金髪さんの居ない銀英伝   作:ドロップ&キック

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いよいよ、始動ですよー


第023話:”ヤキンとボアズ”

 

 

 

オーディン郊外

 

 

 

用意された広大な敷地に聳える、最新の技術を投入し、様々な機能を有した真新しい巨大な建造物……この日、元帥に昇進したヤン・ヴェンリー・フォン・ローエングラム伯爵はついに元帥府を開闢する運びとなった。

 

 

 

「とはいえ、私はここで待ってるしかないんだよね」

 

といつものようにキルヒアイスの淹れた上質な紅茶にブランデーを垂らし、その香りと味を楽しむヤン。

どっちもヴェンリー子爵領の自慢の特産品だ。

そして、その芳醇な香りに誘われるように……

 

「おう、”飲兵衛(バッカス)”! 約束どおり陸戦隊要員として来てやったぞ!」

 

ばぁーーんと派手に扉を開けて、吼えるような声で入ってきたのは……

 

「やあ、”ブラウベア(ヒグマ)”。待ってたよ」

 

ヒグマと言ってもガチのヒグマではない。ただしどこかしこも大きく太い、逞しすぎる体格は聊か人間離れしており、赤い剛毛と口髭と相まって、リアルヒグマと間違われ森で猟師に撃たれても文句は言えない風貌の男だった。

 

今更、誰だか言うまでもないだろうが……彼の名はヨハン・ホルザッカート・フォン・オフレッサー。泣く子も黙る”装甲擲弾兵(パンツァー・グラネディア)”の総監であり、トマホーク一丁で狩った首の数を足場にして、ついに上級大将まで上り詰めた男である。

 

ヤンは立ち上がり、アームレスリング・スタイルの握手で”飲み友達”の来訪を歓迎する。

人間の枠組みの中をつま先立ちしているような体格のオフレッサーと首から下は貴族の標準とされるヤンが並ぶ姿は大人と子供のような大きさの違いを感じさせるが、にんまりと笑う顔から互いが得がたい存在だと思ってることがよくわかる。

 

それより何より、互いを愛称で呼び合う相手なぞヤンはともかくオフレッサーには滅多にいないだろう。

ただしこの元帥府にはその貴重な例外がゴロゴロいそうだが。

例えば、

 

「お久しぶりです。”教官”」

 

「おう。”赤毛の坊主”、久しいな」

 

前にチラッと書いた記憶があるが、自分を鍛えなおしたいキルヒアイスがヤンに頼んで紹介してもらったのが装甲擲弾兵部隊であり、その時に直々に指導してくれたのがオフレッサーだった。

その縁でヤンとオフレッサーは未だ時間が合えば飲み明かす関係になったのだが。

ちなみにオフレッサー婦人は身長150cmに満たない小柄な可愛い系で、もし21世紀の日本なら夫婦で歩くと職質されること受けあいだ。娘も二人いるが髪の色以外はどっちも奥さん似らしい。

 

「ブラウベア、何か飲むかい?」

 

「黒ビールを頼む。それもキンキンに冷えた奴をな。今日はこの時期にしちゃあ暑い」

 

ソファにどっかと腰掛け、遠慮なく注文を出すオフレッサーに、苦笑しながらオーダーをこなすキルヒアイス。

どことなくオフレッサーに久しぶりに会えて嬉しそうだった。

 

 

 

しかし、ここにオフレッサーがいる意味は大きい。

確かにオフレッサーに艦隊指揮など出来るはずもないが、別の戦力を率いるのは抜群に上手い……そう、これは事実上、”装甲擲弾兵(パンツァー・グラネディア)”は全隊を以ってまとめてヤンの麾下に入ったことを意味するのだ。

事実、この広大な施設の中には装甲擲弾兵の新宿舎や発令所、各種訓練場や装甲車両置き場が完備されている。

というよりも装甲擲弾兵を呼び込むために、不足分は私費を投入して広大な土地を買収していた。

親愛なる諸兄の中には”富士の裾野にある演習場”に行ったことがある方がいるかもしれないが……あれが丸々敷地の中にあると思ってくれればいい。しかもそれも敷地の一区画扱いでだ。

 

有体に言えばヤンは銀河最強の艦隊を創出する前に、銀河最強の陸戦隊を手に入れたということになる。

本来、この手の大規模な移管には一悶着も二悶着もありそうだが……実はそうでもなかったらしい。

 

一つはヤン自身の立ち位置の強さ。これには元帥という地位や爵位、家門の権勢という個の力に加え、皇帝を頂点とするリヒテンラーデら宮廷とミュッケンベルガーに代表される軍部の”二重の後ろ盾”があった。

