Overlord of Overdose ~黒の聖者・白の奴隷~   作:Me No

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 今回も長いです(三万五千文字くらい)



羽をもぎ、血をすする

「やあ。ずいぶんとまたせてしまったね。んふぃーれあくん」

 冴えない肥満型ブルドックというのがぴったりの顔つきの男が部屋に入ってきたンフィーレアに声をかけた。

 鼻が詰まっているのか、ぷひーという息が漏れた。

 そのため口で呼吸しているのだが、抑揚が殆ど無い。

 まるで台詞を棒読みにしているような違和感があった。

 見た目といい、威厳のない話し方といい、この男から貫禄というものは感じられない。

「いえ。お忙しい所を急に訪ねたにも関わらず、お時間を割いて頂いたこと感謝します」

 だが、ンフィーレアは礼の言葉と共に丁寧に頭を下げた。

 

 男の名はパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア。

 この城砦都市エ・ランテルの都市長である。

 

(お婆ちゃんは切れ者だと言ってたけど、全然そんな感じがしないな)

 

 むしろ、今からする話をこんな奴に話して大丈夫なのかという心配すらある。

 ンフィーレアの内心の葛藤を他所にぷひーと鼻を鳴らしながら都市長は頭を傾げた。

 

「としぎょうせいにかかわるもんだいがおきたときいているのだが、はなしてくれるかな?」

「は、はい! 実は……」

 ンフィーレアは勘の悪そうに見える都市長にも分かるよう、事の経緯を分かり易く説明する。

「ふむ。そのせいねんがはっぽんゆびのかんぶであると?」

「はい!」

 三十分ほどかけて説明した後、返ってきた返答には危機感というものが欠けていた。

 そのやる気のない返答に苛立ちつつ、これは一大事なんだと分かるように力強く頷いた。

「カルネ村が八本指の拠点として利用される可能性もあると考えます。もしかしたら王国を蝕む麻薬である黒粉の製造を――」

「――いくつかぎもんがあるのだがいいかね?」

 話の途中で強引に質問をねじ込まれた。

 

(人の話は最後まで聞いて欲しいな。アインザックさんは冷静に話を聞いてくれたのに……)

 

「は、はい。どうぞ」

 しかし、こんな男でも都市長だ。

 ンフィーレアは愛想笑いを浮べて応じた。

「きみはなぜそのおとこにかかわるのかね?」

「えっ?」

「はっぽんゆびだぞ? おうこくさいだいのはんざいそしきをあいてに、こわくはないのかね?」

「勿論、怖いですよ。僕も危うく殺されそうになったんですから!!」

「なに?」

 ンフィーレアは自分の額の辺りに手をあてた。

「これを見てください。スラム街で奴に糸を使って髪をばっさり斬られたんです!」

「す、すらむがいだと? なぜ、きみはそんなところへ?」

「勿論、奴が八本指である証拠を掴む為ですよ! 最初から尾行はばれてたようですけど、偶然通りかかったミスリル級冒険者に助けられたんです」

「な、なんと……」

 都市長はその言葉に目を見開いて驚いた。

 数秒の時間が過ぎた後、彼は疲れたようなため息をこぼす。

「……そうか。おもってたいじょうに、しんこくだな」

 ようやく都市長も事態が把握できたらしい。

 ンフィーレアはホッと胸を撫で下ろした。

「次はあしらいが乱暴になるぞと脅されましたけど、僕はそんな脅迫には屈しません!」

「それはなぜ?」

「幼馴染を助けるためです。僕も男ですから」

 ンフィーレアは胸を張って答えた。

「きみはまさか、かるねむらにいるだれかにおもいをよせているのかね?」

「はい。僕の好きなエンリ・エモットを守るために動いてます」

「……えんり・えもっと?」

 何故かパナソレイはきょとんとした顔を浮かべた。

「どうかしましたか?」

「いや……若いな」

「えっ? あ、あははは……」

 パナソレイが遠い目をして呟くのを見て、熱くなってしまった自分に照れが出てしまった。

「男はアリス・サエグサと名乗ってましたが偽名です。奴は八本指の幹部『空間斬』のペシュリアンです」

「ありす・さえぐさ……そうか。さえぐさ、ね」

「都市長?」

「おおまかなじじょうはわかった。わたしのしへいをつかおう」

「あ、ありがとうございます!!」

 ンフィーレアは勢いよく頭を下げた。

「ちなみにそのおとこがいるばしょをしらないかね?」

「知ってます! 黄金の輝き亭です」

「ほう。もしかして、じぶんでいばしょをつきとめたのかな?」

「はい。寝ずに監視してたので少し辛いですけど」

 

「………………ほぉう」

 

「!?」

 一瞬、都市長の目つきが鋭いものへと変わる。

 締りのない豚のような表情が獰猛な猪を思わせるものに。

「きみもついてくるといい。わたしではだれがわからないからね」

「もちろんです!」

 最高の舞台が整ったンフィーレアは歓喜する。

 王国を蝕む犯罪組織の幹部を捕らえる大捕り物の立役者――それが自分だ。

 きっと真実を知ればエンリも感激することだろう。

 

 自分がどれだけ悪辣な犯罪者に騙されており、それを助ける為に友人が危険を顧みずに動いてくれたのだ。

 まさに吟遊詩人が語る流行歌になってもおかしくないのではないかとさえ思える。

 

「では、じゅんびをととのえるまでまっていてほしい」

「まさか、今から動かれるのですか!?」

「うむ。やっかいごとははやめにおわせるにかぎるだろう?」

 確かにそうだ。

 奴は自分から手を退くと言っていた。

 用済みになったエンリが処分される可能性も十分ありえる。

 

「はい! 行きましょう!!」

 

 感動のフィナーレはもうすぐそこにある。

 歓喜に震えるンフィーレアだが、不意に後ろを振り返った。

 

「どうかしたかね?」

「い、いえ……」

 誰かに見られているような、そんな気がしたのだ。

 しかし、この部屋には自分達以外誰も存在しない。

 振り返った先にはあるのは大きな窓――その先には何も見えない暗闇が広がっていた。

 

 

「今日は雲で星も見えないようね」

 窓の外を眺めながら、みかかはため息を吐く。

 空を眺めても暗雲が立ち込めるばかり、星明りがないせいか酷く暗く感じる。

 この雲行きだとこれから雨が降るかもしれない。

 それがなんだか今の自分の心境を表しているようで落ち着かなかった。

 

「お嬢様ぁ。早速、着替えてきたよー」

 調子の良い声には敬意というものが感じられない。

 着慣れないメイド服のせいか、歩く姿にも品が無かった。

 

(ちゃんとやれば出来る子なのに、色々と残念な子だわ)

 

「なによーその顔は! 普段通りでいいって言ったよねぇ?」

「別に。お気楽で羨ましいと思っただけよ」

「えー。だって気難しくなる必要ないもん」

 クレマンティーヌは細剣を抜いて、試し切りを始める。

 新しく手に入れた武器を使いたくて仕方ないといった感じだ。

 

「クレマンティーヌ……貴方に命令するわ」

「何なりとお命じ下さいませ、お嬢様」

 しまりのない顔から笑顔は消えて、両手でスカートの裾を摘んでから頭を下げる。

「貴方のそういう所は好意に値するわね」

 ニコリと笑ってから、その笑顔を吹き消して告げる。

「だから、お願いよ。決して、私を裏切らないでね?」

 言葉と共に漏れた殺気を前に頭を垂れたクレマンティーヌの身体がカタカタと震えていた。

「裏切りは許さない。もし破れば、死ぬよりも辛いことなんて幾らでもあるって事を理解させてあげる」

「……勿論です。お嬢様の命令は絶対、決して違えることは致しません」

「そう? なら、顔をあげなさい。理解が早くてけっこうなことだわ」

 みかかが殺気を消すと、クレマンティーヌの顔にも安堵が宿る。

「この世の全ての栄光はナザリックにある」

「……?」

「仲間内での符丁よ。聞かれたら即座にそう答えなさい。いいわね?」

「了解致しました」

 念を押された。

 下手に馴れ馴れしい態度やふざけた態度を取れば殺されるかもしれない。

 クレマンティーヌは頭の中で何度か符丁を唱えてから忘れないように心に刻み込む。

 

「では、これより現状を説明します。先程、仲間から連絡がありました。ンフィーレア・バレアレが都市長と衛兵を連れてここに向かってます」

「……ちっ。ジッとしてろって言ったのに」

 クレマンティーヌが舌打ち交じりに呟いた。

「……ふうん。貴方、何か知ってるの?」

「その前にお嬢様に聞きたいことがある。お嬢様は八本指と関係は……ないよね?」

「ない。どうして貴方もンフィーレアもそう考えるわけ?」

「ええっと……私がそう思ったのはお嬢様が糸を使ったからだね」

「これ?」

 みかかは隠し武器の糸を周りに展開させる。

「ちょっ!? あぶなっ……」

「そんなに怯えなくても大丈夫よ。遊び半分で貴方に糸を使うことはしないわ」

「………………」

 さっきその糸でドレスをビリビリに破かれたのだが……。

 しかし、このお嬢様相手に細かい突っ込みをしていては命が足りない。

 クレマンティーヌは無視して話しを続けることにした。

「そんな特殊な武器を扱うもんだから、てっきり『空間斬』のペシュリアンかなって思ったのよ」

「空間斬?」

 それはまた、随分と馴染み深い単語ではないか。

「空間ごと相手を切り裂く謎の剣士ってのが売りな八本指の幹部だよ」

「ふうん。近いうちに顔を拝みに行きましょう。ちなみにンフィーレアが私を八本指だと思った根拠について何か知ってる?」

「短期間で貴重な薬草を一杯取ったんだっけ? でも、トブの大森林には森の賢王っていう魔獣がいて普通人なら無理なんだよね」

「森の賢王……そういえばそんなのも居たわね」

 今頃、どこで何をしているのだろうか?

 落ち着いたら探してやろうと心のメモに書いておく。

「そんなのも居たってことは今はいないわけね。もしかして……」

「一応、倒して服従させたんだけど……魔法でどっかに飛ばしちゃった」

「ま、お嬢様の強さは尋常じゃないから服従させてもおかしくはないね。でも、どっかに飛ばしたって、何処に?」

「知らない」

「………………」

 このお嬢様――ひょっとして馬鹿なんじゃないのだろうか?

