魔法先生ネギま!-Fate/Crossover servant-   作:魔黒丼

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第3話

 ―夕闇に染まった空の上に浮遊する二つの人影があった。

 一つは機械仕掛けの少女(従者)こと絡繰 茶々丸。そのすぐ隣には彼女の主、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが、静粛とした図書館島を訝しむような視線で見下ろしていた。

 

「…気付いているな、茶々丸?」

 

 主人の問いかけに従者は、「はい」と無機質な返答を返した。

 

「防音、認識阻害、人払いなどの隠蔽用の結界が幾重にも張られていますが、館内では間違いなく戦闘が行われています」

 

「そうだ…ここの連中(教師)を相手取るとは、少しは出来るようだな」

 

「では…加勢なさるのですか?」

 

 そう訊ねると彼女の主人は鼻で嗤った。

 

「フン…そんな義理は無い。これでどちらが倒れようと私にはどうでもいい話だ…いや、あの鬱陶しい教師共がヘマを踏んでくれた方が都合が良いと言えば良いのだがな」

 

「では一先ずは静観、と」

 

「ああ、それに…」

 

 と、言葉の途中でエヴァンジェリンは何かに気付いたように視線をずらした。

 その先には、館内の出入り口にある石段に腰かけて項垂れるネギの姿があった。

 

 その様子は傍目から見ても明らかに落ち込んでおり、離れた上空から見下ろしている二人にまでその鬱鬱とした空気が伝わって来ていた。

 

「…あんなところで何をやっているんだあのボーヤは?」

 

「恐らくは見張りなのでしょうが、どう見てもそれどころでは無いように見えます」

 

 呆れ返るエヴァの言葉に茶々丸が律儀に返答を返す。

 

「フン…おおかたタカミチにいいように言い包められたのだろう。“これも仕事だ”などと言われて館内から追い出されたのだろうな」

 

 嘆息を漏らしながら言ったエヴァだったが、その言葉が当たっていると分かれば更に呆れただろう。

 いずれにせよ二人の眼下で座り込んでいるネギの姿はあまりにも隙だらけで、仕事に順ずる魔法教師にはとても見えず、どう見ても途方に暮れたただのお子様にしか映らなかった。

 

「マスター、今でしたら“例の計画”を待たなくとも先生の血を吸う事が出来そうですが…」

 

「フッ、確かにな…だが焦るな。仕掛けるにはまだ早い…もう少し血も集めねばならん。それに…」

 

 エヴァは視線をネギから外し、図書館島の向こうの学園へと目を向ける。

 

「今ボーヤを襲ったところで余計な邪魔が入るだけだろうからな…この場は高みの見物とさせて貰おうじゃないか」

 

 にやりと笑みを浮かべ、娯楽を楽しむかのような眼差しで彼女は夜の闇に染まりつつある図書館島を眺めていた。

 

 その真下、出入り口の石段で座り込んでいるネギはと言うと、

 

「ハァァァ…」

 

 エヴァの予想通りに盛大に落ち込んでいた。深いため息は周囲にネカティブなオーラをまき散らし、すっかり暗くなった図書館前の出入り口を更に暗い雰囲気に仕立て上げていた。

 

 何故そこまで落ち込んでいるのかと言うと、これまたエヴァの予想通り、タカミチに外での待機を命じられたからであった。

 教師の仕事と言われ渋々ではあるが納得の意を示したものの、今の彼の胸中には独りぼっちと言う孤独感、仲間外れと言う疎外感でいっぱいだった。

 

 ―自分も魔法教師なのに。

 ―やはり自分がまだ子供だから?

 ―子供だから一人前とは認めて貰えないのか?

