誰かが何かをするだけの話   作:なぁのいも

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甘さは多分控えめ



海風が寝ている提督の手に触れるだけの話

 大規模な作戦も終了し、穏やかさを取り戻した鎮守府の昼時。海風は妹達にせがまれ、本日は提督とでは無く、白露型の皆で昼食をとっていた。最近の海風は秘書艦の仕事に専念している為、姉妹達と昼食をとれる機会は少ない。提督も気を使い海風に姉妹で昼食をとらせていたのだ。

 

「海風、ただ今戻りました!!」

 

 そんなわけで彼女の姉妹で昼食をとり終え、海風は執務室に戻ったのだが提督からの返事が無い。いつもなら提督と共に戻るから何だか新鮮な気分で執務室にやって来たのだが、返事が無いと少々不安にもなる。

 

 おろおろと提督を探すように視線を振ると、ソファで提督が座ったままの姿勢で眠っていた。

 

「あっ…」

 

 提督を見つける事が出来た事に思わず声を大きく出してしまいそうになるが、提督の寝姿を見る事で声を抑える事に成功した。

 

 作戦は終了したとはいえ、今度は後始末が残っている。提督がゆっくり休める時間はまだまだ確保されていない。昼食時間は昼食を取った後に残った時間はある程度自由にすることが出来る。だから提督は睡眠を取る事を選んだのだろう。

 

 眠る提督の邪魔をしないように音を殺して提督の隣に座る。テーブルにある食後の為に入れたであろう緑茶から湯気が出ている事から寝入ったのはついさきほどの事なのだろう。

 

 海風は息を殺して眠る提督の顔を見つめる。作戦と言う緊張状態が終わったせいか、彼の寝顔はとても安らかな物に思える。

 

 眠る彼の表情を見て、海風は今回も無事に作戦を終える事が出来た事に安堵する。大きな失敗が出てしまったら、彼のこの安らかな顔は歪んでしまうだろう。そうなってしまったら、海風の胸は張り裂けそうになってしまう。だから、今回も皆無事で安堵している。自分の為もあるが何よりも好きな人が悲しまないように。その想いが海風の中を占めていたからだ。

 

 暫くはまじまじと提督の寝顔を眺めていたが、ふと視線を下に向ける。そこには、腿の上に組むように置かれた日焼けした彼の両手があった。

 

 彼の手を見つめて海風は思い出してしまう。彼に膝枕を頼み、剰え頭も撫でて貰った時の記憶を。その時の感触を思い出すかのように、自分の頭に手を置いてみるが、自分の手と提督の手は圧倒的に違い感触を思い出すことが出来ない。

 

 だが、それだけでは記憶を掘り起こす作業は終わらない。海風はもう一つの思い出を、頬に手を添えられた事を思い出した。その時の頬から感じた感触、それと彼からの言葉を思い出した。

 

 ―――俺は海風の事が大好きだから

 

 提督がはっきりと海風に贈った思慕の囁き。その時の事を思い出し、自分の中で嬉しさと恥ずかしさの感情が入り混じる。

 

「な、何だか恥ずかしい…」

 

 その時の感情まで思い出してしまい海風は熱くなった顔を冷やすように、自分の両手を頬に当ててクールダウンを図る。あの後、海風が改めて想いを伝え、二人は恋仲になる事になったのだが、今の仕事が忙しすぎて結局はいつもの二人のままである。

 

 ――本当はもっと一緒に居て欲しい、もっと好きだと言って欲しい。あなたの事が好きだと言いたい。

 

 でも、その想いは今は胸に秘めて置く。今は提督の静穏な一時を邪魔したくないと言う思いが強いから。

 

 という事を考えている間も海風の視線は提督の手から離れていない。理性は提督の邪魔をしたくないと思っているのだが、本能は提督の温もりを求めている。

 

 ほんの短い時間理性と本能がせめぎ合い、瞬時に理性が白旗をあげた。提督の温もりの前に理性など塵屑同然なのだ。

 

 本能に従う事に決めた海風は、生唾を飲み込み、提督の手に自分の手を重ね、提督の手を握って軽く持ち上げる。

 

提督の表情を伺いながら起きないように慎重に。あくまで提督の眠りの邪魔はしたくは無いのだ。ただ、その中でちょっと自分の欲求も満たしたいだけである。

 

 提督が起きる気配は無い。依然として小さく寝息をしているだけである。

 

 その様子から大丈夫だと判断した海風は提督の持ち上げた手の手の平にも手を差し入れ、提督の手を包むように持ち上げる。下に置いた手から感じる陽だまりのように穏やかな温かさ。あの時感じた提督の温もりそのもの。

 

 海風はその温もりを感じたくて、提督の手を自分の腿の上に置いてグローブを取り去って、また提督の手をとる。

 

 今度は提督の体温と感触をもっと感じる事が出来た。海風の知る手の中で一番筋肉質で固めな手だが、その手の感触が海風は一番好きなのだ。

 

 提督のてを自分の胸元まで持っていき、興味深そうにまじまじと見つめ、彼の手をぷにぷにと両手の親指で触る。書類仕事で凝っているのか、触る場所によって提督が小さく声を上げる。その声が可愛らしくてもっとやってしまいそうになるが、提督が起きてしまっては元も子も無いので早々に控える事にした。

 

 次に海風が目を向けたのが提督の手相。海風も年頃の少女であり、占いにも多少関心がある。

 

 だから、提督の手相を見てみた。生命線に、感情線に頭脳線。それと―――恋愛線と結婚線。二つの線が真っ直ぐに伸びていて決して悪くない訳では無い事しか海風にはわからないが、それだけでも海風の心を穏やかにするのには十分だ。

 

 簡単に手相を見て満足した海風が次に行ったのは、提督と掌を合わせて、その手を握る事。

 

 今までした事無かった、手を握る行為。提督の手を握るだけで、海風の身体は手から提督と一体化したような錯覚と幸福感を得ることが出来た。

 

 食後で代謝がよくなっているせいか、素手で感じる提督の手はとても温かくて心地よく、海風はその温もりを離さないように手を握り続ける。

 

 暫くは、その幸福感に浸りながら手を握って居たが、突如提督が握り返してくれた。

 

 驚いた海風は提督の事を伺うが、提督は相変わらず心地よさそうに寝息を立てて眠っているが、海風にはどことなく嬉しそうな顔にも思えた。

 

「はい。海風はここに」

 

 提督が握り返したと言う行為が海風がここに居ると認識してくれたようで恥ずかしいながらも嬉しい。

 

 ―――もしかして提督は夢でも海風と居てくれてるのでしょうか?

 

 あり得ないと思えるかも知れないが、提督の緩んだ寝顔を見るとそう思えるから不思議なものである。

 

「ふわぁ~」

 

 海風も食後という事と提督が寝ている事もあり、眠気が襲ってきてしまった。

 

 海風は睡眠欲に敢えて抗う事をせず、その眠気にその身を委ね瞳を閉じる。

 

 そして、ゆっくりと力を抜き、自分より少々高い位置にある提督の肩に寄りかかるようにして、眠りにつく。

 

 昼休憩の時間はまだある、終わる頃合いに起きれば大丈夫。

 

 そう、自分に言い聞かせて、今は提督と共に睡眠を取る事にした。

 

「おやすみなさい提督…」

 

―――あなたと一緒にいる夢が見れますように。

 

 小さな願いを込めて、海風は提督に体を預けた。

 


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