「もうちょっと常識ってものを考えたほうがいいんじゃないかな?」

 クレマンティーヌは大げさなため息をついてみせた。

 

(飛ばしたのは私じゃない、シコクよ)

 

「ま、普通人には出来ないことをやってのけたから怪しまれたのよ。そこら辺が発端だね」

「なるほど――じゃ、これからはその辺は貴方に任せるわ」

 こういう視点で物が言える人物が出来たのは心強い限りだ。

「えっ?」

「私、そういうの良く分からないから上手くやって頂戴」

「あっ、いや……」

「私の命令は絶対」

 ニッコリと笑って話を終わらせる。

 

「は、はーい。話が逸れたけど、私がミスリル級の冒険者プレートちらつかせて八本指に間違いないって断言したから、それで都市長も動いたのかも?」

「動機が軽すぎる。都市長様はどうやら暇なお仕事のようね」

「で、どーするの? 今から逃げる?」

「貴方は透明化の外套を使って隠れておきなさい」

「隠れるって、お嬢様はどうするの?」

「私は何もやましいことがないもの。ここで相手を待つわ」

 その言葉にクレマンティーヌの顔が険しいものが浮かぶ。

「……はあっ? なんでよ?」

「この街ですべきことなんて大体終わらせたし、そろそろ締めの段階だわ――最後に、あの子と決着をつける」

「何言ってんのよ。権力者相手に正気ですか、このお嬢様は?」

 クレマンティーヌは両手を腰にあてて怒った。

「あいつらに話なんか通用しないっての! 王国の腐敗具合を馬鹿にしすぎなんじゃない!? 罪なんか適当にでっち上げればいいんだからさぁ。下手な騒ぎになるより、ここでトンズラしたほうがいいって!」

「クレマンティーヌ」

 みかかは人差し指をクレマンティーヌの唇に当て、彼女の発言を封じる。

 

「貴方の主人を信じなさい。それもまた、貴方の勤めよ?」

 

「ッ!!」

 ギリギリと歯をかみ鳴らす音が漏れていた。

 そんな彼女をみかかは困った顔で見つめる。

 自分の命令は絶対――だが、忠言に耳を貸さないような暴君を気取るつもりは毛頭なかった。

「あー! もー! 分かった!! わ・か・り・ま・し・たーッ!?」

 ややあって、クレマンティーヌはやぶれかぶれに叫んだ。

「で、もしお嬢様がとっ捕まったらお助けにあがればいいわけね?」

「それはないと思うけれど……その時はンフィーレアを捕らえて儀式を行いなさい。私はその騒動に乗じて脱獄する」

「面倒くさいなぁっ。脱獄するくらいなら最初から逃げればいいじゃん」

「私が人を殺すことしか能がないと思ってるなら、それは間違いね。上手く切り抜けて見せるわ」

「そりゃ信じてるけどさぁ。ああいう手合いは厄介だよ、馬鹿だから」

 その言葉にみかかはひっかかるものを感じた。

 

「もしかして、貴方――ンフィーレアが私に牙を剥く理由を知ってるわけ?」

「へっ? ん? あっ! ああ、そういう……ふーん。そうなんだぁ?」

 自分だけが問題を理解したと確信する余裕の笑顔にみかかの視線の温度が下がる。

「教えなさい」

「お嬢様にはおしえなーい」

 実に意地の悪い笑顔を浮かべて、クレマンティーヌは逃げようとするが当然あっさりと首根っこを掴まれる。

「忘れたの? 私の命令は何だったかしら?」

「いーやだ。そんな頼みは聞けませーん」

 声に冷たいものが混じったみかかを前にしてもクレマンティーヌは揺るがなかった。

 小さな子が叩かれるのを嫌がるかのように両手で頭を庇いながらふざけている。

「だって、その方が面白くなるもん。だから教えなーい」

 みかかは掴んでいた手を離し、眉を寄せた。

「お、面白い? それって、どういう?」

 

「ふふん。私も楽しみになってきちゃった。出来れば、私にも分かる場所で派手にやってよね?」

 

 クレマンティーヌはまるで年下の男の子をからかうお姉さんのような笑みを浮かべて、みかかを送り出すのだった。

 

 

(今頃、何をしてるんだろ?)

 

 陰鬱な気分を引きずりながら一糸纏わぬ姿となったエンリは浴室の扉を開けて中へと進む。

 浴室と言っても原始的なもので陶器製の風呂桶が置かれているだけだ。

 大量の湯が張られた風呂桶に身体を沈めて足を伸ばす。

 じんわりと身体を包み込む温かさに思わず気持ち良くて息がもれた。

「……ふう。やっぱり凄いな、ミカは」

 現在、城砦都市一番の宿である『黄金の輝き亭』に宿泊しているエンリだったが感想を聞かれれば意外に大したことない、と答えるだろう。

 何故なら、城塞都市に向かう前に森で一泊したときの風呂の方が優れていたからだ。

 ここよりずっと広かったし、風呂桶内で身体を洗う必要もない。

 それに何と言ってもシャワーと呼ばれるものがここにない――あれは凄くいいものだと、エンリはうんうんと頷く。

 しかし、無いものを嘆いても仕方ない。

 エンリは浴室に備え付けられたブラシを手に取った。

 ブラシは何か動物の毛で作られており極上のさわり心地がした。

 

「汗もかいたし、綺麗にしておかないとね」

 エンリはブラシを使って身体を念入りに磨き始める。

 みかかが戻ってくれば、夕食を食べることになるだろう。

 その後は待ちに待った二人きりの時間だ。

 朝の続きをすることになるかもしれない――いや、そうなって欲しいとエンリは願っている。

 今夜こそ山場――これが最後の機会だ。

 

(シャーデンさんの言ってた事、今なら分かる気がします)

 

 エンリは今朝、黒猫が去る前に話した時のことを思い出していた。

 

「シャーデンさんはどうして私に力を貸してくれるんですか?」

「前に二人ほど熱烈なアプローチをしとる女がおると言うたのは覚えとるかの?」

 エンリは頷く。

 忘れられるわけがない。

 まだ見ぬ恋のライバルなのだから。

「うちはあの二人のどちらか、或いはどちらも選ばれて良いと思っておる。才能、資質については申し分がないからの」

「………………」

 才能、資質――自分が決して持ち得ない物を指した言葉だ。

「単純な損得勘定で言うならエリリンに価値はない。むしろ、御主の存在はミカ様を命の危険に晒している」

 分かっている。

 自分は弱い。

 父と母が己の命を代価にエンリを助けたように、いつか彼女の身を危険に晒さしてしまうことになるかもしれない事は。

「そんな、私を……どうして?」

「そんな御主だからこそ助けた。御主ならうちと利害が一致すると思ったからの」

 黒猫は静かに告げる。

「うちは己の望みが叶うなら不幸になっても構わないという変わり者でな」

「夢が叶うなら、不幸になっても?」

 言葉の意味を真剣に考える。

 だが、自分には夢が叶ったのに不幸になるという状況が想像出来なかった。

「なに、すぐに分かるよ。こういう考えをする奴なんて大体相場が決まっておってな? 身の丈に合わぬ願いを叶えたいと思ってる奴なんじゃよ」

 放たれた言葉はエンリの胸に突き刺さる。

 今の自分はまさしくそうだ。

「身銭を切っても買えぬ物が欲しいなら、もう自らの身を切り売るしかない。そうでなければ掴めん物がこの世にはある」

 エンリには何もない。

 特別優れた容姿をしているわけでもなく、学はなく文字すら読めない、たまに存在する生まれたときから不思議な力も与えられなかった。

 そんな自分があの人と結ばれるにはどうしたらいい?

 自分が一生を費やして努力しても――到底、彼女が持つ何かに並び立てる気がしない。

「己の領分を越える願い――それを何かを失うことで得られるとしたら、御主はどうするかの?」

「えっ?」

「星を掴むべく手を伸ばす御主には才能がある。物の試しに、うちの魔法を教えてやろう――代償と犠牲の先にある覚悟と言う名の魔法、呪術をな」

 そしてエンリは黒猫からある物を受け取った。

 

「よし、やろう」

 身を清めたエンリは浴槽からあがると洗顔用の桶を取って、そこに少量の湯を注ぐ。

 それから浴室の隅に置いたアイテムを取りに行く。

 それは厚手の布で何重にも包まれており、エンリはそれを慎重に取り出した。

 中から現れたものは禍々しいデザインをした短剣だった。

 

「御主に教えるのは呪術の基本。第一位階魔法《生贄/サクリファイス》 その剣を手に取り、代償を捧げ、願うといい」

 

《生贄/サクリファイス》

 ユグドラシルでは己のHPを失うことで攻め・守り・その他補助系の効果のある魔法に転じるというものだった。

 呪術は忍術と同じで消費するHPが大きいほど効果が大きくなる。

 その傷が深ければ深いほど、傷ついた箇所が致命的な箇所であればあるほど威力は跳ね上がる。

 

 エンリが願うのは恋の成就だが、所詮は第一位階魔法なので命を代価にしても相手の精神を完全に操作することなど出来はしないし、そもそもみかかはアンデッドなので精神系統の魔法攻撃は無効化される。

 今のエンリに出来るのは己のステータスである魅力と幸運の数値を引き上げるのが関の山だ。

 

 エンリは短剣を手に取る。

 その瞬間、ばね仕掛けの玩具のように茨が飛び出して短剣を握るエンリの手を雁字搦めに縛り付けた。

 

「……い、痛っ!?」

 

 肌を突き破り固い棘が肉に埋没していく――すぐに神経は強烈な痛みの信号を脳へと変わり、エンリの額には見る見るうちに脂汗が滲み出す。

 

「早く……早く終わらせないと」

 

 この短剣は儀式を終わらせない限り手から離れないと聞いている。

 どんどん茨の締め付けがきつくなっている気がする。

 このままでは小指が落ちる。

 

(やり方は単純じゃよ。血、肉、魂――とにかく何でもかまわん。願いを叶えるために御主が差し出せる範囲のものを捧げればよい)

 

 多くの魔法・スキルが転移したことで変貌を遂げたが呪術もまたそうだった。

 本来ならHPを失うだけだが、ここではそれ以外の物も捧げることが可能になっており、大幅な上方修正が加えられたと言っていい。

 失うものが多ければ多いほど、大事なものであればあるほど、呪術はより強力になる。

 

(……お願いします。私の願いを叶えて下さい)

 

 負けられないと思った。

 才能、資質を認められた二人に負けるなら仕方ないと思ってた。

 その二人に『本当に愛する人は他にいる』という言葉を聞くまでは。

 自分の大切な人が『もののついで』に愛されているのだと知らなければ!!

 

「捧げる――私の血を、出来る限り」

 

 己の手の甲に刃を走らせた。

 

「いった!?」

 

 一度剣に斬られた経験のあるエンリだが、その異様な痛さは我慢できなかった。

 剣は人を殺すためのものだが、これは違う。

 

(よく見たら……この刃、まるでノコギリみたいになってる)

 

 きっと、より痛みを与える為だ。

「かまわない……どうせ、傷つくなら、そっちの方が、いい」

 自分がより苦しめば、魔法の効果も上がるような気がした。

 なら、出来るだけ苦しんだほうがいい。

 握った右手の手からも血が滲み出して見る見るうちに真っ赤に染まった。

 涙を浮かべながら、エンリは手を桶に浸した。

 

「どうか――私の想いが伝わりますように」

 

 今の自分に捧げられるものなど、この胸の内にある熱い想いと自らの身体しかない。

 どうしようもなく愛おしく、狂おしいほどに愛されたいのだ。

 

 昨日の夢を思い出すと今でも身体の内に火をつけられたように熱くなる。

 夢の中でエンリは何度も結ばれた。

 己の純潔を時には優しく、時には荒々しく奪われ、彼女の指で散らされ、自らの指で散らしてみせた。

 純愛、偏愛、加虐、被虐、奉仕、強制、隷属――薬物の使用すら経験した。

 その内容を聞けば、この街にある三大娼館『天空の満月亭』、『紫の百華亭』、『琥珀の蜂蜜亭』の娼婦は裸足で逃げ出し、かつてはその手練手管で男達を虜にした八本指の幹部すら驚愕を露にし、王都にたった一つ残された非合法の娼館――金次第で命すら快楽の道具とされる娘も目を剥くことだろう。

 

 それは、たった一夜の夢――しかし、無垢な処女を汚したのはこの世の全ての快楽と欲望による洗礼。

 

「どうせ遊ぶなら思い切りやった方が良くないっすか?」

『笑顔仮面のサディスト』と姉妹の間では定評のあるルプスレギナの思いつきによる提案で行われた悪魔的行為。

 

 百レベルの淫魔の血。

 五十九レベルのクレリックによる回復魔法。

 八十八レベルの支援系魔法詠唱者によるバフ・デバフ。

 

 この世界では八欲王や六大神、魔神と呼ばれるほどの力を持つ面々による最大級のおもてなしは彼女の身体と精神に大きな変化をもたらした。

 具体的に言えば四レベル分の経験値の獲得及びカルマ値の大きな低下だ。

 エンリが十六年の歳月を生きたうえで培ってきた職業レベルは計ニレベル。

 それがたった一晩で四レベル上がったのだから、この経験がどれほど凄まじいものであったのかも理解出来るだろう。

 

 あんな夢を見てしまうほど、自分はあの人を愛し、愛されたいと願っているのだとエンリに強く確信させた。

 

 正妻などとおこがましい事は言わない。

 愛妾でも、いいや……傍にいられるなら娼婦と蔑まれたって構わない。

 

 エンリはここまでの日々を思い出す。

 一緒に過ごしたのはたった数日という短い時間だが、自分の人生においてこれほど多くの出来事が起こった日々はない。

 大切なものを失い、それに代わる何かを得て、自分の世界は一変した。

 

 自分はこの人の傍でしか見れない世界をもっと見てみたいのだ。

 

 浸した両手に痛みが走る。

 ただの裂傷ではありえないほどの勢いで血は失われて水はどんどん真紅に染まる。

 やがて、浸した両手が見えなくなるほど真紅に染まったところで水は光に変わった。

 

 その瞬間――エンリの脳裏に何かが繋がったような感覚がした。

 

 この世界の魔法詠唱者が語る世界との接続。

 本来であれば特殊な才能がある者でなければ為し得ない行為はユグドラシル産の装備を用いたことによりエンリを導く。

 目を瞑れば見たこともない大きな大樹のようなものが見えた。

 それはスキルツリーと呼ばれる物……見上げれば遥か頂上には一切の光を飲み込む無常の闇が広がっているのが見えた。

 

 エンリはあそこを目指そうとその瞬間に決めた。

 他にも枝葉や幹は様々な方向へと伸びている。

 だが、自分の目的地はあそこだ。

 

 あそこには自分の望む何かがある――そう直感する。

 

(これが、魔法――私にも使えたんだ!)

