金髪さんの居ない銀英伝   作:ドロップ&キック

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前半と後半で、ちょい雰囲気違います。
実は世界の秘密に触れてる?


第033話:”昏い瞳”

 

 

 

「メルカッツ先輩、議長を頼めますか?」

 

「うむ」

 

「ジーク、カール、議事進行と意見のとりまとめを頼む」

 

「はい。先生」

 

Ja(ヤー)。お任せください」

 

「おい、飲兵衛(バッカス)。ワシはどうすりゃいいんだ?」

 

ヒグマ(ブラウベア)、君は装甲擲弾兵(パンツァー・グラネディア)の面倒を頼むよ。キスリング君も憲兵隊のところに戻って元帥府の構造や組織の把握に勤しんでくれ」

 

一通りの艦の説明をし終えたヤンは一度会議を解散とし、誰がどの艦を使うか話し合うように促した。

会議室をこのまま使っていいと告げ、既に艦が決まってる年長組のメルカッツを議長に、副官と艦長に進行役をするよう依頼する。

オフレッサーとキスリングの”地面がある場所こそがメインステージ”組には原隊復帰(?)を願い、それぞれの仕事をしてもらおうという訳だ。

 

実際、提督達の中で壮絶な船の分捕り合い……もとい。活発な議論が始まっても問題ないだろう。

議論が白熱化しても、大人なんだしまさか話し合いが殴り合いに発展リーチなんてことない……とは言い切れないが(ロイエンタールとか、ビッテンフェルトとか)、キルヒアイスがいればとりあえず問題はないはずだ。

 

左腰には炭素クリスタル製刀身のサーベルを、右腰には実体弾型の大型拳銃を常に帯剣/帯銃しこれ見よがしに武装してる上に、

両手首……軍服の袖口の部分には、折りたたみ式(フォールディング)ブラスターを2丁を携行しているのだ。

そう、手首を捻るとシャコンと掌に飛び出してくる”中二仕様”の()()だ。

 

なんでも妹が愛用してるのを見て、自分も気に入って装備したとかなんとかとヤンは聞いたことがある。

 

(そういえばその昔、”銃型(ガン=カタ)”とかいう古式CQBの研究を二人でしてたっけ……)

 

今の帝国にガン=カタは伝承されてないので、使い手は古い資料や画像データを漁って技術(スキル)を発掘、日々研究と研鑽に勤しんだアンネローゼとキルヒアイスくらいだろう。

いや、アンネローゼが寵姫となった後、同盟よりの亡命者という肩書き持ちの”ヴェンリー警備保障”に存在する特殊作戦任務群(アイゼン・リッター)の隊長が興味を持って研究と研鑽を引き継いだから……使い手、今は三人か?

 

アイゼン・リッターの隊員や、オフレッサーも『至近距離銃撃乱戦(メキシカン・スタンドオフ)に特化した射撃体術』に興味があるらしいから、使い手はこの先増えるかもしれない。

 

ヤンは聞いただけでよくはわからないが……他にもキルヒアイスはサーベルスキルの”イアイ”という物もマスターしてるらしい。何でもサーベルの刀身と鞘の湾曲を利用した”サーベル版のクイック・ドロウ”と妹は語っていた。

 

最も”首から下は貴族の標準仕様(=役に立たない)”と謳われたヤンには縁のない話だ。

ただし、ヤンも携行して苦にならないくらい軽く小さいマイクロ・ブラスターは持ち歩いてるし、結婚指輪(マリッジリング)に偽装した大きな宝石のはめ込まれた指輪は、1発限り撃てる「隠しレーザー銃」になっていたりする。

要するに別の世界線のアンスバッハが持っていたアレだ。この世界でも持ってるかもしれないが。

ヤンはヤンなりに、一応は身を守る努力はしてるようだ。

前世の最後が最後だけに、やはり考えることはあるのだろう。

 

本物の結婚指輪はどうしたかって?

プラチナの鎖を通してペンダントにして、肌身離さず首から下げてますが何か?

