マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
わたしたちは再び二手に分かれて行動を開始した。
わたしのグループはティエールという街を探索中である。
この街は、刃物の生産と売買が特産らしい。道行く店々では剣や盾をマークにした看板を頻繁に見かけた。
《ティエールには二騎のサーヴァントがいる。さっそくコンタクトしてみて……》
ドクター・ロマンの通信を遮るようなタイミングで、わたしたちの足元に陰が落ちた。
陰が発生するということは、太陽光を遮る何かが頭上にあるということで、上を仰げば――火柱が空を迸って、消えた所だった。
発生源は、おそらくこの先の広場。
「この雑音……イヤだ。イヤだぞぅ。ああ、救いの手を差し伸べてくれミューズたち! ろくでもない予感がして震えが止まらない!」
アマデウスさんの予感は置いといて。
こんな現象、サーヴァントぐらいしか原因が思いつかない。きっとドクターが検知した二騎のしわざだ。なら、わたしたちが行かなければ。
「リカ。行ける?」
リカはこくこくと首を縦に振った。
「アマデウスさん、ジークフリートさん、付いて来てください! 突貫します!」
わたしとリカ(リカは肩にフォウさんを乗せて)、同時に走り出した。怪我人のジークフリートさんがいるから、走りはしても、あまり速くなりすぎないように注意。
ティエールの街へ入ると、ちらほらと血相を変えて走ってくる住民が見て取れた。
もう確定だ。この先には超常の存在がいる。
人波に逆らって広場に出ると、そこにはドクターの解析通り、サーヴァントが二騎、いた。
ローズヘアから角を生やし、硬い尻尾らしきものもある紅い少女。
花薄の上等な着物を着た、これも角がある、和な貴族娘らしき白い少女。
二名は罵り合い、攻撃し合っていた。
えーと……
……回れ右して見なかったことにしちゃだめですかね、これ?
「そこまで! そこまでーっ! それ以上は許せない、声という声、音という音への冒涜だっ!」
リカが小首を傾げてから。
「……聖人?」
「それこそ
と、ともかく止めないと。
この二名が聖人でなくても、噂話くらいは知ってるかもしれないし。
わたしは勇気を出して制止の声を上げた。
「その、ケンカはよくありませ――」
「引っ込んでなさいよ、子ジカ!」
「無謀と勇気は違いますわよ。猪武者ですか?」
鹿にも猪にも喩えられたのは人生で初めてだ。
ええ、初めてだったものだから。両者の少女がまた不毛なケンカに突入した時に、つい、割って入って両者の攻撃を同時に盾で受けて、お二人に尻餅を突かせてやりました。
「えー、お二人からお伺いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「……何よ」
「あなたたちの他にサーヴァントを見たことはありますか? 竜の魔女やカーミラたち以外に。できれば聖人のサーヴァントの情報が欲しいのですが」
「――この国に広く根付いた教えの聖人ならば、ひとり心当たりがありますが」
着物の彼女によると、危うく戦闘になりかけたが、相手は彼女が本来のバーサーカーだと気づいて剣を納めたという。彼の名は、ゲオルギウス。
「どこへ行ったか分かりますか?」
「残念。わたくしと逆方向、西側へ向かいました」
西はジャンヌさん・マリーさんペアが行った方角だ。
わたしはリカに説明した。リカは急いで通信機を取り出して、ジャンヌさんにコールした。そして、今しがた得たばかりの情報をジャンヌさんに伝えた。
《こちらでもサーヴァントを確認できました。今からコンタクトします》
「気をつけてくださいね」
《ありがとうございます。マシュさん。またあとで》
通信が途切れた。
「上手くお話できるといいですね。ジャンヌさんとその聖人さん」
「同じ信仰の
「先輩がそう言うなら、いいと思います。休憩大事」
それなら、とアマデウスさんが立ち上がった。多少はフランスの土地勘がある自分が行くのが一番早いとのことだ。それに、この紅白少女たちから離れたいという気持ちもあったのだろうし、そこは汲んで差し上げよう。
わたしはリカと揃って手を振ってアマデウスさんを見送った。
わたしからは反対側に立っていたリカが、ジークフリートさんを不安げに見上げた。
「ジークフリートさん。体の調子はどうですか?」
「不思議だが、リカが触れたあとは楽になる。これは魔術というより、リカがそういう体質なのかもしれないな」
触れた者から苦痛を取り除く。なるほど。ジークフリートさんの言には一理ある。わたしも、冬木でのアーサー王との戦いで、リカが寄り添って体が楽になった。
「あたしにできるの、この程度ですから」
この程度、であるものか。戦いの中にあって、迅速かつ確実に負傷を治す力は黄金より価値がある。
っと、あれ?
「リカ。通信機鳴ってる」
「え? あ! ほ、本当だっ。すすすすみません、すぐ出ます! ――はい、リカです! ……ジャンヌさんっ」
通信の向こう側は、同じ通信機の予備を渡したジャンヌさん・マリーさんペアのどちらかでしかないから、わたしは驚かなかった。聖人を味方につけた、という頼もしいニュースが続くことを疑わなかったし、そこだけは当たった。
ただ――
《マリーは、街に、残りました。竜の魔女から、街の市民を守るために……マリーは、彼女はもう、魔女のサーヴァントに、倒さ、れ……ッ!》
仲間の訃報まで聞く耳も心も準備できていなかったわたしは、笑顔を貼りつけてその場で立ち尽くした。