Overlord of Overdose ~黒の聖者・白の奴隷~ 作:Me No
みかかが忘却領域からシコクとフラジールを連れ出していた頃、モモンガはナザリック地下大墳墓の外に出ていた。
「……確かにみかかさんの言う通りだな」
この世界に来て初めて、モモンガは外に出ていた。
ここは何百メートルの高さになるだろうか。
マジックアイテムの力で空を飛んだモモンガは世界を眺める。
月と星の輝きが大地を照らしていた。
ナザリック地下大墳墓の周辺にある草原が風に揺れる様は、まるで波を思わせた。
天空を見上げれば無数の星と月を思わせる大きな惑星が浮かんでいた。
(ブルー・プラネットさんならこの光景を見てなんて言うだろうか)
自分達の世界とは比べ物にならないほど、清浄なこの世界を目にしたら大いに感動することだろう。
彼は自然を愛していた。
環境汚染によってそのほとんどが失われたモモンガ達が元住んでいた世界――そんな現実には無い光景を見るためにユグドラシルというゲームに参加した男。
彼は自然を語るときは熱かった。いや、熱すぎるほどだった。
モモンガは何とはなしに自分の横に視線をやった。
そこにいるのはブルー・プラネットではなく、デミウルゴスだった。
現在の彼は半悪魔形態の外見――背中から大きな黒翼を生やし、蛙じみた顔に変化していた。
そこにいるのが友人でないことに少しばかり寂しさを覚える。
そして、モモンガは再び天空に輝く星を見つめる。
「……惜しいことをした。どうせならみかかさんを誘って、この宝石のような美しい世界を眺めるべきだったな」
彼女がいればブルー・プラネットの話で盛り上がっただろうに。
最高のシチュエーションを一人で体験してしまったことに無念を覚える。
感動の場面を共有し、語り合える機会を逃してしまった。
「きっと、みかか様もそう思われていることだと思います」
「………………」
デミウルゴスのお世辞とも取れる言動に気分を害する自分がいた。
モモンガにとってギルドメンバーの思い出は何にも代え難い宝である。
例え友人が創ったシモベとはいえ、友人そのものには及ばない――それゆえの苛立ちだ。
「この美しい世界は御二方を喜ばすために存在する世界。きっとその身に飾るための美しい宝石を宿しているに違いありません」
だが、その後に続いた芝居がかった台詞にモモンガは静かに笑った。
どうやらデミウルゴスも雰囲気に酔ってしまったらしい。
「……確かにこの世界なら多くの美しい宝石を宿してそうだな」
これだけの自然を有する星だ。
天然自然の作り出した美しさの結晶たる宝石も自分達の世界より多くがまだ埋もれたままに違いない。
「みかかさんにその宝石を捧げれば喜んでくれるだろうな」
甘い物と宝石は女性を魅了して止まない物だ。
それは彼女も一緒で、モモンガは『運命の石』と呼ばれる十個の宝石集めを手伝ったことを思い出した。
シリーズアイテムと呼ばれるもので全てを揃えることでより強大な力を引き出すことが出来るが集めるのに苦労したものだ。
「お望みと在らば、ナザリック地下大墳墓の総力をもって全ての宝石を手に入れてまいります」
「どうやら私達は弱者ではないようだが、未だこの世界にはどのような強者が潜むか分からない状態だぞ? 愚かな発言だ」
「だが、そうだな――男なら一度くらい、女性に宝石を捧げるべきかもな。それがこの世界の全ての宝石なら、最高だ」
モモンガにはプロポーズの経験もなければ、女性にアクセサリーをプレゼントした経験も無い。
だから、もしそんな機会が出来たなら彼女に贈るのは悪くないと思えた。
(彼女は俺の――いや、皆で作り上げたナザリック地下大墳墓の為に命を張ってくれたんだ。その感謝の気持ちとしてな)
今まで生きてきて一度も体験したことのないリアルの光景。
その雰囲気を前にして酔い、再会した友人が無事に戻ってきてくれた感動からうっかり口を滑らせた。
その程度の失言だ。
(うわ、恥ずかしい)
だが、数秒後にはモモンガは自分の顔を手で隠した。
それ故にモモンガはデミウルゴスが浮かべている驚愕の表情に気付けない。
「デミウルゴス。先の発言は忘れてくれ」
デミウルゴスが吹聴するとは思えないが、念のために命じておく。
何かの間違いで伝言ゲームにでも発展しようものなら大惨事である。
「ハッ! モモンガ様のご命令とあれば!!」
「うむ。今の発言はその、あれだ。失言だった」
(……まさか、この世界をその手に収め、みかか様にプロポーズを?!)
