魔法先生ネギま!-Fate/Crossover servant-   作:魔黒丼

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第2話

 図書館内の一角にある扉が、まるで指ではじかれたピンポン玉のように弾け飛ぶ。

 直後、扉を失った出入り口の奥から勢いよく飛び出してきたのはライダーと夕映だった。

 

 自慢の愛馬で地下階層から一気に駆け上がって来たライダーは、窓から見える夕空を見てようやく地上に上がった事を察した。

 

 「うむ。どうやら地底は抜けたようだな…」

 

 満足げに頷きながら、ライダーは視界を埋め尽くすほどの本棚の群れを見渡す。すると、すぐ目の前にあった本棚の一つに近づくと、そこに収納されていた一冊の本を手に取った。

 

 「探すまでも無くいきなり見つけるとはついてる。やはり余のLUC(ラック)は伊達では無いのう」

 

 嬉しそうに微笑む彼が手に取ったのは、古代ギリシアに名高い詩人ホメロスの詩集だった。

 分厚いハードカバーに包まれたその一冊を大事そうに握りながら、ライダーは自身の真下に向かって話しかける。

 

 「では夕映よ、この世界の地図はどこに―――うん?」

 

 そこで彼はようやくマスターの異変に気が付いた。

 ライダーと一緒になって騎乗して来た夕映は、まるでフルマラソンでも走り終えたかのような、いや、もっと鬼気迫る絶叫マシンに何時間も乗り続けてきたかのような憔悴しきった様子で、彼の名馬の背中に向かってぐったりと寄りかかっていた。

 

「し、死ぬかと…思いました…」

 

 息も絶え絶えに彼女は声を絞り出した。

 それを見たライダーは呆れたように嘆息を漏らした。

 

「やれやれ、この程度で()ててどうする。余もブケファラス(こいつ)も、まだ全力の半分も出していないというのに」

 

 その言葉に彼女は背筋が凍るのを感じた。

 

 今の疾走でさえ、ゆうに時速100キロ前後の速度は出ていたというのに、まだ本気で無いと言う事実は悪い冗談に聞こえた。

 そんな夕映の思いなど、どこ吹く風と言った調子でライダーは彼女を急かした。

 

「そんな事より地図だ、地図。書物庫であるならば世界版図の一つや二つくらいあるだろう?」

 

 恨めしそうにライダーを一瞥くれてやったものの、まるで気にしていないライダーを見て夕映は諦めたように案内を始めた。

 

 本棚を幾つか通り抜け、通路を少し行ったその片隅にライダーのお目当ての地図はあった。

 

「おお!これだこれだ!」

 

 目を輝かせて彼が手に取ったのは、学校で使うようなカラー刷りの薄い地図帳だった。

 他にももっと上等な地図は幾つもある中、何故か一番安っぽい地図帳を手に取ったライダーに夕映は疑問を抱くも、子供のように目を輝かせてペラペラとページを捲る彼を見た途端そんな懸念はどうでもよくなった。

 

「なんでも世界は既に地の果てまで暴かれていて、おまけに球の形に閉じているそうだな…なるほど、丸い大地を紙に描き写すと、こうなるわけか…」

 

 グード図法で描かれた世界地図を見て、ふむふむと納得の意を見せるライダー。

 だが、気のせいかと思えるほど些末な程度ではあるものの、夕映の目にはその表情がどこか寂しげに見えた。

 

「…で夕映よ。マケドニアとペルシアはどこだ?」

 

 不意に声を掛けられ、夕映は一瞬反応が遅れた。

 

「え?」

 

「何を呆けておる?余の顔に何かついておるのか?」

 

 気付かぬうちに、髭だらけの彼の顔に見とれていたらしく、その事に気が付いた夕映は少し気恥ずかしげに目を逸らした。

 

「な、何でもありません…」

 

「ふむ、ならば良いが。それより、かつての余の領土はどこか、と聞いておる」

 

 そう促され、夕映はあまり詳しくない自身の知識に不安を抱きつつも、自信なげに地図の一角を指さした。

 途端、

 

「―はっはっはっはっは!!」

 

 再び先ほどと同じように豪快にライダーは笑い始めた。

 流石に慣れたのか、夕映はそこまで驚きはしなかったものの、突然間近で響いた大きな笑い声に思わず耳をふさいだ。

 

