乱は静かに開幕する……ん? 静か?
第039話:”情報学的火計”
オイゲン・フォン・カストロプ公が
自領に戻る途中の事だった。
そして『まるで死ぬことを待っていた』ように公の悪行が、余すことなく”公的機関”より発表された。
そう、一晩にして名門貴族が”国家の大逆人”となってしまったのだ。
話はヤンのみが知る前世のように、「カストロプ家だけの問題」ではなくなっていった。
原因は前世にはなかった、あるいは在り方の違った組織の存在がある。
ヤンが受け継いだ、帝国内部の貴族の醜聞収集に抜群の能力を発揮するケスラーを後継者とする”
国家的に当然の言えば当然だが、軍や内務省などの公的機関だけの調査ではきっと
だが、今生では上記のような『貴族の圧力など、どうということはない』勢力が動き、カストロプ公の死に合わせ一気呵成に情報学的殲滅戦を行ったのだ。
いや、ネットワークを含めた各メディアの反応から察するに「情報戦的な意味での火計」と表現したほうが良いのかもしれない。
その結果……
「これは中々に興味深いねぇ~」
「先生が本気で動けば、このくらいにはなるでしょう」
元帥府の執務室でキルヒアイスの淹れた紅茶の香りを楽しみながら、ヤンは大炎上するメディア……報じられる身分に関わらず続出する逮捕者、あるいは自殺者の情報に目を細めた。
実は今回の情報戦、意図的にフェザーンの名は伏せられており、あくまでも『カストロプ公の汚い金』にまつわる人間しか出ていない。
というより、その範疇しか槍玉に挙げられていないが正解か?
勿論、意図はある。
(一気に潰そうとすれば内乱確定だからね……それは
カストロプ公が作り上げた”フェザーンの帝国経済侵食ネットワーク”をこのタイミングで全て断ち切れば、かなりの数の貴族が日干しになり、自棄を起こした貴族達の内乱祭りになるだろう。
それを全て駆逐できるほどの力は、ヤンとてない。無論あくまで『今のところは』だが。
「カストロプ公とその一派は、”
「まさに”兵は詭道なり”ですね?」
前世を知る者からすれば考えられない台詞を、キルヒアイスは今生でも変わらぬ爽やかな笑顔で言い切った。
爽やかな性格だが、思考は黒い……ような気がしないでもない。
幼少期からヤンのそばに居れば無理もないが。
「そうだね、ジーク。戦いというのは何も戦場だけで行うものじゃない。戦場で出るのはあくまで”結果”に過ぎないと私は思っているのさ」
ヤンは喉を潤してから、
「いいかい、ジーク。戦場に着くまでいかに準備を終えられるかで勝敗の八割は決まる。そして我々帝国に仕える軍人は”常在戦場”の心構えを持つべきなのさ」
「ですが閣下、それでは先ほどの『何も戦場だけで行うものじゃない』と矛盾してはいませんか?」
と質問したのはロイエンタール。
前世で浮名を流したこの色男、”女好きの
ヤンが居れば暇ができるとしょっちゅう執務室へ顔を出すようだ。
本気で蛇足だが……最近のロイエンタールの女性の好みは”誠実な女性”らしい。まさに人は変われる可能性があることを示す好例だろう。
「実はこれが矛盾しない。この常在戦場って意識は、さっきジークが言っていた”兵は詭道なり”に繋がるんだよ」
「と言うと?」
「”兵は詭道なり”というのは、究極的には戦場では物理的な弾の飛ばしあいより、心理戦が大きく勝敗を決することが多いってことさ。特に戦力が拮抗してる場合はそうだね。相手の心理を、言い方を変えれば意図を読みきれるなら倍程度の相手を引っくり返すのはそう難しいことじゃないのさ。現にアスターテがそうだったろ?」
ふむと頷くロイエンタール。
実際、そう簡単なことじゃないないのはわかってはいるが……だが、この恩師と呼べる人物が言うと、事も無げにできるような気がするから困ったものである。
