2018/07/05追記:展開の都合上、既婚者の数が変わりました。
三人全員ではなく、二人です。一番の若手はまだ未婚のようです。
『”アーサー”、帝国人としてやり直す気はないかい?』
さて、世界を神の視点で見れる親愛なる紳士淑女諸君にはヤンのリンチに対する行動は、どう映っただろうか?
前世の罪滅ぼし? 代償行為?
無論、そのような意識も全く無いと言ったら嘘になるだろう。
ヤンとて一応は血の通った……どちらかと言えば情の厚い人間だ。
ただ、好意に非常にむらっ気があるのは既に皆さんが知るところであろう。
だが、ヤンは……ローエングラム領
前世を同盟将校として生き、母国が滅び暗殺で幕を閉じた人生を終え、今生は資金力なら帝国最有力と噂される帝国貴族として生きる羽目になった男の内面は、なるほど確かに”人間にあるまじき”混沌と闇を抱えていてもおかしくはない。
『胡散臭いな……』
別にヤンが内面に人知れず抱えた”得体の知れない混沌”に感づいたわけではないだろうが、リンチは怪訝な表情を解こうとはしなかった。
まあ、同胞に極限まで貶められたのだから、全てに懐疑的になるのはむしろ当然だろう。
『俺の再起に手を貸す……それに子爵、お前に何の得がある?』
『無論、代償をいただくさ。取り立ててやって欲しいのは、
ファーストネームに代名詞……自分の呼び方が変わったのはリンチにもわかったが、それを問うより先に聞きたいことがある。
『証言?』
ますます訝しげな表情になるリンチにヤンは涼しい顔で、
『”リンチ提督は、民間人の安全をマルコム・ワイドボーン、ジャン・ロベール・ラップに託し、自らは艦隊を率いて民間人の脱出を支援すべく
『えっ……?』
『”ワイドボーン、ラップの両名がそれを証言しなかったのは、混乱した前線ではよくある連絡の不行き届きでその命令が届かなかった。リンチ提督は計画通りに陽動作戦を行い、奮戦し見事に民間人が脱出するまでの時間を稼いだ”……こういうシナリオはどうだい?』
『ちょっと待て……それは……』
『別におかしな話じゃないだろ? 君が降伏したのは、”隕石群に偽装した脱出船団が、こちらの哨戒網を抜けた後”だ。公式記録にしっかり残ってるしね』
『確かにそうかもしれんが……』
『”だが自由惑星同盟はろくな調査もせずにエル・ファシル防衛失敗の責をリンチ提督に押し付けた。そこに正義は無い”』
『正義か……ロクでもない言葉だ』
吐き捨てるようなリンチの言葉にヤンは頷き、
『全くの同意だね。どの時代のどの国の国営墓地も、正義って言葉に踊らされた成れの果てで満員御礼さ』
そしてリンチはヤンの言葉を反芻するように逡巡し、
『つまり子爵サマは、こう言いたい訳か? 俺に”卑怯者”から”裏切り者”になれと』
『端的に言えばそうなるね』
だが、ヤンはリンチの言葉を否定せず、
『だけど気にする必要はない。先に君を裏切ったのは同盟のほうだ。同盟に裏切られた君は、”見限った”のさ』
『物は言いようだな』
そう言い放つとリンチはニヤリと笑い、
『だが悪くない』
『誘った私が言うのもなんだが、卑怯者も裏切り者も汚名に変わりはないのなら、より利益があるほうを取るべきだ』
ヤンは柔らかな笑みを浮かべ、
『アーサー、君はここで”終わり”じゃない。まだ”これから”がある以上はね』
この時、リンチは大声で笑った。
それは久しぶりの心からの笑顔だったという。
アーサー・リンチ……この時、まだ絶望はしていても腐ってはいなかった。
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そこから先の話は、掻い摘んで話そう。
その日の内に収容所を出たリンチは、ヤンの要望どおりの証言を行った。
このインタビューは”リンチ証言”と銘打たれフェザーンと帝国の諜報網、さらにヴェンリー家独自の諜報ネットワークを通じて同盟にスクープとして拡散され、一気に大騒ぎとなった。
例えるならあちこちで大炎上祭りが開催された。。
事態を重く見た同盟政府ならびに軍部は、文字通り火消しに躍起になり……
”これは捕虜に政治的取引を持ちかけ一芝居を打たせた帝国の悪質なプロパガンダ”
”卑怯者が裏切り者になっただけだ。民間人を見捨てた者が、今度は保身の為に国を売ったのだ”
という主張を言葉を変え、表現を変え、内容は変えずに繰り返した。