 

 己の中にある異能の力にエンリの顔は綻んだ。

 今はまだ、小さな力だけど――鍛えていけば、いつかは自分も頼りにされるかもしれない。

 そして光は収まった。

 

「あ、あれ?」

 これで、終わりなのだろうか?

 何も変わったことはないように思えるのだが?

 エンリは自らの裸体を確認しながら首を傾げた。

 

「あれ? 手の傷も消えてる」

 まるで時を巻き戻したかのように空になった桶に諸刃の刃は入っているだけだ。

 

(まさか、夢……じゃないよね?)

 

 エンリは傷つけた手の甲を指で触れてみる。

 

「い、痛っ!?」

 その痛みこそ先程の行為が夢ではないと物語っていた。

 呪術の発動によりエンリの最大HPは数割低下しており、これは呪術の効果時間内はいかなる手段を用いても回復しない。

 

(呪術は誰でも扱える反面、危険も大きい。術の発動を見られるな、術を扱ったことを知られるな、術を扱えることを話すな、だったよね)

 

 エンリは厚手の布に呪術用の諸刃の剣を包んで、浴室を出る。

 そして無限の背負い袋の中に短剣をしまった。

 

「魔法って……けっこう疲れるかも」

 

 まるで一仕事を終えた後のように身体が重い。

 だが、全身を襲う倦怠感より魔法を使えたことの高揚感が上回っており、ちょっとしたハイ状態になっていた。

 

 鼻歌混じりに脱衣室にある姿見で全身をチェックし、色々とポーズをとってみる。

 なんだか前より綺麗になった気がする。

 エンリは自惚れてみるが、あながち間違いではなかった。

 レベルが上がればそれだけ基礎のステータス値は上昇する。

 全身に前よりも筋肉がついたことで、胸部や臀部が上向きになったのだ。

 

(礼儀作法では勝てないけど、プロポーションでは負けてないよね)

 

 女の魅力では負けてないことを確認すると、エンリは下着を着け始めた。

 身につけた下着は普段使っているものとは比べ物にならないほどの着心地だ。

 そして鏡に映る姿は自分でも驚くほどに扇情的だった。

 ブラジャーにガーターベルト、ストッキングで、このような下着をエンリは目にした事もない。

 下着にはどれも可愛らしい装飾や刺繍が施されており身につけるだけで不思議と気分も高揚してくる。

 エンリは上機嫌でどこかのお姫様が着るような装飾過多のメイド服に袖を通す。

 最後にくるりとターンを決めた。

 

「ミカ。早く私のところに帰ってこないかな~」

 夫の帰りを心待ちにする甲斐甲斐しい嫁の姿がそこにはあった。

 

「今頃、いったい何してるのかな~」

 洗った髪を丁寧に櫛で梳かしていたエンリの瞳から光が少しずつ消えていく。

 

「あんな女と二人きりで……いったい、何してるのかな~。私……とっても気になるなぁ」

 忙しなく行き来する櫛に髪の毛が絡まりブチブチと音を立てて髪の毛が千切れていく。

 

「ミカ。早く帰ってきて……」

 今の彼女にある想いは一つ。

 どうしようもなく愛おしく、狂おしいほどに愛されたい。

 

 自分の口角が今までにないほどに吊り上っていることに気付いた。

 愛する人と過ごせるだけで世界はこんなにも輝いて見えるのだと知らなかった。

 だからこそ、どんな手段を用いてもこの願いは叶えなければならない。

 

 自分は願いが叶うのならば、不幸になってもかまわない。

 

 代償を捧げ、魂を汚し、純真無垢な恋する乙女は血に濡れた魔女へと変化していく。

 

 

(クレマンティーヌのあの笑顔。猛烈に嫌な予感がする)

 

 クレマンティーヌの部屋を出て、みかかは廊下で立ち止まる。

 すぐ隣が自分達の部屋だ。

 しかし、入るのが躊躇われた。

 

(こういう時、特殊技術って役に立つわね)

 

 気配感知の特殊技術によって、扉の向こうでエンリが立っているのが分かったからだ。

 

(……きっと、まだ怒ってるわよね)

 

 今朝、冷静さを失った自分が彼女に何をしたのかを考えれば、あの反応は当然だ。

 

(でも、結局やましいことはしてないんだから……堂々としてればいいのよ)

 

 本当はクレマンティーヌを吸血鬼の花嫁として迎えるつもりだった。

 しかし、どうにも気が乗らないのだ。

 少なくとも、しばらくの間は使用人として教育してやろうと決めていた。

 

(なんか、こう……違うのよね。私の吸血鬼センサーに引っ掛からないわ)

 

 従順なクレマンティーヌより今の彼女の方が輝いて見える。

 吸血鬼の花嫁にするということは人間種からアンデッドへと変貌させることを意味する。

 きっと彼女の魂も書き換えられることになるだろう。

 

 それは、なんだか――とても嫌だ。

 

「つくづく甘い――またシコクに呆れられるわね」

 きっとお小言を受ける羽目になるだろう。

 

 さて、このまま扉の前で突っ立っているわけのもいかない。

 生憎とンフィーレア達がやって来るという差し迫った問題がある。

 みかかは観念して出たとこ勝負のノープランのまま、玄関の扉を開けた。

 

 待っていたのは予想外の展開だった。

 

「ただいま」

「おかえりなさい」

 まるで新婚夫婦のようだと暢気に感想を抱く。

 いきなり「私とあの女、どっちが大切なんですか!?」とか掴みかかられなくてホッとした。

 

「エンリ。もしかして、ずっとここで待っていてくれたの?」

「いえ。街を歩いて汗をかいたのでお風呂に入ってました」

 確かに髪の毛は塗れてるし、頬も湯に浸かったせいか上気している。

 そして、彼女の目尻が赤く腫れ上がっていることに気付いた。

 

「エンリ、貴方……泣いてたの?」

「えっ?!」

 冷たい手がエンリの涙の跡を擦る。

 みかかの胸が強烈な罪悪感で締め付けられた。

 彼女を守る立場にあるのに、泣かせてしまった。

 

(……そうよね。朝に自分を求めていた想い人が、夕方には他の女と腕を組んでいたら泣いてしまうのは当然だわ)

 

 姫を守る騎士が姫を悲しませてどうする。

 これでは騎士失格だ。

 

「どうか、愚かな私を許して頂戴。一人きりで不安にさせてしまったのね」

 みかかは半ば反射的にエンリの腰を抱いて、自らの元に強引に抱き寄せる。

 エンリも慣れたもので甘く蕩けるような掠れ声をあげて、それを受け入れた。

 かすかに香る花の香りにみかかは蜜を求める蜂のように吸い寄せられる。

 

「エンリから花の香りがするわ。香水でも使った? それとも石鹸?」

「私……そんなに良い香りがするんですか?」

 エンリは愛しい人の胸に抱かれながらおずおずと尋ねる。

「ええ。とても――このまま離したくないほどだわ」

 みかかの喉がわずかな渇きを訴えてくる。

 エンリにだけ感じる特別な感覚。

 吸血鬼用のフェロモンでも出ているのかと思うほど、彼女の香りに引き寄せられる自分がいた。

 味わうまでもなく分かる。

 エンリの血はきっと――自分が今まで口にしたことのないほどの美味であると。

 

「怒ってるでしょう? 私の事を嫌いになった?」

 耳朶に唇を寄せて囁き、そのまま甘噛みする。

 彼女の匂いはどんどん強くなっている。

 みかかも我慢の限界がきていた。

「ひゃっ!?」

 今までにはない直接的なアプローチにエンリはきつく目を閉じて行為を受け入れた。

「き、嫌いになんかなって……んっ!? で、でも……お、怒ってはいます」

「………………」

 いつもならここで許してくれるだろうに、今回は手強い。

 それだけエンリも腹に据えかねているという事なのだろう。

「どうしたら私のお姫様は機嫌を直してくれるのかしら?」

 もう一度囁いて、エンリの耳元から首筋に向けて唇を這わせた。

 健康的で白い肌から血管が透けて見える。

 この喉笛を喰い千切ってしまいたいという衝動を必至に理性で抑えながら舌を這わせる。

 エンリは返事も出来ずに顔をのぞけらせて、たまらず甘い声をあげた。

 

(ああっ、甘くて……美味しい)

 

 エンリの身体はまるでフルーツソースでもかけたのかと思うほど甘い味がした。

 興奮状態にある自分の脳が正常な判断が出来なくなっているのだろうか?

 それともこれも忌まわしい異形種の変化の賜物?

 

(もういい……そんなこと知らない)

 

 やめられない――そもそもやめるつもりもない。

 薬物精製で唾液を麻痺毒に変換――エンリの首筋に丹念に塗りつけて痛覚を排除していく。

 さらに薬物精製で神経刺激薬を精製――用いるのは感度上昇。

 

(普通は感知系の増幅スキルなんだけど……この世界でなら催淫薬も作れるみたいね)

 

 その事にみかかは初めて神様に感謝した。

 人の身では味わえない快楽を覚えれば、きっとエンリは自分を求めてくれる。

 悦んでその身体を差し出してくれるはずだ。

 

「エンリ――いくわよ?」

 情欲に濡れ、夢心地のエンリは訳も分からずにただ頷く。

 刃物のような光沢を放つ犬歯がエンリの肌に喰いこみ、皮膚に突き立てられて、その肉を抉る。

 一際高い矯正が響き、エンリの身体がビクビクと痙攣した。

 自分の喉を流れる血液にみかかは脳が蕩けるような甘美な快感を感じていた。

 足りない――もっと、全部欲しい。

 コクリコクリと血を吸い上げ、無意識に精製した毒がエンリの感度を天上知らずに跳ね上げていく。

 何度も何度も痙攣を繰り返すエンリを、みかかは心の底から愛おしいと思った。

 

 

「やっぱり……これ、法国の軍馬じゃん」

 黄金の輝き亭にある馬屋。

 主人が乗っていた馬車を引いていた馬の確認をしたクレマンティーヌは不可解な事実に眉を寄せた。

 馬蹄の裏にある刻印は六色聖典の一つ『陽光聖典』を示すもの。

 

「どっかで返り討ちにしたのかな? ま、いっか。今度聞けば済む話だし」

 今は自分の好奇心を満たすよりやらなければならないことがある。

「良し。武器の回収もオッケー」

 もう一つの目的であった武器の回収。

 馬屋に隠してあったスティレットとモーニングスターをいれた大き目の革鞄を手に取ると外に出る。

「まったく……世話の焼けるお嬢様なんだから」

 クレマンティーヌは一度毒づくと黄金の輝き亭周辺の調査を始めた。

 

 逃走経路の確認、待ち伏せしている兵士の数、周辺の立地状況等々、調べなければならないことは多岐にわたる。

 それらをざっくりと調べつくしたクレマンティーヌは不可解な表情を浮かべた。

 

(……んんっ? 監視の目が緩くない?)

