「ほう……ジークが”アルテミスの首飾り”担当で、ウルリッヒとミュラー君がイリヤ艦隊担当かい? うん。悪くないね」
ヤンは紙媒体で印刷された作戦概要書と電子データを見比べながら、脳内でシミュレーションしてゆく。
あらゆる可能性を吟味し、”不測の事態”を発見し塗りつぶしてゆくのも彼の役目だった。
「なので先生、私は”指向性ゼッフル粒子発生装置”付きの工作艦を、できれば50隻くらいお借りしたいと思います」
紅茶を注ぎながら言うキルヒアイスに、
「かまわないよ。とはいえ、軍内だけでそれだけの数のゼッフル粒子発生装置をいきなり用意するのは難しいか……いいよ。それは”
ゼッフル粒子といえば気化爆薬……厳密には特定の高エネルギーを励起状態で封じ込められる微粒子なのだが、彼らが話題にしているのは中でもナノマシン・コントロールでゼッフル粒子を任意の密度/範囲で散布できる”誘導機能付きの粒子発生装置”のことだ。
実は、ヤンと指向性ゼッフル粒子発生装置は何かと縁がある。
第022話”ヤンの家族”でちらりと述べたが……ヘルクスハイマー事件の後始末、マルガレータと共にヤンはゼッフル粒子発生装置を手に入れていたのだ。
無論、現物はとっくに軍に返却したが……その際にデータを吸出し、ヴェンリー財閥でライセンス生産できるよう手を回したのだ。まあ、その装置の保有を含めて情報を一切開示せず、一般販売もしないことが条件だったが。
ヤンは前世の記憶、特にアムリッツァ会戦でその有用性を知っていたので、その条件でもかなり乗り気だったらしい。
『機雷原の除去だけでなく、デブリをまとめて処理したり宇宙の土木工事に色々使えそうだね』
兵器ではなく民生転用を真っ先に考えてしまうあたりヤンらしいが、そのために秘匿名称”宇宙発破”というコードですでに3桁ほど量産し、現場で使っていたのだ。
本当か嘘か今やヴェンリー財閥の宇宙作業員の間では、「発破もってこい」というとこれを装備した作業船が来るらしい。
「となるとジーク、工作艦は
「なるほど……では、同時に私の艦隊を目立つように迂回させ、首飾りの射程ぎりぎりで陣取るというのはどうでしょう?」
「いいアイデアだね。虚と見せかけて実、実と見せかけて虚……まるで”空蝉”だね。じゃあ、そこにもう一捻り加えてみよう」
「と、いいますと?」
師弟の話し合いはより深く、そしてより悪辣な方向へと流れてゆく……
☆☆☆
「ウルリッヒとミュラー君は必要なものがあるかい?」
「そうですね……」
ケスラーは腕を組み、
「閣下の財閥では、資源小惑星に推進器をつけて自立移動させるようなことは?」
「日常的にやってるけど……それが?」
「いえ。艦隊をカストロプ本星より引き剥がすのに使えないかと」
ヤンはその話しっぷりに何をやるのかピンと来たのか、
「いいよ。手配しよう」
二つ返事で快く了承する。
「じゃあウルリッヒ、君達はまず
「ええ。そこに”
「なるほどなるほど」
ヤンはどこか楽しげに、
「なら、どうせ工作艦を持ち込むんだ。艦船型のダミーを持っていくといい。何かの役に立つはずさ」
するとケスラーはニヤリと笑い、
「閣下も中々悪辣なことをお考えですね? ところで
「ウルリッヒ、君自身が打って出るのかい?」
「”保険”……のような物ですよ。少々トリッキーな手を使う場合の」
急速に作戦を修正し煮詰めてゆく、頭の回転が速い上に性格のあまりよろしくない上官二人の話についていけないミュラーであったが……不意にケスラーにポンと肩を叩かれ、
「ミュラー、作戦の成否はもしかしたら卿の”粘り腰”次第かもしれないな」
「えっ?」
ヤンはフフッと笑い、
「ところでウルリッヒ、君は”
「どちらかと言えば得意分野ですね」
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数日後、概要書ではなく細部まで詰められた正式な作戦計画書がヤンの手元に回ってきた。
そして、会議室にて……
「衛星攻略計画”
と提出された書類に了承印を押した。
「
それを聞いたオフレッサーはガハハと豪快に笑い、
「おうよ! こうも早く出撃の機会が回ってくるとは、望外の喜びというものよ!!」
かなり上機嫌な様子だ。
実際、叛乱の鎮圧は
「そんなに歯応えのある相手がいるとは思えないけど……まあ、いいか」
ヤンは苦笑しながら、
「今回、選抜したのはブラウベアを含めても四人だけど、残りの面々も『自分だったらどうする?』ということを考えるんだ。想像力は実に大事だよ。経験上から言わせて貰えば、硬直化した思考ほど手玉に取りやすいものは無いからねぇ」
ヤンは笑っていた……が、他の提督たちにとっては笑えないし、冗談にもなってなかった。
特に士官学校で直接、ヤンにシミュレーション上で教鞭を手痛く打ち下ろされた者達は、それが事実であると強く認識できたからだ。
「思考的視野、発想的視野が狭まれば、有能な敵ならそこを必ず突いて来る。敵の裏をかき、自ら理想とする戦術目的を達成するのは常道だ。想定外、予想外の事態が起きたときに柔軟に対応できなければ、どれほど大軍でも瓦解する危険性はあるもんさ」
ひどく現実味を帯びた言い回しだった。
実際、前世においての話ではあるがヤンはここに居並ぶ提督達を”翻弄した側”なのだから当然かもしれない。
「環境の変化に適応できない生物が滅びるのとどこか似てるね。戦場は純粋な生存競争の場でもあるのだから、似てるのは当たり前かもしれないけどね。違いがあるとすれば自然環境か人工環境か……人の能動的意思が介在するかしないかな?」
そう言葉を区切り、
「そしてシミュレーションは攻め手側、帝国軍として戦うだけじゃ不十分だ。時には盤面を引っくり返して、自らカストロプの雇われ将軍や同盟軍の将校として戦ってみるといい。そうすれば、敵の内面に一歩踏み込めるはずだ」
戦いが始まる前に言う台詞じゃないが、カストロプの叛乱は帝国史に一石を投じた
実際、帝国500年の歴史において貴族の叛乱などそう珍しいことではない。
だが、もし歴史的に意義を求めるとするならば……
「ところでウルリッヒ……」
「なんでしょう?」
「イリヤ嬢を生け捕りにできるかい?」
「
ぜっふるぜっふる!(挨拶
どうやらキルヒアイスは原作同様に
赤くて角付きに乗り、小惑星落としに○リコンって……まあ、まんまですな(笑
最後の台詞
ヤンがイリヤ上を生け捕りにしたい理由?
少なくとも性的な理由じゃないですよ? むしろ宇宙の塵にするのは惜しい的な……