Overlord of Overdose ~黒の聖者・白の奴隷~ 作:Me No
現在のナザリック陣営の動きはこうだ。
コキュートスとアルベドはナザリック地下大墳墓の防衛と運営を任されている。
アウラとマーレはトブの大森林と呼ばれる森林地帯を探索・支配するために進軍を開始。
二人の監督兼司令塔としてデミウルゴスがナザリックから指令を下すことになっていた。
モモンガはパンドラズ・アクターとルプスレギナと共にナザリックから最も近い王国の大都市である城砦都市エ・ランテルにて一流の冒険者になる為に出発した。
これは情報収集と金銭の獲得、そして人間に味方する存在という偽装身分を得るための行動である。
そして、みかかはシャルティアに数名の御供を連れて王都リ・エスティーゼへ。
さる大商人の娘という設定のシャルティアとそれに仕える者として、国家が保有する能力や魔法――ユグドラシルにはない『武技』と呼ばれる特殊技術や『《生まれながらの異能/タレント》』と呼ばれる特殊能力などの情報収集を行うことになっている。
その過程で危害を加えても問題ない存在――要するに犯罪者などを浚って実験する予定だ。
モモンガはソリュシャンを連れて行けばどうかと意見したが、みかかはその意見を却下した。
腐っても国の王都だ。
ユグドラシルプレイヤーの隠れる場所の一つや二つあるに決まっている。
それを考えるとソリュシャンではかなり心許ない。
下手を打って面倒事になった際にシャルティアがいれば心強いし、何よりシャルティアは《転移門/ゲート》という最上位の転移魔法が扱える。
仮にナザリック地下大墳墓が襲撃されたりしたら、速やかに合流出来る上、侵入者を挟撃出来るのも大きな魅力だ。
その意見にモモンガは納得、シャルティアは感涙、アルベドが狂乱することになったが、最終的にはシャルティアを連れて行くことについては合意を取る事が出来た。
しかし、ここで一つの問題が生じてしまう。
大商人の娘という設定を生かすためには、この世界の金が必要になってくるのだ。
みかかがカルネ村を襲った騎士達から得た路銀は全てモモンガに渡してあるため、行動しようにも金策が急務というのが現状だ。
そして、その金策の為に訪れたのがトブの大森林である。
エンリから聞いた話ではカルネ村の唯一の外貨獲得手段がトブの大森林での薬草の採取らしい。
アウラとマーレの任務に助力する傍らで、王都に向かうための路銀の獲得を行うのが今回の目的だ。
「と、言うわけで――私も手伝わせてもらうわね?」
「はい! 宜しくお願いします!?」
「お、お願いします!」
カルネ村からトブの大森林に入り、みかかはアウラ、マーレと合流する。
「すでに二人も話は聞いていると思うけど、この大森林内を探索と把握。そして従属する存在は問題がなければ陣営に引き入れて、物資蓄積場所の設営を行う」
二人は了解してますと頷く。
「ちなみに把握とは大森林を支配することだけではないから注意してね? 生態系――ええっと、どういう生物が存在して、どんな植物があるのか、それらがナザリックに役立つものなのかの知ることも貴方達の指令には含まれているわ。消費系アイテムの素材となるもの、羊皮紙に代わるものを見つけたいわね」
「「はい!」」
「ただ、決して無茶はしないこと。私達はどうやら弱い存在ではないみたいだけど、最強であるかどうかは分からない。この森には私達より強い存在がわんさかいるのかもしれない。探索し、把握するにはそういう意味も含まれている。繰り返すけど、無茶はしないこと」
二人の元気の良い返事に気分を良くしながらも釘を刺すことは忘れない。
みかかの真剣な眼差しを前にして、二人も緊張しつつ頷いた。
「宜しい。アウラ――貴方達には先に先遣隊として調べてもらってる筈だけど、どんな感じかしら?」
「はい。本日、みかか様と共に向かう箇所は三箇所。現在のところ、こちらを圧倒するような強者の存在は確認出来ていません。順調に進んでいます」
「……そう。その三箇所には縄張りを支配するボスのような存在がいるのかしら?」
「はい。私達にとっては脅威ではありませんが三匹確認してます。その内の一匹はみかか様も御存知の白銀の魔獣、森の賢王と呼ばれているやつです」
「よし……では、まずその森の賢王のテリトリーを制圧しましょう」
長らくの間、トブの大森林を支配してきた森の賢王と呼ばれる魔獣。
異世界に飛ばされた自分達にとって知識は何より求める力だ。
なんとか自分達に従属させたい相手だ。
「事前の調査では強さ自体は大したことないようだけど、決して警戒は怠らないこと。賢王と呼ばれるほどの魔獣――私達の知らない特殊技術や能力を備えている可能性もあります」
自分達の造物主が発した緊張感のある声にアウラとマーレも神妙な顔で頷いた。
(それが、どうしてこうなった?)
