ちいさなわたしのこえ   作:ゲンダカ

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#01 prologue

 殺し合っている。

 森の静寂のその合間、金属音がこだまする。

 かたや、爪。

 かたや、剣。

 異形が振るうその爪を、ことごとく剣が弾き返す。

 見たことはない。聞いたこともない。

 大きな躯と、赤い肌。この世ならざるモノだということ以外、彼女は何一つとして理解できなかった。

 しかし、それ(・・)と対峙する彼については、ひと目見ただけで理解出来た。

 ぼろを纏った青年。彼はたった一本の細い剣で、自身の倍はあろうかという怪物と見合っている。

 

 彼が、跳ねた。

 怪物が振りかぶる。

 爪と剣とが、また大きな音を立てる。

 

 悲鳴のようなその音が、彼女はたまらなく怖かった。恐ろしくて恐ろしくて、今すぐにでもこの場から逃げ出したかった。

 

 しかし。

 彼女の目は、彼に釘付けだった。

 怪物と剣を交える彼もまた、悪魔(イヴィル)のような顔をして。

 美しい剣を、でたらめに振り回して。

 怪物より、怪物らしく飛び回って。

 

 それでも。

 

 彼は、人間だった。

 その有り様を、彼女はただ見つめていた。

 

 きれいだ、と。

 知らず、彼女はこぼしていた。

 

 

 

 

―― ―― ―― 

 

 

「マリアさま! (おか)が見えましたよ! 今度こそ、ジパングですよ!」

 潮騒のなか、デッキの上で、高い声が響いていた。

「おおー、ほんとだねえ。でもねハンナ。前のもジパングだったんだからね?」

「いいえ、いいえ! あんなちいさな島がジパングなものですか! 金の家とか、なかったですし!」

「そんなんあるわけないだろう……。まあ、楽しみにするのは勝手だしね。好きにおし」

「はーいっ」

「…………………」

「おやヒルダ。おまえは静かだね」

「…………魔力が濃くて。気持ち悪いです」

「ふうん、そうかい。おまえは繊細だからそりゃあ仕方ないけれど、陸の上はもっと濃いよ? 今のうちに慣れときな」

「…………はい」

「――――さあて。どんなトコかねえ、エドってのは!」

 先頭に立つ彼女は、船員の誰よりも楽しそうにそう叫んだ。

 

 

―― ―― ――

 

 

「今日はなんだか外が騒がしいな、瓦版」

「そりゃあそうですよ旦那。どうもおかしな黒い船が、まっすぐお江戸に向かってきてるって話です。とんでもなくでっかいのが、四隻そろってずかずかと! どいつもこいつもてんてこ舞いってわけでさあ!」

「へえ、そうかい」

「…………知らなかったのは、旦那くらいのもんでしょうよ。まったく、浮世離れは変わりませんなあ」

「は。俺のようなのがそうそう浮世に混ざれるもんかい」

「そりゃそうだ!」

 瓦版と呼ばれた男は、なぜか嬉しそうにひざを打った。

 雨風がなんとかしのげるだけの小さな小屋。江戸の町に溶けるように、潜むようにたたずむその中で、男二人が話していた。

「で、仕事は」

 刀の手入れをしながら、旦那と呼ばれた男が尋ねる。

「へい。箕輪の円道寺がお困りのようで。丑の刻だとか」

「はー、円道寺。そこまで来たか」

「ええ、そうみてえですよ。こりゃあそろそろ……」

「ああ。根ッ子叩かにゃまずかろう」

 言って、ぼろを着た男が立ち上がった。

 瓦版は、やれやれとため息を漏らした。

「仕事熱心なのはありがたいですがね。旦那がやられちまうと、あっしを始めに大勢が困るんですからね? どうです、ここいらで弟子のひとつでも」

「いらん」

 手入れの済んだ刀を腰に差しながら、彼はそう吐き捨てた。

「―――――鬼殺しなんぞ、俺だけで十分だ」

 


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