金髪さんの居ない銀英伝   作:ドロップ&キック

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第048話:”聳える壁に挑む狂戦士”

 

 

 

「なんて”堅さ”よ……!!」

 

渾身の一点集中突破を跳ね返され、思わず中二尊大モードではなく地の言葉が出てしまうイリヤ……

ミュラー率いるアクシズ前衛艦隊は、それほどまで守備が堅かった。

 

玉石混淆とはいえイリヤ艦隊は5000隻、対し敵艦隊は7000以上8000以下というところだろう。

数的不利とはいえ、戦術を吟味し一点集中突破は狙えば、戦況を引っくり返すことが不可能ではない差のはずだ。

 

だが数字の差以上に守りが堅く、フェイントを交え少しずつでも削れるように比較的弱い部分を見つけ出し、波状攻撃をかけるも結果は芳しくはない……どころか、むしろ逆撃でゴリゴリとこちらの艦隊が削られてるような気がした。

 

 

 

(ウルリッヒ・ケスラーと真逆のタイプだとは思わなかったわ……)

 

イリヤに言わせれば、ケスラーはカウンターの名手だ。

やんわりとこちらの攻撃を受け流し、突っ走った先端ではなく側面や後方の弱点と呼べる部分にカウンターで強撃を加え、連携を分断することで切っ先を鈍らせ深く潜り込ませないようにしながら、可能な限り各個撃破を狙う巧妙な手を使う。

ケスラーの攻め手の肝は、受け流してからカウンターに繋げるまでの”()()”だろう。

 

(こんなとんでもない奴がいたなんて……計算違いもいいとこよ)

 

だが、ミュラーはそもそも崩れないし崩せない、正統派の防御の上手さがある。

ケスラーが速さと鮮やかさを持ち味とするなら、ミュラーは差し詰め堅さと重厚さだろうか?

まず目に付くのは初期布陣の巧みさと、こちらが攻勢に出た場合の局所的な陣形変化の素早さだ。

防御主体の戦術をとる場合、防御が高い戦艦を前面に出すのは定石と言える。が、問題なのはミュラーが戦艦の物理的、あるいはハードウェア的な防御力に頼りきってないことだ。

 

戦艦は確かに機動盾としても使える頑強さを持つが……ミュラーは戦艦で組み上げた”()()()”を見せつけながら、その実は壁にこちらが接触する前に機先を殺ぎ、突破力その物を奪うことに秀でていたのだ。

具体的には、『防御戦における火線の集中』がやけに上手かった。

 

例えばこちらが一点集中突破を試みようとすると、その進行方向に手早く戦艦を集中させると同時に機動力のある巡航艦や駆逐艦で編成された小艦隊……昔風に言うなら”水雷戦隊”を無数に編成して側面から切り込ませ、こちら側の”突破の()()”となる船を戦艦群の砲撃と合わせて叩いて来るのだ。

無論、戦艦群の後方にも巡航艦を中心とした打撃部隊はおり、戦艦群と水雷戦隊群を無理に突破しようとして密集陣形から外れた船を1隻1隻的確に削ってゆく。

 

では分散して多方向からの複数合撃にしたらどうか?

そっちのほうが結果は悲惨だ。

何しろハードウェア的な性能差は置いておくとしても、個々の練度や全体の統制能力に大きく水をあけられてるだろう現状では、先回りされて各個撃破されるのがオチだった。

 

無論、イリヤは無能とは程遠い存在だ。

擬似突出に擬似後退、対艦戦に秀でたスパルタニアンと対戦闘艇戦に優れるワルキューレによる複合戦闘艇群による牽制など、手変え品変え様々な戦術を試しているが、未だこれといった決定打は見つからず……率直に言うなら完全に攻め(あぐ)んでいた。

 

幼くして三次元チェスで頂点を極めたイリヤであるが、その最大の特徴は”狂戦士(ベルセルク)”とも揶揄される強烈な攻勢にあった。

だが、その最大の持ち味がいとも容易く跳ね返される現状に、イリヤは小さな拳を握り締める……

 

「だが、我は引かぬ逃げぬ退かぬ! 我が背後にはカストロプの民がいるのだ!」

 

覚悟を込めた瞳で、(サイ)のような印象の戦艦……ミュラーが座乗する”フォンケル”を睨みつけた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

だが、イリヤにとって朗報……と呼べるかは不明だが、

 

「なんて娘だ……」

 

その最新鋭旗艦型戦艦”フォンケル”に座乗するナイトハルト・ミュラーは、イリヤが思ってるほど余裕があったわけじゃない。

むしろ、背中に冷や汗を掻いていた。

 