一応、その成果はあがり、基本的に民主主義国家らしい移り気な市民特性も手伝い、やがてこのスキャンダルは「帝国のプロパガンダ」と断定され収束していく。
ただ、一点の曇りなき”エル・ファシルの英雄”という政府と軍部が好んで仕立て上げた美談に、疑念という土が付いたのもまたまぎれも無い事実だった。
ヤンは無論、約束を守った。
リンチをヴェンリー財閥の中でも精鋭であるヴェンリー警備保障に招き、
『実はウチでは大量の同盟の鹵獲軍艦を使ってるんだけど……その特性を熟知していて、なおかつ艦隊指揮をできる人間が中々いなくてね。いや~、アーサーが受け入れてくれて本当に助かったよ』
と素直に喜んだという。
実は前世も含めてヤンのリンチへの評価はそう極端に悪いものじゃない。
民間人を見捨てたことには問題あるが、前世の自分はそれを囮にしたのだからどっちもどっちだと考えていたし、絶対勝てない数の敵に包囲されて降伏を選ぶのはむしろ悪い判断ではない。
そこから長い付き合いになるわけだが……
リンチはヴェンリー警備保障の中で帝国というものや貴族というものを学び、提督としても人間としてもまだ自分が成長の余地があると自覚した。
そして徐々にっその頭角を現すと同時に……率直に言って、ヤンに完全に毒された。
ヤンは天性の”
どんな経緯があったか今一つ不明だが、気が付けばリンチは軍のブート・キャンプより厳しいと噂されるヴェンリー家本宅にて開催される執事研修を幾度も受け、骨の髄まで執事の何たるかを叩き込まれて”執事もこなせる提督”あるいは”提督もこなせる執事”として覚醒(?)した。
シューマッハも同様だが、ヤンの前で常時執事服を着れるというのは相応のキャリアと意味があるということなのだ。
無論、そんな生活である以上、酒びたりになるような余力はなかった。
☆☆☆
こうしてヴェンリー家が誇る”三大お抱え
ちなみに残る二人のサクセサーのうち、一人は同じくヴェンリー警備保障の”
三人揃って帝国人の平均年収の軽く数倍は年俸を得ている高給取り(実は元帥府の提督達より高給取り。軍人は公務員なので当然かもしれないが)で、ついでに言えばアイゼン・リッターの隊長を除く二人は帝国での再婚組で、参考までにリンチの奥方のデータを書いておくと……
・奥方の年齢は、キルヒアイスとそう変わらない(ミュラーより確実に年下)。
・既に二女一男をもうけている。一番年上の長女は今年幼稚園に入園。
・同僚や部下の証言:「リンチ提督の奥方って毎年妊娠してね?」、「いやむしろ俺はボテ腹姿しか見たこと無いんだが?」
とのことらしい。
現代日本で言えば「奥様は女子高生」という感じだったのだろうか?
とにもかくにもヴェンリー警備保障の中で着実に実績を重ねてきたリンチは、こうしてヴェンリー財閥中から集められた指向性ゼッフル粒子発生装置搭載の工作艦群とその護衛艦を引きつれ、はるばるカストロプ本星付近までやってきていたのだ。
なぜヤンが軍の工作艦を使わないのかと言えば、単純に質&量とも財閥の工作艦の方が勝っていたからだ。
ヘルクスハイマー事件で得た副次的利益の中で、ヤンは本来なら軍事機密の指向性ゼッフル粒子発生装置のライセンス生産権を、「情報公開しない」ことを条件に獲得した。
財閥では単に大量生産だけにとどまらず現在進行形で発展/改良が勢力的に続けられており、また宇宙空間での土木工事や廃艦の一斉爆破処分などに積極的に用いられていた。
そんな経緯もあり、ヴェンリー財閥は指向性ゼッフル粒子発生装の保有数も
キルヒアイスが見送る中、リンチ率いる工作艦隊は慣性航行に切り替えゆっくりとカストロプ本星に近づいていく。
目的地は、二度の貴族艦隊撃破で急増した本星周辺のデブリ帯だ。
”アルテミスの首飾り”が内包するセンサー以外はまともに機能していないカストロプ勢力では簡単には捕捉できないだろう。
「では我々も参りましょう」
リンチ艦隊が十分に離れたことを確認したキルヒアイスはニコリと微笑み、
「全艦、機関出力最大! 広域ジャミング開始! 我々がカストロプに来たことを派手に報せるとしましょうか」
しっかり「復讐=幸せになること」は達成していたリンチ提督でした(挨拶
リンチ夫人の奥様はきっと茶髪のショートカット、身長は150cm前半できょぬーだと思います(えっ?
とはいえ、リンチ提督の中にはまだまだつけなきゃいけない”オトシマエ”がありそうですが……