「つまりは騙し合いさ。相手の意図を挫き、こちらの意図を通そうとすれば必然的にそうなる。さて、ロイ……」
ヤンは意味ありげに笑うと、
「これは我々の”普段のあり方”にも言えるとは思わないかい?」
「正直、閣下の言わんとするところが朧気過ぎて……」
困惑するロイエンタールだったが、
「師匠は、我々が平時より戦場に近い立ち位置にいると言いたいのではないか?」
意外なところから援護射撃が飛んできた。
そうロイエンタールと同じく執務室IN率が高いビッテンフェルトだ。
この男、デスクワークが苦手と臆面もなく言う割には勤勉である。
「そうだね、ビッテン……これは皆に自覚してほしいところなんだけど、こと帝国において我々軍は『極めて政治的な立場』にいるのさ」
かつてなら嫌悪しそうな言葉、『軍はシビリアンコントロールを受けてこそ』という発想とは真逆の台詞を、極めて冷静に口にするヤン……
少なくとも彼は”現状”を冷徹なまでに受け入れていた。
「軍というのは本質的には、『国家より必要とあれば破壊と殺戮を許された組織』であり、”純然たる
その時にロイエンタールは答えに行き着く。ただビッテンフェルトに先を越されたのが少々悔しい。無論、表情には出さないが。
「貴族の専制政治が基本の帝国では……我々こそが貴族に対する抑止力だと?」
ヤンは無言で頷き、
「議会決定、建前的には
「まさに虚虚実実……」
ロイエンタールは呻くような声を上げる。
「我々は暴力装置として帝国の政治に関わってしまう……好む好まざるに関わらずに、ね」
(もっとも、本来なら戦争自体が政治の一形態に過ぎないんだけどね……)
150年も続いている戦争の明らかな弊害だろう。
それを理解していない人間が帝国、同盟を問わず多すぎるとヤンは考えていた。
(戦争の
☆☆☆
若い提督たちに簡単なレクチャーを終えたヤンは、別の段階に思考を切り替える。
(政治センスも悪くないジークやロイ、ビッテンもこの”
ヤンは思考する。
今回の『あえて現状で把握しているフェザーン・ネットワーク全てを潰さなかった理由』を……
(
最も大きなチャンネルであるカストロプ公が失脚/抹殺され、その係累も次々に破滅すればフェザーン・ネットワークは寸断され確かに帝国に対する経済侵食は弱まるだろう。だが、フェザーンは必ず残ったネットワークを再編し、機能回復を試みるはずだ。
それでいい。
(再構築する過程を監視すれば、連中の手口がわかるからね。見落とした部分も浮かび上がってくるだろうし)
あえてフェザーンの根は残す。
より深く根を張られないように……文字通り禍根を”根こそぎ”取り払えるその日が来るまで。
重要なのは、『現状でこちらがどこまでフェザーンの尻尾を掴んでいるか』をルビンスキー、あるいは地球教に悟らせないことだ。
もっと言うなら『帝国はフェザーンがトカゲの尻尾切りができる部分までしか掴んでない』と誤認させること……
(やれやれ。我ながら悪辣になったもんだ)
だが、不思議と嫌悪感はなかった。
「閣下」
遠慮がちに声をかけてくるケスラーに目線を向けると、
「カストロプ公マクシミリアンが全資産の返納を拒否……反旗を翻しました」
ヤンの口元が微妙に歪む。
どうやら”新しい帝国”の胎動が始まった……それを悟るような笑みだった。
キルヒアイスが無自覚に黒い!(挨拶
爽やかなのに思考がエグい。だがヤンが先生なら仕方ない?
ロイエンタール&ビッテンフェルトが何気に成長率が……疾風? ああ、奴はエヴァに還ったよ……(注:LCLに溶けたわけではありません)
基本、ヤン鎮守府……もとい。元帥府はホワイトなので有事意外なら休暇は割と自由に取れます(^^
最後に有事になったみたいですが。