「本当に12歳の女の子なのか?」

 

いくらなんでも嘘だろうとミュラーは言いたくなる。

判定勝ち狙いというなら、確かに自分は勝てるだろう。少なくとも現状で流し続けてる血の量は、明らかにイリヤ艦隊のほうが多い。

だが、それは当たり前なのだ。

こちらには画期的と呼んでいい艦隊指揮統制システムである”クラスター・フラクタル・モデリング・システム”がある。

加えて練度でも数でも上回ってる以上、有利に進められるのが普通だ。

 

ミュラーは、それらの戦力倍化要素が自分の提督としての力量だと履き違える迂闊さは、幸いにして持っていない。

システムを未だ十全に使いこなしてるとは言えないが、『敵の攻勢基点となる船の複数抽出』や『艦隊というフラクタル構造体から戦艦というクラスターを抜き出してのきめ細かい誘導』、『艦隊フラクタルから水雷戦隊という小フラクタルを複数抽出しての有機的な運用』などは、全てシステムのバックアップがあればこそだと自覚している。

 

更に言えばこちらには、強力な電子戦を展開できる電子作戦艦群まで随行させてるのだ。

つまりハードキルだけでなくソフトキル的な手段を用いて効率的なECMをしかけ、通信や各種センサーにジャミングをしかけられる……効果は限定的かもしれないが、言うならば電子的に相手の耳や目や声を奪えるのだ。

同盟艦は総じて帝国艦よりECM/ECCM/ESMなどの電子戦性能が高いと言われるが、それでも専門に作られた船ほどじゃないだろう。

そして傭兵が混じってる可能性も否定できない……いや、むしろここ最近のカストロプの戦力の拡充を見る限り普通に居るだろうが、あくまで主力は帝国、それも志願でれ徴兵であれカストロプの住民だろう。

そんな彼らが、同盟艦の装備を使いこなせるほど電子戦に精通してるとは思えない。

 

 

 

そしてそれらの要素を含めて戦ってもなお、イリヤは油断ならない相手……”()()”だった。

例えば先の一点集中突破にしても、ミュラーは全く異なる感想を持っていた。

 

「本来ならイリヤ嬢は針のような、あるいは錐のような鋭さをもった突撃がしたかったろうに……」

 

だが、それが練度の問題で艦隊としての集中と連携が甘くなり、結果としては釘や杭のような太さになってしまう。

だからこそ、比較的簡単に切り崩せたのだ。

 

(イリヤ嬢にもし、こちらと同等のシステムと艦隊練度があったら……)

 

正直、あまり想像したくない状況だった。

おそらく彼女は、そのトータル・リソースを攻勢に全部振り分けるだろう。

しかも実際に戦ってみると判るが、力技のような大味な手だけでなく、陽動部隊を用いた牽制や撹乱、戦闘艇群によるテコ入れなど小技にも年齢に似合わぬ老獪さを感じさせる手を平然と使ってくる。

 

ミュラーは気を引き締めなおし、

 

「ケスラー卿、仕上げは頼みましたよ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

イリヤは内心、自覚無いままに焦っていた。

三次元チェスプレイヤーとしての彼女は、広い視野を持ったプレイヤーであると言える。

盤上全隊を見回し、全体の流れを見て、無数の手を脳内でシミュレートしながら攻勢点を見抜き、一気に攻め込む……そんなプレイヤーだ。

 

練度をはじめ、自分の率いる艦隊が質的にも量的にも劣ることは頭では理解していた。

実際、彼女はその質的に劣る艦隊を率い、ケスラーを感嘆させ、現在進行形でミュラーを驚嘆させている。

 

だが、同時に「同じスペックの駒を使い、思考のみで勝敗を決する」ゲームに慣れすぎていたのも事実だ。

ケスラーに負けたこともだが……「盤上ではついに巡り合った事の無い”堅牢な打ち手”」であるミュラーの存在が、彼女の内面を揺さぶっていた。

 

その表には表れないが小さくはない動揺が彼女から思考的余力を奪い、ある可能性を失念させていた……

 

「天頂方向に熱源多数!! 敵艦隊別働隊と思われます!!」

 

オペレーターの悲鳴の声が響き渡る。

 

「識別は……敵の”赤い旗艦”ですっ!!」

 

「なんだとっ!?」

 

 

 

かくて罠の口は閉じられる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりのガチな艦隊戦(殴り合い)!(挨拶

まだ同盟と本格的に()り合う前に強敵に巡り合うことによって、ミュラーの鉄壁への覚醒が早まりそうです(^^

そして最後に美味しいとこもってくのは、やはり赤い人でした(笑


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