マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
戦う前に、ジャンヌさんから申し出があった。
「聖女マルタとは、私に戦わせてください」
ジャンヌさんは旗を聖女マルタに突きつけた。
聖女マルタは、タラスクを呼び出してからアクションを起こしていない。厳しくわたしたちを睨み据えてはいるが、攻撃してこない。
「彼女は自らを竜の魔女に、タラスクを魔女が率いる竜の群団に見立てているものと思われます。あの、私でない黒い“私”を斃すために、私は、彼女に打ち勝たねばならないのです」
言われてみれば、なるほど、ジャンヌさんの推測は筋が通っている。これは竜の魔女たちとの戦いに備えた想定戦なのだ。
ならば聖女マルタの相手はジャンヌさんにお任せするのが順当。
「ジャンヌ。傷の治療が必要になったら遠慮なく声をかけてちょうだいね」
「ありがとう、マリー」
「いいえ。トモダチですもの。このくらい」
ついに聖女マルタがジャンヌさんめがけて力強く踏み込んだ。
杖と旗がぶつかり合って、わたしには不可視の軌道を描いている。
「マリア。ジャンヌに加勢しなくていいのかい?」
「それが必要になる時が来れば、わたしは喜んで彼女と肩を並べます。でも今はその時ではないわ。分かるの。というわけだから――お転婆でごめんあそばせ。ガラス細工のように、煌びやかに踊るわよ!」
タラスクと戦うのは、わたしと、マリー王妃とアマデウスさん。
全員が攻撃手段を持っていないけど、非力には非力なりの戦い方がある。それをここで実践するんだ。
タラスクがついに重厚かつデタラメなサイズの足を、上げた。わたしたちを軒並みぷちっと潰して終わり、くらいにしか思考してないのかもしれない。
ここでわたしが打つ一手は、魔力放出ならぬ、
わたしに力を授けた英霊のスキルを自己流にアレンジしたスキル。魔力で編んだ防壁で、タラスクが振り下ろした足裏を受け止めて、すぐ横に流した。タラスクはたたらを踏んだものの、態勢を崩す所までは持って行けなかった。
そう、タラスクの足。特に二足歩行のための後ろ脚。そこにダメージをぶつかって行って、姿勢を崩す。または不安定にし続けるのが盾役のわたし。
タラスクが前脚を大きく振った。それだけで、木々の表面がブロッコリーの房のように刈られた。その余波を受けてわたしも宙に投げ出される。――上等。
飛んだ木の房で手近なものに着地して、魔力防御を足裏に小さく展開して、房を蹴った。そして、勢いのまま、タラスクの胸部に盾からのボディアタックを見舞ってやった。
タラスクが傾く様はスローモーションみたいだった。
簡単な話だ。
着地するなり、わたしはマリー王妃とアマデウスさんの名を叫んだ。
「まさかこの宝具をこんな使い方をする日が来ようとはね」
「ジャンヌも言ったけれど、サーヴァントになってみるものだわ」
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの宝具は、天使の楽団が奏でるオーケストラ。
マリー・アントワネットの美声は、王権による力の行使宣言に匹敵し、それは歌声一つで王権への敵対者へダメージを与える域。
――では、この二者の「音楽系」のスキルを結び付けて発動したら、どうなる?
まだ議論段階にあったそれを、タラスクの登板で、こちらもぶっつけ本番で投入を決めた。
「行くよ~?
「Laaa~♪ La・La・La,LaLaLa~♪」
――荘厳なオーケストラが天上から光臨した。天使のひとりひとりが、アマデウスが楽譜に連ねた音色を奏でるために楽器を吟じた。
今はさらに、王権の象徴たるマリー・アントワネットが、楽団の演奏をBGMにして、キラキラ、キラキラ、歌っている。
歌声と楽器が絡み合い、虹色のらせんを描き、調和して響き合っている。――視えた。これが、「音楽」の頂。
聞き惚れていて、いつのまにか、仰向けに倒れたタラスクが完全沈黙していたことにも、すぐには気づけなかった。
……やった、の?
「やぁぁああああああ!!」
「くっ――ぁ!」
とっさに顧みた。
ジャンヌさんと聖女マルタの決着がまさにつかんとしていた。
ジャンヌさんが聖女マルタの杖を手から落とさせ、石附で聖女マルタの胸を抉った。血は流れていないが、今のは霊核まで届く渾身の一撃だった。
聖女マルタはその場に頽れた。
「いい? 最後に一つだけ教えてあげる。竜の魔女が操る“竜”に、貴女たちでは絶対勝てない。だからリヨンに行きなさい。かつてリヨンと呼ばれた都市に。竜を倒すのは聖女ではない、姫でもない。古くから“竜殺し”と相場が決まっているわ」
聖女マルタは、語るべきことは語ったというように晴れがましく、タラスクに凭れて、共に消滅していった。
あんなダイヤモンドのごとき聖性を持つ人ですら、サーヴァントとして、しかも狂化されてしまっては、邪悪な命令に従わざるをえないなんて――
「フォウ!」
「先輩、どうしました……? 難しい顔、してます」
「あ、ううん。ちょっと考え事をね」
リカを護れた。「邪竜を従える聖女」を倒すことができた。次の目的地も定まった。得たものは多い。わたしだけの小さな懸念は仕舞っておこう。
ふいにリカがわたしに身を寄せた。
体がふっと軽くなった。さっきの戦いで、緊張していたせいで感じなかった負傷を、リカが治癒してくれたんだと分かった。
「ありがとう」
リカは嬉しそうに笑った。さっきの懸念が馬鹿馬鹿しく思える、わたしがよく知る笑顔だった。