マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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オルレアン9

 オルレアンに構えられた敵の牙城に攻め上がるまでもなく、戦端は開かれた。

 

 空に地に。壁役のワイバーンが無数にいて、わたしたちの進撃を阻んでいた。

 

《予想できて然る光景だが、実際に見るとゲンナリするな……とはいえ手間取ることは許されない。全員、できるだけ迅速に突破を》

「了解しました。――リカ、わたしから離れないで。突貫する」

「はい先輩っ」

「フォウっ」

 

 リカとフォウさんがわたしの背中にぴとりと付いたと同時、ワイバーンの一頭がわたしに突進してきた。

 

 ここでわたしも札を切る。魔力防御を盾の表面に集中させた。盾にぶつかったワイバーンは弾かれたものの、わたしたちも後退を余儀なくされた。

 

 でも、大丈夫。わたしたちのチームには今、ジークフリートさんに加えてもう一人の“竜殺し”がいる。

 

「汝は竜なり! 罪あり! 力屠る祝福の剣(アスカロン)!」

 

 一刀両断。ゲオルギウスさんの真一文字の剣閃は、射線上にいたワイバーンをまとめて斬って倒した。

 

「さあ! このアスカロンにかかりたい竜から前に出なさい! ゲオルギウスの名において、汝らを一頭残さず主の御許に送って見せましょう!」

 

 もちろんゲオルギウスさんだけじゃない。元祖“竜殺し”のジークフリートさんの勇壮ぶりも負けてはいないし、ジャンヌさんだって、初めて会った日のように独力でワイバーン一頭を相手取りながらも決して引けを取ってはいない。

 

 竜種の壁を突破したら、今度はサーヴァント――竜の魔女の尖兵たちが立ち塞がった。

 

 真名は不明の、翠衣の女アーチャー。

 竜騎兵(ドラグーン)、シュヴァリエ・デオン。

 串刺し公、ヴラドⅢ世。

 血の伯爵夫人エリザベートの完成形、カーミラ。

 

 そして――

 

「こんにちは、私の残り滓」

 

 ファヴニールに悠然と跨って地上へ降りてきた、ジャンヌさんの鏡写しの姿をした、黒い聖女――竜の魔女。

 

「今何を言った所で貴女に届くはずがない。この戦いを突破してから、存分に、言いたいことを言いに行かせてもらいます!」

「ほざくな! この竜を見よ!」

 

 竜の魔女が高らかに掲げた両腕の後ろには、空を覆い尽くさんばかりの大量のワイバーンが飛び交っている。

 悪い冗談みたいな光景だ。背中にしがみつくリカの、手をせめて握ってあげるのが精一杯。

 

 もしこのワイバーンたちを全滅させなければいけないなら、はっきり言って戦う前から負けている。でも今、竜の魔女が乗るファヴニールさえ斃せたなら――ワイバーンの指揮系統は混乱して、敵陣に大ダメージを与えられるはずだ。

 

「今や我らが故国は竜の巣となった。あらゆるモノを食らい、このフランスを不毛の土地とするだろう! 無限の戦争、無限の捕食。それこそが真の百年戦争――邪竜百年戦争だ!」

 

 竜の魔女が高らかに宣言した直後だった。魔女が最も恃みとするファヴニールに、大砲兵器から放たれた巨大な弾丸が炸裂した。

 ファヴニール直撃の振動で、竜の魔女は小さく舌打ちして地面に飛び降りた。

 

 無謀にも、と言うと失礼だから、勇敢にも。そう、勇敢にもファヴニールを攻撃したのは、フランス軍だった。

 ――彼らは知っている。わたしたちと一緒にいるジャンヌさんこそが本物の聖女ジャンヌで、黒いほうは偽者だと!

 

 わたしはリカと頷き合った。

 

「皆さんの敵との決着を! 全て終わったら合流しましょう! ――総員、散開!!」

 

 エリザベートさんは脇目も振らずにカーミラへ向かって行った。

 

 アマデウスさんはというと、どちらかというと敵のほうからアマデウスさんを目指してきたようだった。あれは、輪郭がボヤけていて――敵の正体が分からない。アマデウスさんは心当たりがある節を浮かべたから、任せて大丈夫だろうけれど。

 

 最初の打合せ通り。わたしとリカ、そしてジークフリートさんはファヴニールに集中して戦う。ゲオルギウスさんと清姫さんが露払い役だ。

 

「ファヴニール! 俺はここにいる、ジークフリートはここにいるぞ! 再び貴様を黄昏に叩き込む。我が正義、我が信念に誓って――!!」

 

 大剣を抜いたジークフリートさんに、並んでわたしも盾を構えた。

 

「せ、先輩とジークフリートさんにはっ、あたしが、魔力供給しますっ。絶対切らしませんから、ドカンと使っちゃってください! 他にも、れ、礼装の機能で、応援、しますっ、から……っ」

「ありがとう、リカ。大丈夫。あなたの先輩を、信じて」

「はいっ!」

「フォウフォーウ!」

 

 

 

 

 と、答えたはいいものの……こうして実物と対峙すると、弱気な自分が顔を出してしまいそう。ワイバーンなんか目じゃない巨大さ、それに凶悪さ。

 予定していたアマデウスさんとマリー王妃のコンビネーションアタックができない今は、ジークフリートさんだけが頼りだ。

 無論、わたし自身もベストを尽くす。

 

