誰かが何かをするだけの話   作:なぁのいも

15 / 20
タイトルは嘘です。鬱要素は無いです。


山風を構わないだけの話

「提督、本日もご苦労様でした」

 

「ああ、大淀もお疲れさま」

 

 窓から刺す太陽の光も完全に消え去り、窓には暗闇しか映らなくなった頃合い。一日の業務が終わり、秘書艦を務めた大淀が記入の終わった資料を手にし提督の前に立つ。提督は自分の書類仕事の分担を請け負ってくれた大淀に労うと、大淀は一礼してから執務室を去る。

 

 長かった執務室での缶詰は終わり。いつも率先して追加の書類を持ってくる秘書艦達とは違い、提督は食堂に行く等をしない限りはずっと執務室の中にいる。執務室の中で受けれる刺激と言えば、作戦の報告に来た艦娘からの言葉、遠征の結果を伝えに来た艦娘の言葉、間宮に誘われる事もあるが忙しいから一緒に行けることは余り無いし、真面目な秘書艦だと自分が強く断れない事をわかっているのでやんわり断りを入れてくれる。

 

 とにもかくにも、執務室にいると刺激は少ない。残念な事に、ここの提督は煙草を吸う人では無いので、喫煙を理由に執務室から退室する事は出来ない。

 

 報告に来る艦娘の中には元気が良い子もいて、その子達がご褒美をねだってくる時があるので、その時に刺激を得ていると言えば得てると言えるだろうが、退屈な時間がその時に得た刺激を発散させてしまう。

 

 無駄にアンティークで最初は座る事を憚られた椅子に座りつつ提督は両手を天井に向かって伸ばす。ずっと座っていた由縁か、彼の身体の腰、肩、腕の関節部からはパキパキと小気味いい音が鳴る。ずっと同じ姿勢で居る事は中々に退屈で、書類仕事も提督となってからはかなりの数をこなしている為、工場の機械の様に無意識に無感動にこなせるようになってしまった。

 

 机の上を片しながら溜め息を吐く。別に、今の仕事に不満がある訳では無い。ただ、刺激も慣れてくると何も感じなくなる。この国を人類を守る、その最前線に立っていると言うのは誇りがある事だ。だけど、彼は機械の様に仕事をこなせるようになったとはいえただの人間。慣れも過ぎれば刺激と同じように退屈へと変わってしまう。好奇心は猫を殺すと言う言葉があるが、この提督の事を表す様に言いかえれば、退屈は人間を殺すと言った所だろう。

 

 筆を所定の場所に仕舞い、必要の無くなった資料を棚に戻す。他の事は大淀が殆ど片してしまったので、簡単なこと以外はやる事無し。

 

 机を片したら後は戸締りをするだけだ。椅子から立ち上がり、窓に鍵がかかっているか確認する。窓に映る月の光を取り込んだ海景色は穏やかな波を港に寄せているだけ。何か変わったものがあるかと言えれば、誰もが何もないと言えるだろう。

 

 窓の景色に飽きた提督は、ふとドアの方に目をやる。

 

――今日は来ないのか

 

 最近のある種の楽しみの一つ、その楽しみを与えてくれる人物が来てくれることを期待したが、今の所くる様子は無い。

 

 少しばかり心の中で来てくれる事を期待していたので、体に重りをつけられたように気分も落ちる。

 

――後は、食堂で夕食をとってゆっくりするか。

 

 部屋を一回りして改めて戸締りを確認した頃合いで、コツコツと控えめに執務室の扉をノックする音が聞こえた。

 

「入って、どうぞ」

 

 提督の許可を皮切りに一人の艦娘がこそこそとしながらも素早く執務室に入る。誰にもばれない様に必死になっている彼女に提督は微笑ましさを感じる。この時間帯に出歩いてる艦娘は多くない。いるとしたら例の軽巡くらいの物なので心配する必要は無いのに。

 

 提督は疲れを隠す様に小さく笑みを浮かべて客人を迎え入れる。

 

「いらっしゃい」

 