ちなみに奥方(エルフリーデ)は指輪だけじゃ物足りないのか、わざわざ同じデザインのボディ・ピアスを作って愛用してます。服(あるいはエプロン)を着てれば見えないから、本人の名誉のためにもどこにとは言わないが……入れているのは尖がってる部位の三ヶ所とだけは告げておこう。

もちろんレーザーガンにはなってない。

 

 

 

「ところでバッカスはどうすんだ?」

 

「私がいないほうが議論の自由度が高まるだろ? それにちょっと一人で考えたいこともあってね……」

 

「先生、紅茶はいつお持ちしましょう?」

 

卒なくオーダーを取りに来るあたりは流石はキルヒアイスと言えるだろう。

 

「議論に決着がついてからでいいよ」

 

そう手を振りながら背を向け、ダウンタウン・ステッ~プ♪と口ずさみながらヤンは去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

ヤンはカーテンを締め切り照明を落とした、まだ素材の匂いが残る真新しい執務室の中にいた。

執務机に備え付けの人間工学に基づいた高機能チェアではなく、私物で持ち込んだロッキング・チェアに深々と座り、ブライヤー製のパイプで煙をくねらせる。

どちらも自領の職人にフルオーダーしたものだ。

パイプタバコは今生で、父親(タイラー)から貴族の嗜みとして教わったものだった。

前世では喫煙は人類の持つ悪癖の一つだと思っていたが、今生では他人に迷惑をかけない限りは悪いもんじゃないと思っている。

少なくとも紫煙と共に流れる香りは、深く考えるときに役に立つ。

 

 

 

今、この部屋の中で光源となるのは、ヤンの周辺に浮かんでいる複数のホログラム・ディスプレイだけだった……

 

そこには()()の帝国と同盟を比較した様々なデータが投影されている。

 

「果たして、私は間に合ったのかな……?」

 

そう呟くヤン……だが、彼の身に纏う空気はいつもの春の日差しを思わせる穏やかで暖かなそれではない。

むしろ温度感を感じさせない空虚な物だった。

 

ディスプレイを見つめる瞳もまたどこか虚ろ……その瞳の奥にあるのは、ロイエンタールがいつの日にか見た『奈落の底を覗き込むような暗き深遠』が宿っていた。

 

目の前に並ぶデータは、正直帝国軍の幹部なら特に入手に苦労しないものばかりだった。

だが、そこに()()()()を見出せるのは、おそらくこの世界ではヤン一人のはずだ。

 

「帝国人口()()()()人、同盟人口()()()()人……経済力比5:4。改めておかしな世界だよ」

 

ヤンが帝国に生まれ貴族だと知り、それを精神的に嚥下できた頃……強烈な違和感を感じたのはそこだった。

人口数も人口比率も明らかにおかしい。

ここがもし自分が知る()()()()()()()()()だったら、誤差と呼ぶにはあまりにも大きな差異だ。

 

ここが過去の世界だったら人口比は250億:130億、経済力比は48:40(6:5)でなければならないはずだ。

ヤンはその差異の原因を確かめるべく調べ……すぐに答えに行き着いた。

 

(まさかアーレ・ハイネセンの後に続く脱出者が、同時代にあれほどいたとはね……)

 

同盟の人口増加の理由は単純だった。

いわゆる「長征1万光年」が起きたのは帝国暦164年/宇宙暦473年頃のだったが、前世ではその脱出行は『帝国軍による執拗な追撃が行われた』とある。

しかし、この世界では……

 

『ふん。反逆者が帝国を出て行きたいというのなら好きにすればいい。かの者達は言うならば帝国の不良債権、負の財産じゃ。叛乱を起こすでもなく不用品が宇宙に自ら望んで廃棄されにいくというなら、止める謂れはないのう。それより余は帝国の再建に忙しい。よいな? 些事でいちいち余の手を煩わすな』

 

と時の皇帝オトフリート2世が発言。

事実、彼は「軍を動かす予算があるなら再建に回すわい」と追撃を許さず、むしろ帝国の治安回復に軍を積極的に投入した。

つまりハイネセンに続けとばかりに生産された”ドライアイスの脱出船”の建造や出航を支援するようなことはないが、逆に邪魔することもなかった。

 

後に叛徒と呼ばれる存在を気にしなかったせいか過労の蓄積具合が減り、オトフリート2世の統治時代は前世に比べ10年近く延びた。

そしてその期間、脱出ラッシュは続いたのだ。まさに大脱走時代(グレート・エスケープ)である。

 

その割には人口増加数は少ないような気がするが……前世でもハイネセンら新天地に辿り着いた16万人は、「最初の16万人」であっても同時期の「最後の16万人」ではないとヤンは見ている。

でなければ、ダゴン星域会戦の勝利やフェザーン航路の発見で帝国より大量の亡命者が押し寄せた時期があること加味しても、同盟はハイネセン発見から250年程度で約8万倍の人口増加を遂げたことになってしまう。

 