 

 基本的に王国の兵士は徴兵制が主なので城塞都市のエ・ランテルの衛兵なども九割方は民兵だ。

 それなりの人数はいるがまさに烏合の衆。

 しかも内容を知らされていないのか緊張感はなく、馬鹿話に興じているような状態だ。

 

(なに、これ? 私でも余裕で正面突破が可能なレベルじゃん。お嬢様なら笑いながらぶっ飛ばせるんだろうけどさ……って、ん?)

 

 遠くからこちらを窺う者の中にカジットの高弟が混じっていた。

 

(私の監視……って所か。信じてくれないなんて悲しいなー泣いちゃうよー)

 

 クレマンティーヌは与えられたレイピアを握って危険な笑みを浮かべる。

 まぁ、確かに返り討ちにあったわけだからカジットの不安も間違ってはいないのだが……。

 

(これなら心配する必要もなかったかな)

 

 クレマンティーヌは先程の自分の行動を思い出して苦笑した。

 英雄の領域に到達した自分を軽く凌駕する主人に対して注意する自分。

 きっと大したことのない警備だと知っていたから余裕の態度を崩さなかったのだ。

 それなのに、つい心配して説教してしまった。

 

(……らしくないなー。いや、お嬢様には私を教育してもらわないといけないわけだし。なーんか隙があるように見えて不安になるんだよねー)

 

 まるで本当にただの我侭なお嬢様に見えるところが始末が悪い。

 実際、保護されるのは彼女の足元にも及ばない自分なのに放っておくとあっさり死んでしまいそうで守らなければと思ってしまう。

 

(それにしても……うちのお嬢様、こえー。超こわいわー)

 

 クレマンティーヌは隣の部屋から聞こえてきた女の声を思い出して背筋を震わせた。

 

(一体ナニをどーしたらあーんな凄い声出させるんでしょうねぇ。いつか私も相手することになんのかなー。不安だわー)

 

「でも、お嬢様。私、あのメイドちゃんは好きじゃないなぁ。あんなお荷物抱えてたら割とあっさり沈んじゃうよ?」

 自分の上司、同期、部下――優秀だった連中が異性に溺れて簡単にこの世を去ったことなどザラにある話だ。

 冷着冷静――状況を感情ではなく理性で判断しろ。

 漆黒聖典ではそう教わったし、自分もそれが正しいと思う。

「そう。あの子みたいに、ね」

 豪華な馬車から降り立った男、ンフィーレアを冷たい目で睨みつつ、クレマンティーヌは呟いた。

 

 

「さて、んふぃーれあくん。こっちだ」

「は、はい」

 黄金の輝き亭の玄関を潜り、パナソレイは奥まった部屋にある個室へと向かう。

「あの、都市長――ここは?」

「まほうによるかんし・とうちょうたいさくをおこなったとくべつなへやだ」

 パナソレイが扉を開ける。

「たちばなしもなんだ。せきにかけたまえ――すぐにかれらもやってくる」

「えっ? ここに呼びつけたんですか?」

「ここまできて、かおもみずにかえるのかね?」

「………………」

 そうか。

 今頃、衛兵が男の部屋に殺到しているのだろう。

 そして捕らえられた男をこちらに連れてくるという算段か。

 

「はい! 待ちましょう」

 きっと騙されたエンリは何が起きたか分からずに困惑していることだろう。

 それを僕がちゃんと分かるように説明してあげよう。

 自分がどれだけ危険な男の傍にいたのか、そして僕が彼女を救うためにどれだけ必至に頑張ったのかを。

 そして、告白する。

 

 さあ、奇跡の大逆転劇の始まりだ。

 

 待つこと数分――待ちに待ったノックが響き、黄金の輝き亭の職員が部屋に入ってきた。

 

「レッテンマイア様。お客様がいらっしゃいました」

「えっ?」

 お客様だって?

 この男は一体、何を言ってるんだ?

 さらにンフィーレアの驚愕は続く。

「そうか。お通ししたまえ」

「なっ!?」

 パナソレイの目つきが鋭い物へと変わり、雰囲気が一変した。

 先程までの締りの無い豚のような表情から、野生の獰猛な猪のように。

 

(これが、本物の都市長の顔だ)

 

 これなら祖母が切れ者だと噂していたのも頷ける。

 だが、それならどうして今まで隠していたんだ?

 不思議に思うンフィーレアだったが、扉の開く音と共にエンリが入ってきたのを見て、その事はどうでもよくなった。

 

「ンフィーレア?」

「エンリ! 良かった。無事だったんだね」

「……一体、何のこと?」

「えっ?」

 その声は今までになく冷たい。

 まるで他人と話すような彼女にンフィーレアは呆気に取られた。

「都市長が私に話があるからと来たんだけど、これは貴方のせい?」

「え、えっとそれは……」

 苛立ちを隠そうともしないエンリの言葉にンフィーレアは困惑した。

 

 エンリが怒るのも無理はない。

 恋人の逢瀬の最中にいきなり扉をノックされて、都市長が話があると言って半ば強引に連れ出されたのだ。

 着替えたばかりの下着は大変なことになっていて気持ち悪いし、両手は心臓の鼓動に合わせるようにじんじんと痛みを訴えており、眉をしかめるほどに辛い。

 そして、こうしている間にも魔法の効果が失われているのが分かった。

 エンリに言わせれば、ここで無駄な時間を過ごしている暇はないのだ。

 

「エンリ。無作法だよ」

「ご、ごめんなさい! 急な誘いだったので……その、驚いてしまって」

 エンリはンフィーレアと都市長に勢いよく頭を下げた。

「いえいえ、エモット殿のおっしゃる事は正しい。こちらこそどうか謝罪させて頂きたい」

 今度はパナソレイが椅子から立ち上がって、二人に頭を下げた。

「私は城砦都市エ・ランテル都市長のパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアと申します」

「レ、レッテンマイア様。お、お招き頂きましてありがとうございます。私はリ・エスティーゼ王国領カルネ村の住人、エンリ・エモット。こちらのアリス・サエグサ様の従者です」

 エンリは先程見たクレマンティーヌの真似をして背筋を伸ばし、スカートの両端をつまんで軽く広げる。

「どうか、お見知りおきを」

 そして静かに頭を下げた。

 

「これは丁寧な挨拶をどうも――どうか席にかけて下さい」

 パナソレイは微笑んで、席を勧める。

「はい。失礼します」

 エンリは謎の展開に戸惑うしかない。

 どうして自分が呼ばれたのか皆目検討もつかなかった。

 しかし、これ以上彼に恥をかかせるわけにはいかない。

 必至に新たに現れた強力な恋敵であるクレマンティーヌの姿をイメージして優雅に振舞う。

 

「エンリ。こちらの席をどうぞ」

「アリス様――ありがとうございます」

 椅子を引いてくれた優しい主人に微笑んだ。

「……よく出来たわね」

 自分にだけ聞こえる小さな声でエンリの努力を褒めてくれた。

 その事が涙が浮かびそうなほど嬉しかった。

 自分の人生で最も幸福な日は今ここに、自分がこの世界に産まれたことにこれほど感謝したことはない。

 

(もう何も恐くない――私、一人ぼっちじゃないもの)

 

「………………」

 パナソレイはその様子を静かに見守っていた。

 主人が仕えるメイドに椅子を引くなど、今まで生きてきた人生で見たことがない。

 メイドは腰掛けで愛妾になったのだろうかと判断する。

 

「改めまして、名乗らせて頂く。私の名はアリス・サエグサ。遠い異国の地から城塞都市を訪れた巡礼者で、こちらにいるエンリ・エモットの主人です」

「そうですか。サエグサ殿――本日は当然のお誘いにも関わらず招待を受けて下さったことに感謝致します」

 まだ年若い人物に対して、パナソレイはまるで目上の人物と接するような対応を取る。

 身なりからして只者ではない――対応には慎重を期す必要がある人物だと理解したからだ。

「と、都市長? これは一体どういう事ですか!?」

「ンフィーレア君。これから重要な話をするので少し黙っていてくれないか? これは君にも関係のある話だ」

「は、はい」

 パナソレイの眼力に圧されてンフィーレアは渋々頷く。

 コホンと咳払いをしてから、パナソレイはエンリに話しかける。

「さて、エモット殿」

「はい。何でしょう?」

「この度、都市長である私が貴方達をこちらにお招きしたのには理由がございます」

 都市長の言葉にンフィーレアはほくそ笑んだ。

 この後、都市長の一声で衛兵がここになだれ込んでくるのだろう。

 

「お気づきではないでしょうが、実は都市の善良な市民からの通報により貴方達には嫌疑がかけられている状態です」

「えっ?」

「………………」

 予想外の言葉にエンリは面食らった顔を浮かべ、みかかは静かに瞳を閉じる。

「その通報者はこちらにいるンフィーレア・バレアレ。内容は貴方達が王国最大の犯罪組織である八本指ではないかというものです」

「えっ?」

 王国最大の……犯罪、組織?

 エンリはゆっくりと言葉の意味を噛み締めてから叫んだ。

「ンフィーー!」

 絞め殺される鶏のような声でエンリは叫ぶ。

「ど、どういう事なの!? そんな事あるわけないじゃない!!」

「い、いや……エンリ。これには理由があるんだ。落ち着いて聞いてくれるかな?」

「それは君にも言える事だぞ。ンフィーレア・バレアレ」

 ンフィーレアにパナソレイの冷たい視線が向けられた。

「えっ?」

「………………」

 みかかは都市長に視線を向ける。

 

(ふうん……この男。ただの暇人ってわけでもなさそうね)

 

 まあ、自分にとってこれは消化試合だ。

 後は野となれ山となれ、である。

 

「さて、まずはここにいる皆の認識を統一しておきたい。これからある話をさせてもらう」

 その言葉に反論する者はいない。

 エンリもンフィーレアも現状がまったく認識出来ていないからだ。

「尚、この事は他言無用だ。くれぐれも軽々しく吹聴して回るような真似はやめてほしい」

 言葉に込められた圧力に皆は静かに頷いた。

「つい先日、カルネ村を含め、エ・ランテル近郊の開拓村が帝国騎士による襲撃を受けた。カルネ村以外の開拓村の住民はほぼ全滅――数名を街で保護している状態だ」

「えっ!?」

 いきなりの発言にンフィーレアは驚く。

 カルネ村を含めて、だと?

 

(い、一体何があったんだ? って……あれ?)

 

 ンフィーレアは辺りを見回す。

 自分以外、誰も驚いていない。

 

(ど、どうなってるんだ?)

 

 彼の困惑を他所に話は止まることなく続いていく。

 

「カルネ村にも多くの被害が出た。それを救ったのが王国戦士長率いる兵士の皆だ」

 

(流石は王国戦士長様だ)

 

「敵は強大だった。勝利は収めたが王国戦士長も兵士達も傷ついた。村の人間だってそうだ。しかし、王国の兵士に傷を癒す力はない。それを救ったのがサエグサと名乗る異国の魔法詠唱者だ」

「えっ?」

 ンフィーレアがその言葉に信じられないという表情を浮かべる。

「その魔法詠唱者は傷ついた者を癒した。特に戦士長は瀕死の重傷だった思う。報告に訪れた彼の鎧は剣で滅多刺しにされたような跡があった。もし彼がいなければ王国戦士長は命を落とされていたことだろう」

「………………」

「当然、戦士長も村長も謝礼を払うと言った。しかし、その魔法詠唱者は報酬も戦士長の命を救った名誉さえいらないと言った」

「そ、そんな……」

 なんだ、それは?