「ははは!小さい!あれだけ駆け回った大地がこの程度か!良い良い!(むね)が高鳴る!」

 

 先ほどの懸念が嘘のように、ライダーは愉快そうに笑う。

 満足げな笑顔を浮かべる彼を見て、夕映は一先ず目的を達成できた事に安堵した。

 

 しかし、問題は山積みだった。

 不安げな表情で彼女は手元にある”あの本”を見つめる。

 ライダーが馬で駆け上がる直前に、先ほどの儀式場らしき場所から咄嗟に持ってきた呪文の書かれた古文書らしき書物。

 

 この本が、厳密にはこれに描かれている呪文が、今彼女の真後ろで地図を眺める征服王(イスカンダル)を名乗る男を現界(召喚)させた原因である事は間違いないと夕映は確信していた。

 その事はまだ良い。過去の偉人を現代に喚ぶ事が出来る本なら、以前に発見した持ってるだけで頭が良くなる『魔法の本』よりもよっぽど魔法の本らしく、本来の目的も達成できたと言っても良い。

 

 ―問題はその後だ。

 半ば偶発的とは言え、自身の不用意な行動によって召喚してしまったこの古の大王をどうすればいいのか。

 犬や猫ではあるまいし、こっそり匿うことなど出来る訳も無い。ましてやこの巨漢を隠すことなど出来る筈も無い。

 かと言って元の場所に返そうにも、どうやってすればいいのか分からない。送り返す呪文があるのか、根気よく懇願すれば自ら帰ってくれるのか。

 ―というか、そもそも送り返せるのかも疑問だ。

 

 さて、どうしたものか――――――と彼女が首を捻らせていた時だった。

 

「…ところで夕映よ」

 

 先ほどの上機嫌な声とは打って変わって、ライダーは低く感情の無い声で彼女に話しかけた。

 夕映が顔を上げると、地図から視線を外し、神妙な表情で周囲に目を配るライダーの顔があった。

 

 何事かと不安が芽生える彼女に向かってライダーは言葉を続けた。

 

「―――こやつらは貴様の知り合いか?」

 

「え?」

 

 その言葉に疑問の声を上げながら夕映は周囲に目を向けた。

 するとそこには、各々の得物を携えた魔法教師たちが二人を取り囲む形で陣取っていた。

 

「動かないで貰おうか。君達は既に包囲されている」

 

 ナイフと拳銃を構えたガンドルフィーニが、騎乗したまま本棚に向かう二人に警告を飛ばす。

 

 思いがけない事態に夕映は驚きを隠せず、「何故ここに先生たちが?」と吃驚(きっきょう)のあまり思った事をそのまま口にした。

 

「それはこちらのセリフだよ?夕映くん」

 

 愕然とする夕映の前にタカミチがゆっくりと現れた。

 その立ち振る舞いはいつもと変わらぬ穏やかな雰囲気ではあったが、その優しい眼つきの奥には明らかな警戒の色があった。

 

「た、高畑先生…」

 

「さっき図書館島(この場所)から巨大な魔力の反応があってね。何事かと思って来てみたら…君が居たわけなんだけど。一体どうしてここに居るんだい?それと、君と一緒に馬に乗ってるそちらの人は誰なんだい?」

 

 やんわりとした口調、だが普段とは明らかに違う(まと)わりつくような威圧感を放ちながらタカミチは夕映に問いかける。

 立て続けに巻き起こる予想外の出来事に困惑し、さらに普段とは違い過ぎる恩師の別の顔に混乱し、夕映は言葉を返すことが出来なかった。

 

 片や警戒、片や困惑と恐怖。

 相対する双方の間に沈黙が流れ、張りつめた空気が場を包み込んだ。

 

 だが、そんな空気をものともせず、野太い声が静寂を打ち破った。

 

「これこれ、そう無粋な気をぶつけるでない、それでは此奴も怯えて話せるものも話せんではないか」

 

 周りの緊張感など気にも留めず、手綱を引いて教員たちに向き直りながら、不遜な口調でライダーはタカミチを窘めた。

 

「タカハタ…とか言ったな?今の会話から察するに貴様は、この者の教師か?」

 