 

 その幼さ故という根本的な事実は彼の中に劣等感と卑屈さを与え、それが彼の持つ気弱な部分と合わさり、現状(いま)のような状態を作り出していた。

 

「ハァ…今ごろタカミチや他の先生たちは何をやってるのかなぁ?きっと正義の魔法使いらしく事件を解決させてるんだろうなぁ…それ比べて僕は…ハァァァ…」

 

 もう何度目になるか分からない盛大なため息を吐くネギ。

 もはや周囲の状況など目に入っていないらしく、そんな精神状態故か徐々に近づいて来る足音にすら気付かないでいた。

 

***

 

「………えっと…それは何の冗談かな?」

 

 普段の余裕のある笑みとは違う頬をひくつかせたぎこちない笑みでタカミチは眼前で馬上に佇むライダーに訊ねた。

 

「うん?いや、冗談でも何でも無いが」

 

 あっけらかんと返す大王の目にタカミチは今度こそ呆気に取られた。彼の瞳には微塵の諧謔的な色も無ければ相手を嘲るような侮蔑も無く、ましてや挑発的な鋭さも無かった。

 そんな真っ直ぐな彼の目を見てタカミチは悟った。

 

 ―眼前の男の言葉に腹の探り合いと言った余計な意図は無く、一戦交えた相手に対し、彼は本当に王として勧告しただけなのだと(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 あまりに馬鹿馬鹿しく荒唐無稽なその言葉。

 その筈なのに、何故か呆れや嘲りと言った反応は示せなかった。

 

「………高畑先生?」

 

 背後からガンドルフィーニに呼ばれタカミチはそこで我に返った。

 姿勢こそ変わらずポケットに手を入れたままだが、その表情からは笑みが完全に消えていた。

 

「…残念だけど、その誘いは受けられないな。例えアナタがどこの誰であろうと、僕は学園(ここ)の教師としての責務を放り出してアナタの(しもべ)になるつもりは無い」

 

 再び笑みを浮かべてかぶりを振るタカミチだったが、その目は笑っていなかった。

 

「その通りです。そもそも、この状況で貴方に仕えると本気で思っているのですか?ふざけるのも大概にして下さい」

 

 タカミチに続いて拒絶の意を示す刀子は、刃物のような威嚇的な眼差しで大王の双眸を睨み据えていた。

 無論、二人と共に並び立つ他の教師たちもそれは同じで、睨みつける視線に明確な敵意を乗せてライダーの睥睨と真っ向から火花を散らしていた。

 

 確固たる意志を以って回答を示した彼らに対し、ライダーは突きつけられる敵意に微動だにせず、「ふむ」と頷きながら彼らを見据える。

 

「…交渉決裂か…それがそなたらの答えであるならば、致し方あるまい」

 

 そう囁くように告げた直後、巻きあがったのは魔力の旋風。

 先ほどとは比べものにならない量の魔力がライダーの巨躯から溢れ出すそ。

 

「これより先は互いの武を以て示そうではないか!なに、力尽くでと言うのには慣れているのでな!余が“征服王”たる所以をとくと見せてやろう!!」

 

 猛禽のような鋭い眼光に獰猛な笑みを浮かべてライダーは手綱を握りしめ、剣を構えた。

 あの包囲を突破した巨馬による疾走が再び来ると思い、挙動を窺いつつ教師たち全員が身構える。

 

 再び戦いの火蓋が斬って落とされんとしていた時だった。

 

「――――そこまでじゃ」

 

 突如響き渡った年老いた声に、両者の戦意が霧散する。すると外に通ずる扉が軋みを上げながらゆっくりと開かれ、声の主―――近衛近右衛門が背後にネギを侍らせて館内で相対する両者の戦いに待ったを掛けた。

 

「が、学園長!?」

 

 思いがけない人物の乱入に教師たちの誰かが声を上げた。

 予想外の事態にライダー以外の全員が目を見開いて呆気に取られるなか、近右衛門は緊迫した空気のなか飄々とした佇まいで館内を見渡した。

 

「おやおや、これはまた…随分と派手に壊したもんじゃのう…」

 

 壊れた本棚や散らかった本やその残骸を流し見しつつ近右衛門はゆっくりとした歩みでライダーと教師たちの間に割って入った。

 

「が、学園長…なぜこちらに?」

 