 まるで高潔な貴族のような態度――とても薄汚い犯罪者の真似ではない。

 ンフィーレアはこれは悪い夢ではないかと頭を振った。

 

(ちっ、ガゼフめ。上手く嘘をついたわね)

 

 みかかは自分の発言を思い出す。。

「村を救ったのは勇敢な戦士長様と兵士の皆さんのお陰。私は何一つ関わっていない。それが、私が頂く報酬よ」

 確かに今の話なら事件を解決したのはガゼフ達による物だ。

 みかかは終わった後に現れて傷を癒しただけという事になり約束は破っていない。

 

「最後に彼は言った。いつかこの街にサエグサと名乗る人物が訪れるかもしれない。もし、困っていたなら少しでいいから力になってくれとね」

 

(余計なお世話を……人の心配をする前に自分の心配をしなさいよ)

 

 礼など言わない。

 自分はそんな事をしろなんて頼んだ覚えはないのだから。

 だが、この事は忘れない。

 

「そしてエモット殿――君の発言に戦士長は救われたとも言っていた。王国の切り札たる戦士長を救って頂き感謝する」

「い、いえ……私は何もしてませんから」

「ご謙遜を――まさかこのような形で惨劇を解決した立役者である御二人を見かけることになるとは思いませんでしたよ。この事を知れば戦士長も驚かれるのではないでしょうか?」

「………………」

「………………」

 パナソレイの声に何故かエンリは氷の彫像となり、みかかは視線を横に逸らした。

「ど、どうかされましたか?」

 なにかまずい事でも聞いたかとパナソレイは困惑した顔を浮かべる。

「い、いえいえ! そ、そうですね! 驚かれるかもしれませんね!」

 それはもう確実に――飛び上がらんばかりに驚くことだろう。

 エンリは明後日の方を向きながらホホホと笑った。

 そんなエンリを横目にみかかは気になったことを尋ねる。

「都市長は私の事をどの程度窺っていたんでしょう?」

「サエグサを名乗る南方から来た魔法詠唱者としか――姿を見ればきっと驚くと言われてましたな」

 なるほど、容姿については説明しなかったのか。

 確かに下手にみかかの容姿を説明すれば好奇心や物見遊山で探そうとする者もいるだろう。

 そう考えれば妥当な判断だ。

「しかし、お美しい――かの黄金の姫、憎き帝国皇帝と比べても遜色ありませんな。エモット殿も従者として鼻が高いのでは?」

「そ、そんなことは……」

「おや? それは私の顔は大したことはないという意味かな?」

「そ、そうじゃありません! アリスは素敵な方で……って、二人してからかわないでください!!」

「申し訳ない。どうやら緊張なされてるようでしたので」

 パナソレイは力を抜き、太りすぎのブルドックのような顔を見せておどけて見せた。

 間抜けにも見える顔つきだが、こうして見ると愛嬌があり憎めない。

「どうやら――都市長とはいい酒が飲めそうですね」

「はははっ、私もそう思っています」

 みかかもクスリと笑みを漏らす。

 この人物の狙いが読めた。

 ならば、この波に乗らなければ勿体無い。

「もうっ、二人とも小さな子供みたいです!」

 顔を紅潮させたエンリを見て、都市長もみかかも笑みを浮かべた。

「………………」

 なんだ、これは。

 和気藹々と話す三人をンフィーレアは遠い世界から見つめている。

 

 違うだろ?

 そこには自分がいる筈だ。

 事件を無事解決し、都市長が自分の勇気を褒め称え、幼馴染が感動する。

 ここはそういうシーンのはずだ。

 

「大いなる誤解は解けたと思うのだが、どうだろう? 今ならカルネ村とバレアレ商店の取引も上手くいくのではないかな?」

「なっ?! どうして、それを――まさか、お婆ちゃんが?!」

「そうだ。リイジーさんから相談があってね」

 今朝方、リイジーがパナソレイの元を訪れた。

 都市の重役であり、そのポーション作成技術で多くの国民の命を救うリイジーから受けた相談にパナソレイは驚いた。

 ある男から取引をもちかけられた――孫の推測では八本指ではないか、というからだ。

 詳しく話を聞けば王国戦士長から話しを聞いたサエグサなる人物だということを知り、パナソレイは伏せていた情報をリイジーに開示した。

 

 しかし、その時点で事態はかなり深刻なことになっていた。

 

 アダマンタイト級冒険者への調査依頼を行うつもりだと知り、冒険者組合に問い質すと明日の夕方には到着するとのこと。

 これでは王国の影の功労者を大犯罪者扱いするという失礼極まりない対応を行うことになる。

 

 二人の焦りなどを我関せず、意気揚々と自分の元へとやって来たンフィーレアの行動は耳を疑うようなものだった。

 

 睡眠不足で思考能力が落ち込んでいるのか、恋が彼を狂わせたのかは知らないが、愛さえあれば全てが許されると考える辺り、彼の方がよっぽど八本指らしいとパナソレイは思う。

 そのために会談の席を設けることにしたのだ。

 公の場で彼の功績を説明すればンフィーレアも考えを改めてくれるだろう。

 そして誤解も解けたところで和やかな食事会へと移行する予定だった。

 

「君がサエグサ殿を怪しんだ理由も分かる。彼とエモット殿の衣装は大変な価値がある。これだけの財力がありながら無名となると後ろ暗い背景があると邪推するのも当然だ。だが、彼は王国戦士長と彼に仕える兵士、無辜の人々の命を救った。決して、君が思うような人物ではない」

「………………う、嘘だ」

 彼はフラフラと後ずさりながら首を横に振る。

「そんな筈……そんな筈があるもんか」

 そんなことはあってはならないんだ。

 

 あいつは薄汚い犯罪者で、幼馴染は騙された哀れな姫、自分はそれを救う王子。

 何故なら、エンリ・エモットが愛する男はンフィーレア・バレアレと決まってる。

 それが、この世界のあるべき姿――正しい物語なんだ。

 

「ち、違う。きっと……きっと王国戦士長も騙されたんだ」

「あくまで認めないつもりかね?」

 それはパナソレイの最後通告とも取れる言葉だ。

 しかし、男には退けない時がある。

 ンフィーレアにとって今がその時なのだ。

 

「だって、そうだろ? その男が王国戦士長を救ったとしても、それが八本指の幹部ではない証拠にはならないじゃないか。違いますか?」

 

「……もう止めたまえ。君は、自分が見たいものを見ているだけだ」

 パナソレイが痛ましいものでも見るような哀れみの視線で彼を見る。

「君も男なら、この結果を受け入れたまえ」

「な、何を言って……」

 困惑するンフィーレアにその声は響いた。

 

「そう――そういう事だったの」

 

「………………」

 その声は――全てを理解した者の声だった。

 ンフィーレアは彼女の顔を見て、びくりと震える。

 彼女の瞳にあるのは冷たい光だ。

 そして、パナソレイの言葉の意味を悟った。

 もうすぐ自分はこの世で一番聞きたくない言葉を耳にすることになる。

 近づいてくるエンリがまるで罪人を裁く処刑人のように思えて、ンフィーレアは目を逸らし、耳を塞いだ。

 

「ンフィーレア。貴方――私の事が、好きだったの?」

 それでも声は聞こえてくる。

 罪には罰を――決して逃さないと処刑人の声がする。

 

 やめてくれ。

 自分の恋が実らないのは認める。

 だから、これ以上――自分を追い詰めるのはやめてくれ。

 

「一体、貴方はいつから私を想ってくれてたの? 貴方が私を好きだって気持ちが私には伝わらなかったわ」

 

 いまさら、そんな話どうでもいいじゃないか。

 絞首刑になる男にこれから縛る縄の太さを教えるような残酷な真似をしないでくれ。

 そんな事をしても自分の運命は変わらないじゃないか。

 

「貴方の愛は、見えないし、触れない、不思議なものなのね」

「ッ!?」

 見えないし、触れない。

 その言葉にンフィーレアの視界がグシャグシャになった。

 何故、何もしてこなかったんだろう?

 こんな事になるのなら、もっと早く行動していればよかった。

 

 そうすれば、こんな惨めな結末にはならなかったのに……。

 

「ンフィーレア――この次は、待つ人生を送っては駄目よ?」

 

 その言葉にンフィーレアはハッと顔をあげる。

 

 そこにいたのは処刑人ではなかった。

 こんな男を心配してくれる自分には勿体無いくらいの友人――今も愛している女性だった。

 

「……さよなら、エンリ」

 滂沱の涙を流し、ンフィーレアは脱兎の如く走り出す。

 

「ま、待ちたまえ!!」

 まさか謝罪もなしに逃げ出すとは――もう結婚も認められた年の男がする行動ではない。

「……もう、彼のことはいいじゃないですか」

 去っていった方を見つめていたエンリがパナソレイに顔を向ける。

「彼は……きっと、もう二度と私達と関わることはありません」

 その預言者じみた物言いには不思議な説得力があった。

 きっと彼のことをよく知る友人故の発言だろう。

「だから、このお話はこれでおしまい――アリス、別にそれでいいですよね?」

「かまわない」

「サエグサ殿は……本当に、いいのですか?」

 貴族や由緒正しい家柄を持つ家系は面子や体裁を何よりも重んじる。

 そもそも横恋慕から自分を絞首台に送ろうとした相手を簡単に許せるはずがない。

「ええ。もう……どうでもいいんです」

「………………」

 その視線には哀れみの感情があった。

 

(関わりたくないのはお互い様か)

 

「貴方がそう言うのでしたら話はこれでおしまいにしましょうか」

 パナソレイはそう納得して、話を締めくくるのだった。

 

 

「どうやら……格付けは済んだようだな」

「はい」

「シコク――念のために確認するがエンリ・エモットとンフィーレア・バレアレは元は恋人関係にあったとかいうことはないな?」

「魔法にてエンリ・エモットの記憶を確認し、当人にもそれとなく尋ねましたが彼女はンフィーレアにそういう意識を持っておりません。恋愛に対して極めて消極的だったと思われます」

「つまりは単なる逆恨みか?」

「そうなるかと」

「そうか。それはつまらないことを聞いた」

 ぎしりと鎧の軋む音がした。

 

「仲間を探すべく、私の名声を轟かせる。その為なら手段は選ばないつもりだった。しかし、それでも余計な争いを避けるように静かに行動しようと決めていたのだがな」

 モモンガはぽつりと呟いた。

 実際、手段を選ばなければ幾らでも方法はあったのだ。

 ナザリックのシモベに命じれば、金も名声も都市の存亡すら容易に操ることが可能だ。

 この世界の金や物資が欲しいなら、この街から奪えばいい。

 力尽くは勿論の事、誰にも気付かれず盗み出す事だって赤子の手を捻るように行えるだろう。

 名声を手に入れたいなら城塞都市をシモベに襲わせて、自分がそれを倒せばいい。

 

 モモンガはここから離れたところにある聖王国をデミウルゴスに支配させようと企んでいた。

 それは多くの人間を不幸にする行為だ。

 しかし、そんなものはナザリックの利益――そして、仲間を見つけるためであれば大したことはない。

 だが、みかかが強く反対したために聖王国への侵攻は見送ることに決めた。

 たった一人傍にいる友人がそういう手段を好まないというなら止めようと思ったのだ。

 

「どうやら、私の考えは間違っていたようだな」

 モモンガは己の間違いを認め、自らの甘い認識を改める。

 みかかが人間に友好的だから、モモンガも相手の理由次第で仏心を出してやろうと思っていた。

 そもそもその認識が間違っていたのだ。

 理由の正当性など問題ではない――虫けらは煩わしいという理由だけで排除に値する存在だ。

 それをいちいち何か理由があるはずだと丁寧に接してやった結果がこれだ。

 

「どれだけ静かに生きていても、くだらない理由で我々に害をなす者が存在することを知った。ならば、その者達には己の愚かさのつけを支払ってもらおう。それがいなくなれば、煩わしい者達を消す。私の愛する静寂が戻ってくるまでな」

 もう二度と、このような愚か者を調子付かせる真似はすまい。

 グダグダとくだらない負け惜しみを吐くその前に踏み潰してみせる。

 

