誰かが何かをするだけの話   作:なぁのいも

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こっちは久しぶりの更新ですな。


朝雲が忍び寄るだけの話

 地上が黒い層に覆われ、空に浮かぶ天体が存在感を押し出そうとする時間帯。作戦による喧騒も失せ、静寂が支配する鎮守府で窓から明かりが漏れている部屋が一つ。

 

 その部屋にいるのはこの鎮守府を預かる最高責任者である提督。現在中規模な作戦を実施しているため、一部の仕事は終わり切らず自室に持ち帰ってこっそりと作業をしているのだが、人間である限り体力の限界というものはある。

 

 そんなわけで、連日の莫大な仕事で体力を失って限界を迎えた提督はソファをマットレス代わりにして仮眠をとっていたのだ。

 

 本当は布団で寝たいのだが、やらなくてはならない仕事は残っている為完全に眠るわけにはいかない。だから、すぐに起きれるようにソファで寝ていたわけなのだが、浅い眠りの世界に浸っている提督に忍び寄る影が一つ。

 腰まで届く栗色の長髪、空色の水玉模様の寝巻に包まれた幼い肢体の少女。少女の名は朝雲、この鎮守府に三人いるケッコン艦の一人。

 

 朝雲は身を低くし這うようにして音を立てないように提督の眠るソファに接近し、下から顔を出して提督の寝顔を拝む。連日の疲れが癒えてきている証拠なのか、寝息はとても規則的で穏やかである。朝雲は胸を撫で下ろすと、朝雲は提督の頬を小さな手で優しく触れる。提督が冷えてないか確認するように。

 

 ここに来たのは目的があってのこと。それは業務的な目的ではなく自分勝手な理由。だから、申し訳なさと胸の痛みを覚える。しかし、それでも朝雲はその目的を達成したい。しないといけない。だから――

 

 朝雲は提督の頬を撫でるのをやめると静かに立ち上がり、提督のお腹に乗っかる形で馬乗りの状態になる。

 

「ふぁ…?」

 

 お腹に乗られた圧迫感のせいか提督は間抜けな声をあげて緩慢に瞼を持ち上げる。ぼんやりとした瞳に映ったのはつけっぱなしの電灯と瞳の下のほうにちょっぴりと覗く栗色。提督が目を覚ましたことを認めて、朝雲は声をかける。

 

「おはよう司令」

 

「朝雲…おはよう…?」

 

 寝起きで状況が整理できてない提督は、声がする方に首を持ち上げ朝雲の姿を確認すると、のんびりとした声で返事をする。そのまま体も起き上がらせようとするが、朝雲が馬乗りになっている為、動かすことが出来ない。自由を奪われていることに気が付いた提督の意識は微睡から一気に引きずりあげられ鮮明になる。

 

「…なんでこうなっているんだ?」

 

「突然だけど司令」

 

朝雲は提督の疑問に答えず畳み掛ける。

 

「なんだ?」

 

「今から司令のこと、マジで襲うからね!」

 

 襲う?それはいったいどう言う――

 

 その意味は朝雲の行動によってすぐさま解へとたどり着けた。朝雲が少し体を持ち上げて提督の太もも辺りに移動すると、提督のズボンを脱がしにかかったのだ。

 

「なっ!なにをするだァーッ!」

 

「言ったでしょ!襲うって!」

 

 朝雲の襲うという意味は、性的な方の意味合いなのだ。

 

理由もなく襲われる側としてはたまったものではない。提督はズボンを持ち上げて抵抗する。わけもわからずに素面で行為に及ぶほど簡単な人ではない。

 

「なんでっ!急に!」

 

「別にっ!いいでしょ!」

 

 朝雲はこういう行為を理由もなくやろうとはしない人物であることは提督はよくわかってる。だから、理由を聞こうとしたが朝雲は取り合おうとしない。

 

 そのまま一進一退の攻防を繰り広げていたが、ふと提督は朝雲の表情を伺う。朝雲は提督も今まで見たことがないくらいの焦燥に歪んでいたのだ。

 

 普段は慌てることがない朝雲が焦燥の色を浮かべているのは彼女なりに譲れない理由があるからなのだろう。

 

 彼女のおかげで冷静になれた。今自分がやることはズボンをあげることでも、朝雲に問いただすことでもない。

 

 提督はズボンから手を放すとソファに手をついて勢いよく体を持ち上げ、朝雲の小さな体を抱きしめた。

 