 あまりに場違いな弛緩した雰囲気を醸し出して現れた彼に対し、困惑顔のガンドルフィーニは堪らず問いかけた。

 すると近右衛門は、口元に蓄えた白鬚を撫でながら緩やかな口調で答えた。

 

「いやのぉ…使い魔越しにここの様子を見ておったんじゃが…お主らがあまりに辺り構わず暴れるもんじゃから見てられんくなってのう…思わず出張ってきてしもうたんじゃ」

 

 そう言って「フォッフォッフォ」と好々爺たる笑いを上げながら周囲を指す近右衛門だったが、先ほどの攻防によって出来た惨状はとても笑えるようなものでは無く、図書館の一角は竜巻でも過ぎたかのような悲惨な状態になっていた。

 

 これには他の教師たちも思わずたじろぎ、緊急事態とは言え先に仕掛けた挙句、貴重な書簡庫でもある図書館の一角をここまで荒らしてしまった事実に対し後ろめたさを感じずにはいられなかった。

 

 周囲を見渡しながら堪らず気まずそうに顔を顰める魔法教師たち。そんな彼らの反応に満足したのか、近右衛門はもう一度小さく笑うと、今度は反対側でその様子を眺めているライダーに目を向けた。

 

 暫し放置されたライダーからは既に闘気は感じられず、茶番じみたやり取りをしている彼らの邪魔もしないで、ただ様子を窺うように彼らを観察していた。

 

「さて…お初にお目にかかる、古きマケドニアの大王殿。わしはこの地の学園の長を務めておる近衛近右衛門と申す者じゃ」

 

 先ほどの気さくな好々爺たる雰囲気から一変し、礼儀正しい姿勢で挨拶をする近右衛門。恭しく頭を垂らしながらも、その佇まいは学園の教師たちを統べる長らしい威厳に満ちていた。

 その様を無言のまま泰然たる態度で眺めるライダーに対し、近右衛門は面を上げながら言葉を続ける。

 

「まずは詫びよう…争う意志の無いそなたらに対し、わしの部下が無礼を働いたようじゃのぉ」

 

「なに、気にする事はないぞ御老。そやつらはいきなり現れた余に対し務めを果たさんと動いたに過ぎん。些か…短絡的ではあったがのう」

 

 そう言いながらニヤリと意地の悪い笑みを教師らに向けるライダー。

 対する教師らは何か言い返したそうに顔を顰める者も居れば、タカミチのように肩を竦めたり、何の感情も現さず無言でその言葉を受け止めたりと、その反応は様々だった。

 

「フォッフォッフォ、そう言ってもらえると助かるの。ではまずは互いに矛を収めて休戦といかぬか?これ以上この場を荒らすのはわしらも望まぬし…何よりその子も限界のようじゃしのぉ」

 

「―――む?」

 

 飄々と言い放った近右衛門の言葉でようやくライダーはマスター(夕映)の異変に気が付いた。

 先ほどから慣れぬ戦いの空気に()てられて緊張のあまりに押し黙っているのかと思いきや、もはや緊張や恐怖を通り越した挙句、さらに包囲を突破する際に発せられたライダーの気迫が強烈過ぎたようで、夕映はライダーの胸板にもたれ掛ったまま目を回して気絶していた。

 

「ふむ…どうやらこの小娘には戦場の空気は些か刺激が強すぎたようだな」

 

「ゆ、夕映さん!」

 

 嘆息して彼女を馬上から落ちぬよう支えるライダーを尻目に、先ほどから困り顔で近右衛門の傍に控えていたネギが夕映の異変に気付いて堪らず駆け出した。

 心配そうな面持ちで彼女に駆け寄るネギを見てライダーは訊ねた。

 

「…なあ近右衛門とやら、この小姓は夕映の知己か?」

 

「ネギ君のことかの?彼は小姓などでは無く、彼女の担任の先生じゃよ」

 

「なんと!お主の背後にずっと控えておったからつい小姓かと思ったが、まさかこんな小僧が教師とは」

 