「モモンガ様。それでは……」

「恩は恩で返して、仇は仇で返す。ごく当たり前のことをするだけだ」

 喧嘩を売ってきたのであればその愚かさは苦痛を以って知らしめるべきだ。

「目には目を歯には歯を、でございますか?」

「そうだな。しかし、知っているか? その言葉は過剰な報復を抑止するための言葉でもある。だから私はその言葉を使わない。過剰な報復をするためにな」

 ぷにっと萌えさんの言葉は間違っていないとモモンガは強く確信する。

「まずは肉体だ――ニューロリストの拷問から始めよう。次は精神だ――それは恐怖公に任せるとしよう。人では体験出来ない苦しみを忘れてはならない――それは餓食狐蟲王が適任だ。最後の仕上げはデミウルゴスに任せよう――この世の地獄が奴を責め苛むだろう」

「モモンガ様の仰せのままに」

「殺すことは許さん。私が奴の名を聞いても何の感情も沸かなくなるその日まで、あの男には苦しみぬいてもらう」

「ハッ」

 冷たい声で肯定するシコクをモモンガは見つめる。

 

「シコクよ――お前に問おう。私は甘いか?」

 モモンガは静かな声でシコクに問いかける。

「モモンガ様はただ慈悲深い御方なだけでございます」

 やはりか。

 こんな拷問はシコクに言わせれば甘いのだ。

 それもそうだろう――これは鈴木悟が思いついたものだ。

「それは駄目だな。私の友の命を狙っておいて、その程度で許されるわけがない」

 アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクター、そして目の前の少女であれば、自分よりもっと奴を苦しめられる方法を知っている筈だ。

「シコクよ。お前であれば私が望む地獄を見せてくれると強く確信している。出来るか?」

「お任せ下さい」

 モモンガの言葉に今まで凍りついた湖面のように変わらなかった少女の顔に笑顔が浮かぶ。

 それは春の到来、生命の息吹を感じさせるような暖かなものだった。

「ならば、お前に私が戻るまでの間、城砦都市における行動の命令権を与える。期限は私が城砦都市に戻るまでだ」

「かしこまりました」

「必要であればナザリックの戦力も遠慮なく使え。明日、城塞都市に『蒼の薔薇』がやって来る。先輩達の活躍に大輪の華を添えてやれ。阿鼻叫喚の地獄絵図という形でな」

「大変、結構な考えかと」

「この街を滅ぼすのは邪教集団の手によってだ。ナザリックの介入は発覚せず、みかかさんに疑いがかからないように行動せよ」

「勿論でございます」

 シコクは臣下の礼をとった。

 

「私からは以上だ。ちなみにシコクよ――お前ならどう動く?」

「不遜にも私の創造主に唾を吐いたあの男――奴の全てを奪いたく思います」

「当然だな」

「城砦都市に壊滅的なダメージを負わせることは不可欠かと。その為にカルネ村をお救いになられたのでしょう?」

「……無論だ」

 

(何故、エ・ランテルとカルネ村が繋がってるんだ?)

 

 と思ったが、ここは頷いておく。

「……モモンガ様」

「どうした?」

「モモンガ様にお願いしたい儀がございます」

 シコクはしばらくモモンガの顔を見つめた後、まるで恥じ入るかのように着物の裾で口元を隠しつつ、瞳を逸らしてから問いかけてくる。

「ふむ。言ってみるがいい」

 礼儀正しく育った娘が父親に頼みごとをするような愛らしさがある。

 モモンガは微笑ましいものを感じながら先を促した。

「エンリ・エモットとその妹であるネム並びに協力者であるクレマンティーヌを忘却領域で飼うことの許しを頂きたく思います」

「………………」

 そんな愛らしい娘の頼みは『人間を飼いたい』というちょっとアレな内容だった。

「クレマンティーヌは分かるが他の二人は何故だ?」

「ハッ。吸血鬼の花嫁として教育を施したいと思っている次第です」

 

(吸血鬼の花嫁? シャルティアの配下みたいに? どうして、そんなことをする必要がある?)

 

 モモンガはしばらく考えた後、ふと気がついた。

「シコクよ。エ・ランテル滞在中にみかかさんが血を吸ったところをお前は見たか?」

「モモンガ様もお気づきでしたか。それがどうも、何らかの理由で断食をなさっているようなのです」

 シコクの困った口調に、モモンガの心に不安がよぎる。

「空腹から自制心を失い、エンリを吸い殺そうとされたものですので無理を言って召し上がって頂きました」

「………………」

 アンデッドの基本的な特徴として飲食不要がある。

 飲まず食わずでも死ぬことはないというものだ。

 実際、モモンガは骨の身体というのもあるのかもしれないが食欲はまったくない。

 

(空腹から自制心を失っただと? ずっと抱え込んでいたのか? 何故、相談を……まさか、言えなかったのか?)

 

 モモンガは異形種である自分を受け入れている。

 モモンガにとっては不便さよりも便利さが上回っているしし、そもそも受け入れるしかないからだ。

 当然、みかかも異形種である自分を受け入れてるのだと思っていた。

 

(違う。違うだろ、鈴木悟――彼女は女の子だぞ?! リアルプレイだから大丈夫? 何言ってるんだ? 今の彼女の姿は仮初めのものじゃないか!!)

 

 醜い異形の姿こそ始祖の吸血鬼たる彼女の本質――自分はそれを見誤っていた。

 

「その三人で足りるのか?」

「……分かりかねます。食事でございますので同じものを食べ続ければ飽きるかもしれません。どうやら獲物の感情が味に関係しているようですが……」

「道理だな。好物だからといって毎日食べ続けて、逆に嫌いになったというのもよくある話だ」

「モモンガ様はよく御存知なのですね」

 シコクは感心した目でモモンガを見つめている。

「大したことではないさ。しかし、よくぞ教えてくれた。許可しよう――必要であれば人間を浚ってきてもかまわん」

 なんせ吸血鬼の生態など未知の領域なのだ。

 色々と実験も必要だし、いざという時の為に備蓄を用意しておく必要もあるだろう。

「ありがとうございます」

「吸血鬼の生態か。シャルティアを含めた医療チームの編成を考えた方がいいか? いや、シャルティアはどうしているのだ? やれやれ、前途多難だな」

 ともあれ、今は目の前の問題を片付けるのが先だ。

 

「話を戻そう。シコクよ、お前には私が戻るまでの指揮を頼む。尚、今回の事件の解決は私が行う。みかかさんの介入は許さん。高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応せよ」

「はい」

 ほぼ丸投げしたような形だが、シコクは適当な命令を出した自分に疑いの眼差しを向けるどころか上機嫌だ。

「それでは明日の夕方――城砦都市に戻るのを楽しみにしているぞ。早速、行動を開始せよ」

「ハッ。必ずやモモンガ様の満足行く光景をお見せいたします」

 シコクは一礼してから《ゲート/転移門》の魔法を発動して姿を消した。

 

 

《コンティニュアル・ライト/永続光》式街灯によって白色光の光が差す大通りをンフィーレアは歩いていた。

 夜も深まったこともあり、大通りを歩いている仕事帰りの男も少なくなっていた。

 左右に立ち並ぶ店からは陽気な声が漏れ、食欲を刺激する匂いが鼻腔をくすぐる。

 悲しみで胸が張り裂けそうな状態なのに空腹を感じる自分の肉体に苛立ちを覚える。

 そんな自分を慰めるかのように耳に心地良い歌がどこか遠くから聞こえてきた。

 きっとどこかの酒場で吟遊詩人が歌っているのだろう。

 

「……待つ人生は送らないで、か」

 

 確かにその通りだ。

 ごめんなさいと断られるのが怖かった。

 その為、ずっと気持ちを打ち明けずにいた。

 秘めたる気持ちは最後の最後まで口から出ることはなく、察しを受けて口に出す前に終わった。

 全ては遅すぎた。

 エンリが彼を連れてきたときにはもう、いや……カルネ村が襲われた時点でタイムリミットは尽きていたのだ。

 

 今思えば、幾らでも手はあった。

 

 本当に愛しているなら、あんな開拓村にエンリを放置するべきではなかった。

 森の賢王とかいう見たこともない魔獣の力をあてにして、彼女を危険な場所に放置した。

 どうして、彼女を――いや、彼女の家族をエ・ランテルに呼んであげなかったんだろう?

 自分にとっては義理の父と母になる人だ。

 人格的に問題があるわけではなく、むしろエンリが羨ましいくらいよく出来た人達だった。

 祖母と二人で経営する店のお手伝いや他への仕事の斡旋が出来た筈だ。

 だが、そんな事を思いつきもしなかった。

 

 自分なら彼女の両親を救うことも出来たのに、それは自分にしか出来ないことだったのに。

 

 城砦都市でヌクヌクと暮らしているうちに自分は全てを失ってしまった。

 意識を内に閉じ込めて、過去への後悔、そして在り得たかもしれない未来に思いを馳せる。

 何となく家には戻りたくない気分だった。

 

 ……ややあって。

 

 周りの景色がおかしくなっていることに気付いた。

 

「あ、あれ?」

 いつの間にか、ンフィーレアは墓地を歩いていた。

 この場所には見覚えがあった。

「ここは……エ・ランテルの共同墓地? なんでこんな所に……」

 今でも年に二、三度は一人で……或いは祖母と一緒に父と母の供養に来ている。

 いつか、エンリを連れて父と母の墓前に立とうと決めていたな……そんな昔の恥ずかしい思い出が蘇った。

 

(でも、衛兵もこんな時間に墓地に入る僕を止めてくれなかったのか。冷たいよな)

 

 夜も深まってきた……そろそろ墓地からアンデッドが出没する時間だ。

 そう考えれば止めるべきだろと思う自分と、もしかして声をかけられたが無視してしまったのだろうかと不安を覚える二人の自分がいた。

 

「………………ん?」

 

 墓地の奥から歌が聞こえていた。

 街中でかすかに聞こえたあの歌だ。

 どこか悲しげな歌が今の自分とシンクロして耳に心地よく、この歌に誘われるように街中を歩いていたことを思い出す。

 

(……この声、女の子か?)

 

 なんて綺麗な歌声――だが、その声にはどこか幼さがあった。

 こんな時間に女の子が墓地で歌を?

 

(いくらなんでも危険だ。見つけて家に連れ帰ってあげないと)

 

 思わず眉を寄せ、会いに行かねばと強く思った。

 自分はこれでも第二位階魔法まで扱える魔法詠唱者だ。

 そこら辺の衛兵よりずっと強い――ンフィーレアは危険など考慮することなく、墓地の奥へと進んでいった。

 

「………………えっ?」

 ンフィーレアは我が目を疑った。

 絢爛豪華――煌びやかな異国の服を身に纏った少女が歌い、舞い、踊っていた。

 金、銀、貴重な宝石を惜しげもなく使った衣装はサイズが合わないのか、まだ幼い少女の両肩を肌蹴させている。

 少女はとんでもない美人だった。

 まだ幼女といってもいい年頃だ。

 しかし、当の昔に幼さを卒業し、驚くほど大人びた表情を見せている。

 足首まで届こうかという長い黒髪には多数の豪華な髪飾りが付けられて、少女の育ちの良さを物語っていた。

 

「………………」

 ンフィーレアは目を擦った。

 あんな少女がこの世に存在するわけが無い。

 何故か、確信をもってそう言える。

 人相などという言葉があるが、顔はその者の生きた人生を現す。

 まだ、四つか五つという年齢であんな表情が出来るわけがない。

 分かるのだ――アレはとんでもない知者だ。

 知性を持つ者に特有の気配――愚者を嘲笑う軽蔑の視線が瞳に宿っていた。

 

「君は……」

 思わず声をかけた自分の後ろから土を踏みしめる音が近づいてくるのが聞こえた。

 ンフィーレアは少女から目を外して、闇を睨む。

 そこから現れた相手を見て、ンフィーレアは首を傾げた。

 

「自分の足でこんな所まで来てくれるなんて手間が省けて助かるなぁ」

「クレマンティーヌ、さん?」

「そう。災難だったねぇ。でも、もう少し頑張って欲しかったかなぁ?」

 

