Overlord of Overdose ~黒の聖者・白の奴隷~ 作:Me No
忘れていた仲間の来訪
DMMORPG『ユグドラシル』
西暦二一二六年に日本のメーカーが発売した体感型MMOである。
体感型MMOとは仮想空間の中をあたかも現実に存在しているかのように遊べるゲーム全般を指している。
膨大なデータ量と広大なMAP。
そして、別販売のクリエイターツールを使うことで更なる拡張性を与えることが出来るこのゲームは、爆発的な人気を呼びDMMORPG=ユグドラシルを指すと言っても良いほどの皆に愛されるゲームタイトルとなった。
だが、発売から十二年の時が経ち、その栄光の歴史にも終止符が打たれることとなった。
高級住宅街の中でも一際大きな邸宅――その邸宅の一室、一〇メートル四方の洋室にあるのは執務机と書棚のみ。
机の上には幾つかのケーブルとリモコンが一つ、そして水の入ったバケツが一つ。
部屋の主人は鼻歌まじりに水に塗らした布巾でヘルメットを拭いている。
フルフェイスタイプのヘルメットにかぶっていた埃を綺麗にふき取ってから最後に汚れを確認する。
「………………よし」
問題なし――数年使ったものだが、まだ綺麗なものだ。
そのまま飛び込むように革張り椅子に座るとヘルメットをかぶり、二叉のコードを手に取る。
腰まで伸びた髪をかきあげるとうなじの部分には人工物――ジャックがあった。
慣れた手つきでプラグを差込むと自分の視界に新たな世界が広がった。
「………………」
まずはメーラーの起動――大量の未読メールが凄まじい勢いで受信されていく。
メールは差出人に応じて自動で振り分けられるように設定している。
並び順は受信日時――降順だ。
最も古い未読メール――今から五年ほど前になるが、差出人は様々だが、件名は統一して自分を心配するものだ。
それが『返信求む』から、『無視ですか』になり、最後には『さようなら』と、徐々に冷たいものに変わっていくのを見て、胸が痛んだ。
自分は五年間――何の応答も返さなかった。
それがどうあっても応答を返せない状態だったとはいえ、この反応は当然のことだと思う。
自動で仕分けられるメールボックス。
最初は友人の項目のメール数がカウントされていたのがスパムメールのカウントに変わり、受信全てが終わった。
「………………あれ?」
最も近日――最早、自分の反応のなさに全員が見限ったと思ったが、一通だけ懐かしい人からメールが届いていた。
差出人はギルド長――そして、件名は……。
「……嘘」
ユグドラシルのオンラインサービス終了の告知とギルド長からの最後のお誘いのメール。
終了は本日――時刻は、まだ間に合う。
自分は即座にメーラーを終了させ、ユグドラシルを起動させることにした。
「………………」
――エントリーを開始します。
「……早く」
――しばらくお待ちください。
「早く!」
――ユグドラシルにようこそ。
そして視界が真っ白な光に包まれた。
辺りを確認――そこは見慣れた景色、自分の所属するギルドの本拠地であるナザリック地下大墳墓だ。
目指すはこの先、ナザリック地下大墳墓第九階層『円卓の間』
ギルドメンバーが会議を行うのに使っていた場所であり、メールに書かれていた集合場所だ。
すでに視界には重厚な扉が見えており、それは徐々に近づいている。
だが、その速度は徐々に鈍っているのが分かった。
本来ならギルドメンバーはゲームに入ると、特定条件以外では『円卓の間』に出現するようになっている。
だが、自分はあえてそれをしなかった。
怖かったのだ。
今更、どの面を下げてやって来たのか。
どうして、今まで何の連絡も寄越さなかったのか。
一体、何があったのか。
尊敬していたメンバー達に責められるのが怖い。
慕ってくれたメンバー達に嫌われるのが怖い。
何よりも、慕っていたメンバー達に蔑まされるのは耐えられない。
「………………」
扉に手を添える。
だが、開こうという勇気が沸かない。
このまま踵を返して、帰ってしまおうかとさえ思う。
しかし、今日が最後の日だというのなら――。
皆の誤解を解く機会もこれが最後だろう。
今、ここで踏み出さなければ何もかもが手遅れになってしまう。
そんな予感を感じて、扉を開けた。
「――ふざけるな!」
「っ!?」
まだ顔も見えてないはずなのに絶妙なタイミングで怒号とテーブルを叩く音が聞こえてきた。
「ここは皆で作り上げたナザリック地下大墳墓だろ! なんで皆そんなに簡単に棄てることが出来る!」
扉が完全に開く。
そこには、たった一人――残されたギルド長が、寂しげに存在していた。
◆
「み、みかかさん?」
ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長、モモンガは所在無さげにぽつりと立っている人物を見て、思わず目を擦った。
「お、お久しぶりです。ギルド長!」
丁寧に頭を下げる異形の怪物は吸血鬼の上位種である《オリジンヴァンパイア/始祖》
そしてこの女性の声は間違いない――『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドメンバーである『みかか』だ。
プレイヤー名、みかか・りにとか・はらすもちか。
ギルドに所属したのは現在のギルド本拠地であるここナザリック地下大墳墓の攻略戦、少し前くらいか。
所属時は昼間は社会人をしつつ通信制の中学に通う現役女子中学生――言うまでもないがギルド最年少のプレイヤーだ。
「え? な、なんで?」
自分でお誘いのメールを出しておいてアレだが、つい聞いてしまう。