何より、装甲擲弾兵自体の立ち位置の難しさが影響していた。

 

上品に言っても装甲擲弾兵は「精強なのは認めるが、扱いに困る部隊」だったからだ。

地上の叛乱鎮圧や海賊退治が帝国軍の主任務だった時代ならいざ知らず、同盟とエンカウントしてからというもの、言うまでもなく戦争の花形は宇宙艦隊戦、それも万の戦船が撃ち合う様な戦場だ。

必然的に装甲擲弾兵の出番は減っていた。

 

それでも敵地にある地上の要所攻略などのミッションや地上基地の防衛などの任務はあるが、それで活躍の場が艦隊勤務に比べて多いかと問われればそんなわけもない。

 

戦争全体を見て必要であるかないかと聞かれれば間違いなく必要な部隊ではあるが、戦場で必須かと問われれば必ずしもそうでない部隊……それが現在の装甲擲弾兵の立場だった。

 

それゆえにヤンに力が集中することを事あるごとに反対したがるフレーゲルら門閥若手貴族たちからも、こと装甲擲弾兵の扱いについては文句一つ出なかった。

おそらく若手門閥の言う「粗野で乱暴で野蛮で、泥臭く血腥い戦い方しかできない」という装甲擲弾兵への評価が、彼らの口を噤ませているのだろう。

 

それに彼らにとって苦々しいことだが、自分たちと同じ”()()()()”の一人であるヤンが、野蛮人たちを飼いならせるわけはない……そう思っているようだった。

知らないとは幸せなものである。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

さて、ちょうどキルヒアイスが黒ビールを運んできたとき、トイレから戻ってきたのは……

 

「やれやれ、歳は取りたくないものだな。シモが近くなってかなわん」

 

「おう、メルカッツ。久しいじゃないか」

 

「なんだ? トイレにまで響く妙にでかい声が聞こえると思ったら、オフレッサーか」

 

そうアスターテへの遠征で上級大将に昇進し、ローエングラム元帥府副指令を拝命したメルカッツだった。

どうやらこの二人、非主流派同士という共通項のせいか気が合うようだ。

ついでに言えばこの二人、以前よりヤンが接点で顔見知りになっていて、メルカッツも飲み会に参加したことがあった。

まあ、飲兵衛とヒグマに酔い潰されたが。この歴戦の老将、未だ酒量に至っては人間の常識の範疇を越えていないようだ。

 

「キルヒアイス、儂にも黒ビールを」

 

「はい。副指令」

 

昼間っから酒?と思うかもしれないが、この辺の面子にとっては黒ビールなど水と同じだろう。

少なくとも大ジョッキ一杯程度では欠片ほども酔いはしない。

 

艦隊と陸戦の大ベテラン二人、戦場で産湯を浴びたような二人の上級大将こそが自分の元帥府の大黒柱だとヤンは考えていた。

そしてこれから起こるであろう国難にも……

 

(願わくば、この二人が元帥府の”ヤキンとボアズ”にならんことを、か)

 

ソロモン神殿の正門に聳えたとされる旧約聖書の時代に名を刻む二柱、対の大黒柱……自分はソロモン王になる気はないが、ベテラン二人にはそういう役割を担って欲しいと願った。

 

 

 

「ブラウベア、一杯引っ掛けたところでコイツを見ておいてくれないか?」

 

「なんだこいつは?」

 

そうキルヒアイスからブランデーの香りがする紅茶のおかわりを受け取ったヤンが差し出した書類には、

 

「おい、バッカス……これって」

 

「ああ」

 

ヤンは頷き、

 

「ウチの造船所で改装してる標準戦艦ベースの装甲強襲揚陸艦に巡航艦/駆逐艦ベースの各種対地支援艦。新型装甲車両に鹵獲した戦闘艇(スパルタニアン)を改造した対地直接支援攻撃艇、個人携行武装やその他諸々……装甲擲弾兵に準備している新装備のリストとその概要さ。現場の使い手としての意見を聞かせてほしい」

 

「こりゃまたエラく豪勢だな?」

 

ニヤリと凄みのある笑みを浮かべるオフレッサーに、

 

「それだけ装甲擲弾兵の活躍の場が多いってことさ」

 

そしてオフレッサーは大声で笑い出した。

 

「それはいい。抜群にいいな!!」

 

どうやらこの飲み仲間の下についてれば、死に場所探しに苦労することはないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




動き始めたヤン元帥府。
最初の揃ったのは、元帥府の大黒柱になるだろうオッサン二柱、ラインハルトの元帥府にはいなかった二人です(^^
イメージ的には、

メルカッツ→ビュコック
オフレッサー→シェーンコップ

って感じでしょうか?


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