「ごめんね。八本指だと思うとか言って……私の予想、大外れだったんだぁ」

「そ、そうだったんですね」

 もういいのだ。

 たとえ彼女が八本指じゃないと言っても信用しなかっただろう。

 

「後、ごめんついでに何だけどさ……私ってば、ミスリル級冒険者でもないんだぁ」

「えっ? じゃあ、あのプレートは一体……」

「それはね……じゃじゃーん」

 宣言と共にクレマンティーヌは外套を脱ぎ捨てる。

 外套の下にあったのは仕立ての良いメイド服――クレマンティーヌはメイド服のスカートを捲り上げる。

 

「えっ? なっ?!」

「驚きながらもしっかり見てるじゃん。このえろすけべー」

「そ、それは……!?」

 スカートの下には大量の冒険者プレートを打ち付けた鎧を着込んでいた。

 

「私の正体はスレイン法国の至宝を盗み出して国から追われる盗賊であり元ズーラーノーン十二高弟の一人にして冒険者狩りが趣味の殺人鬼。そして今は君の憎き恋敵の使用人。主人の危機を払うのは従者の務め故、今から君を排除する」

「ズ、ズーラーノーンだってっ!?」

 周辺国家が忌避する忌まわしき邪教集団。

 一つの都市を死の都へと変えた人類の敵だ。

 

「君には今からアンデッドの大群を召喚する魔法《アンデス・アーミー/不死の軍勢》を使って、このエ・ランテルを死の都に変えてもらうよ」

「やっぱり……僕の予測は間違ってなかったんだ! あいつは悪党だったんだな!!」

「ん?」

 ンフィーレアの感極まった叫びにクレマンティーヌが首を傾げた。

 

「ざまあみろ、僕の勝ちだ! これで奴を絞首台に送りつけてやれる!!」

「駄目だ、こりゃ。ネジが一本外れてるねぇ……この状況、分かってんの?」

 多分、自分が情けなく命乞いでもすると思ったのだろう。

 相手の予測を外せたことにンフィーレアは会心の笑みを浮かべた。

 

「残念だったな、明日には僕が依頼したアダマンタイト級冒険者がやって来る! 蒼の薔薇の彼女達ならアンデッドなんかイチコロさ!!」

「あのさ、それまで君は無事でいられると思ってるわけ?」

「知らないのか? アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』のリーダーは蘇生魔法を扱えるんだ! ここで僕を殺しても生き返らせてくれるさ!」

「そ、蘇生魔法!?」

 クレマンティーヌの驚愕。

 ンフィーレアはニヤリと笑って、さらに捲くし立てる。

 

「大体、短絡的すぎるんじゃないか? 今、僕が死んだり失踪したら確実にアイツが疑われるじゃないか!」

「………………」

 ぴたりとまるで凍りついたようにクレマンティーヌの動きが止まった。

「普通は即座に報復なんてしない! ほとぼりが冷めた頃を狙うはずだ!」

「……ッ」

 そこにあるのは間違いなく強い動揺だ。

 

「それをしないってことは僕はお前達を予想以上に追い詰めてたみたいだな!!」

 きっと計画は大きく狂わされ――余程、腹に据えかねたのだろう。

 くそっ、あの豚のような都市長のいう事なんて真に受けるんじゃなかった。

 自分は何一つ間違っていなかったじゃないか!

 

「僕に手を出した時点でお前は詰んでいる! 言っておくけど、僕は死ぬのなんて怖くないぞ? 彼女の為なら喜んで死んでやるさ!」

「んー格好いいなぁ。私、惚れちゃうよ……なんてね?」

 ぺろりと舌を出してから、クレマンティーヌはニンマリと歯をむき出して笑った。

 そして、懐から叡者の額冠を取り出す。

 

「これを装備できれば第七位階魔法である《アンデス・アーミー/不死の軍勢》を使用することが出来る。でも、これを装着できるのは女だけ。しかも、百万人に一人という確立でしかない。でも、君なら問題ないよね?」

「………………」

「でね、これって着けると自我は封じられて魔法を扱うアイテムになって、外すとなんと着用者は発狂するの。糞尿垂らしまくりでさぁ、酷いの何のって……ホント、マジで笑えちゃうんだよ?」

「えっ?」

「安心しなよ。君は殺さないからさぁ……魔法使ってもらったら適当な所で外してあげるよ、蘇生は出来ても発狂した人間が元に戻るか自分の身体で試してみれば?」

 ンフィーレアの足がガクガクと震えだした。

 アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』なら発狂した人間を元に戻せるだろうか?

 いや、第七位階魔法――前人未踏の領域にある魔法を扱えるマジックアイテムの呪いともいえる効果を人の身で解く事など出来るわけがない。

 

「後さぁ、お前――前提が間違ってるよ。仮にうちのご主人様が八本指やズーラーノーンの幹部って発覚したらさ。伴侶のメイドちゃんなんて一緒に火刑か絞首刑になるに決まってるじゃん。馬鹿じゃないの?」

「な、何を言ってるんだ? エンリは騙されて……」

「だからさ、それはお前の願望だろ? あのメイドちゃんを見て、誰が騙されたなんて思うわけ? お前は最初から、愛のためとかご大層なお題目を掲げて惚れた女を殺すために必至に頑張ってたんだよ!!」

「ッ!?」

「あっ、いいねえ。その絶望に満ちた顔――私の一番好きな表情だわ。勝ち誇ってた相手を奈落に突き落とすのって何でこんなに心惹かれるんだろうね」

 詰めの段階だ。

「それじゃ、そろそろ締めと参りましょうか?」

 クレマンティーヌは腰に下げたスティレットをゆっくりと引き抜く。

「このスティレットには《チャーム/魅了》の魔法が封じられてる。刺さった瞬間、君は私の頼みを聞いてくれるって寸法」

「………………」

「ンフィーレア・バレアレ。覚悟は出来たかなぁ?」

 悠然とンフィーレアに向かって歩き出す。

 

「く、来るなっ! 来るなっ! 来るなぁ!!」

 

「何? 彼女の為なら喜んで死んでやるんでしょ?」

「嫌だ!」

 死んでもいいと思ったのは生き返る保障があったからだ!

 

「お前の望みは叶えてやんよ――あのメイドちゃんはいつか隙を見て殺してやろうと思ってたけど、ちゃんと守ってあげるって」

「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!」

 なんで何の見返りも無いのに、そんな目に会わないといけないんだ!

 

「それに発狂なんて死ぬよりマシじゃん? ま、生きてれば……その内良い事もあるんじゃないの?」

「そんなの嫌だぁあああああああああ!!」

 彼女を手に入れることも出来ないのに死ぬなんて無駄な事は真っ平御免だ!

 

「嫌だ。死にたくない! 死にたくない!」

 ンフィーレアは背を向けて逃げ出した。

 

「最後にうちのクソ兄貴のありがたい説法ってやつを聞かせてやんよ。愛とは惜しみなく与えるもの――見返りを求めるのは、ただの打算よ」

 疾風走破。

 一瞬でンフィーレアの背中に追いついたクレマンティーヌのスティレットは寸部の狂いなくンフィーレアの足に突き刺さる。

 それと同時に自分の思考に靄がかかる。

 精神操作――ンフィーレアは必至に耐えようとするが意識にかかっていく靄の方が強い。

 やがて、後ろから親しい友人の声がかかった。

 

 

 パナソレイとの会談を終えて部屋に戻る頃には夜も深まっていた。

 

 今夜は星が見えない。

 空は雲に覆われて、星明りも見えなかった。

 多分、また雨が降るだろうのエンリは思う。

 

「お疲れ様。大変だったでしょう?」

「そんな事ありません。都市長のお話は面白かったです」

「そうね。悪い人物ではなさそうだわ」

 話しながら、みかかは選んだアイテムをベッドに置いていく。

 

「あの……何をされてるんですか?」

「これでいいかな。ここに並べてあるアイテムは貴方の物よ」

 ベッドに並んでいるのはユグドラシルの装備品一式だ。

 エンリが着ているものとデザインは似ているが、より上質なメイド服。

 ペンダント、ピアス、ネックレス、リング等のアクセサリーに武器と思われるものもあった。

 

「貴方にあげる。これからは肌身離さず着用しなさい」

「はい! ありがとうございます」

 彼女の中で自分の評価がまた一つ上がったことが嬉しい。

 その上、これは愛しい人からの贈り物だ。

 エンリは喜びでどうにかなりそうだった。

 

「………………」

 そんな彼女を横目にみかかは窓へと向かう。

 そしてカーテンを一つずつ閉めていく。

 完全に部屋を閉め切ると、次は照明の光を落とす。

 今、寝室を照らすのは枕元にあるランプだけになった。

 

「………………」

 エンリは緊張から唾を飲んだ。

 これから起こるであろう事態への期待と不安で胸が一杯になる。

 顔は真っ赤に染まり、胸の鼓動が頭に響く。

 あまりの緊張に、こちらに向かってくるみかかの顔を見ることが出来ない。

 

「いつまで立ってるの?」

「ご、ごめんなさ――ひゃん!」

 エンリの身体を軽く抱えあげられ、ベッドに投げ捨てられた。

 うつ伏せになったエンリにみかかは圧し掛かって背中のチャックを一気に下ろす。

「脱ぎなさい」

 冷たい声にエンリの背筋がゾクリと震えた。

 抵抗する気など最初からない。

「は、はい」

 コクコクと頷いて、急いで服を脱いだ。

 下着姿になったエンリは再び抱き上げられて、今度は優しく仰向けに寝かされた。

 

「………………ふうん」

 みかかに組み敷かれたエンリはまるで彫像になったかのように固まっていた。

 自分の肌を観察する彼女の視線はひどく冷静で情欲の欠片も見出す事は出来ない。

 しかし、そんな視線に晒されるエンリの身体は火がついたような熱さに包まれていた。

「可愛らしいのを選んだのね。貴方らしいわ」

「あ、ありが……」

 皆まで言う前にブラジャーのフロントホックが外され、ショーツを足首まで下げられた。

「ッ~~~~」

 恥ずかしさで目も開けられなかった。

 自分の身体を――全て晒してしまった。

 何か変な所はないだろうか失望されないだろうかと不安で仕方ない。

「エンリ」

 冷たい手がエンリの胸に触れてそのまま軽く握られた。

「ひゃ、ひゃい!!」

「先に言っておく。こんなこと貴方以外にしたくない。だけど、それを約束出来るか分からないわ」

「は……はい。分かって……ます」

 遠慮なく胸を揉みしだかれながらエンリは何度も頷いた。

 エンリも身の程は弁えている。

 今の自分が本妻になれるなどと思っていない。

 自分以外にこんなことをしたくない――その言葉だけで今は十分だ。

「……そう。聞き分けのいい子は好きよ」

 そういってみかかはエンリの胸から手を離した。

 

「きっと貴方の幸せを願うなら私なんかいない方がいい。絶対、それが一番いい」

「………………」

 そんな事はないと言えたら良かった。

 だけど言えない。

 今の彼女に軽々しくそんな言葉を口に出してはいけないと自分の直感が訴えている。

「私は貴方に多くのことを隠してる。きっと貴方がそれを知れば私から離れてしまうのでしょうね」

「………………」

「だけど、もう逃がさないから」

 みかかの左手がエンリの首根っこを掴まえた。

「エンリ・エモット――私の花嫁になりなさい」

 それは断れば殺すという意思表示。

「………………」

 だが、エンリにはどうか逃げないでくれと泣いて縋りついてるように見えた。

「はい。喜んで」

 エンリは微笑んで、彼女の手に自らの手を重ねる。

 そして、二人の影がまるで溶けるように重なった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 風は荒れ狂い、窓を叩く雨の音も大きくなっている。

 嵐が近づいているのかもしれない。

 それは、まるで二人の情事を表すかのように激しいものだった。

 

