その日、カストロプ星系域
「繰り返す!
抵抗するまもなく撃沈された
いくらなんでも押し寄せた艦隊は、搭載している雷撃艇やワルキューレ、シャトルに救命脱出ポッド……どころか搭乗人員まで含めたって億はいかない。
まあでも気持ちはわからなくも無い。
万を越える艦隊など、星系守備がメインの貴族私設艦隊が見る機会など滅多にないのだから。
とはいえ約15000隻中、純粋な戦闘艦は12000隻だけで、残る3000隻は非戦闘艦。非戦闘艦でも通常の長期遠征に必須な輸送艦や補給艦、病院船を含めた多数の工作艦、非戦闘艦とは少し違うが小規模ながらオフレッサーら
標準型戦艦をベースに大改装した”装甲強襲揚陸艦”をはじめとするこの部隊……ヤンはどうやらより能動的な意味において装甲擲弾兵を”海兵隊”化したいようだ。
もう少し語弊の少ない言葉で言うなら、「装甲擲弾兵のより機動的運用手段の模索」と言ったところか?
ヤンはもちろんドイツ第三帝国の”
よほど詳細に観測しない限り、「主砲の門数を6門から2門に減らした標準戦艦がある」などとは気づかないだろう。
装甲擲弾兵の活躍は後に譲るとして……
静かに、されど徹底的にカストロプの哨戒網を潰したヤン元帥府の若手三提督を中心とした3個分艦隊は、まんまとカストロプ星系に侵入し、アステロイド・ベルトに進駐することに成功した。
そして工作艦部隊は、「まるで恒久的拠点を設営するように」動き始めるが……
「”赤いの”! どけっ!!」
『ほほう。随分つれない台詞を言うじゃないか』
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
自領の星系のど真ん中に拠点など作られてはたまらないとおっとり刀で駆けつけたイリヤ艦隊を出迎えたのは、意外な敵だった。
長い角のような印象を与える鋭角的なブレード・アンテナを装備した、”
いや、意外だったのは防衛艦隊自体ではない。というより普通に待ち構えてると思っていた。
だが、いきなり通信をつなげてきて、
「ほう。挨拶とは礼儀がなってるではないか」
と応じてみれば……
『会いたかったよ。イリヤ嬢、そしてカストロプの諸君』
「はぁ!?」
イリヤは自分の目と正気を疑った。
だってとにかく赤かったから……
いや、赤いのはバルバロッサだけの話じゃない。
通信に映った
『私はウルリッヒ・ケスラー。ヤン・ヴェンリー・フォン・ローエングラム伯爵元帥の幕僚の一人で少将だ。今回の討伐艦隊司令官を任されている』
「……なんでそんなに赤いのよ?」
そうケスラーの軍服は、真紅だったのだ。
たしかにデザインは彼がいつも着ている軍服と変わらないが、生地が黒から赤へ見事に変貌を遂げていた!
ちなみ銀糸の部分は金糸に代わられ、まず間違いなく特注品であろう。
強いて言うなら組み合わされる黒いケープ風のショートマントに帝国軍
蛇足だが、ロングマントとサッシュの組み合わせは元帥のみに許された装束であり、さすがにロングマントは憚られたのだろうか?
『我らが盟主から、今回の出征にあたり賜ったものだよ』
ケスラーの名誉の為に言っておくが……断じて彼の趣味ではない。
というより、「総司令官より目立つ情報参謀がいるかっ!!」というのが常識的なものだろう。
だが、ヤンに言わせれば……
『常識を覆すから策略になるのさ』
となる。
ヤンに言わせれば、人は第一印象をそう簡単に覆せない生き物らしい。
だから初対面というのは非常に重要なのだ。
そしてこの場合、重要なのは……
『イリヤ嬢のケスラーと私に対する人物評を狂わせたい』
つまりこの冗談のような赤服も、立派に謀略の一環なのだ。
☆☆☆
ケスラーは、この赤服を手渡され唖然とした日を思い出す。
この服を着るように言われると同時にこう告げられたのだ。
『私は正規軍、元帥府に預けられた軍隊を私物化/私兵化して遊び半分で動かす駄目元帥で、ウルリッヒはそれを良しとしている駄目な部下さ』
『それはまあ、なんとも……』
リアクションに困るケスラーに、
『真紅の船に真紅の軍服……軍艦をスポーツカーと勘違いし赤く塗り上げ、そろいの軍服を仕立てた駄目な元帥だ。部下はその伊達と酔狂に大いに賛同する、派手好きなプレイボーイ……って設定はどうだい?』
なんとなくどこぞの金持ちのステータス的な”赤い跳ね馬”を連想させる言い回しでこたえるヤン。
『それを小官に?』
『ミュラー君は性格的にも経験的にも無理がある役柄だろうし、ジークは初対面の女の子に紳士的には接せられても、口説くような演技をさせると途端に不器用になる……ウルリッヒ、君が適任だよ。幸い艦隊では最先任だし、真っ先にイリヤ嬢との対話を試みるのが君でも不自然さは無い』
討伐部隊全体で見るなら無論、最先任は上級大将のオフレッサーだが、彼が指揮権を発動するのは大気圏の下だ。
そもそも今回は、装甲擲弾兵団が同行することは隠蔽されている。
『……イリヤ嬢に我々が強くとも”派手好きの貴族とその腰巾着が集まった軽薄な集団”だと印象付けたい。君の提案した派手な”
☆☆☆
だからケスラーは、謀略成就の為に全力を尽くす。
『似合ってるかい?』
だが、慣れとは恐ろしいもので、ケスラーはこの服をわりと気に入り始めていた。
なんというか……派手なのに着ていると不思議としっくりくるような安心感があったのだ。
それにヤンが言うことも理解できる。曰く”目立たないことだけが謀略ではなく、目立ち敢えて人目を集めることで謀略をなすこともある”……
隠したい
「派手……目が痛くなりそう」
少しげんなりした表情のイリヤだが、紅い瞳には蔑むような色は無かった。
それに彼女は「似合わない」とは言ってない。
『それは残念な評価だな』
「フン……その”赤い伊達男”が、小惑星帯で何をしてる?」
『決まってるだろ?
「させると思うか?」
『なるほど……
ヤンに言わせればイリヤは天才である。
だが、同時にあまりにも若く……いや、幼すぎた。
その幼さゆえに、経験不足故に誘導され信じ込まされてしまったのだ。
自分が倒すべき敵が、この『作られた赤いケスラー』だと……
断言しよう。
彼女は、”思考の枷”に囚われた、と。
ついに軍服まで”あのお方”っぽくしてしまいました(挨拶
もしかしたら銀英伝二次屈指の”派手なケスラー”だったりして。
なんとなくケスラーがラスボス仕様(笑)ですが、それも実は孔明の罠ならぬヤンの罠……イリヤはケスラーにロックオン
まあ討伐艦隊司令艦なので、まるっきり間違いじゃないんですが(^^