マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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サクサクいくよー


オルレアン6

 明朝。わたしたちはリヨンに進路を取った。

 

 道中で噂話を集めてくれたマリー王妃によると、こうだ。

 

 リヨンはすでに竜の魔女とそのサーヴァント軍団によって壊滅させられた。

 しかし、それより前、リヨンには守り神がいたという。大剣を持った異国の剣士で、ワイバーンや怪物を退けてリヨンの住人を守っていたと。

 

 その「守り神」だった異国の剣士がサーヴァント、そして聖女マルタの語った“竜殺し”である可能性は高い。

 

 リヨンに着いてから、わたしたちは二手に分かれて捜索を開始した。

 

 西側はマリー王妃とアマデウスさんが。

 東はわたしとリカ、そしてジャンヌさんで。

 

 瓦礫を一つ踏み越え、焼け跡を一つ通り過ぎるごとに、ジャンヌさんの表情は沈鬱なものへ変わっていく。どう慰めていいか分からないのが歯がゆかった。

 

 ――マリー王妃がもたらした吉報にも、ジャンヌさんは驚きはしたものの寂しげだったのだ。吉報とは、国中で混乱していた兵を、ジル・ド・レェ元帥がまとめ上げて、オルレアンを奪回しようとしていること。

 

《マシュ! 聞こえるかい!?》

「ひゃっ。ドクター・ロマン?」

《全員撤退を! そこにサーヴァントが猛烈な速度で向かっている! 加えてサーヴァントを上回る超極大の生命反応だ!》

 

 そ、そんな存在がこの世に実在するのですか!?

 ……いえ、いいえ。ドクターの観測が正しいなら、ますます“竜殺し”を戦力に加えないと、竜の魔女の勢力に対抗できなくならないか。今撤退して、また平穏にリヨンに入れる保証はないんだ。

 

「――先輩」

「撤退はしましょう。ただし“竜殺し”を見つけてからです。ドクター、街の中にサーヴァント反応はありませんか!?」

《今サーチしてる……! ――よし、その先の城に一騎、弱い反応発見!》

 

 わたしとリカは瞬時かつ同時に、丘の上の城をめざして走り出した。一拍置いてジャンヌさんが追いついた。

 さらに道中でマリー王妃とアマデウスさんを拾って、わたしたちは城へ急行した。

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い城を、ドクターがナビするサーヴァント反応を頼りに駆けたわたしたち。

 

 その城の中の一室で、わたしたちはついに見つけた。

 

 苦しげに片膝を突いて、大剣で倒れそうな体を支えている精悍な男性。はだけた胸板の呪刻の仄明るさが、ぼんやりとその剣士の容貌を照らし出していた。

 

 剣士はわたしたちが部屋に踏み込むなり、こちらに斬りかかった。

 

「きゃあ!?」

「このっ」

 

 わたしはリカを背にして盾で斬撃を受けた。――この子には、わたしの「後輩」にだけは、危害を加えさせない。

 

「待ってください! 私たちは味方です!」

「一緒に来てください! ここに強い竜種が襲ってきます! 留まっていては全員が危険なんです!」

 

 竜、という名称を聞いて、剣士は得心が行ったらしかった。

 

「なるほどな。だからこそ俺が召喚され、そして襲撃を受けたわけか」

「手を貸します。脱出しましょう」

「すまない、頼む」

 

 剣士を左右から、アマデウスさんと、リカが支えた。けれど剣士は全身を二人に預けきるでなく、自身の足で歩いた。

 

 ようやく城の外、お日様の下に出たわたしたち――の足元に、ふいに影が落ちた。

 

《先ほどの超極大反応、視認域に接近! これは……おい、まさか!》

 

 わたしは空を仰いで、愕然とした。

 

 ()()()()()()

 

 ワイバーンなど比較にならないほど凶悪な、巨躯、巨翼。これが竜種の頂点。これが聖女マルタの警告した邪竜。

 

「何を見つけたかと思えば、瀕死のサーヴァント一騎ですか」

 

 邪竜の背に乗っているのは、竜の魔女。

 魔女は戦慄くこちらを睥睨している。よりにもよってこれほど凶悪なモノの上に立って。

 

「いいでしょう。諸共滅びなさい。灼き尽くせ――ファヴニール!!」

 

 ファヴニールの咆哮に空気がびりびりと震えたのを、確かに感じた。

 

「わたしが出ます!」

「マシュさん、ここは一緒に!」

 

 盾を地面に突き立てた。――やっぱり宝具の真名は分からないままだ。でも、護らなければ、という想いが確かに胸にある。だから――!