みかかは起こった事態が飲み込めずに呆然と立ち尽くす。
今日はどうも厄日のようだ。
多分、カルネ村の一件でクリティカルを連発させた反動がここできているのだろう。
白銀の体毛。
蛇のように長い尾。
人の言葉を喋る知能。
そして――愛らしい、円らな瞳。
「ふふふ。恐ろしさのあまり身も心も凍ってしまったでござるか? その顔に驚愕がアリアリと浮かんでいるでござるよ?」
「あ、貴方が森の賢王?」
「その通り。それがしこそ、森の賢王でござる!」
(……ただの巨大ネズミじゃない)
正確には、巨大ジャンガリアンハムスターだろう。
ペットのハムスターを寿命で亡くし、一週間近くユグドラシルにログインしてこなかった仲間を思い出す。
メールでのやり取りで何とか励まそうとし、それにあたって知らないのも失礼だろうとペットショップまで足を運び、ジャンガリアンハムスターを見てきた経験があった。
「そう。貴方が森の賢王なのね。ところで……どうして、そんなに大きくなったの?」
「それはどういう意味でござる?」
「かつての仲間に貴方に良く似た動物を飼ってる人がいたのよ」
アウラとマーレがみかかの発言を聞き、何故か「おおっ」と感動する中、ぷくっと森の賢王の頬袋が膨らむ。
「なんと! それがしに似たものをペットにするとは!!」
「………………」
その生態までは知ろうと思わなかったので怒ってるのか、威嚇のポーズかは分からない。
「もしそれがしの同族を知っているなら教えて欲しいでござるよ! 子孫を作らねば生物として失格でござるがゆえに!!」
「こふッ!」
森の賢王の言葉がみかかの心に痛恨の一撃を喰らわせる。
そのこうかはぜつだいだ。
(いや、私アンデッドだもん! そもそも子孫を作れないから失格じゃないし!?)
そもそも子供を作れるのだろうか?
――と言うか、今はそんな事はどうでもいい!
「ん~~」
能力的にはガゼフよりも強いのではないだろうか?
しかし、周辺国家最強の男より強い魔獣でも、ナザリック地下大墳墓基準で言えばかなり弱い部類に入るのが悲しい所だ。
(森の賢王ねぇ。何か、賢者的空気を纏ってないんだけど……むしろ、これはペット枠?)
「ねえ、マーレ?」
「は、はい! なんでしょうか、みかか様!」
「これ、ペットに欲しい?」
みかかは白銀の毛玉を指差した。
「えっ? 別にこんなのいらないです」
きょとんと不思議そうな顔を浮かべるマーレに苦笑する。
良くも悪くも素直な子だ。
「みかか様! 私は欲しいです!」
大してアウラは乗り気だ。
(そうよね。アウラは女の子だもの。ちょっとデカイのはアレだけど、可愛いといえば可愛いから)
「あら、そう?」
「はい! 剥いだらいい毛皮になると思うんです!」
(そっち! おしゃれ的意味合いで欲しいの?!)
