帝国アスターテ遠征艦隊旗艦”ブリュンヒルト”
「敵艦隊、フォーゲル艦隊を目指し突撃する模様!!」
「そっちに来たか」
ヤンに特に驚いた様子は無い。
彼に言わせれば
左右どちらの突破を選ぶにしても、分厚い中央を正面突破を狙うよりも遥かにリスクは少ないだろう。
それにどっちを選んだにせよ、メルカッツ自慢の戦闘艇部隊により数を削られ指揮系統をズタズタにされた第2艦隊相手に一撃で壊乱するほどには脆くもない。
突撃を受けるフォーゲル分艦隊でも、緩衝程度の役割は果たすはずだ。
ならフォーゲル分艦隊が敵の足を鈍らせてる間、自分の率いる艦隊とエルラッハ分艦隊は反時計回りに、速度が強みのファーレンハイト分艦隊がフォーゲル分艦隊を迂回して時計周りに回り込み側面から押し潰せばいい。
フォーゲル分艦隊が仮に突破されようと、その頃には後詰めのメルカッツ艦隊が行く手を防ぐだろう。
ヤン艦隊の後に配置された1000隻のシュターデン分艦隊が遊兵化してしまうが、指揮官不在(医務室で爆睡)の小艦隊は機甲予備として置いておくという見方もできる。
ヤンの迎撃計画
↑ → → → ↓
↑→ ↑ 2 ← ← ←↑
○ □ 1☆ →→↑ ↑ ↑第2艦隊
3→→→→↑
☆→ヤン直轄艦隊、○→メルカッツ航空分艦隊、□→ファーレンハイト高速分艦隊、1→シュターデン分艦隊、2→フォーゲル分艦隊、3→エルラッハ分艦隊
これが被害極小になる……はずだった。
だが、ヤンにはどうにも不自然な気がした。
(敵の艦隊速度が遅すぎる……)
いくら指揮系統が半壊させられているとはいえ、第2艦隊の動きが緩慢すぎるようにヤンには見えた。
フォーゲル分艦隊に的を絞り食い破るつもりなら、それこそ最大戦速で突進を試みるべきであろう。
時間を追えば追うほどこちらの左翼サイドの布陣は分厚くなり、突破が難しくなる。
(誘っているのか……? だが、一体何を?)
いくら出足を遅くしようとこっちもじりじりと距離を詰めてるし、逆サイドからファーレンハイトの高速分艦隊が迫っている以上、第2艦隊が誘っていてメリットが無いように思えた。
図らずもヤンはここで、自分もまた神でもなんでもなく、間違いを起こすことが当たり前の”人間”だということを証明してしまった。
何が言いたいかといえば……彼もまた判断を誤ったのだ。
人はどれほど客観視を心がけようと完全には、それこそ無意識にまである主観を完全に払拭することは出来ない。
ヤンもまた同じで、前世まで含めて長い軍人生活で敵は常に自分を狙ってくる、自分を罠にかけようと知恵比べを仕掛けてくると思っている部分があった。
また、例え練度が自分の率いる艦隊より劣っているとはいえ、そして提督が門閥の戦知らずの若造に顎で使われる程度の存在だったとしても、「正規の軍人教育を受けて将官&提督になってる以上」は、常識的な行動をとると思い込んでいた。
軍人の戦場における最大の役割は勝利すること……戦術的目的を達成することであり、それ以上に優先するものなどない。
確かにそれが軍人としての常識だろう。
だが……
「エルラッハ分艦隊、最大戦速に加速! 一気に前に出ます!!」
「なんだって!?」
驚いたのはヤンだった。
確かに外周より反時計周りに回り込まねばならないエルラッハ分艦隊は、内側から回るヤン艦隊に比べ増速する必要はあるが、それを見越しての鶴翼の陣をとったのだ。
本来であればエルラッハが最大加速に転じるには、しばしの時間的余裕があったはずだった。
しかし、
「エルラッハ分艦隊、
「馬鹿な……」
ヤンは自分の戦術が足場から崩れるような錯覚に陥ったのだった……
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
一方その頃、パトロクロスでは……
「
喜色満面の顔をするワイドボーンが居たりする。
「食い意地の張った間抜けな魚が、どうやら群れからはぐれたみたいだな」
ホッとした表情でさらりと毒を吐くラップ。よほど悪運が強いのか、メルカッツの空襲の中でもかすり傷一つおってないアッテンボローがギョッとした顔で敬愛すべき先輩を見た。
「こういうのを”海老で鯛を釣る”というのか?」
「いや、どちらかといえば”まな板の上の鯉”というべきだろう。無論、鯉は敵の分艦隊だが」
二人はニヤリと笑い、
「全艦隊に告ぐ! 艦隊速度、全速! 急速回頭!
「全艦隊! 長距離砲戦用意! 短距離砲戦の準備も怠るな!!」
最初からワイドボーンもラップもヤンと知恵比べなぞすることに興味も無かったし、意味も見出せなかった。
ただ彼らは命があるうちにいち早くこの戦場より立ち去ることだけを望んでいたのだった。
さすがエルラッハ、期待を裏切らずやらかしてくれる!の回。
そこにしびれるあこがれない。