しかし、それも無理もない。
五年前――突如として音信不通になったギルドメンバーが最終日とは言え、いきなり顔を出したのだ。
それまで毎日かかさずログインしてたメンバーが急に来なくなったのは皆も首を傾げたし、最年少だったこともあり大いに心配したが、結局何の連絡もなく、また連絡の取りようもなかったので除籍するわけにもいかず放置されていた。
「連絡も取らず申し訳ありません! その、ええっと、実は――ちゃんと理由があるんです、けど」
「………………」
頭を下げたままの状態で、あー、うー、と唸っている。
彼女はひじょうに礼儀正しい人物だった。
そして言葉を濁すようなはっきりしない人物でもない。
「いや、言いにくいなら言わなくてもいいですよ」
「で、ですが――」
「――何か理由があったってことは今のやり取りでも分かりましたし、みかかさんが何となく飽きたとか面倒だから連絡しないという人物でないのも知ってますんで」
未だ頭を下げている彼女に対して、勤めて優しげな声を出す。
「なんにせよ、来てくれてありがとうございます。みかかさん」
「はい! ありがとうございます、ギルド長」
実に五年ぶりに出会ったというのに、まったく変わっていない彼女を見て、モモンガは安心した。
彼女は緊張するほど今のような素の自分に戻っていく。
普段の彼女はユグドラシルをプレイする際は自分が作り上げた『みかか』というキャラを演じるなりきりプレイに徹していた。
モモンガは、それを子供の遊びだとは思わない。
ロールプレイとは役割を演じることだし、他のギルドメンバーにも中二病を患っていたりヒーロー願望のある人だって居たりするのだから彼女だけを子供だと断じるのは失礼だろう。
ちなみに緊張が最高潮に達すると地元の方言が飛びだしてきて、それが女性陣や一部の男性陣には可愛いと評判だった。
(ああ、懐かしいな)
そう、それも今となっては――懐かしい日々だ。
一体何があったのかは知らない――だが、何があったとしても、それも過去の話だ。
今日が最後の日なのだから、大抵のことは許せるというものだ。
サービス終了日に久々に戻ってきた仲間と大喧嘩したなどという最悪なイベントを起こして終わりたくはない。
自分一人で最後の時を過ごすのだろうと漠然と思っていた――それが覆されただけでも救われた気がする。
「そろそろ時間、かな」
「えっ?」
みかかが立ち上がったモモンガを見て顔を伏せた。
「あっ、そうですか――その、お疲れ様でした」
「………………」
どこか寂しそうなみかかの反応にモモンガは固まった。
(ああ、そうか)
普通はそう思うだろう。
今日がサービス終了日で、もう残り時間も少ない。
モモンガがログアウトすると思うのも普通の反応だ。
「私は、ここで誰か来るかもしれませんし――待ってますね」
「………………」
それはない。
ここにはもう、きっと誰も来ない。
胸中に浮かんだ冷たい言葉――それは自身の心も傷つけた。
「みかかさん」
「はい?」
「今日がサービス終了の日ですし、最後は第十階層の『玉座の間』で迎えませんか?」
そう言いつつ、モモンガは自分の装備を変えた。
装備のランクは最下級から神器級までの九段階あるが、モモンガの武装は最上級――神器級の装備のみで身を包む。
そして円卓の間に飾ってある杖を手に取った。
スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。
その力たるや武装のランクでは神器級を上回り、二百あるとされる超レアアイテム世界級にも匹敵する規格外の性能を持っている。
これはギルドの象徴であり、ギルド長であるモモンガ専用の強力な武器だ。
「………………」
それを手にしたモモンガを見て、みかかも悟ったのだろう。
彼女は軽く異形の右手を上げてその指を鳴らす。
それと同時に姿と装備が変わった。
一部の異形種の中には複数の形態を持つ者がいる――彼女もそうだ。
戦闘能力に優れた完全形態ではなく、能力に制限はあるが美しい外見である人間形態に変わった。
最後を飾る姿は力よりも美を選んだらしい。
先程のような恐ろしい化け物の姿ではなく、ひじょうにオーソドックスな尼僧服に身を包んだ少女がそこにいた。
黒髪に碧眼――年の頃は十四、五といったところか。
髪は、烏の濡れ羽色。
黒く艷やかな髪は癖毛なのか僅かにウェーブがかかっており長さは肩に少しかかる程度、顔は幼げな……悪く言えばしまりのない笑顔を浮かべている。
同種族であり年恰好も似ているシャルティアが美人なら、みかかは可愛いという印象を受けるだろう。
ちなみに体型はシャルティアと良い勝負――つまり、出るところが出て、引っ込む所は引っ込んでいる。
よく言えばグラマラス――ペロロンチーノ風に言えばロリ巨乳というやつだ。
それはさておき、彼女の武装もモモンガと同じ神器級の装備のみで構成されていた。
「ご一緒させてくださいな、ギルド長」
先程までの理知的な、どこか冷たい声は消えてなくなり、ギルドメンバーであるぶくぶく茶釜のたゆまぬ演技指導によって獲得した砂糖菓子のように甘い声音に変わっている。
姿を人間形態に変えることでキャラの演技になりきったということだろう。
ようやくかつての彼女が戻ってきたことに満足する。
「ああ、行こう。我が友――そして、我らがギルドの証よ」
二人は『円卓の間』を後にする。
最後の時を迎えるために。
それでは長い物語の始まりです。
ちなみに今回の話にはある矛盾と言いますか、話の本筋には関係ない小さな伏線を張っております。
明かされるのは五話目です。