 ファヴニールが前肢を振り上げた。その鋭い鉤爪でわたしたちを裂く気なら、させはしない。わたしは大きく前に盾を構えながら出たが――予想外の地響きによって態勢を崩された。

 ファヴニールはただ前肢で大地を叩いただけだった。それだけでこの震度。敵の質量を見誤ったわたしの失策だ。ほら、今にもファヴニールのもう片方の前肢の鉤爪が、立て直せていないわたしに迫って来て――

 

「緊急回避、付与します!」

 

 供給された魔力がサーキットを駆け巡った。魔力には「避けろ」という指向性が染み込んでいた。わたしの手足は意思と無関係にその魔力に引っ張られて、わたしの肉体は信じられないアクティブなアクションを起こして、ファヴニールの鉤爪を躱した。

 

「マシュ!」

「すみません、初手でミスしました! リカバー利きますか!?」

「この程度ならミスにも入らん」

 

 よかった。まだ挽回のチャンスはあるみたいだ。

 

 それにしても、さっきの回避力アップ。直前にリカの声が聞こえた。礼装の効果とはこれらしい。おかげで助かった、ありがとう、と伝えてあげたいけど、それらの礼はまとめてこの邪竜を討ち倒してからしよう。

 

 次の敵の攻撃は、火炎放射だ。今度こそわたしの盾の出番だ。

 スキル「魔力防御」発動。これは魔力放出と同タイプのスキルで、放出する魔力をそのまま防御力に変換する。

 ファースト・エンカウントではジャンヌさんの守護結界と合わせて防壁を保たせたけど、今は。

 

「魔力回路、封鎖した第57ラインから第70ラインまで開通! 全ラインをサーヴァントへのパスに編入し魔力供給率アップ!」

 

 今のわたしには、リカというマスターがいる。

 ――初めてファヴニールを見た時に怯えていたこの子が、今はわたしと一緒に邪竜に立ち向かおうとしている、けなげな後輩へと成長した。リカがくれる魔力は、「魔力防御」に費やす魔力量を否応なく上げてくれる。

 

 炎を防ぎ――きった!

 

 ここからは想定戦でやったことを実行に移すまで。

 ファヴニールの虚を突く一撃、ジークフリートさん、お願いしますよ!

 

「邪悪なる竜は失墜し、世界は今落陽に至る。撃ち落とす!」

 

 ジークフリートさんの魔剣そのものの剣閃と、翠のショックウェーブがファヴニールを襲った。ファヴニールは胸部から血を噴き、もんどり返って悲鳴を叫んだ。

 

 目晦ましのために竜殺しの魔剣を使うなんて贅沢に過ぎるんだから、このあとのわたしの大役に失敗は許されない。

 わたしはがら空きのファヴニールの巨躯の()に駆け込み、本日二度目の魔力防御の反動を利用して。

 

「瞬間強化、付与します!」

 

 また両足にリカの魔力が迸った。わたしは勢いをつけて宙へ跳び上がり、盾からファヴニールに全力でぶつかって魔力を放出した。

 

「だあああああああ――――!!!!」

 

 ――聖女マルタとタラスクとの闘いで大切なポイントを知った。竜が亀の形をしていようが巨体だろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()

 わたしはタラスクの時よりさらに全力でファヴニールを逆さまに押し倒した。ファヴニールの動きを封じることに成功したのだ。

 

 けれど、ここでわたしにも限界が来た。肺が新鮮な酸素を求めて、荒い呼吸をくり返した。足が、手が、酷使した反動で震えて使い物にならない。

 

「先輩、応急手当です!」

 

 ふわっ、と体が軽くなった。

 

 わたしは急いで、ファヴニールの腹部の上から飛び降りて距離を取った。

 

「再び土に還れ、邪竜――! 幻想大剣(バル)天魔失墜(ムンク)!」

 

 冬木の地下空洞で見たアーサー王の聖剣とは異なる。竜殺しジークフリートが魔剣より放つ光は、寂滅の裁断だ。眩いものではなく、宙に余韻を残すことのない、ひたすらに竜を殺すために磨き抜かれた刃とでも喩えるべきか。

 

 大威力の剣閃と、「ファヴニールを殺した剣による一撃」という概念を一刀に束ねて食らったファヴニールは、断末魔を上げて、消滅していった。

 

 

 

 

 

《ファヴニールの完全沈黙確認! すごいな、新たなドラゴンスレイヤーの誕生だ!》

 

 ……やった……の? わたしたち、あの邪竜に勝てた、の?

 

 脱力して尻餅を突きそうだった所に、横からリカとフォウさんがセットで体当た――もとい抱きついてきた。

 

「先輩、先輩っ。よかった、元気で……!」

「フォウ、フォウ、フォウ!」

 

 わたしは苦笑してリカの髪を梳いた。それからフォウさんのモコモコの毛並みを撫でた。

 

 戦闘の要所で的確に支援してくれたね、リカ。ちゃんと分かってるよ。

 

「リカ。いいえ、マイ・マスター。たくさんの支援をありがとう」

「よけいなことじゃ、なかった……ですか? あたしのしたこと、先輩の邪魔にならなかった、ですか?」

「まさか。全部に助けられたわ。本当にありがとう、リカ」

 

 リカは深い安堵を顔にありありと浮かべた。喜びではない、安堵、だ。それが奇妙な印象を残した。


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