「あ、ああ……そう、かもね」
この年頃の子供と言うのは往々にして残酷なものだ。
「ええい! それがしを無視して何を勝手に話し合っているでござるか!?」
「別に無視しているわけではないのだけど……」
むしろ当事者と言えよう。
「こうなったら、死なぬ程度に痛めつけ、それがしの種族について話してもらうでござるよ! 覚悟するでござる!!」
森の賢王はニヤリと笑って、大きく孤を描いて尻尾を振り下ろす。
瞬時に蛇のような鱗を纏った尻尾が弧を描いてみかかを襲った。
「未熟」
パシッ、と軽い音を立てて、みかかの右手が森の賢王の尻尾を掴む。
「な、なんと!? 見切られた!?」
「何故、驚く? こんな真正面からの馬鹿正直な一撃など止められないほうがどうかしてる」
「くっ?!」
森の賢王は握られた尻尾を力尽くで引き戻そうとして……地面にへたれこんだ。
「な、なんでござる? 力が、力が抜けていくでござるぅううう」
「……でしょうね」
森の賢王におきた状態異常。
その正体は吸血鬼の種族的能力である《生命力吸収/エナジードレイン》。
その名の通り、生命力――標的のHPを吸い上げ、自らのものとする能力である。
「あら? なんだか気持ち良いわ」
まるで冬場の冷気に悴んだ手がお湯に触れたような感じだ。
気分が良いのでさらに吸い上げる力を強めてみると湯船に浸かったように身体全体がポカポカしてくる。
「や、やめてくだされぇえ……こ、降参するでござるぅ」
森の賢王はフラフラの身体で、なんとかひっくり返る。
そして、その柔らかそうな白銀の体毛に包まれた腹部を無防備にさらけだしてきた。
「こ、降伏でござるぅ。それがしの負けにござるよぉおおお」
見る見るうちにふっくらした丸い身体がやせ細っていく姿はちょっとしたホラー映画のワンシーンのようだ。
「……仕方ないわね」
尻尾から手を離し、自分の手の平を見つめる。
気のせいかもしれないが肌の色艶が良くなっている気がした。
「そ、そなた……一体、な、何者でござる? この異常は、一体?」
最早立ち上がる気力も無いようだ。
ひゅー、ひゅー、とか細い息を吐きながら森の賢王は恐怖に染め上げられた表情で尋ねてきた。
「みかか・りにとか・はらすもちか。お前の主人であり、このトブの大森林を治める者よ」
みかかは森の賢王の腹に手を置くと医療系技術を発動させて相手の体調を探る。
(生命力の欠如と軽い飢餓状態ね)
「……ちょっとやりすぎたみたい。マーレ、治してあげて頂戴」
「は、はい!」
「みかか様。こいつは恐れ多くも偉大なる御身に牙を剥いた不届き者――殺さないのですか?」
天真爛漫なアウラの顔が、ここまで変わるのかと言うほどに冷たい表情を浮かべている。
「ええ。誰にだって失敗はあるものよ……それに、コレを殺したってぶくぶく茶釜さんが知ったら、きっと私は怒られてしまうわ」
動物愛護的な意味で。
「えっ?! そ、そうなんですね……失礼しました!」
「いいのよ、アウラ」
マーレの回復魔法で森の賢王の体は見る見るうちに元の体型に戻っていく。
「おおっ!? す、凄いでござる」
「さてと、さっきも言ったように私はこの大森林を支配するわ。お前の支配する縄張りは頂くわよ?」
「勿論でござる! 命を救ってくださったこの恩は絶対の忠誠と働きでお返しするでござるよ!」
「期待しておくわ。働き次第では貴方の同族を探してやってもいい」
「お任せくださいでござる!」
調子のいいことを言う毛玉を半眼で見つめつつ、みかかは自らの計画を修正する。
(ケット・シーが村の警備には役に立たない分、このファンシーな毛玉で代用しましょうか)
災い転じて福となすという言葉もある。
みかかが考えているのはカルネ村の復興のことだ。
「なんにせよ、幸先良いスタートを切れたのは良いことだわ。このまま、進軍を開始しましょう」
「はい!」
◆
ビーストテイマーであるアウラが使役する魔獣フェンリルの背中に乗ってトブの大森林を奥へと進んで行く。
フェンリルは土地渡りという特殊能力を持っており、森に存在する枝や蔓などの障害物などの影響を受けることなく進むことが出来る。