「“元”担任ですけどね…そう言うアナタは?」

 

 口調や態度は変えず、だが更なる警戒の色を乗せてタカミチは眼前の巨漢に訊ねた。

 するとライダーは困惑顔の夕映の肩にポンと手を置いて、声高らかに答えた。

 

「我が名は征服王イスカンダル!此度はライダーのクラスをもって、この娘のサーヴァントとして現界した!」

 

 館内全体に響くような豪快にして雄大な声で、大王は教員たちに宣言した。

 

「今宵この場所に召喚され、今この書庫にてそなたらと相巡り合わせたのは全くの偶然ではあるが…まずは武器を収めよ。我らにそなたらと相争う意志は無い」

 

 傲岸不遜。まさにそんな言葉が当てはまるような態度で彼の王は教師たちに命じた。

 そんな彼の言動に一瞬呆気に取られた教員たちではあったが、すぐさま我に返ると突拍子もないライダーの言葉に驚きを通り越してもはや呆れ返った。

 

 ―征服王?イスカンダル?何を言っているのだこの男は?なるほど、上からものを言うその態度はまさに王様だ。だがそんな事誰が信じる?

 

 その場にいた夕映以外の全員がそう思い、懐疑的な嘆息が周囲から漏れるなか、タカミチは変わらぬ口調で言葉を返す。

 

「悪いけど、アナタたちの身柄を確保するまでそれは出来ない。アナタが馬上(そこ)から降りて、夕映くんを解放し、武器を引き渡して大人しく捕まってくれれば…話は別だけど」

 

「ふむ。それは…余に降伏しろと申しているのか?生憎だが、それこそ無理と言うものだ。余は征服王、後にも先にも、戦わずして(くだ)るなどあり得はせぬ」

 

 憮然とした態度でライダーは言った。

 微妙にかみ合わず、交渉の余地が見いだせない状況にタカミチは思わずため息を吐いた。

 

「弱ったなぁ…それじゃあ、力ずくで拘束するしかなくなってしまうのだけれど…それでもやるかい?」

 

 瞬間、タカミチから殺気が溢れ出す。

 魔力と気を纏った確かな戦意が、(くら)の上で悠然と佇むライダーにぶつけられた。

 

「うーむ…こちらは(はな)から争う気は無いと言うておるのだが…そちらがその気ならば、是非も無い」

 

 そう言ってライダーも、戦意に応じるように剣を抜く。

 先ほどの警告とは比べものにならない程の緊張感が辺りを包む。

 

 同時に、ライダーから漏れだす桁外れの魔力に教師たち全員が目を剥いた。

 先ほどまで酔狂とも取れるような言動で周囲を呆れさせていた男とは思えぬその雰囲気に戸惑いつつも、先ほどの魔力の奔流の正体――その正体が目の前の男のものだと言うことを教師たち全員が確信した。

 

 懐疑と警戒が強まり、教員たちの闘気がさらに強まった。

 一触即発。

 まさにその言葉が相応しいような重苦しい空気に、夕映は呼吸を忘れそうになった。

 

 ―止めなければ。先ほどの言動を察するに、先生たちは自分が人質か何かにされてるものと勘違いしているに違いない。ならば誤解を解かなければ。

 

 そう思うも、恐怖のあまり震えが止まらず、歯の根も合わない。締め付けられるような緊張感に、声を出すのも厳しかった。

 何も出来ず、心の中で夕映は自身の無力さに歯噛みをした。

 そんな時だった。

 

 「ディク・ディル・ディリック・ヴォルホール」

 

 宣言とフィンガースナップの音と同時に聞こえた直後、見えない衝撃をライダーは剣で弾いた。

 何が起きたか分からず狼狽している夕映の目に入ったのは、手を前にしてフィンガースナップの状態で指を構える神多羅木の姿だった。

 

 再びパチンと言う軽快な音が響くと、見えない風の刃がライダーを襲った。

 ライダーはそれを難なく弾く。が直後、頭上から振り下ろされた白い刃が彼の脳天を捉えようとしていた。

 

「―――危ない!!」

 

「狼狽えるでない!!」

 

 咄嗟に声を上げた夕映を制して、ライダーは真上の刃を受け止める。

 

