ヤンは待った。
二度にわたり貴族艦隊を撃退してみせたカストロプ勢に手のつけられなくなった『帝国』自体が、自分達に声掛けするのをだ。
いや、正確に言うなら『
ただ、その”予定調和”に導くには、それなりの手順を踏む必要があっただけだ。
実はいくつかのルート分岐があったのだが、その中でも最も理想的な展開である『貴族が複数回壊滅し、否応無くヤンへ討伐が回ってくる』ルートへと誘導できたのはありがたいことであろう。
もっとも、それを成すために裏表に関わらず色々と”
例えば、イリヤがあそこまで的確に効率よく”貴族の座乗する船”を叩けた理由のひとつが、『事前に遠征軍の詳細データを握っていた』からだ。
よくフェザーンが使う手法だが、それが何処からの意図的な情報漏洩なのか……今更語る必要はないだろう。
「ヤンよ。直々に勅を与えよう」
「謹んでお受けいたします」
そして本日、ついにヤン元帥府にカストロプ討伐命令、いや勅命が下った。
ヤンは黒真珠の間にて恭しくそれを賜る……まさに予定調和、言い方を変えればこれも一つの”様式美”だ。
門閥の若手貴族達は複雑な表情を浮かべた。
正直、もうカストロプには関わりたくない……手持ちの兵力を減らしたくないし、命だって惜しい。
それに自分達がしくじらなければ、ヤンが勅を賜ることは無かった。
いくら厚顔無恥が売りの貴族とはいえ、そのぐらいの自覚はある。
それに『貴族の起こした叛乱を貴族が収める』という皇帝が口にした初期条件なら、
何しろ相手は、帝国開闢以来の名門ヴェンリー子爵家と、今は断絶してるとはいえかつては武門名高きローエングラム伯爵家のダブルネームの持ち主、言ってしまえばヤンは貴族の中の貴族だ。
確かに自分達が勝てなかったのは悔しいが、ヤンが出張って勝つなら辛うじて『貴族の面子』は保たれる……つまりはそういうことだ。これも心理学で言う一種の”代償行動”だろうか?
しかし賢明なる読者諸兄も彼らの思考の滑稽さに気が付いたことだろう。
彼らが未だヤンを”同類”だと信じて疑わないこと、更に言えば若手門閥すらも『ヤンなら勝てる』と無条件で、そして無意識に思ってしまってることだ。
きっとヤンに尋ねれば、
『なんともお目出度い思考なことで』
と苦笑するだろう。
もっともヤンは、その”お目出度い思考”を読みきった上で行動しているのだろうが。
”味方に擬態する”のは、いつの世でも有効な謀略なのだろう。
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「さてと勅が下ったところで、そろそろ本格的にカストロプ攻略の会議を始めるとするかい?」
ここはいつもの元帥府会議室。
ヤンは軽い調子で会議の開幕を宣言する。
「まず最初にだが、とりあえず討伐には3個分艦隊を投入するよ」
一瞬、会議場がざわつく。
ヤン元帥府の基準なら、分艦隊でも5000隻編成がデフォだ。3個分艦隊ともなれば15000隻……通常の1個正規艦隊以上の戦力になる。
最新の情報更新によれば、降伏した残存貴族艦隊を取り込んではいるもののカストロプ艦隊の総戦力は5000隻以上~6000隻以下というところらしい。
流石に3倍兵力はやりすぎと思わなくはないが、
「私はイリヤ嬢と首飾りのコンビネーションを甘く見たくは無いのでね。”攻撃三倍の法則”を今回は取らせてもらうよ。戦う前に勝利を決めようとするのは、戦争の基本だしね。あえて同じ程度の数で知恵比べする必要はないさ」
これは『防御絶対有利』の原則を宇宙にも当てはめたともいえるが……
「それにできれば敬愛すべき貴族諸兄が『子飼いの提督3人、戦力3倍を投入すれば勝って当然』って思える状況を作っておきたいんだ」