 やるべきことというのは、朝雲のことを何も言わずに受け入れることだから。

 

「えっ?!ちょっ…」

 

「どうした?珍しくそんなに焦って…?そんな顔、朝雲らしくないんだが」

 

 困惑している朝雲を抱きしめ背中をさする。焦燥している彼女を宥めるように穏やかに。

 

 朝雲は小さく身をもぞもぞと動かして、手を少し自由にすると彼の胴にあるパジャマの裾を掴み、顔を提督の胸元に押し付ける。震えている体を彼の身体を借りて押さえつけようとするかのように。

 

「不安なの…それで、本当は怖いの…明日の作戦…」

 

 明日は最終海域に挑む日。失敗が許されない為に万全の状態で挑むために鎮守府に居る艦娘の作業は二日ほど無理矢理休止させた。一番の理由はスリガオ海峡に挑む西村艦隊を為す七人の心の準備が仕切れていない事を提督が感じ取ったからである。七人に何があったのかは提督はさほど詳しくない。だが、彼女達七人の存在の奥深くに刻まれその影が今もなお彼女達を蝕むような『悲劇』があった事は何となく察している。

 

 だからこその休暇。息を整え気を整え、『悪夢』へと挑む心を作る為の限られた時間。

 

 就寝前に七人のもとを伺った時はそれぞれ気持ちの整理が出来ている様に思えた――それは朝雲も含まれる。

 

 でも、本当は不安で不安で仕方なかったのだろう。皆の不安は取り除け切れてないのかもしれない。――特に朝雲は。

 

 朝雲は普段は勝ち気で、少しプライドが高くて、陽炎とは喧嘩ばかりしながらもいいパートナーで、世話焼きだ。

 

 そんな彼女は、人に弱みを見せる事はまずない。甘えてくることはあっても、こうやって弱みを出すことは提督や山雲の前ですら滅多に無い。

 

「寝る前までは平気だったのよ。うん…それはマジ…。でも、寝付けなくて、時計を見る度に、明日に近づいていくたびに不安になって、もし私が居なくなったらどうしよう…、居なくなって司令に忘れられる事になっちゃったらどうしよう…。そんな事、ずっと考えちゃって…」

 

「…ああ」

 

 余計な事は言わず、最小限の返事だけを挟む。彼女の本心を曇らせないように。

 

「だから、もし最後になってもいい様に、私の事を深く刻んで貰おうと思って、それで――」

 

 それ以上の言葉は出なかった。もぞもぞと動く彼女が何をしたいか察した提督は、抱きしめる力を幾らか緩める。すると、彼女は大きく腕を広げ彼の背中に回した。

 

 彼女は追いつめられると後先考えなくなる。だから、襲おうとしてきたのだろう。

 

 彼女が弱みを見せてくれた。それは提督を頼りにしている事の何よりの証拠だろう。その事は提督にとって嬉しい事だ。だが、それと同時に――

 

「なんだ、その…、俺が信用できないのか?」

 

「それはない!それだけ絶対にない…!でも…」

 

 不安になりすぎて提督まで信用されてないのかと思ったがそれは杞憂に終る。

 

「まぁ、そうだよな。因縁に決着をつけるなんて不安で仕方ないよな」

 

「…うん」

 

「俺が出来る事と言えば作戦立てたりとか、簡単に指示する事しか出来ない」

 

 彼女達が背負う物に対して、提督が出来る事はあまりにも少ない。

 

「だけどな、これだけは言えるし、約束する」

 

 でも、責任者として、彼女達を従える者として。否、彼女達を守りたいから。

 

「俺はお前達を誰一人失うつもりは無い。だから、ヤバいと思ったら無理に戦わずに逃げてくれ。皆が、お前達が生きて帰ってくれる事が、お前達が傍にいてくれる事が一番うれしい」

 

 兵士としては余りにも情けない言葉。それに対して朝雲の震えは思わず止まり小さく吹き出してしまう。

 

「ふふっ、何それ。『その重さも責任も俺が一緒に背負ってやる!』とか言えないの?」

 

「責任は勿論背負うものだろ?上への土下座やらシゴキ位いつでも受けてやる。慣れてるしな」

 

「もー…情けないんだから。だから、大佐止まりなのよ……」

 

 しかし、彼の言葉は指揮官としてはなんとも人道的で、何より朝雲にとっては酷く嬉しい言葉だった。因縁に決着をつけられなくても、彼は責めることは無い。戦果を挙げるより自分が帰って来てくれる事が何よりも嬉しいといってくれたのだから。