 執務室に若干緊張した面持ちで入室したのは白露型八番艦の山風だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 山風を迎え入れた提督は来客用のソファに先に座る。山風も提督に習う様にソファに座る――事は無く、提督の膝の上に座る。

 

 提督は別に驚きはしない。なにを隠そういつもの事だから。

 

 提督の上に座った山風は何かを言おうとするが、口をまた閉じてしまう。提督は何も言わない。下手な手助けは、山風が欲しい物を掴む邪魔だてになるから。だから、彼女の言葉を待つ。少しずつ勇気を出すことが彼女には必要だから。

 

 何度も小さく口を開いては閉じを繰り返しながらも、段々と開ける口を大きくし、そして――

 

「か………『構わないで』」

 

 彼女の言葉を始まりの合図に彼にとって今もっとも欲しい刺激を獲れる時間が始まりを告げる。

 

 

 

 『構わないで』。それは山風が素直になる為の捻くれた呪文。

 

「頭を……撫でないで」

 

「わかった」

 

 提督は山風の頭に手を置いて、わしゃわしゃと撫でる。山風の要望とは真逆の行動。だけどそれは、山風が望んだ事。

 

「頭をポンって……しないで」

 

「ああ、いいさ」

 

 何処か気持ちよさそうに目を細める山風から出た次の拒絶の言葉は、頭を優しくポンと叩いて欲しくないと言うもの。提督は肯定とも否定とも受け取れる曖昧な言葉を紡ぎつつ、撫でる動作を止めて頭をポンポンと優しく叩く。

 

「んっ…」

 

 山風は目を瞑って、提督からの柔らかい刺激を堪能する。

 

 もう何となくお察しであるとは思うが、『構わないで』と言うのは真逆の意味だ。言い直すなら『構って欲しい』という事。

 

 基本的に暗くダウナー気質な山風は着任当初から素直に甘えると言う事が出来なかった。

 

 それ故、着任したての頃は、他の駆逐艦娘程には人気の頭を撫でると言う行為を素直に受け入れてくれなかった。

 

 それから、距離感を掴みそこなり、山風とどうにか親睦を深められないか思い悩んでいた提督だが、ある日の仕事終わりに山風が執務室にやってきて言ったのだ。『素直に甘える事が出来ない』と。

 

 山風は自己評価が低い。彼女の『放っておいて』と言う発言の源はそこから来ているのだろう。

 

 でも、そんな彼女が言って来た言葉の真意を汲むとしたらこの意味になるだろう。『素直に甘えてみたい』という事に。

 

 だから、彼は提案してみたのだ。少しずつ彼女が素直に言葉を紡ぐために『嘘をつくことを』。

 

 誰も見て居なければ彼女も素直に甘えることが出来るだろう。それで素直に甘えられないのなら、本心とは逆の事を言って少しずつ慣らすと言う算段だ。

 

 最初こそ、嘘とは言え本心とは逆の事を言うのには気恥ずかしさと抵抗があったようだが、今では嘘とは言え本心をいう事が可能になって来た。

 

 今は二人っきりの時の山風の言う『構わないで』は、嘘をつくための時間の合図になっている。

 

「ぎゅって……抱きしめないで」

 

 次の要望が来た。山風の要望を叶える為に背後から山風の小さな体を抱きしめる。白露型の中でも幼い体系故か体温はちょっと高めで、抱きしめていて心地良い。

 

 山風は提督の腕を掴む。山風がここに居るともっと意識して貰える様に。

 

 これは刺激と言うよりは、癒しである事はわかっている。山風は猫の様なウサギの様な性格なので、彼女の事を少しずつ知ると愛らしさを覚える。

 

 それに、

 

「提督………」

 

「んー?」

 

「………好き。その………嘘じゃないから………無い……から…!」

 

「んっ。俺も山風の事、好きだよ」

 

「ふふっ……」

 

 山風の声は喜色に弾んでいる。こうやって少しずつ本心を出してくれているのだから、提督としても嬉しい限りである。

 

 刺激も関心も失っていた提督を救ったのは間違いなく山風だ。だから、本日も提督は山風を『構わない』のだ。

 

 そのまま一時間、提督は山風との『嘘つきの時間』を堪能した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。