「まったく……とんだビーストだわ」

 ベッドに身を横たえたみかかが、隣で寝息を立てているエンリに呟いた。

 それからベッド脇に置かれた赤い瓶に入った青いカプセルを一つ取り出して飲み込む。

 特殊技術やアイテムで一時的に変化させた性別を元に戻す為のアイテムだ。

「後は……これね」

 ポーション瓶を取り出して、エンリの身体にかけてやる。

 エンリの身体についた痣や噛み跡が瞬時に消えて元の綺麗な肌へと戻った。

 吸血鬼の本能故かみかかの視線が太股を伝う血の跡を追った。

 きっと次の逢瀬も血が伝うことになるだろう。

「……ふう」

 全てが終わるとみかかはようやく一息ついた。

 

 人生初のPVPはエンリに軍配が上がった。

 情事の作法も流れも教わったことがないみかかに焦れたのか、途中からエンリがリードする展開に変わった。

 そして気付けばどんどん彼女のペースに巻き込まれ、みかかが特殊技術の薬物精製を用いて強制的にお眠り頂くまで終始圧倒されて搾り取られる形になったのだ。

 

「……お風呂行ってこよ」

 汗に濡れた身体をひきずりながら、みかかは風呂場へと足を向けた。

「信じられない。何なのよ、あの子」

 みかかは頬を膨らませたまま、浴室へと入る。

「一レベル上がってるじゃない。いったい、何のレベルが上がったのよ。実は先祖にサキュバスとかいて、先祖がえりしたとかじゃないでしょうね」

「ふむ。それは興味深いの」

「シ、シコク?!」

 見れば浴槽から顔を出す幼女が一人。

 

「……お疲れ様。どうやら体調も全快したようじゃな」

「………………」

 みかかは恥ずかしさから顔を合わせることが出来なかった。

 夢中になっていたのだろう。

 索敵を怠り、目と鼻の先にいるシコクの存在に気付いていなかった。

「余興に過ぎん企みじゃったが化けたか。うちも色々と頑張った甲斐もあるというものじゃな」

「……余興?」

「大したことではないよ。今はそんな事よりこっちにおいで。ちゃんと身体を清めねばなるまい?」

 シコクは動物の羽で出来たブラシを見せつけながら、みかかに手招きする。

「お願いするわ」

 みかかが浴槽に身体を沈めるとシコクはみかかの背中に回る。

 

「シコク――状況はどうなってるの?」

 みかかは背中越しにシコクに問いかけた。

「ンフィーレア・バレアレはクレマンティーヌの手によって邪教集団に確保された。今も悪巧み中じゃな」

 シコクは絶妙な力加減で背中を洗いながら答える。

「……そう」

「まさかンフィーレア・バレアレを助けろなどというつもりではあるまいな?」

 みかかの反応を咎めるような口調でシコクが尋ねた

「それこそまさかだわ。一度だったら御愛嬌。二度目はさすがにぶっ殺すがうちの家訓よ」

「安心した。もし助けろなどと言えば、さすがのモモンガ様でも許すまいよ」

「………………」

 みかかは言葉を返さず、シコクにされるがまま身体を洗わせる。

 ゆっくり時間をかけて身体を洗う。

 最後にみかかの身体に湯を流して仕上げを行うとシコクは話を再開した。

 

「かくして城砦都市エ・ランテルは邪教集団の手にかかり死の街と化すという寸法じゃ。偶然、この街に来たアダマンタイト級冒険者も阻止する事は敵わなかった悲劇をモモンガ様の手によって救い出す――というシナリオじゃな」

「待って。私達も都市の壊滅に関わる気?」

「無論。すでにナザリックから来た人員が暗躍しておる。この都市を壊滅させるためにな」

「えっ?」

「人口の九割方は死ぬじゃろうし都市機能も麻痺させる。それによって次の手が生きて――」

「――シコク。貴方にエンリの護衛を任せる」

「どこへ行く?」

 浴槽から上がったみかかにシコクは固い口調で尋ねた。

 

「……モモンガさんに言ってやめさせる」

「そんな事は許さんよ」

「!?」

 みかかの敵感知スキルが反応する。

 シコクは臨戦態勢に移行している。

「シコク――私の命令が聞けないというの?」

「聞けん」

 シコクはみかかの言葉に即答した。

「なんですって?」

「ナザリックの絶対命令権はギルド長であるモモンガ様にある。みかか様は序列二位――うちはモモンガ様よりこの都市内における行動の命令権を頂いておる」

「だったら、貴方がやめさせて」

「ならん。あまり我侭を言ってモモンガ様を困らせるものではない」

 シコクはため息をつくと細くて長い指をみかかに向けた。

 

「みかか様――御主、そんな事ではそう遠くない内に死ぬよ?」

 

「………………」

 シコクの予言。

 それは自称霊能力者や占い師のエセ予言とは異なる。

 超常的直感能力を有する者が持つ未来予知に等しい確実なものだ。

 

「断言してやろう。人類圏にナザリックと同規模のギルドはおらん。それどころかプレイヤーがいるかすら怪しい」

「……何故?」

「危機感がなさすぎる。うちらの存在を認識しておるならとても平静に生活などしておられん。例えば王国戦士長――強い男には大量の妻を宛がうべきじゃろう。それをせんのはプレイヤーの存在を知らぬからじゃ」

 確かにそうだ。

 ナザリックの総力を結集すれば、この三重の城壁に囲まれた城塞都市は一体何分もつだろう?

 そんな存在がいることを知っていれば、そもそも同じ種族同士で争いあってる状態ではないことに気付くはずだ。

 

「……とは言え、うちらと同時期に幾つものギルドが転移してきた可能性もある。それなら今頃、各陣営は必至に戦力拡大を行っておるじゃろう」

「………………」

「故にうちはここで少しばかし派手に動く必要があると判断する。相手の反応を窺う為にな」

 本当にプレイヤーが存在しないなら大手を振って行動できる。

 それを咎める者はいないし、それを止められる者も存在しない。

 

「この世界は勝利こそ全て、勝者は全てが肯定され、敗者は全てが否定される。世界に生きる全ての者に平等に存在する法則――弱肉強食の理念に従い、この街に住む人間の命を奪い取る。邪魔をすることは許さん」

 

「………………」

 それに反論することはみかかは出来なかった。

 ただ、何も言わずに浴室の扉に手をかける。

 

「ふむ。強情な方じゃな。いい機会じゃし、ここら辺で体験してみるかえ?」

「何を?」

「みかか様。御主――いっぺん、死んでみる?」

 壮絶な台詞と共にシコクの姿が掻き消えた。

 

「っ?!」

 無詠唱化した転移魔法?

 即座にみかかも索敵能力を最大まで跳ね上げる。

 

「なっ!!」

 

 シコクの転移先を知ったみかかは即座に床を蹴った。

 

「エンリ! 逃げなさい!!」

 その声は最早悲鳴だった。

 

 痛恨のミスだ。

 彼女はみかかの特殊技術で眠っている――絶対に目が覚めることはない。

 

 短い距離を駆け抜けた先に待っていたのは絶体絶命の窮地だった。

 眠っているエンリ目掛けて、シコクが右手を掲げて魔法を放とうとしている。

 

「死ね」

 言った言葉が単純ならその手段も単純だった。

 無詠唱化した魔法は即座にエンリの命を刈り取るだろう。

 

「間に合え!!」

 

 しかし、ギルド内でもトップレベルのみかかの機動性は伊達ではない。

 シコクがたった二文字を喋る間にエンリの前に割り込んで自らの身を盾にする。

 

「かかったな。阿呆め」

「っ!?」

 シコクの会心の笑みとみかかの失敗したという顔は対照的だった。

 エンリに攻撃する振りをしたのはブラフ。

 本命はエンリを庇わせることでみかかの最大の武器である機動性を殺して、確実に攻撃を命中させること。

 カバーリング――みかかのような紙装甲のキャラクターが決して行ってはいけない行動。

 

「流星の指輪よ。我が願いを叶えよ!!」

 

「なっ!? 馬鹿!! やめなさい!!」

 こんな――こんな所でそれを使うか!?

 それは切り札となる可能性を持つアイテム――世界級に匹敵する能力を持つ使いきりのアイテムだというのに!!

 

 みかかの周囲が闇に染まった。

 

「まずい!!」

 見たこともない魔法の効果だ。

 一寸先も見通せない闇の中、エンリを抱えて、みかかは走り出した。

 しかし、その抵抗は虚しく――みかかは地面に転んだ。

 

「なっ?」

 

 見れば自分の足がなくなっていた。

 まるでバターを高温で溶かすかのように自分の身体が形を失っていく。

 

「くっ、こんな所で……」

 

 駄目だ。

 

 この状況は……ユグドラシルでも何度か経験したことがある。

 もう、自分は詰んでいる。

 みかかは瞳を閉じて、自らの最後を受け入れた。

 

 

 そして朝がやって来る。

 目蓋が重い――きっと睡眠を満足に取れていないのだろう。

 もう少しだけ眠りにつこう――そう思ったところで全てを思い出して、みかかは跳ね起きた。

 

「えっ?」

 

 そこは見知った場所だった。

 黄金の輝き亭――自分が泊まっている宿の寝室。

 

「エンリ? エンリ! 返事をして!!」

 誰も居ない。

 みかかはベッドから抜け出して寝室を出た。

 

(いない! シコクに浚われた? そうだ。モモンガさんに連絡を!!)

 

 みかかはストレージから《メッセージ/伝言》のスクロールを取り出そうと虚空に手を差し込むように伸ばして……。

 

「はっ?」

 何の手応えも変化も生じない事に困惑した。

「な、なんで? ストレージが起動しない、って……んっ? なに? この声」

 背筋に寒気が走り、全身に鳥肌が立つ。

 感じる強烈な違和感――みかかは自分の身体に視線を向ける。

 

「嘘、でしょ?」

 

 栗色のお下げが揺れている。

 クレマンティーヌ曰く慎み深い胸が、丁度手に収まるくらい豊かになっていた。

「まさか、まさか、まさか!!」

 みかかはすぐ傍にある鏡の前に立って、自らの想像が的中したことに気付く。

 

「これはエンリの身体――まさか、入れ替わったの?!」

 

 だとしたら、エンリは――自分の身体は何処にある?

 部屋をくまなく探すが自分以外に誰もいない。

 エンリの持ち物はあるが、みかかの持ち物は全部なくなっていた。

 

「一体、どういう事なの?」

 

 起こった事態が飲み込めず、みかかは途方にくれるしかなかった。

 




みかか「これってもしかして……」
エンリ「私たち……」

二人「入れ替わってる~~!?」

 弱くてニューゲームのスタートです。
 エンリさんがことごとく踏んだ地雷はオリ主の為にあったのだ。

 そういうわけでみかかさんはカルネ村に続き、再び命を賭けることになります。
 前回はイージーモードだったけど、今回はハードモードですよ。

■暗黒面に落ちそうなエンリさん
 エンリが周りの状況でそう呼ばれたとかではなく、自ら進んで血濡れのエンリさんになるのって良くない? という歪んだ愛情から生まれてます。
 なんか前の話でヤンデレっぽくなって、こんなのエンリじゃないと思った方もいるかもしれませんが、洗礼を受けてカルマ値が下がったからだと解釈して下さい。

 ちなみに現状のレベル7
 ファーマー  LV1
 サージェント LV1
 呪術師    LV1
 えっちいの  LV4

 コマンダーとジェネラルを失うかわりに洗礼で悪魔の力を手に入れました。
 後、呪術師のクラスをゲット。
 邪悪な魔法ですので使うほどカルマ値が下がっていけない子になってしまいます。

 ナザリックの英才教育は凄い……というのもありますがLVが低い分上がりやすかったのでしょう。

■ンフィーレア
 更新期間に間が空いたのはエンリとンフィーレアの扱いで批判を受けるのが怖かったからですが、誰かを不幸にする以上はそのキャラを好きな人の批判が出るのは仕方ないこと――賛否両論出るんだろうな、と思いつつこんな展開になりました。

 クレマンティーヌも言ってますが、生きてればそのうち良い事もあるかもしれません。

 さて、ここまでが導入。
 次からは素敵なパーティタイムです。

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