 

仮想展開(ロード)()人理の礎(カルデアス)!!」

我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)!!」

 

 わたしの盾の守護円陣と、ジャンヌさんの旗が放つ光のベールが重なり合って、ファヴニールの吐く火を押し留めた。

 押し留めて、そこで限界だった。

 ファヴニールの吐く火に際限がない。永遠に全力展開なんてできない。いずれ詰む。――わたしの後ろにはマリーさんもアマデウスさんもフォウさんも、リカも、いるのに。

 

 もうだめ――そう心が屈しかけた瞬間、わたしたちの横を駆け抜けた人影。

 さっき城から連れ出したサーヴァントが、大剣を――

 

幻想大剣(バル)天魔失墜(ムンク)!!」

 

 大剣を、ファヴニールの首の付け根を狙って振り抜いた。

 傷を、つけてみせたのだ。あの凶悪な邪竜に。

 

「蒼天の空に聞け! 我が真名はジークフリート! 汝をかつて打ち倒した者なり!」

「くっ……ファヴニール、上がりなさい!」

 

 ファヴニールは竜の魔女を乗せて高く空へ飛んで、去った。

 

 ジークフリートさんがその場に膝を突いて、ようやくわたしは我に返った。

 

「すまないが、これで限界だ……戻って来ない内に、逃げて、くれ……」

 

 それだけ言うと、ジークフリートさんは地面に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 わたしたちはマリー王妃のガラスの馬車を足にお借りして、リヨンから大きく距離を開いて、放棄された砦の一つの前で止まった。

 

 兵士は誰もいなかったので、ひとまずの休憩場所として砦を使うことに全員で決めた。

 

 せっかくだから広い部隊長の個室へ。

 ジークフリートさんを運んで、そこそこ上等の寝床に横たわらせた。

 

 そのジークフリートさんの横にリカが付いて、治癒魔術をかけ始めた。

 ――光が溢れるとか、魔力波が広がるとか、見た目に派手な現象はないのがリカの治癒魔術だ。

 ただ、怪我人に触れる。患部に直接触れたら効率が上がる。すると不思議、傷は綺麗に消えている。

 

 リカが手を添えてすぐ、ジークフリートさんの裂傷や擦過傷は消えて行った。

 

「リカさんがこれほどの癒しの秘跡をお持ちだったとは……」

「治癒魔術はリカの最大の武器ですから。あ、いえ、他にリカが武器を持たないというわけではなくて」

 

 武器というか、リカの長所や美点なら、わたしはそこそこ言い挙げられる。わたしは先輩だから、あの子のことは結構知っているのだ――多分。

 

「その、先輩――ごめんなさい。ジークフリートさんの傷、なんだか治りが悪いんです。あたしの力を受け付けないように遮断されてるみたいな……」

「どうやら呪いのたぐいらしいな」

 

 当のジークフリートさんが言うのならそうなのだろう。呪いに邪魔されてリカの治癒術式が通らないという所か。

 

 

 ――聞けば、ジークフリートさんは召喚されたのが比較的早いほうだったとか。

 マスターもおらず放浪して、リヨンが襲われるのを目撃して助けに入った。しかし、ワイバーンはまだしも、複数のサーヴァントに同時に襲いかかられては成す術もなかった。

 彼はああして城で息を潜めていた。傷は治らず、誰かに助けを求めることもできず。

 

 

 リカがジークフリートさんの腕に軽く触れた。

 

「大変……でしたね」

「そうでもない。こうして君たちが駆けつけてくれた。礼を言う」

 

 リカは大きく首を横に振った。

 

「呪いについては、洗礼詠唱で解呪できるでしょう。私一人ではどうにもできませんが、せめて聖人があと一人いれば何とかなります」

《ああ、可能性はあるよ。聖杯を持つのが竜の魔女ならば、その反動で聖人が召喚されているのはありうる話だ。キミたちにサーヴァントの宛てはあるかい?》

 

 わたしが知るのはジャンヌさんたちと、竜の魔女の尖兵だけ。ジークフリートさんも、わたしたちが味方サーヴァントとの初遭遇だと言った。

 

 手がかりゼロの状態から、フランス国土を巡って、探さなければならないなんて……

 

「先輩?」

 

 リカがわたしを見上げている。

 

 ……できっこないなんて口が裂けても言えない。特にこの子の前では。

 わたしはリカの「先輩」なんだから。

 

「手分けして聖人を探しましょう。対象は同じサーヴァントですから、見つけるのは容易です。どう手分けするかは――」

「思いついたわ、わたし! 今こそくじ引きをしましょう!」

 

 マリー王妃が急にそんな明るい提案をした。

 

「アマデウス、作ってちょうだいっ」

「くじを引きたいだけだろう、君は。分かったって。それでグループ分けしよう」

「わ、わたしはリカとワンセットでお願いします! リカはわたしのマスターで、わたしはリカの先輩ですから。離れるわけにはいきません」

「ん。その辺の機微はさすがに僕も承知してるさ。マシュが決まったグループに、自動的にリカも割り振るってことで」

 

 くじの開票結果。

 

 わたし。リカ。アマデウスさん。ジークフリートさん。

 ジャンヌさんとマリーさん。

 

 ――という2グループに分かれることとなった。




巻いて行きます。

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