ、名前は」
「リカ……じゃなくてっ、藤丸立香――です」
オルガマリー所長が自身の手首の端末を操作して、データを検索した。所長が開いたのは、リカのプロフィール画面だ。
「
リカは固唾を呑んでオルガマリー所長の反応を窺っている。可哀想なくらい顔色が真っ青だ。こういう時、「先輩」は何と言えばいいのか――
不意に、今度はリカの着けた端末にコールがあった。
「ひゃ!? え、ええと、えっと」
リカはもつれる指でどうにかこうにか端末の通信スイッチを押した。
《もしもし!? 聞こえるかい!?》
「ドクター・ロマン?」
わたしは通信の向こう側にいる人を知っている。ロマン、というのは愛称で、本名はロマニ・アーキマン。医療セクションのトップであり、わたしという要経過観察対象の主治医でもある。
《マシュ! キミもレイシフトに巻き込まれたのか。コフィンなしで、よく意味消失に耐えて……》
「何でアナタが仕切っているの、ロマニ⁉」
オルガマリー所長がリカの、端末を着けたほうの手首を掴んで、自身の口元に持って行った。
《うわああ!? 所長!? 生きていらしたんですか!?》
「どういう意味よ! 何故アナタがその席にいるの! レフはどこ!」
《――レフ教授は、あの爆発の中心にいました。生存は絶望的かと……》
「そ、んな」
所長はリカの手首を離して、俯いて肩を震わせ始めた。
《ボクが作戦指揮を任されているのは、ボクより上の階級の生存スタッフがいないためです。コフィンに搭乗していたマスター適性者たちも、全員が危篤状態で――》
「ふざけないでッ! すぐに凍結保存に移行しなさい! 死なせないのが最優先よ!」
《し、至急手配します!》
通信が切れた。
リカは大きく息を吐いて、所長に掴まれたほうの腕を抱えるようにして下ろした。