第001話:”ていとく!”
宇宙暦796年/帝国暦487年2月
アスターテ星域近辺、銀河帝国戦艦”ブリュンヒルト”
(どうして私はこんな場所に居るんだろう……)
何もかもおかしかった。
死に方はそりゃ褒められたものではなかったが、確かに自分は”自由惑星同盟”の軍人だったはずだ。
彼はそう自戒する。
だが、
「ローエングラム
いつの間にかそばに立っていた赤毛で長身の……自分と正反対の肉体的特長を持つ少年の面影が残る優しそうな青年に声をかけられる。
赤毛についで目立つのは左腰に下げた実戦だけでなく儀礼にも使える美しい装飾がなされたサーベルと、右腰の実体弾型の拳銃が収められた皮製のホルスターだろうか?
サーベルは青年が
「いや、思えば遠くへ来たもんだと思ってね」
不思議そうな顔をする赤毛の青年に提督用の個室に座る黒髪の男は苦笑し、
「それとジーク、そのローエングラム伯爵様っていうのはやめてくれ。確かに何の因果かローエングラムの爵位と領地は継いだが、私自身は昔と何一つ変わっちゃいないさ」
すると赤毛の青年、ジークフリート・キルヒアイスは嬉しそうな顔で、
「とはいえさすがに”
「余人が居ないときにはそれでかまわないさ。しっかり者なうえ紅茶を入れるのが上手い君が、TPOを弁えないとは思えないしね」
まるでその台詞に答えるようにキルヒアイスは用意してきたティーポットからマイセンブルーのカップに紅茶を注いだ。
その慣れた優雅な仕草は副官というより、むしろ出来のいい若執事を思わせる。
同じ黒衣でも軍服よりも執事服が似合いそうな気配さえある。
「ああ、すまないね。本来は
キルヒアイスにしてみれば冗談ではなかった。
生涯の人生の師と仰ぐ銀河帝国屈指の名提督、口に出して言うと本人が困ったような顔をするので滅多に口にしないが、忠誠を捧げることを誓ったヤン、少し前までは”
今は皇帝の寵姫となった母親譲りの金色の髪が印象的な”あの人”との約束……自分は傍らで、あの人は後宮から共にこの冴えてるとはいえない風貌だが不思議と人を引き付ける”異能の天才”を支えると誓ったのだ。
そんなキルヒアイスにしてみれば、敬愛すべき恩人にとり重要な要素である紅茶を誰とも知れない従兵に譲るなどとんでもないことだ。
そもそも、軍人としての道を歩み始める前、ヤンの”二人目の生徒”であった頃から紅茶を入れるのは彼の役目だったのだ。
そう、誓いと共に”一人目の生徒”、あの人から絆として受け継いだ。
もっとも内心に反して返答はシンプルで、
「いえ、お気になさらず。なれない者に煎れさせて先生の士気が落ちても困りますので」
ヤンは軽く笑い、
「確かに私は士気の高い提督と評されたことはないね。今以上の士気の低下が指揮能力の低下に繋がることは大いにありえるからね。そうなれば全体の生存率にも跳ね返ってくるか……」
少し真面目な顔をする。
「ところでジーク、紅茶はありがたいけど用件はそれだけかい?」
「いえ」
キルヒアイスは首を横に振り、
「皆さんがお待ちです」
するとヤンは面白そうな顔をし、
「皆さんじゃないだろ? 熟練にして歴戦のメルカッツ殿と新進気鋭のファーレンハイト君は特に作戦プランには不安がないだろうしね。無論、ウルリッヒも」
ヤンが挙げた名は、人生の先輩としても慕う歳の離れた先輩軍人と最近目をかけてる食い詰め貴族の若手軍人、そして黒い手帳と共に受け継いだ『とある老将の遺産』とも言える身内、情報参謀だった。
「差し詰め、戦力差に不安を駆られた”理屈好き”が他の面子を煽って押しかけてきたってとこかい? 内容は撤退の進言だろうね」
キルヒアイスは言葉ではなく苦笑で応えた。
「やれやれ。説明も給料のうちか」
背伸びして体をほぐし、
「ではジーク、ロクでもない仕事を再開するとしよう」
”帝国の黒魔術師”と自由惑星同盟軍から怨嗟と共に呼ばれる常勝無敗の帝国上級大将、”
ヤン提督、転生前とファーストネームとファミリーネームがひっくり返ってます。
ついでに割りとリア充。