例の如く深読みスキルを発動させていたデミウルゴスに上手く釘を刺しておく結果になった。
これがなければ間違いなくモモンガの思い描く大惨事となっていただろう。
(しかし、この世界が知れればモモンガ様のお心も変わるかもしれない。ならば、シモベとして何をすべきは明白、ですね)
この世界の生きとし生ける者に対しては最悪と言ってもいい悪魔の顔に笑みが浮かぶ。
モモンガの一言は世界を震わせることになる。
◆
「――と、言うわけでみかかさんがいなくなった後、大変で大変で」
「あらまあ」
「ちょっとした会話のボールが雪だるま式に大きくなりました。守護者達に伝言ゲームは不向きですね」
「気をつけないといけませんね。何とはなしに言った言葉がとんでもない解釈をされそうです」
「まったくです。十分に気をつけたほうがいいですよ、みかかさん」
まさか円卓会議の裏側で階層守護者達が昨夜の発言についての会議をしてるとはモモンガ達は夢にも思っていなかった。
「昨日は色々あって言えませんでしたけど――みかかさん。本当にお疲れ様でした」
モモンガは姿勢を正してから深々と頭を下げた。
「いえ、そんな……」
「いいえ、これはちゃんとしなければいけないことです。これでお互いに貸し借りはなし、ここからは運命共同体ですよ」
「……はい。私もそのつもりです」
二人は互いに笑みを浮かべた。
久しぶりに再会し、どこか他人行儀だった二人だが、今はかつてのように打ち解け合っていた。
「では、早速ですけど昨夜の課題についての意見交換をしましょうか?」
「その前に、一つだけいいですか? 私から提案があるんです」
「なんでしょう?」
みかかは意を決した様子のモモンガを見て緊張しながら尋ねる。
「みかかさんが言ってくれたように、私はこれからギルド長として行動しようと思います。それを踏まえて、名前をアインズ・ウール・ゴウンに変えようと思うんです」
「名前をギルド名にするんですか? それはどうしてですか?」
みかかは不思議そうに尋ねる。
「その名を広め、この世界の全てに知れるようにする。そうすれば、ここにいるかもしれない他の仲間達が来てくれるかもしれないでしょう?」
「……他の方を集めるために、ですか」
みかかはモモンガから視線を逸らして黙考する。
「う~~ん」
しばらく考え込んだ後、みかかは眉を寄せた。
「どうでしょう?」
どうやらあまり乗り気ではないようだ。
「モモンガさんは他のギルドメンバーもここに来てるかもしれないと考えてるわけですね?」
「はい。みかかさんが現地の人達から聞いた八欲王に六大神、十三英雄に童話の話。これらはプレイヤーや世界級アイテムと関係があると思います。それに自分達だけがこの世界に来たとは考えにくいでしょう?」
「……はい」
それについてはみかかも同意する。
だが、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーがここに来ているのかと言われると正直なところ答えは分からない。
サービス最終日に訪れた時、モモンガ一人だけだった。
他のメンバーはどういう経緯で辞めていったのかを聞けてないのだ。
「個人的には賛同出来ませんね」
「それは私一人がギルド名を名乗るから、ですか?」
「………………?」
みかかはモモンガの答えに歯車が噛み合わない様な違和感を感じた。
(何だろう? 私は何か大事なことを勘違いしてる?)
