魔法先生ネギま!-Fate/Crossover servant- 作:魔黒丼
「……館内の魔力反応消失。先生方も引き払われたようです」
「フン、幕切れは興醒めだったな」
図書館島の上空に居座ったまま、茶々丸の無機質な報告にエヴァは心底つまらなそうに鼻を鳴らした。
千里眼の魔法を通じて中の様子を窺っていた彼女は事の顛末を既に知っていた。
―イスカンダル。アレキサンダー、アレクサンドロス等の名でも知られるマケドニアの覇者であり、ヘレニズム文化として知られる一時代を築いた文字通りの大王である。
齢二十歳にして王位を継いだ後、古代ギリシアを統率してペルシアへの侵攻に踏み切り、以後エジプト、西インドといった広域の地を征服し、『東方遠征』の偉業を、10年も満たずに成し遂げた。その偉業こそが征服王たる所以である。
そんな古の大英雄とも言える存在が、何の因果か一人の小娘の
あまりに拍子抜けな結末に口を尖らせるエヴァの背後からそれは現れた。
「ケケケケ、随分ト不満ソウジャネーカ、御主人」
カタカタと体を揺らして笑う小さな人形が、その手に“例の本”を持って浮かんでいた。
「チャチャゼロか…随分と遅かったな?」
「文句言ワネーデクレヨ、鼠ミタイニコソコソ隠レナガラ何トカ拾ッテキテヤッタンダカラ」
エヴァの問いにぶっきらぼうな返事をしながらチャチャゼロは持っていた本を彼女に投げ渡した。
チャチャゼロが回収してきた本、それはまさに夕映が地下深部から回収してきた例の古文書だった。
先ほどの戦闘の最中に気を失ってしまった夕映は、せっかく発見し、拾ってきた古文書を落としてしまっていた。
しかもそれは戦闘で散乱してしまった本の中に紛れてしまい、夕映の手から零れ落ちた本の存在に中に居た誰もが気づかなかった。しかし、魔法を通して中の様子を俯瞰で窺っていたエヴァだけが目敏く気付いた。
そして戦闘が終わり、ライダーと近右衛門たちが去った後、暇を持て余していたチャチャゼロを呼びつけたエヴァは、戦闘痕の隠蔽に勤しむ教師たちの目を盗んで本の回収を命じていたのだった。
受け取った本のペラペラとページを捲りながらエヴァは面白そうに口角を上げる。
「ほう?…
好奇心に目を光らせ、先ほどとは打って変わって嬉々とした笑みを浮かべながら彼女は本を閉じた。
「ククク…面白い拾い物をしたものだ。茶々丸、帰ったら早速この本に掛けられた呪いの解呪と解読に取り掛かるぞ」
「かしこまりました、マスター」
「オイオイ、労イノ言葉ハネーノカヨ?」
変わらぬ表情で不満の声を上げるチャチャゼロを尻目にエヴァは二体の従者を率いて夜の闇へと消えていった。
その目に野心めいた妖しい輝きを灯して。
***
「わぁ!夕映ってば凄いね、こんなに沢山見つけたんだね」
探検の成果を見た親友の宮崎のどかが感嘆の声を上げる。
「やるじゃない夕映!」
同じく友人の早乙女ハルナが、
「スゴイです綾瀬さん!!」
年下で担任のネギが、
「よぉ見つけたなぁ。うちはマネ出来へんわぁ」
同じ部活の近衛木乃香が、
「凄いですわ綾瀬さん!」
「ねーねー!これ何の本ー?」
「夕映っちスゴーイ!」
「アイヤー英語は分かんないけど凄いアル」
「流石でござるな」
クラスの皆が自身の成果を見て褒めたたえ(一部そうでもないが)、彼女に賛辞を送り続ける。
表情豊かでは無い彼女だったが、この絶賛の嵐には思わず頬を染めて喜びを露わにした。
―正直言って照れくさいが、こうも持ち上げられると悪い気はしない。だからと言ってあまり調子に乗るのも柄では無い。ここは一つここまで自分を褒めてくれるクラスメイトたちにお返しに謝辞でも返さねば――――と口を開こうとした時だった。
「これだけの成果があれば
―――親友の口から出たのは、現代の日本に生きる学生らしからぬ言葉だった。
「え?」と夕映が困惑の声を上げる間にも皆が揃って口を開く。
「そうそう!これだけの成果だもん、きっと王様も喜んでくれるよね!」
―え?
