さてさて、後に「攻守揃ってバランスが良い」と評されることになるファーレンハイト&ミュラーコンビは敷地の中に愛車で入り、まだ余裕のある駐車場に止める。
ここからは徒歩で元帥府本庁舎に向かうのであるが……
「おや? こんなところに
車から降りたファーレンハイトは、どこか困ったような顔で本庁舎を見ていた憲兵隊の腕章をつけた若い軍人に声をかける。
「先輩……本人達に聞かれても知りませんよ?」
誰のことを言ってるのかよ~くわかってるらしいミュラーは今にも変な汗を掻きそうな顔をしているが、
「なに、あれでヒグマ殿も猪先輩も気の良い心の広い方だ。この程度じゃ怒りはせんよ」
とファーレンハイトは軽く笑い飛ばし、再び若い憲兵将校に視線を向ける。
階級賞を見たらそう自分と歳は変わらないのに中将であることに軽く驚きながらすっと綺麗な敬礼を作り、
「ギュンター・キスリング大佐であります。このたび、憲兵隊本部より元帥府付憲兵隊隊長として着任することになりました!」
ファーレンハイトは少し崩れた感じに返礼し、
「そいつはご苦労」
しかしこのとき、驚いた顔をしたのが、
「ってキスリング、卿か!?」
「ってミュラー! おいおい久しぶりだな? 卒業式の打ち上げの時以来か?」
「ミュラー、知り合いか?」
顔見知りらしい二人にとりあえず声をかけるファーレンハイトにミュラーは、
「ええ、士官学校の同期です。まさかこんなところで再会するとは思いませんでしたが」
「それはこっちも同じことだよ。それにしても、もう准将閣下か? こりゃ同期の出世頭は卿に決定だな」
「艦隊勤務は出世が早いだけさ。なにしろ戦死しやすいから空席も出やすい……って、思い出話に花を咲かせてる場合じゃないな。先輩、お待たせしてしまいすみません」
歳相応の素の表情を見せるミュラーを面白そうに見ていたファーレンハイトは小さく首を左右に振った。
「いいさ。中々興味深いものが見れたし。ところでキスリング大佐、こいつの学生時代にやらかした面白話とか知っているかね?」
するとキスリング、ニヤリと笑い、
「そりゃあもう、ご所望なら何なりと。手付けにこんなのはどうです? 夜中に宿舎をこっそり抜け出して呑みに行ったのはいいが、慣れない酒に酔い潰れた挙句、年上のオネーサマにお持ち帰……」
「キスリング! 先輩!」
慌ててキスリングの言葉をインターセプトする未来の鉄壁。恥ずかしい過去話を暴露される瀬戸際のミュラーは、わりと必死である。
「なんだ後輩? せっかく愉快な話が聞けると思ったのに」
「そういうのはいいですから! ところでキスリング、卿は庁舎を見ながら困り顔をしていたようだが?」
「ミュラー、誤魔化し方が下手過ぎだぞ? まあ、いいか。困っていたのは事実だし」
とキスリングは庁舎に視線を向け、
「いや、一体なんだって元帥府の庁舎に
確かに庁舎正面玄関には、ご丁寧に装甲服を着込んだ
「中将閣下、ここはローエングラム伯爵元帥の元帥府で間違っていませんよね?」
プッと思わず噴出すファーレンハイト。
言われてみれば確かに戒厳令下でもあるまいし、完全武装の装甲擲弾兵が元帥府の玄関守ってるなんて構図、困惑して当たり前だろう。
「簡単に言えば、憲兵隊が着くまでの間、代役を買って出てるのさ。彼らの親玉は、我らが御大将とは無二の飲み仲間でね……何かと世話を焼きたがるのさ」
そう苦笑しながら、
「まあ、気にすることはないさ。よほど機嫌を損ねなければ、いきなりトマホーク振り回してくることもないだろうさ」
さっさと歩き出すのであった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「ファーレンハイト、引率ご苦労さん。ミュラー君と君は……キスリング君でいいかな?」
本来なら雲の上的な人物の眼前に来て緊張が滲み出てる若手二人の固い敬礼に対し、アスターテですっかり打ち解けたらしいファーレンハイトはいつもどおりの崩した敬礼で、
「いえいえ。ですが閣下、いい加減付き合いも長引いてきましたし、そろそろ小官も”元帥閣下の
するとヤンは小さく笑い、
「
「まさに本懐」
と満足げに笑うファーレンハイト。
「やれやれ。どうして皆揃いも揃って私の眷属とやらになりたがるもんかね? 正直言って、苦労背負い込むばかりで思ってるほど旨味も利点もメリットもないと思うんだけど?」
真顔で首を振るキルヒアイスを横目で見ながらファーレンハイトは、
「さて、それはどうでしょう? 少なくても私は格安で愛車が買えましたが?」
そう楽しげに笑っていた。
「まあ、よいか。とりあえずこれで主要な面子は大体揃ったことだし」
するとヤンとの付き合いが比較的古い、それこそ彼の任官当時から何かと縁があるメルカッツは、
「シュタインメッツ少将はどうしたのかね? ヤン、まさかお前さんが呼んでないとは思えないんだが……」
「ああ、”カール”は今、私の”新しい愛艦”の完熟訓練中ですよ先輩。アスターテに参戦できなかった理由もそれです」
ヤンとメルカッツが話しているのはカール・ロベルト・シュタインメッツ少将のことだ。
腕と気風のいい男で、アスターテ会戦の少し前までヤンの座乗する”ブリュンヒルト”の艦長を務めていた。
メルカッツはアスターテのときに顔を見なかったので、てっきり貴族達の横槍が入って遠ざけられたと思っていたが……どうやら真相は違っていたようだ。
「まあ、他にも頼んでいたことがあるし……程なく着くでしょう。ん?」
元帥府に響くかすかな震動……
「噂をすればなんとやら。時間ぴったり、彼はやることにいちいち卒がない」
徐々に強くなる震動に一部を除き軽く動揺する面子だったがヤンは軽く微笑み、
「とりあえず屋上に出てみようか? きっと面白いものが見えるはずさ」
☆☆☆
ヤンの元帥府の屋上は一昔前の校舎のように開放スペースとなっていた。
そこに今居並ぶのは、いずれも劣らぬ猛者達ばかりのはずだが……目の前、いや頭上にある風景を見るなり度肝を抜かれ、唖然としていた。
そう広大な元帥府に負けぬ巨大な
ヤンはいつもと変わらぬ穏やかな調子で、
「紹介しよう。あれが私の新たな愛艦、”
救われなかった艦に愛の手を♪
ヤンがガルガ・ファルムルに乗るってのは、実は原案最初期からの設定だったりします。
そしてファーレンハイトとミュラーとキスリングの掛け合いが書いてて妙に楽しかったでござる。