木々が覆い茂っている為、昼でも尚暗い。
だが、三人とも暗視能力を有しているために何の問題もない。
元々、アウラ達の手により一度調べられた場所である上、階層守護者の中で最も感知力の長けるアウラとそれを超える能力を持つみかかが警戒しているのだ。
そう簡単に不意を突けるはずがない。
実際、アウラとマーレ、みかかの顔にも緊張感はなかった。
みかかに至っては森の景色を楽しむ余裕があるくらいだ。
「……懐かしいわね」
みかかがぽつりと漏らした言葉にアウラとマーレは驚いて振り返る。
「みかか様は以前にこちらにいらしたことがあるのですか?」
「ああ、そういう意味ではないわ。ぶくぶく茶釜さんと初めて会った場所もこんな森の中だったなあと思ってね」
「「ぶくぶく茶釜様とですか?!」」
アウラとマーレにとっては創造主の話である為か、その食いつき具合は凄い。
「ええ。ぶくぶく茶釜さんが当時、人間種のプレイヤーに襲われててね。それを助けたのが始まりよ」
みかかはギルド内では最も仲が良かった友人との出会いを思い出す。
当時、ユグドラシルでは『異形種狩り』が流行っており、主に人間種プレイヤーによる狩りがブームとなっていた。
当時ソロプレイヤーとして遊んでいたみかかは逆に『人間狩り』を行っていた。
「あの人がいなかったら、今ここに私がいることもなかったんでしょうね」
「「………………」」
何とも数奇な運命の巡り合わせである。
「みかか様。ぶくぶく茶釜様も、この世界のどこかにいらっしゃるのでしょうか?」
「………………」
たずねるアウラの顔を見つつ、みかかは沈黙する。
「分からない。余りにも不可解な状況だから、何とも言えないわね」
「失礼しました」
「気にすることはないわ。私のせいだもの」
二人に話すような内容ではなかったかもしれない。
「あ、あの!」
アウラはみかかの顔に暗い影が差したのを見て、声を上げて聞いてきた。
「みかか様は一度モモンガ様と合流した後に、王都に行かれるんですよね?」
「ええ、そうよ」
「その……シャルティアを連れて行くんですよね?」
「ええ」
「もしかして、王国を滅ぼしに行かれるのですか? それならマーレの方が適任かと思うんですが……」
「……ん?」
どうして、そういう話になる?
「そ、そういう事なら……ぼ、僕! 頑張ります!!」
「いやいや、滅ぼしたりしないわ。アウラはどうしてそんな風に思ったの?」
「えっ? だって、シャルティアですよ?! 殲滅とか虐殺とかじゃないなら、何に使うんですか!?」
なるほど。
確かにモモンガの言う通りだ。
NPC達はギルドメンバーの魂を受け継いでいる感がある。
ぶくぶく茶釜も実弟であるペロロンチーノを少し駄目な弟だと捉えていた節があった。
「シャルティアを連れて行くのは単純に効率を重視しているのもあるけど、もう一つ大きな理由があるのよ」
「大きな理由ですか?」
「ええ。早い内に教育しておきたいなと思って」
「教育、ですか?」
「そう。あの子は現時点でも階層守護者最強だけど、もし仮にシャルティアがデミウルゴスのような知力を得たとしたら?」
「えっ? それはむ、……う、う~~ん。確かに、そうなったら凄いと思いますけど……」
ぽつりと漏れた本音に苦笑しつつ、みかかは続ける。
「そういう意味で、あの子には大きな成長性があるのよ。アウラとマーレだって、そうだけどね」
「なるほどぉ」
「そ、そうだったんですね」
アウラとマーレは感心のため息をついた。
「幸い、あの子は私の言う事をよく聞いてくれそうだし。出来る限り育てるつもりよ」
「いいなぁ、みかか様に直接教えてもらえるなんて」
「う、羨ましいです」
みかかは笑う。
「あら? 私なんかよりデミウルゴスの方が先生に向いてるかもしれないわよ?」
デミウルゴスにはアウラとマーレの監督役を頼んでいる。
彼は軍略において並ぶ者がない存在として創造された。
そんな彼がナザリック内から一歩も出ず、入ってくる情報だけでどこまで戦略的な行動が取れるのかをテスト中だ。
その辺りの感覚については、モモンガやみかかは実際に外に出て経験を積まなければ話にならないと思っているが、デミウルゴスは違う筈だ。