「ハイ!もしかすると臣として取り立ててくれるかもしれません!」
―えぇ?
「ひょっとしたら
-えええ?
「まぁ!それは素晴らしいですわ!」
「ソバメって何ー?」
「おっと!これはスクープだね!」
「おお!先に大人の階段を登るアルか!」
「いやはや目出度いでござるな」
いつもの調子で勝手に盛り上がるクラスメイト達だったが今回の内容はあまりにおかしい。気が付けば皆の服装も普段の学生服では無く、古代のローマやらギリシャやらの住民が着ていそうなヘレニズム文化風の古めかしい服装に代わっていた。
違和感しかないこの状況に混乱し、最早声も出ない夕映だったが、そこへ追い打ちを掛けるようにその声は轟いた。
「うむ!流石は余の臣下だ!余としても鼻が高いぞ夕映よ!」
傲岸にして不遜な声が背後から響き思わず肩をビクつかせる。
「あ!イスカンダル様だ!」
「大王さまだー!」
誰かがそんな声を上げるや否や、不意に夕映の身体が宙に浮いた。
それが背後の男の剛腕で持ち上げられたのだとすぐに察した。
振り返ったそこにあったのは、髪と同じ赤色の顎髭を生やした厳つい大男が、ヘレニズム時代の甲冑を身に纏い、巨獣と見まごう黒馬に跨り満面の笑みで彼女の襟元を猫のように掴み上げていた。
「うむ!その冒険心溢れる貴様の働きに免じ、此度の遠征に同行する栄誉を与える!」
混乱しっぱなしの夕映の精神など気にも留めず、眼前の大王は声高らかに宣言する。
するとそれを聞いたクラスメイト達は更に盛り上がる。
「いいなー夕映ぇー」
「征服王の遠征に同伴出来るなんて羨ましいなー」
「頑張って下さい夕映さーん!」
「「ゆーえ!ゆーえ!ゆーえ!」」
「「イスカンダル!イスカンダル!イスカンダル!」」
いつの間にか羨望の声は二人を称える大合唱に変わり、クラスメイトどころか学園中の皆がその名を叫んだ。
その熱は冷める事を知らず、日が沈むまでこの祭りのような盛り上がりは消えることは―――――――
………
……
…
「―――――っ!?」
声にならない叫びを上げて夕映は飛び起きた。
何もしていない筈なのに息は上がり、混乱し切った頭を抱えながら彼女は今まで見ていたのが夢だと言う事をようやく理解した。
―夢で良かった、と心底安堵しつつも、まだ覚めやらぬ意識のまま夕映は辺りを見渡した。
ベッドで寝かされていた彼女を取り囲むように仕切られた見覚えのある白いカーテンと、部屋いっぱいに漂う消毒液の匂いから、ここが学園の保健室だと言うことはすぐに理解した。
しかし、ここに至るまでの経緯がまったく思いだせない。
少しずつ覚醒してきた意識の中、彼女は必死で記憶を手繰り寄せる。
するとその時、カーテンの向こうから聞こえる扉の開く音と足音で誰かが入って来たのに気が付いた。
夕映は一旦思考を止めて目を向けると同時にカーテンが開かれた。
「あ!綾瀬さん!目が覚めたんですね」
「っ!ネギ先生…」
入って来たのは手さげのビニール袋を持った担任の子供教師のネギ―――――
「おぉ!目が覚めたか!」
―――だけでは無かった。
ネギの遥か頭上からぬっと顔を出したのは、彼女の夢の中で混乱を巻き起こした張本人でもあり彼女のサーヴァントとなった大王、イスカンダルその人だった。
「…と、ライダー…さん?」
覚醒しきらぬあやふやな意識のなかで現れた予想外の二人の登場に夕映は思考の整理が追いつかず、ぼんやりとした表情でベッドに歩み寄って来る二人を見つめた。
「なんだ?まだ寝惚けておるのか?もうじき昼になると言うのに」
「仕方ありませんよ。初めて魔力を使ったうえに昨日の一件ですから…」
きょとんと間の抜けた表情の彼女に対し肩を竦めて嘆息するライダーにネギは苦笑しつつも彼女をフォローしながら持っていたコンビニのロゴが描かれたビニール袋を差し出した。
「良かったらどうぞ、昨日から何も食べてないと思って」
そう笑顔で差し出された袋の中には市販のサンドイッチとジュースが入っていた。
「あ、ありがとうござ…い…ま…」
差し出された袋を受け取りながら御礼の言葉を紡ごうとして、そこで彼女は途端に思いだした。
「……っああぁあぁぁあああああああああああ!!」
最初に出たのは叫び声。
昨夜の召喚、図書館内での教師たちとの会遇、そして戦闘と結末がわからぬまま途切れた意識と記憶。
そこまで思いだして夕映は、盛大に
―あれからどうなったのか?先生たちは何者なのか?なぜ武器を持って自分たちを捕まえようとしたのか?そもそもあの現実離れした戦いは何だったのか?