 近右衛門の言葉に大仰に眉を上げて驚くライダー。すると何を思ったのか、ライダーは気絶している夕映をひょいと片手で持ちあげてネギに渡した。

 

「え―――っわわ!?」

 

 突然のことに驚きながらもネギは気を失った彼女を落とさないようしっかりと受け止めた。

 そんな彼に対しライダーは気さくな笑みを浮かべながらも王としての威厳をそのままに告げた。

 

「安心するが良い、少し目を回しておるだけだ」

 

「あ、えっと…アナタは一体…?」

 

「余は征服王イスカンダル。此度はその娘のサーヴァントとして現界した」

 

「え?イスカンダ…え?」

 

 唐突に告げられたビッグネームに当惑するネギの反応を敢えて無視して、ライダーは言葉を続けた。

 

「ネギと言ったな…その娘、夕映は余のマスターだ。疾く丁重に介抱してやるが良い」

 

「あ、ハイ!わかりました!…けどマスターって…」

 

「そら、兵は神速を貴ぶと言うだろう。貴様がそやつの教師であるならば、さっさと連れて介抱してやらんか」

 

 困惑が拭えず動きが鈍るネギにライダーが煩わしそうに檄を飛ばすと、慌ててネギは魔法で強化した身体で夕映を抱え、馬車馬のようなスピードで図書館を後にした。

 その矮躯からは想像出来ない速さで立ち去る彼の後ろ姿を見送りながらライダーは感嘆の声を漏らした。

 

「ほう…あのような小童が教師と聞いて珍妙に思ったが…成る程、あの者も魔術師であったか」

 

「フォッフォッフォ、ああ見えて優秀じゃよネギ君は。しかし良かったのかの?お主のマスターの身柄をこうも簡単に引き渡してしもうて」

 

 横目で馬上のライダーを見上げながら近右衛門は問いかける。

 

「ああ構わぬ。これでも人を見る目はあるつもりでな。あの坊主なら問題なかろう…しかし教師を務めるにしては些か幼すぎやせんか?」

 

 腕組みをしてライダーが問い返すと、近右衛門は小さく笑って答えた。

 

「確かにネギ君はまだまだ子供ではあるが、ああ見えて芯の強い子じゃ。それに、生徒と共に成長する教師もありじゃと思わぬかの?」

 

「成る程…師は弟子を育て、弟子は師を育てる…と言う奴か」

 

 愉快げに笑みを浮かべながらライダーと近右衛門は互いに視線を合わせた。

 やがて一拍間を置いてから、近右衛門は再び口火を切った。

 

「さて大王殿、改めて言わせて貰うが、わしらもこれ以上争う意志は無い。ゆえに一先ずは話し合いの場を設けたいと思うのじゃが如何かな?」

 

「うむ、良かろう。余としてもこの時代に関して聞きたいことが山ほどあるのでな」

 

 告げられた提案にライダーは一も二もなく快諾した。

 

 ―何を考えているのかは今一つ掴みきれないが満足げな笑みを浮かべて提案を呑んだこの大王は一先ずは敵対する意志はなさそうだ。

 そう判断した近右衛門は一安心したように髭を撫でた。

 

「では、とりあえずは学園長室(わしの部屋)まで案内するかのう。茶菓子でも出すので、ゆっくりと話でもしようじゃないか」

 

「ほう!この時代の菓子とな!こうしちゃおれん、さっさと行こうではないか」

 

 茶菓子と聞いて子供のようにはしゃぎつつも威厳が消えないのだからこれはこれで稀有な存在とも言えよう。

 そんな場違いな感想を抱きながら近右衛門はにこやかな笑みを浮かべて、騎乗したままのライダーを連れて図書館を後にした。

 

 騎乗したライダーの巨躯が通れる背の高い出入り口を潜って月明かりが照らす夜の麻帆良へと消えていく二人。

 不意に訪れた静寂の中、取り残された教師たちは一言も発せぬまま、結局その背中を見送ることしか出来なかった。

 




………
……

…続くのか?

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