現場を見ずして判断出来るくらいの知略を持っていて貰わないと困る。
「いや、それはないですよ~~」
「そうです! いくらデミウルゴスさんでもみかか様やモモンガ様に敵うはずがありません!」
(……それくらい優れていれば不安もないんだけどね)
彼に匹敵する程の頭があれば、こんな森の中でわざわざ金策に走らずとも方法はいくらでも思いつくように思える。
二人が絶対の信頼を寄せるみかかは森の賢王に薬草を集めさせているような状態だ。
「あっ、そろそろ次の目的地に着きます」
「そこのボスは誰かしら?」
「トロールですね。洞窟に住んでます」
「……ふうん」
洞窟にお住まいのトロールさんか。
「森の賢王がハズレだった分、有益な関係を築ける相手だといいのだけどね」
住まいを見る分に当てにならなそうだが……。
「貴方がこのテリトリーの――」
「――何をしに来た! チビ共!!」
馬鹿でかい声が洞窟の中で反響した。
その声を聞いた瞬間、二人は即座に採点を下した。
「……ハズレね」
「ハズレですね」
貧相な住まいだが、その住まいに似つかわしい程度の知能しか持っていないようだ。
「こういう手合いは役に立たない。無駄足だったわね」
力で支配するのは簡単だろうが、忠誠心という言葉の意味も理解出来ない者では意味がない。
「いいわ。ハズレならとっとと終わらせて次に向かいましょう」
「いや、うちはこいつは当たりだと思うんじゃけど……」
頭上から聞こえた声にこの場にいる全員が反応して頭を上げた。
「「なっ?!」」
洞窟の天井から幼女の首が生えていた。
みかかのシモベであり、カルネ村に置いてきたはずのシコクだ。
ゴーストなどに代表されるモンスターはその種族的特長として物理攻撃や壁などの障害物を無視する『透過』という能力を備えていることが多い。
この洞窟のように自然にあるものを流用し、魔法的対策が施されていない壁であれば素通りだ。
「シコク?! どうして、ここに来たの?」
「どうして? こっちの手伝いをしようと思ったんじゃが邪魔だったかのう?」
ちなみに最初に出会ったときと口調がまったく異なっているが、これがシコクの素の姿だ。
彼女は気心がしれた相手の前では、このような話し方になる。
「『命令に反しない限り、自由にしてよい』それがうちがみかか様から命じられたことじゃけん」
「……そうだったわね」
命じていたカルネ村での情報収集は終わったということか。
(それならカルネ村の警護をしてほしかったんだけど……シコクも人間より私を優先させたのかしら?)
創造主であるみかかが言うのもなんだが、シコクはブラックボックスの固まりだ。
シコクを解放してから色々と試してみたのだが、手綱を握るより好きなようにやらせるのが一番いい。
元よりみかかはシコクの手綱を握れるとは思っていない。
「何だ! このチビゴーストもお前達の仲間か!?」
「化けネズミもそうじゃったけど、おんし達のような一山いくらの賑やかしに用はないけん。うるさいし、ちょっち大人しゅうしとれ」
その言葉の前にトロール達は水を打ったかのように静かになった。
デミウルゴスも所有する特殊技術『支配の呪言』であり、シコクもそれを扱うことが出来る。
シコクは性能で言えば、魔法職で戦闘よりは補助がメインのキャラクターだ。
パフ・デバフを用いて味方の力を底上げし、敵の力を削ぐことを得意としている。
「これは戦利品としてナザリックに持って帰ると吉」
シコクは手に持った札にサラサラと流暢な文字で『差し押さえ』と書いて、その場にいたトロール達の額に貼る。
「……シコク。ちょっと待ちなさい」
その背中にみかかは話しかけた。
「貴方、さっき化けネズミとか言ったわね?」
シコクは振り返って頷いた。
「言った。ここに来る途中で草むしりをしとるでかい毛玉に会ったんよ」
「「………………」」
一を聞けば十を知るという言葉がある。
アウラとマーレはその先の展開に予測がついたのか微妙な表情を浮かべた。
「……その化けネズミはどうしたの?」
みかかも嫌な予感を感じながらも問いかける。
