マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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オルレアン8

 通信を一度切ってから何十分、煮え湯を飲む思いで待ったか。

 ジャンヌさん、そして聖ジョージことゲオルギウスさんが、ティエールの街に合流しに来てくれた。

 

「マシュさん! リカさん! ご無事でしたか!?」

「はい! そちらも――」

 

 無事でよかった、とわたしが言う前に、アマデウスさんがジャンヌさんに問うた。

 

「マリアはどうした?」

 

 ――ジャンヌさんがマリー王妃の最期の別れを、聞くわたしたちの耳が痛くなるほど克明に語った。

 アマデウスさんはしばらく場を外した。

 出発の時に声をかけるつもりだけど、果たして彼は付いて来てくれるだろうか?

 

 しばらくして、ジャンヌさんとゲオルギウスさんによる、ジークフリートさんの解呪が成功した。マリー王妃が魔の手から逃がした星は、確かにわたしたちを助けた。

 

 ありがとうございます、マリー・アントワネット妃殿下。

 そして――これがあなたへの最期の黙祷になることをお許しください。

 

 わたしたちは、人理守護の尊命を負ったカルデアの使者。前をまっすぐに向け続けなければいけない身だから。

 

「――よし、動くようになった。骨を折ってもらい、申し訳ない。マシュもリカも。いや、マスター……そう呼んだほうが正しいか。貴女たちが骨を折ってくれたこと、心より感謝する。返礼として剣を預けよう。竜を殺す以外には能の無いサーヴァントだが、使ってくれれば光栄だ」

 

 ええと。わたしの名前も込みで呼ばれても。わたしは「元」マスター適性者であって、今はデミ・サーヴァントだから、本当にマスターと呼ぶべきはリカだけなのですが。

 

 ここでエリザベートさんと清姫さんも、協力を申し出てくれた。二人とも主目的は別にあるらしいが、戦力が増えるのは純粋に頼もしい。

 

《これで可能な限りの戦力が揃ったわけだ》

「はい、ドクター。となれば実行すべきは一つ――皆さん。オルレアンへ攻め上がりましょう」

 

 隣のリカを窺うと、リカも、青い顔色だけど決然と頷いた。

 

 今度はジャンヌさんが声をかけてきた。

 

「マシュさん。リカさん。今の私は力なきサーヴァントです。それでも、この世界を守りたいと願っています。そして、マリーが――私の初めての友達がその身を挺して守ろうとしたものを、私も守りたい。この時代、この世界、この国。そのために“竜の魔女”を、そして竜を倒しましょう。どうか、共に戦ってください」

「もちろんです、ジャンヌさん」

「ありがとう――」

 

 

 

 

 

 

 

 わたしたちはついにオルレアンへと進路を取った。

 

 昼から夕方、そして日が落ちて夜になる頃に、木の密集地帯を見つけて、そこでキャンプをすることになった。

 

 困った事態はそのすぐあとに起きた。

 

 少しキャンプを離れて小川に水を汲みに来ただけなのに、運悪く骸骨兵と遭遇してしまった。

 しかもアマデウスさんと一緒に。

 

 わたしが前に出るから、アマデウスさんは後ろに隠れていてもらうように言ったのだけど、彼は断った。それどころか明日の予行演習だと言って笑って前衛に出た。

 

 不安だ。マリーさんを喪ってヤケになっているんだとしたら、わたしはどういう言葉を彼にかけてあげればいいんだろう?

 

 敵兵を退けて平野に出てからも、その不安を払拭することができなくて、つい質問形式でアマデウスさんに話しかけた。

 

「アマデウスさんは言いましたよね? 『人間は好きなものを自分で選べる』と。その言葉が、わたしには分からなくて。だって、好意を持つべきものは道徳的に正しいもので、否定するべきものは社会的に悪いものです。わたしはそう教わりました。そして、それが正しいと感じるのです」

「ふうん。それじゃ、君が正しいと思うものは何?」

「それは……多くの命を救い、多くの生を認めること、でしょうか」

「じゃあ仮に、リカがそういう人物でなかったら?」

「それ、は」

「すまない。意地の悪い仮定だった。でもね、マシュ、君は多分、自由を得たばかりの人間だろう?」

 

 頷いた。

 わたしはカルデアの中でのみ活動を許されていた。しかも、短命の。どんなに自由に外の世界を歩いて、見聞きした何かに好意を抱いても、それらはあっさりと死によって水泡に帰す。

 

「……そもそもわたしに、何かを好きになる資格はないのかもしれません」

 

 好きになっても、どうせわたしはすぐ死んでしまうんだから。

 

「やれやれ。いいかい、マシュ。君が戦うだけの人形だとしても、何かを好きになる義務はある。自由はないかもしれないけど、義務はあるんだ」

 

 義務? 権利や資格ではなく?