滝のように溢れ出る疑問を自分の中で処理し切れず、声を上げるしか出来ない夕映だったが、その絶叫は眉間にペチンと炸裂した何かによって強制的に止められた。
「落ち着かんか馬鹿者」
さも呆れた声で彼女の声を止めたのはライダーのデコピンだった。眉間に突如走った衝撃は強烈な痛みと引き換えに夕映の混濁した思考を取り払った。
「まったく目覚めていきなり叫び出すとははしたないぞ。見ろ、貴様の大声のせいで坊主が目を回しておるではないか」
肩を竦めながらライダーが指さした先には、間近で夕映の絶叫を浴びたためクラクラと目を回しているネギの姿があったが、唐突に走った痛みで悶絶する彼女にそれを気にする余裕など無かった。
目覚めるなり動転し続けるマスターの様子を見てライダーは深々とため息を吐いた。
「とにかく落ち着け夕映よ、そう慌てふためかずとも昨日の事ならしっかり説明してやる」
「ぁぅ…も、申し訳ありません。つい取り乱してしまいました」
赤く腫れた眉間をさすりながらも顔を上げた夕映は、目の前で落ち着き払ったライダーを見て先ほどの狼狽ぶりが恥かしくなったのか肩をすぼめながらベッドの上で大人しく正座をした。
やがて目を回していたネギもようやく落ち着きを取り戻してライダーは本題を切り出した。
「さて、昨夜の一件に関してだがな、まずは安心せい。貴様が心配しているような事にはなっておらん」
「本当…ですか?誰も怪我などは…」
「大丈夫ですよ綾瀬さん。図書館が少し壊れただけで誰も怪我はしていません」
不安げな夕映を安心させるようにネギが答えると、それを聞いて彼女はホッと胸を撫で下ろした。
ようやく安堵の表情を見せた彼女の様子を見てネギも一安心と言うように微笑んだ。しかし、これで話が終わった訳は無く、ここからが本題だとネギは意識を切り替え、弛んだ頬をきゅっと引き締めた。
「その…綾瀬さん」
「…ネギ先生?」
先ほどの穏やかな雰囲気は鳴りを潜め、ネギは真剣な表情で彼女に語りかける。
一変した彼の様相に不穏な何かを感じたのか夕映の表情が再び曇り始めるが、ネギはそれを敢えて無視して言葉を続けた。
「落ち着いて聞いて下さい…僕を含めて、昨日のタカミチや先生たちは皆…魔法使いなんです!」
静かに、それでいて語気を強めてネギは言い放った。
―これから説明する事柄に対してこの事実は大前提として必要なものだった。だがつい先日まで一般人だった彼女にとってこのような話は荒唐無稽なお伽話のようなもの。信じて貰えなくて当然。なら得心してもらうまで説明するのが今この場での自らの役目だと、ネギは確固たる決意を以って彼女に告白した。
直後、保健室は静寂に包まれた。
表情を変えぬままネギと夕映は互いに視線を交わしたまま動かず、その傍らで佇むライダーは憮然としたままその様子を窺っていた。
室内は窓から吹き込む風の音だけで、しばし静まり返った。
そこでネギはようやく何の反応も無い事に違和感を憶えた。先ほどの叫声ではないにせよ、吃驚であれ反芻であれ何かしらの反応が来るだろうと備えていたが、ここにきて無反応と来るとは思わず、真剣さを帯びて張りつめていたネギの表情が逆に困惑顔に変わってきた。
「……アレ?」
漂う微妙な空気に途惑い、堪らずネギは小首を傾げる。
何かを間違えたのかと逆に不安になってきたところで夕映が小さく手を上げた。
「あの…ネギ先生」
何とも申し訳なさそうな表情で夕映は切り返した。
「その……何となくと言うか…ほぼ分かっていました」
「……えぇぇえええええええええええ!?」
先ほどに続いて、今度はネギの絶叫が木霊した。
………
……
…
…続きますか?