「つまりシュターデン中将、君はこう言いたいのかい? 私がダゴン会戦におけるヘルベルト大公と同じ立場となろうとしてるので、それを止めたいと」
ブリュンヒルトの提督席の肘掛に頬杖をつきながら、退屈な長い独演会を聞かされた嫌気を隠そうともせずに”
フリードリヒ3世の3男の名を出された”理屈倒れ”の評判高い参謀は鼻白ませるが、ヤンは大して気にした様子もなく、
「そして君はインゴルシュタット中将と同じ目に合うのは御免こうむるというわけかい?」
思わず噴出しそうになったファーレンハイトをギロリと睨むシュターデン。実はよく見ればメルカッツも微妙に髭が震えていた。笑いを必死でかみ殺す歴戦の老将というのは中々にレアだ。
対していつものような優しげな笑みを浮かべてるのはキルヒアイスであり、ヤンの懐刀ともいえる情報参謀のケスラーは涼しい顔をしていた。
この二人はヤンの身内とも言えるので、この程度の諧謔は慣れっこなのかもしれないが。
フォーゲル中将とエルラッハ少将はどう反応していいか困っているようだが。
簡単に言えば、かつて宇宙暦640年/帝国暦331年に勃発したダゴン星域会戦では、享楽的かつ楽観的な目論見で大失態をやらかし、世紀の敗北を蒙ったのはヘルベルト大公であった。
だがヘルベルトはまがいなりにも皇族であり、処刑など不可能であった。そこで敗北の責任をとる形で詰め腹を切らされた……実際には、切腹ではなく銃殺に処されたのが実質的な指揮官だったインゴルシュタットだ。
「そう言えば君は中将だったな。かくいう私は間違っても皇族などではないけどね。ただ、たまたま妹が寵姫などをやっているが」
その切れ味抜群な自虐ネタについにたまらず思い切り噴出すファーレンハイトに、髭どころか唇までぷるぷる震えだしたメルカッツ。
キルヒアイスはヤンの生徒としては先輩にあたる輝くような金髪の”
「ふ、不敬ですぞっ!」
どうやらヤンの諧謔は理屈屋には通じなかったらしい。
シュターデンはヒステリックに叫ぶが、
「キルヒアイス、別にいいよ」
ヤンはそっと左腰に下げたサーベルの柄に手を落としたキルヒアイスを目ざとく見つけ嗜める。
この色々とチートスペックの赤毛のノッポは、普段は温厚なくせに特定の条件が重なると途端にベルセルクになるのをヤンはよく知っていた。
ちなみにこのサーベル、柄や護拳、それに鞘は細緻な装飾が施されたいかにも貴族趣味な代物だが、刀身は実は”
ダイアモンドと同じ硬度の長さ1ヤードの刃と、”燕返し”もどきを使うキルヒアイスの剣技が相乗されれば、シュターデンは痛みを感じる前に首と胴が泣き別れになるだろう。
「まあ、冗談はさておき……給料分の仕事はしようか」
☆☆☆
「今回の作戦を要約すれば、” 兵は
ヤンはシュターデン一人を論破するような真似はせず、居並ぶ提督たちに問いかけるように提督席から言葉をつむいだ。
「はっ?」
まるで呪文を聞いたような顔をするシュターデンに、
「孫子を知らないのかい? クラウセヴィッツやリデルハートも悪くないけど、戦場に身をおくなら孫子は読んでおくべきだ。未だに通じる珠玉の教えの宝庫さ」
だが残念なことに前世も現世もどこか歴史家と言った趣のあるヤンにとっては身近でも、帝国同盟を問わず多くの軍人にとって孫子は古典というよりむしろ古文書で、特に非ゲルマン的な物に価値を置かない帝国では存在自体を知らないものが圧倒的に多数派だった。
ヤンはその貴重な例外だが、当然のように教え子であるキルヒアイスは熟読してるし、それは最初の弟子とも言える妹……黒髪を父から受け継いだ自分と対照的に、母から金色の髪を受け継いだ”アンネローゼ”も同じだった。
もっとも今はグリューネワルト伯爵夫人と呼ばれるようになった妹は、孫子より韓非子を愛読書として好む傾向があったのだが……
「そのような石器時代の例えを持ち出されても……」
蔑むというより戸惑うといった表情のシュターデン。
石器時代という言葉に、ヤンは思わず飲み友達の人型のヒグマなのかヒグマ型の人なのか迷う風貌のトマホーク・マイスターを思い出す。
「ならその君の言う石器時代の戦術でリン・パオの二番煎じを破ってみせるとしよう」
韓非子を愛読書にしてるグリューネワルト伯爵夫人って一体……
ケインズとかも読んでそう(えっ?