「ん? なんかうちの姿を見た途端に『姫に忠義を尽くすでござる』とか言って襲い掛かってきたけん」
シコクは手に持っていた札を見せ付けてから握りしめる。
「こんな感じで……消した」
シコクが再び手を開いた時には影も形も残っていなかった。
「嘘でしょ……失敗したわ」
みかかは額に手をやった。
アウラかマーレを護衛につけるべきだった。
「多分、姫様とはみかか様の事だと思ったんじゃが化けネズミに説明するんも面倒くさいし、うちはまだアレがナザリック陣営に加わったとは聞いとらんけん。ちょうど良いと思って消したんは内緒じゃよ?」
「あ、あなたは……」
確かに説明はしてない。
説明してないのだから、衝突があってもそれは事故と言えるかもしれない。
シコクは森の賢王が自分達の陣営に加わったことを察していたが、それはあくまで己の判断でしかなく、勝手に判断するのは独断専行と言える。
「だから、『命令に反しない限り、自由にしてよい』という主命を優先させてみた」
にまぁ、と悪戯を成功させたことを自慢する子供特有の笑みを浮かべる。
「そうね、私の伝達ミスだわ」
本当に……制御出来ない子だ。
当然、一から十まで事細かに指示すれば守るのだろうが……それは不味い。
みかかが最も苦手にする者――あの子はお小言を嫌う。
「そんな事はないんよ? みかか様が手取り足取り丁寧にうちの面倒見てくれるんなら、うちは大人しゅうしちょる」
そして口に出さずとも心の内を見透かしたかのような会話をしてくる子だった。
「生憎とそこまで暇ではないわ。大体、そんな事をしたらしたで少しでも目を離した隙を見計らって何かやらかすつもりでしょう?」
「御明察。うちがかまって欲しい時にかまい、放っておいて欲しい時は放っておくのが吉」
「……まったくもう」
つまり、あれだ。
こいつは猫なのだ。
犬のように主人に忠実というわけでは決してない。
「いや、うちはどっちかと言うとタチじゃけん」
「サラリと人の心を読んでくるわね。まぁ、貴方は日本髪で和服だし、そっちのほうが似合うわね」
「みかか様のそういう所を、うちはたまらなく愛しちょるんよ?」
クククッ、と幼女がするには大人びた表情を浮かべて笑った。
「………………」
どういう訳か、琴線に触れたらしい。
あれは今、非常に機嫌がいいというのが分かる。
「あ、あの! シコクさん」
「マーレ様。何で御座いましょう?」
「え、えっと、別に僕も普通の話し方で結構です!」
「ん」
シコクは了解したと頷いて続ける。
「マー君。何か気になることでもあったじゃろうか?」
「マ、マー君?!」
マーレはあっさりと距離を詰めたシコクにびっくりしながらも尋ねる。
「あ、あのシコクさんが化けネズミさんを殺したのは仕方ないことだと思うんです」
(あっ、仕方ないで片付けるのね)
残酷なマーレの発言にみかかは頬を引き攣らせた。
「で、でも、生き返らせてあげた方がいいと思うんです! このままじゃ、シコクさんが怒られますから!」
「うん?」
「ご、ごめんなさい! ええっと、何故怒られるかと言うと、実はあのネズミを殺すとぶくぶく茶釜様が怒るだろうって……」
「ああ、いや……マー君は勘違いしちょる」
シコクは小さな手を右へ左へ振りながら答えた。
「えっ?」
理解出来ていないマーレにみかかが告げる。
「マーレ。森の賢王は死んでないわ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、そういう意味か!」
アウラも答えが分かったのか声をあげた。
「お、お姉ちゃん。ど、どういう事?」
「分からない? シコクは殺したなんて言ってない。消したって言ったでしょ?」
「えっ? あ、つまり……」
マーレの顔に理解の色が浮かんだのを見てから、シコクは種明かしをする。
「ちょっと《上位転移/グレーター・テレポーテーション》をかけただけじゃよ?」
「転移先は何処にしたの?」
「知らん」
あっけらかんと答える。
「はるか かなたへ はねとばした! と、思われる」
(………………ひどい)
余りにも余りな発言にみかかは心の中で合掌する。