ヤンに言わせれば、『戦場に着く前に勝敗を決めるのが理想』であり、それに照らし合わせるならこの場合は『敵の3倍の兵力を揃え、任意の場所/時間に投入できるようにする』事が本当の意味での戦いであった。
実際、ヤンは前世でも今生でも『可能な限り有利な状況』を作りたかったし、相応に努力はした。ただ前世ではそれが様々な理由で上手くいかないことが多く、今生ではそれができるだけの”力”がある……それだけの話だ。
だが、世間は『同等、もしくは優勢な敵に勝たなければ優将とは言えない』という風潮がある……
冗談ではなかった。敵の圧倒的優勢を引っくり返したことは前世を含めれば何度もあるが、それは断じてヤンの本意ではない。
『勝たないと詰むので、仕方なくやった』に過ぎなく、本人は『楽して勝つ』ことこそが王道であり、本道だと考えていた。
『寡兵で大軍を討つ』のは邪道……悲しいかなそれを突き詰めてしまったのが、前世のヤン・ウェンリーという男だった。
「”劣勢を引っくり返したアスターテの奇跡”は、所詮は奇跡に過ぎないと思わせておきたいね」
「それは理解した。で、誰を動員するんだ?」
と頃合を見て適切な言葉を挟むメルカッツ。
老獪という言葉は何も艦隊指揮にのみ現れる物じゃない。
「ジークとウルリッヒ、それにミュラー君にしようかと思ってる」
意外といえば意外な人選に、
「意図を聞いてかまわないか?」
と聞いてきたのは元級友にして参謀長のメックリンガーだった。
「構わないさ。といっても大した理由があるわけじゃない。ジークは、私の副官としてこれまでやってきたからこそ将としては無名。ウルリッヒは、情報畑で提督としては無名。ミュラー君は、まだ若く比例して実戦経験が少なく無名。無名ゆえに侮ってくれれば助かるし、仮に”無名なのに討伐軍を任せれたのだから何かある”と踏んで躍起になって調べても、本当に艦隊戦に限れば実戦データが出てこないから調べようが無い。”情報隠蔽されてる”と誤認して疑心を持ってくれたら、なお良いよ」
かなり性格の悪い放言を放つヤンに指名されたキルヒアイス、ケスラー、ミュラーが思わず苦笑する。
「それにウルリッヒが少将でジークとミュラー君は准将。階級も低く分艦隊の指揮を命じられても不自然じゃない。加えて『小生意気な貴族元帥が、手駒を出世させたいから討伐にねじこんだ』と思われると、よりいいね。実際、そういう意図も無いわけじゃない。軍は階級社会である以上、階級を上げておいて損は無い」
軍人としてベテランのメルカッツやオフレッサーだけじゃない。
この場にいるほとんどの者が、ヤンの発言から『ヤンが率いる必要がある艦隊が現状の9個じゃ収まらなくなる』可能性を察知した。
だが、それをこのタイミングで口にする無粋者は居ない。それはまだ”可能性”に過ぎないのだから……
「ところでヤン、この元帥府にはもう一人少将がいたはずだが?」
しっかり気を使いシュタインメッツを見るメックリンガーだったが、
「カールは問題ないよ。ガルガ・ファルムルの艦長である以上、出世の機会はいくらでもあるだろうから。というか、いつまで艦長で留まっていてくれるか心配なくらいさ」
ヤンは無自覚で言ってるのだろうが、実はかなり自信満々の発言である。
その力みの無い言葉は、提督達には単純な真実、あるいは確定された未来に聞こえた。
☆☆☆
「では遠征軍の三人は、よく話し合って作戦を練ってくれ。ああ、それと定数は15000隻だけど杓子定規に一人5000隻を率いる必要はない。艦を融通しあうのは構わないし、随行する艦は必ずしも”戦闘艦でなくてもかまわない”よ」
ヤンはそう告げると、
「ただし、一つだけ思考的制限はつけさせてもらうよ?」
小さく笑い……
「”艦隊と首飾りの連携を、何らかの手段を用いて分断する”。それが作戦の肝になるはずだ」
原作よりかなり大規模な戦力の派兵が決ったようですよ?
ヤン、容赦ねぇ~(^^