「――くっ!」

 

 完全な不意打ちを受け止められ、葛葉刀子は内心で舌打つ。

 防御したライダーは、そのまま力任せに彼女を吹き飛ばそうとした。

 

 しかし、それさえ邪魔するように彼に迫ったのはタカミチだった。

 一瞬で間合いに入ったタカミチは、自身の得意とする『居合い拳』を、連続で彼に打ち込む。

 

「むう!!」

 

 煩わしそうにしながらライダーは体を張ってそれを受け止める。

 その際に、攻撃の余波が及ばぬようにと、その剛腕でマスター(夕映)を守る事も忘れなかった。

 

 一瞬、動きが止まりかけたその瞬間、再び神多羅木と刀子の連撃がライダーを襲おうとするが、その刃と衝撃がライダーを捉える事は叶わなかった。

 

 タカミチの拳を受けながらライダーは馬の腹を蹴る。

 すると主の意思に呼応するように巨馬(彼女)はくるりと身を返して駆け出した。隙の無い連携攻撃を抜け出さんと二人を乗せ、猛スピードで駆けるその先に居たのは攻撃の機を窺っていたガンドルフィーニだった。

 

「―っな!?」

 

 思わぬ突進に虚を衝かれた彼だったが、正面から迫る巨大な蹄を咄嗟に横に飛んで何とか躱し、碌に受け身もとらぬままお返しと言うように二発の銃弾をライダーの背中目がけて放った。

 

 対魔法使いとの戦闘用に用意された特殊な銃弾だったが、その威力が発揮されること無く、甲高い二つの金属音と共に銃弾はライダーの剣の一振りで斬り払われた。

 

 教師たちの包囲から脱出したライダーは手綱を引いてブケファラスの脚を止めさせると、再び彼らの方へと向きなおさせた。

 

 一方の魔法教師たちも陣形と体勢を立て直しながらライダーに向き直った。しかし、完成した包囲の輪から魔法も奇策も無く、力尽くで抜け出されたことに対し戦慄を覚えざるを得なかった。

 

「ふむ…見事だな」

 

 二度目の膠着状態のなか、先に口を開いたのはライダーだった。

 

「卓越したその技と連携…余の時代にも戦に出る魔術師は居ったが、貴様らのように白兵戦までこなす者は居らんかった!」

 

 それはライダーの心からの称賛だった。自身の懐に居るマスター(夕映)を守ると言うハンデを負っているとは言え、サーヴァントであるこの身にここまで迫って来る目の前の戦士を称えたいと思う大王の裏も表も無い本心からの言葉であった。

 

「…お褒めに与り光栄です…と言いたい所だけど、力尽くでこうもあっさりと突破された後で言われても皮肉にしか聞こえないよ」

 

 自嘲気な微笑を浮かべながらタカミチは肩を竦めた。

 その称賛が例え本心から出たものだったとしても、いまだ底の見えないライダーの力に教師たちが警戒を薄れさせる事などあり得なかった。

 

 そんな彼らの心など知らぬとでも言うように、ライダーは威厳だけはそのままに軽い口調で教師たちに言い放った。

 

「まぁそう謙遜するでない。とは言え…このまま戦うと言うのなら無論、余も遠慮をする気は無い。更なる武を以て蹂躙することも吝かでは無いのだが…再び刃を交える前に余から一つ提案があるのだが、どうだ?」

 

「…提案?」

 

 唐突に上げられた言葉にタカミチの顔から笑みが消え、訝しむように眉を顰めた。

 それは他の教師たちも同じで、先ほど身柄の拘束を断ったばかりのこの男が言わんとする提案が如何なるものか。

 例えそれが停戦にせよ平和的協定にせよ慎重な心理的探り合いが予想される。

 当人を除く全員がそう思っていた。

 

 しかし、続く大王の言葉に、再び魔法教師全員が唖然とした。

 

「ここは一つ…うぬら全員、我が軍門に降る気は無いか?」

 

「…………………は?」

 

 間の抜けた誰かの声が、広い大図書館の一角に木霊した。




………
……

…続ける?









これにてストックは無くなりました。
今後はかなり不定期な更新になると思いますが、気長にお待ちください。


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