その存在自体を知る者がほとんどいない秘匿回線の通信が呼び出し音を鳴らし、
「はい」
ヤンが通信をうけると、
『儂じゃ』
「リヒテンラーデ侯……?」
何故このタイミングで?とヤンは思わなくもないが……通信を入れてきたのはリヒテンラーデであった。
『ウォッホン』
わざとらしい咳払いと共に、画面越しにジロリと見られる。
「……義祖父殿、何かお呼びですか?」
『うむ』
こだわりの男、違いのわかる老人リヒテンラーデ……存外、ヤンに御爺様と呼ばれるのを気に入ってるらしい。
まあ、気持ちはわかる。
『ヤンよ、まだ軍服を着ているのならばちょうど良い。
「今からですか?」
『そうじゃ。形式的には「ヌシが口から直に船の礼を述べたい」ということにしておく』
「かしこまりました」
リヒテンラーデの言い回しから、通信では言えない別の用件があることをヤンは察した。
それも割りと緊急な。
『待っておるぞ』
通信が切れた後、人知れずヤンはため息をついて、
「やれやれ……また厄介ごとかな?」
「はい、
といつの間にかヤンの元帥の証たるターコイズブルーのサッシュとフォレストグリーンのマントを手に持って現れたのは、例の少尉の階級章をつけた銀髪のメイド少女だった。
最近の目標は、主が満足する紅茶を淹れること。
「”ショーシャ”、ありがとう」
と身支度を整える少なくとも見た目はキルヒアイスより若く見える少女に礼を言う。
さっきまで確かに独りだったはずだが、意識か時間かを操作したように突然現れたメイド少女にもヤンは驚いた様子はない。
むしろヴェンリー家の”
ちなみにショーシャ、”ショーシャ・ゲーマルク”という名は本当の名ではない。
元帥府付メイドとして配されるときに与えられた名だ。
実際、別のミッションでは”サーシャ・ドーベンヴォルフ”という無駄に格好いい名前を与えられていたし。
誤解のないように言っておくが、名を考えているのはヤンではない。暗部の元締めたる”
「いえ」
と賜ったばかりの元帥杖も手渡そうとするが、
「いや、式典じゃないからいい」
「畏まりました」
「会議の具合はどうだい?」
「さきほど飲み物をお持ちしましたところ、既に佳境に入っておりました」
「なろほど。じゃあジークを連れ出しても平気かな? ショーシャ、後を頼むよ」
「御意」
別にヤンは憲兵隊を信用してないわけじゃない。ただ、自分の命を狙う者の中に地球教徒が混じってることを考えると……まあ、”餅は餅屋”と言葉を濁しておこう。
少なくともこの少女、洗脳済みの地球教徒を”
というか以前に目の前で見た。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
少しだけ時間を巻き戻しつつ、舞台は会議室……
「やはり私はバルバロッサが欲しいな。何よりあの”
「おおっ! 赤くてツノ付かっ! 卿には妙に似合いそうだな?」
何やらケスラーとビッテンフェルトが盛り上がっていた。
「うむ。何故だかわからないが、不思議と自分でもそんな気がする。やけにしっくりくるというか……」
「そうだろうそうだろう! なにやら船も通常の3倍の速度が出そうではないか!」
楽しげに笑うビッテンフェルトにケスラーは苦笑で返し、
「流石に3倍は大袈裟だよ。最高速はせいぜい1.3倍だ」
どうやらこの二人、妙に馬が合ってしまったようだ。
激しい気性のビッテンフェルトに常に冷静なケスラー……考えてみれば、互いにないところを補い合えるコンビなのかもしれない。
「ビッテンフェルト卿、卿はどの船を選ぶのだ?」
「そんな長くて堅苦しい呼び方はよしてくれ。今日から同じ釜の飯を食うんだ、ビッテンでいいぞ。師匠もそう呼んでくれるしな。何気にお気に入りだ!」
ビッとサムズ・アップでイイ笑顔を魅せるビッテンフェルトに、ケスラーもちょっと控え気味のサムズ・アップで応え、
「なら私もウルリッヒでもケスラーでも、好きなほうで呼んでくれてかまわない」
「じゃあケスラーだな。短いほうが呼びやすい」
ガッと二人は握手し、
「改めてよろしくな! ケスラー!」
「こちらこそだ。ビッテン」
「ああ、忘れていたが俺はケーニヒス・ティーゲルを貰おうと思ってる。船のコンセプトがシンプルで力強いのが気に入ったし、何より量産型が生まれればオリジンを使う俺の元に真っ先に配備されるだろう? 戦力の集中投入の面から考えてその方が効率がいい」
「なるほど……ビッテンは切り込み役が希望か? なら私は情報収集で卿の切り込めそうなポイントを探り、フォローするのも悪くないな」
この時、誰が考えただろうか?