 

 彼を愛している朝雲としては何よりも嬉しくて…甘えの言葉。少しだけ影が小さくなった気がする。その要因は彼の言葉が身に染みたと言うよりは、情けなくて、押しに弱くて、結局は朝雲と陽炎と風雲にされるがままになる――優しいこの人を支えたえたい、と言う想いが世話焼きな彼女の根幹に響いたから。

 

「ありがと、司令」

 

「んっ、不安は晴れたいようだ――なぁ?!」

 

 声に幾らか明るさが戻った事を感じ取り、彼女の闇が払われつつひっそりと口許を緩めていたのだが、いつの間に提督を抱きしめるの止めた手が戻り、提督の胸元を強くおして押し倒すような形にした。お尻もお腹に移動して、両足を使って腕が動かないように押し付ける。

 

「うん。マジで惚れ直した。司令が想ってくれて嬉しい。けど、ちょっと今はそれだけじゃ足りないわ。もっと愛して欲しい。それに、シレイニウムが不足みたい。暫く供給も出来なくなるし。だ・か・ら!シレイニウム、貰っといたげるわ!!」

 

 これは提督から差し出すのでは無く、略奪なのではと思ったが、スイッチが入った嫁達は止まる事が無いのはわかっている。

 

 押しに弱い提督はこうなった嫁達を拒絶する事は無い。

その事は朝雲もよくわかっているので、我儘に付き合ってくれた彼に心の中で謝りながらも感謝をしているのだが、当の朝雲の身体は鼻息を荒くして提督の上着を脱がしている最中なので、そんな事を心の中でされているとは提督は夢にも思ってないだろう。

 

提督は細く溜め息をついて、全てを受け入れる様に目をつむる。

 

「あーそのー…、疲れてるから手柔らかに頼む」

 

「ふっふん♪考えといたげる!」

 

 開戦の合図は朝雲からの啄むような口づけ。ここに、シレイニウムの接種作業が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、早朝の母港。

 

 提督は編成と艤装の装着を終えた第一遊撃部隊第三部隊に激励の言葉を送り、見送りの為に母港に来ていたのだが、朝雲に手招きされ、提督は屈んで目を瞑るように指示する。自分から呼び出したのに覚悟を決めきれたなったのか目を瞑る提督の前でもじもじと気恥ずかしそうに後ろ手を組んでいたが、覚悟を決めるとギャラリーが居る前で提督と唇を重ねた。

 

 朝雲からは珍しい積極的な行動。朝雲は陽炎、風雲の嫁艦三人のうち一番羞恥心が強いのでまず人前でこういう事をしないのだが、この口づけは彼女なりの決意の表れの一つなのだろう。周りから飛ぶ冷やかしと黄色い声を無視して、朝雲はふんわりとした笑顔を浮かべる。

 

「行ってくるわ!たっぷりと戦果を出したげるから覚悟しといてよね!」

 

「ああ、行って来い!!」

 

 提督も口角を持ち上げ、強い語気で出撃していく朝雲たちを送り出す。その様子を見ているのは、朝雲がいる艦隊だけでは無い。朝雲達の支援を担当する艦隊もそこに居る。

 

「あーあー、見せつけてくれちゃって」

 

「全くね。でも、うん、良かった」

 

 提督の嫁艦である、陽炎と風雲は、それぞれ安堵を浮べている。二人も二人なりに朝雲が気落ちしていた事を読み取っていた様だ。

 

「まー今回は朝雲が主役だし」

 

「今回の抜け駆けは許しましょ。何処かの誰かさんとは違うんだし」

 

「うっ……あ、あれは結局あの日三人でしたからノーカンで許されるでしょ!?」

 

「抜け駆けの常習犯の言葉が信用しきれるかしらね?」

 

 二人だけで会話を繰り広げられていたが、二人がそれぞれ旗艦を務める支援艦隊も出るように指示が出る。そこで二人の無駄な会話は終わり、軍人としての引き締まった顔が露わになる。

 

「さーて、行きますか」

 

「ええ、行くとしましょうか」

 

 朝雲達の後を追う様に支援艦隊も出撃する。同じ人を愛した仲間を助ける為に。

 

 朝雲達の因縁への決着は多くの仲間と共につけられようとしていた。誰一人として失わないように。


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