ユグドラシルではランダムテレポートと呼ばれるテクニックだ。
転移可能な範囲の何処かに飛ばされるというもので、普通は使用しない。
転移先にどんな罠があるか分からないからだ。
普通のプレイに飽きてしまったものが「物は試し」とやってみて大概が後悔することになる駄目テクニックである。
「《上位全能力強化/グレーターフルポテンシャル》と《上位幸運/グレーターラック》はかけておいたから、死んでないと思うんじゃが……」
「……帰巣本能があって帰ってこれたら謝ることにしましょう」
ハムスターにそんな能力はないと思うが。
それに《上位幸運/グレーターラック》のおかげで同族と出会えているかもしれない。
「さもありなん。じゃけど、みかか様。案外うちは感謝されるかもしれんよ? 第三位階魔法程度が幅を利かす世界じゃけん。《上位幸運/グレーターラック》が運んでくる幸運は相当なもんかもしれん」
カラカラと笑いながら、シコクは《転移門/ゲート》の魔法を発動させた。
罪悪感はまったく感じてないようだ。
「うちはこのトロール達を持って帰ってデミちゃんに話をつけてくるけん」
(……デミちゃんって)
誰だ、それ。
いや、デミウルゴスの事なのだろうが、シュールだ。
「そこの剣とこいつらの部下に用はないから御随意にどうぞ。後、化けネズミが集めよった草とかはここに入れちょる」
ポイと空間から無限の背負い袋を取り出して地面に放り投げる。
「他になんも無いならうちは行くけど、どない?」
「大丈夫よ。問題ない」
「では、お先に……おまんら黙ってついておいで」
トロールを連れてシコクが消える。
「シコクって……なんか色々と独特ですね」
まるで嵐が去ったような静けさの中、アウラはシコクが消えた空間を見つめながら言った。
「そうね」
「話し方はシャルティアみたく特長的だし、エクレアみたいに少し反抗的、なんでしょうか?」
反抗的、という言葉にみかかは思わず笑いが漏れた。
「みかか様?」
「ごめんなさい。反抗的じゃなくて、アレは単に悪趣味なだけよ」
アウラとマーレはみかかの表情を見て、それが悪い意味ではないことを悟った。
(みかか様、私達といた時より楽しそうだな。やっぱり自分のシモベだからかな。ちょっと羨ましいかも……)
エスコート役のアウラとしては複雑な気分だ。
「さてと、ここにはもう用はないわ。最後の縄張りのボスに会いに行きましょうか?」
「「はい!」」
二人は元気良く返事する。
「ところで、残りの連中とこの剣はどうします?」
「剣は私が貰うわ。残りの連中には死んでもらう。漏れる口を残しておくほど甘くはないもの」
「分かりました。じゃあ、ここに眠らせておいて、洞窟ごとマーレの魔法で片付けましょう」
「そうね。次のボスは話の通じる相手だといいのだけどね」
大剣を手に取りながら、みかかは余り期待はしてない風に呟いた。
◆
その後、洞窟を完全に崩壊させた三人は西に住むナーガ族のリュラリュースが支配するテリトリーに入る。
みかかが持つ大剣を見たリュラリュースは即座に降参し、ナザリックの軍門に下った。
トブの大森林に住む魔獣として名高い『森の賢王』
それらに匹敵する実力を持つ二匹の魔獣が存在していた事を人間達は知ることもなく、この日を境にトブの大森林の勢力圏は驚異的な速度で塗り替えられることになる。
ちなみに蛇足になるが、この日から数日後にモモンガの元にスクロールの素材となる羊皮紙の試験体第一号が届けられることになった。
後に発見される羊皮紙と比較すると生産数は少ないが、森で見つかった羊皮紙は大量生産されるものより品質が良かったらしく第五位階魔法まで封じ込めれることが出来たそうだ。
シコク「バシ○ーラ」
ハムスケ「なんとっーー?!」
オーバーロード唯一のマスコット役は早々に退場(えっ?
ハムスケの次回の出番にご期待下さい。
リュラリュース「出番が無い!?」
書いても蛇足だからです。
蛇だけに!(どやぁ
そういうわけで三匹共に生還ルートと相成りました。
ただし、一匹は地獄ですが。
死にたくても死ねないので考えるのをやめたとか何とか。