この二人が、後にヤン元帥府の切り込みコンビ、”
☆☆☆
「意外だな? ケスラーはクールで物静かな男だと思ったが……あの騒がしいのに意気投合するとは」
「逆に真反対なのがいいんじゃないのか?」
「なるほど……一理あるな」
とこちらは程なく”双璧”と呼ばれることになりそうな、ロイエンタールとミッターマイヤーの実は先輩後輩コンビ。
「私はトリスタンを選ぶつもりだが、ミッターマイヤーはベオウルフにしたらどうだ? 速度重視の艦は卿の好みだろ?」
ミッターマイヤーは頷き、
「ああ。実は、ベオウルフにするかスキールニルにするか迷ってたんだ。どっちも速度重視の素性のいい船だろ?」
「ふむ。確かにスキールニルも悪くない船だと思うが……だが、”俺のトリスタン”と双子の姉妹といえるベオウルフの方が、装備の違いによる特性の差異などの話が卿と深くできると思ったのさ」
ロイエンタール、ちゃっかりトリスタンの所有を宣言……
「うん。そういうことならベオウルフにしよう!」
そしてあっさり乗せられるミッターマイヤーであった。
相変わらず仲のいい二人である。
☆☆☆
「ほう……卿はアースグリムにするのか?」
「ああ。閣下の言う”曲者”という表現が気に入った。いざという時は戦術レベルなら一撃逆転の装備があるのも面白いし、可能な限り標準部品を使うという心意気もいい」
そう話し込んでるのは、メックリンガーとファーレンハイトだ。
「そういう卿は、クヴァシルか? ”宇宙時代の超甲巡”の」
「ああ。コンセプトとデザインに美しさを感じた」
そういうものかな?とファーレンハイトが思っていると、すすぅーっと近づいてきたのは、
「む? 卿はヴィーザルを選ぶのか?」
”こくこく”
と頷くアイゼナッハ。
「ほう? 卿がケレン味のある実験艦を選ぶとは意外だな」
興味深そうなファーレンハイトにアイゼナッハはタブレット端末に何やら書き込み、
”閣下の直参企業が計画/設計した船だから乗ってみたい”
考えようによっては子供っぽい理由だが……なるほど、確かにそれは言えるとタブレット画面を見た二人は納得するのだった。
☆☆☆
「うん。やはり初めての船は安定性と信頼性だ。”フォンケル”にしよう……!」
とグッと拳を握るのはフォンケルとフォルセティのどちらにしようか迷っていたミュラーで、
「いいんじゃないか? 素直な特性っぽいし。分艦隊とはいえ初めて艦隊を率いるなら乗艦は扱いやすいほうがいいぞ? 指揮に集中できる」
と応えたのは早々とスキールニルを選んだルッツ。
機動性/速度性重視の船だが、素早く最適射点に向かえるのが気に入ったらしい。
実はスキールニルにもエネルギー消費が激しいためあまり多様は出来ないが、サラマンドルほどではないにせよ大口径ビーム砲が搭載されているのも高ポイントのようだ。
「ああ。私は装備の面白さに惹かれた。息子に『お父さんの船はドラゴンなんだぞ~。強力なブレスは吐くし、鋭くて大きな爪だって持ってる』って自慢したくてね」
とは愛妻家で子煩悩なワーレン。台詞からもわかるようにサラマンドルを選択。
息子は御伽噺に出てくるドラゴンが大好きで、最近はファンタジー系VR-MMOの影響か、大きくなったらドラゴン・ライダーになりたいと言い出したらしい。
☆☆☆
「ほう……どうやら見事に割れたようだな?」
そう若者達を生暖かい目で見ていたのはメルカッツで、
「ええ。好みがばらけていてくれて助かりました」
ホッとするのは非殺傷設定にした2丁ブラスターでの
「しかしフォルセティが余ってしまいましたね。素直ないい船なんだが……」
引き連れて運んできたシュタインメッツはぼやくが、
「なんの余ったのがクセのないフォルセティなのは、逆に幸運じゃな。あれなら誰が用いても過不足ないだろう」
と好々爺然とした貫禄を見せるメルカッツ。
ヤンの人選は、意外な友誼を結ばせながら中々上手く機能しているようであった。
総統府付従軍メイド少尉の名(この任務限定)がついに判明!(挨拶
ちなみに元ネタは……”ショーシャ”=”瀟洒”
瀟洒で銀髪で認識操作とか時間操作できそうなメイド?
ファミリネームはお察しの通りアレです(^^
そしてケスラー……やっちまったぜ(笑
しかもビッテンとなぜか友情フラグが成立。
愛妻家で子煩悩なワーレンの選択理由が妙に気に入ってます。