モモンガと自分では、事の優先度の差異が大きく違うのかもしれない。
具体的に何がと断定出来ないが違和感がある。
心の警戒度を少し上げ、みかかは失言を漏らさないように注意しながら冷静な意見を述べることにする。
「いいえ。そうではありません。モモンガさんは皆に自分が来てることを知らせたいんですよね?」
「はい。そうです」
「なら、ギルド名を名乗るのは微妙かなと思います。もし、私が単身でこの世界にやって来ていて、一個人がアインズ・ウール・ゴウンを名乗ってたら罠だと判断します。何故なら、それはギルド名であってプレイヤー名ではないからです。特に私のようなタイプの人、ぷにっと萌えさん辺りも警戒度は高いと思いますよ?」
「……うっ、確かに」
みかかの意見ももっともだ。
「どうせなら仲間内でしか知らないものにした方がいいのでは? 例えば『ナインズ・オウン・ゴール』とか『異形動物園』とか」
「異形動物園? ああっ!? よく覚えてましたね、そんなの……」
クラン『ナインズ・オウン・ゴール』からギルド『アインズ・ウール・ゴウン』に変わる際にギルド名をどうするかでモモンガが提案した名前だ。
「何と言いますか……アインズ・ウール・ゴウンにしたいのは別の目的があるんじゃないのかなと思うんですけど?」
「………………」
多分、そうなのだろう。
伝説のギルド名をこの世界でも不変の物としたいという思いがあったのかもしれない。
「それと反対する一番の理由は危険が大きいからです。私達は敵が多いギルドでした。その名を掲げれば、他のギルドが危険だから結託して倒そうということになってもおかしくありません」
「……そう、ですね。少し軽率だったかもしれません」
モモンガが見るからに気落ちしていくのが目に見て分かる。
「でも、モモンガさんがどうしてもと言うなら従いますよ?」
「その場合は貸しですか?」
「そうなりますね」
「なら辞めておきます。それでまたみかかさんが危険な目にあったりするのは御免ですから」
数秒の沈黙の後、みかかはおずおずと口を開いた。
「……ちょっと、怒ってたりします?」
「えっ? いえ、そんなことないですよ。確かにみかかさんの言う通りリスクとリターンが釣り合ってませんからね」
「なら、いいんですけど……」
なんせ自分達は運命共同体だ。
仲違いして険悪な状態になるのは避けたい。
これは最早ゲームではなく、仲間と言うより家族に近い関係だ。
その分、ユグドラシルの頃よりずっと相手との距離感に気を使わなければならない。
(……恥ずかしいけど、仕方ないか)
ここは建前だけでなく、本音をぶつけるべきだろう。
みかかが納得出来ないのには、もう一つ理由があった。
「モ、モモンガさん!」
「は、はい!」
机を叩いて立ち上がったみかかに釣られて、モモンガも椅子から立ち上がる。
「こ、これでも気にしてるんですよ? モモンガさんにギルド長らしい行動を、とは言いましたけど……それはモモンガさん個人の意思を殺せと言ってるものですから!? モモンガさんだって大変なのに、ちょっと我侭だったかな、と」
「………………」
「それもあるから、名前を変えるのは反対と言いますか。モモンガさんにはモモンガさんのままでいてほしいなとか思ったり思わなかったりしてるわけで……だから! つまり、モモンガさんはモモンガさんでいいんです! それにギルドメンバーの皆さんがいるなら、皆だって私達を探してるかもしれませんし、何かの対策を取ってる筈です。なら私達は彼らのためにも本拠地の安全を確保するのが最優先ではないでしょうか?!」
「そ、そうですね」
(……これがツンデレか)
なるほど、これは確かに何か心にくるものがあるかもしれない。
「分かって頂けたなら結構です。ま、まぁ……仲間を探すというのは私も賛成です。その際はさっきのように仲間内でしか理解出来ないもの。つまり符丁を使うべきだと考えます」
ストンと腰を下ろしたみかかに合わせてモモンガも椅子に座る。
「はい。そのときはまた考えることにしましょう。いきなり話の腰を折ってしまってすいませんでした」
「いえいえ。では、昨日の課題について話し合いましょうか?」
どうやら言いたいことは吐き出したのか――みかかの顔は満足気だ。
モモンガもまた自分を気遣う友人の言葉に満足していた。
みかか・りにとか・はらすもちか。
異形動物園『アインズ・ウール・ゴウン』の最年少メンバー。
メンバーによって彼女の接し方は様々だったのだが、皆からは年の離れた友人、妹、教え子、弟子、ライバル、同志、メイド、玩具と形は違えど愛された少女である。
そんな彼女の姿を見つめながら、モモンガは思う。
――友たちよ。
至高の花園に咲いた一輪の華は、今もここに枯れることなくあの時と同じように咲き続けている。
もし、この世界の何処かにいるなら――どうか、彼女に会いに来てくれないだろうか?
きっと彼女もそれを望んでいるはずだ。
だが、もしもこの世界の隅々まで探しぬいて見つからないその時は。
(このナザリックがその手に収めることが出来る宝石を彼女の為に探しても、許してくれるだろうか?)
「――モモンガさん。ちゃんと話を聞いてくれてます?」
「ええ。勿論、実はメンバーの件でちょっとした名案が思いついたんですけど……」
二人きりの円卓の間で、モモンガは友人と語り合う。
モモンガは空白の五年間の間にみかかに何があったのかを知らず、みかかもまたモモンガの五年間を知らない。
互いの心の暗部に触れ合うことを二人は避けている。
それはある意味、異世界に飛ばされるという極限状況下において仲間割れによる自滅を防ぐための懸命な判断だったのだろう。
だが、互いの認識の差は時に致命的な事態に発展することがある。
二人はまだその事に気付いていない。
モモンガ「……我が名を知るが良い。我こそが――異形動物園」
みかか「そっちを名乗るんですか?!」
没原稿をリサイクル。
この作品ではモモンガさんは改名しません。
これから、こういう短い話も出てくるかもしれません。