 

「人間にはその責務がある。だって、ものを考える知性があるんだから。好き・嫌い、尊い・醜い。それは君が決めることだ。他人の言いなりになることでも、周りに合わせて考えることでもない。そしてどのようなカタチであれ、自分がいた『証』を残すんだ。僕はそうした。残された多くの曲がそれだ」

 

 わたしが、いた、証。

 限られた時間しかないわたしに、そんな大層なことができるんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 胸のもやもやを払拭できないままキャンプに戻ると、リカが泣きそうな顔をしてわたしの前まで小走りでやってきた。え、帰ってこないかと思った? まさか。リカがいるとこならどこにだって帰ってくるに決まってる。だからほら、涙は拭いて? ね?

 

 向こうではアマデウスさんが、今度はジャンヌさんと肩を並べて語らっている。話題はきっとマリーさんのことだろうな。よけいな邪魔はすまい。

 

 わたしはリカと並んで体育座り。おのおののサーヴァントが自由気ままに過ごすことしばし。

 召喚サークルを通じてカルデアから食糧が送られてきた。

 子供向けランチボックス。中には小さなサンドイッチが敷き詰めてあった。サンドイッチの上にはメッセージカードがちょこんと添えられていた。

 

 

 “いつも一緒だ”

 “がんばれ”

 “負けるな”

 “みんな付いてる”

 “無事に帰ってきてね”

 “信じてる”

 

 

 ――スタッフの皆さんのエールがこんなに。

 

「いただきます」

 

 リカは平坦に言ってから、ボックスの端からサンドイッチを口に入れては咀嚼して飲み込む、という動作をくり返した。食べている、のではない。ただ食事という運動をしている。そんな印象を抱かせる食べ方だった。

 

 リカの栄養補給が終わってから、わたしたちは具体的にオルレアンをどう攻略するかという討論に入った。

 

「この中で軍を率いた経験者は……どうやら俺だけらしいな」

「すみません、ジークフリート。私の生前は仏軍を『率いた』というより単に『陣頭に立っていた』だけですので。貴方にお願いします」

「心得た。もっとも俺とて、国を軍で攻め落とす、という絢爛な軍歴があるわけでもないが。ともかく。我々の人数は少なく、そして敵の人数は多い。ただし、敵のほとんどは我々より圧倒的に弱い。こういう場合、取るべき戦法は、正面突破か、密かに背後を突くか。今回は――」

 

 後者については、早い段階で竜の魔女のサーヴァント索敵能力に気づけたおかげで、選んではいけない戦法だと承知している。となれば、取るべき戦法は実質、一つ。

 

「「正面突破」」

「ということだ。ファヴニールは俺とマスターたちのグループが受け持とう。他はサーヴァントとワイバーンから俺たちを守ってほしい。俺たちがファヴニールを倒せるか否か。それがこの戦争の分岐点となる」

「了解しました。未熟ですが精一杯戦います」

 

 隣でリカが不安げに俯いたので、わたしはリカの手に手を重ねた。リカはもう片方の手でわたしの手を握り返した。

 

「あ。アタシ、ちょっと殴り合わなきゃならない奴がいるの。アタシはそいつに専念してもいいかしら?」

 

 ――竜の魔女の尖兵には、血の伯爵夫人、もう一人の“エリザベート・バートリー”がいる。つまりはそういうことだろう。わたしたちはエリザベートさんに頷き返した。

 

「そ、ありがと。ま、暇だったらそのあとも手伝ってあげていいけど」

 

 この布陣だと、必然的にジャンヌさんが竜の魔女を相手取ることになる。

 

「心配ご無用。彼女が本物の“ジャンヌ・ダルク”であったとしても、私は勝ちます」

 

 アマデウスさんと清姫さんは、支援にワイバーンの攪乱役を買って出てくれた。

 

 配置と覚悟は全員が問題なし。

 ――ならば、いざオルレアンへ進軍だ。

 それぞれの目的のため、わたしとリカは世界を救う一手のために。

 この歪んだ聖杯戦争に、終止符を打つ。


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