クローン培養など明らかに国家に修復不能な歪みを齎す手段でも使わない限り、流石にその増加率は現実的じゃないだろう。

ならば時代はずれても段階的に、あるいは継続的に帝国よりの脱出劇は続いたと考えるべきだろう。

前世ではハイネセンは半ば神格化されていた……ルドルフと帝国をあまり強く非難できない状況に同盟はあり、ことさら彼の”()()()()()”が強調されただけであろう。

 

実際、今の地球に例えるとわかりやすい。

アメリカは先住民を半ば絶滅させて移民が打ち立てた国で、最初の移民船「メイフラワー号」の偉業が米史では称えられるが、それはシンボルという意味合いであり、メイフラワー号の前後に移民船がないわけじゃない。

「長征1万光年」も同じ性質のものだとヤンは考えていた。

 

 

 

「最初から初期人口が違っていたのなら、差が出るのも当然か……」

 

そして帝国の人口増加の謎はといえば、

 

「まさかヴェンリー家が根本的な部分まで関わっていたとはね……」

 

ヤンは前世の記憶を頼りに、単純な人口だけでなく”今生の()()()()()()”を調べたのだ。

そうすると驚くべきことが判明する。

前世の記憶では存在しなかったはずのヴェンリー星系には、なんと30億人もの領民が居住していたのだ。

 

元々、ヴェンリー星系は子爵という貴族が持つには不似合いなほど良好な環境……三つの有人惑星に資源採掘し放題のアステロイド・ベルト、宇宙船の燃料庫となる三つのガスジャイアントを持つ、帝国で稀に見る“素性のいい星系”なのだ。

いや、それ以前に子爵という比較的低い爵位で星系を丸々一つ所有しているのは、ヴェンリー家以外にはないだろう。

 

正確には、貴族になるのを嫌がった自由と放埓を愛する初代ジャスティンを、帝国にくくり付けるために仲間達が用意したのがヴェンリー星系だったりするのだが……ちなみルドルフは最初、ジャスティンを公爵どころか大公にするつもりだったらしいが、そこはジャスティンが粘り勝ちし子爵という地位に辛うじて納まったようだ。

 

ヴェンリー星系の素性の良さは、元々は大公領を予定していたのなら頷けるところだ。

 

それ以外の残り20億人のうち、少なくとも10億人はヴェンリー家の影響は無視できない。

なぜなら+10億分はイゼルローン方面を含む帝国領外苑(リム)部、いわゆる”辺境領域”で増えていたからだ。

 

今をときめくヴェンリー財閥全ての母体となった「始まりの企業」である”ヴェンリー通運”は、時の当主の船好き/航海好き/旅好きが高じて帝国領を回るうちに、自前で輸送船をもてない弱小貴族/領主が多くいることを発見し、単なるビジネス・チャンス以上の相互扶助を目的に起業された会社だ。

 

その最初期の顧客名簿に名を連ねていたのが、今の辺境在住貴族達だった。

帝都惑星オーディンがあるヴァルハラ星系から離れれば離れるほど、貧しく人口も少なくなるのが帝国の常だった。

そして有力貴族であればあるほどヴァルハラ星系近くに領土を持ち、その貴族達が政治経済を牛耳る帝国が辺境開発などに力を入れるはずない……それが前世の帝国の姿だ。

 

だが、ここに風穴を開けたのがヴェンリー家だったというわけだ。

流通をはじめ、国家が金を出さないならばとヴェンリー家が無担保/無利子の有力貴族専用金融から金を引っこ抜き、ヴェンリー銀行を通じて先行投資や融資という体裁で資本を投下し、開発を行ってきたのだ。

 

おかげで辺境は、ヴェンリー財閥に取り今や重要な物理的/人的資源の供給地であり、また贅沢品の需要がないだけで中々に魅力的な消費市場(マーケット)だった。

しかもありがたいことに、特に門閥貴族を中心に『辺境貴族=国が金を回さない=貧しい』というイメージが一般的であるので、あまり文句を言われないらしい。

ただ”辺境に投資するヴェンリー一族=変人貴族”という評価にますます磨きがかかっているようだが。

 

 

 

ヤンは深く思考を沈下させる。

その瞳は仄暗く、知性と闇に満ちていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




過去最長文章量、更新~♪

やってみたかったネタ:『キルヒアイス(&アンネローゼ)+”銃型(ガン=カタ)”=個人戦闘能力チート(笑)』

ガン=カタが何かわからない人は、よろしかったら”リベリオン”って映画を検索してみてください。
中二スピリット擽られること請け合いですよ~(^^




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