誰かが何かをするだけの話   作:なぁのいも

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 ロマンチックに仕上げようとして失敗した感が凄いです。それと、そんなに甘々じゃないです。

 最近はキスとか好きとかの言葉を余り言わせずに甘くさせる事に挑戦中です。


翔鶴と夜の砂浜で過ごすだけの話

 一日が終わり、もう翌日になると言う頃合い。

 

 鎮守府に居る殆どの艦娘、職員、士官は眠りについている時間帯。

 

 その時間帯の個室で一人で布団の上でゴロゴロと限りある時間を贅沢に使っている人物が一人いる。

 

「…寝れねぇ」

 

 その人物とは鎮守府に居る艦娘を纏める人物である将官である提督と言う立場の人間である。

 

 一日の仕事を問題なくこなし、僅かな自由時間を堪能し、いざ眠ろうとしていたのだが、結果はご覧の有様。寝相を変えたり、枕の高さを調節したり、部屋の空気を換えてみたりと試したが全滅。

 

 結果、二時間近くこの眠るに眠れない拷問の様な時間を過ごし現在に至る。

 

「どうやって寝るんだっけ…」

 

 自分の身体は眠りを忘れたように休息につこうとしない。

 

 普段している寝方に習うように瞳を閉じて無心になったり、よくある入眠方法を試したり、最終手段として携帯端末で動画を見て目を疲れさせる等も試したが効果を発揮しない。

 

 寧ろ、最後の手段に関しては逆に目を冴えさせてしまった。

 

「………」

 

 何となく横たわったまま手を伸ばす。伸ばした先には何もないのだが、気まぐれに手を伸ばす。

 

 あるのは少しだけ小麦色の自分の肌と少し伸びた爪がある指。

 

 他には何もないので、すぐに手を引っ込めようともしたが、今度は仰向けになって自分の片手を天井に向かって伸ばす。今度は薄暗い電灯が彼の手と重なる。

 

 何も面白みを感じられない、何の意味も持たない行為。だけど、彼は某と無意識に自分の手と伝統を見つめ続ける。

 

「爪、切んないといけないか」

 

 誰かに触れたときに傷をつけて文句を言われても困る。が、今は真夜中。この時間帯に爪を切るのは縁起でも無いので切るのは止す。そう言った都市伝説的な教えを本気で信じている訳でないが、今自分達が身を置いているのは多少のゲン担ぎも必要だからだ。

 

 結局何もする事が無くなり、腕を引っ込めようとした所で自分の腕の一部が白い事に気が付く。その理由は光が腕の一部を照らしていたからだ。

 

 寝っ転がっていて重く感じる上半身を持ち上げると、窓からの光が薄暗い部屋の片隅を照らしている事に気が付いた。

 

――カーテン閉め忘れたっけな?

 

 普段はカーテンを閉めて外からの光をさえぎって寝ているのだが、本日は蒸し暑く、窓を開けて寝ていた事を思い出す。

 

 二時間の内に緩く閉めていたカーテンが風で少しずつ動いてたのだろう。

 

 カーテンを閉め忘れた事が原因かもしれないと考え、カーテンを閉める為に起き上がりカーテンに手を掛ける。

 

 四つん這い窓まで向かいカーテンに手を掛けた所で彼は手を止めてしまう。

 

 それは、窓に映る景色に目を奪われてしまったからだ。

 

 真っ暗な空に浮かぶ妖しさを感じる三日月と、朝の明るめな青からは想像できないくらいの蒼い海。そして、太陽を反射する白波の白さを吸収しつくしたような月の光を吸いとる訓練と夏季の遊戯に使われる砂浜。

 

 朝の明るさからは想像できない暗い雰囲気を纏うが提督の目を奪って返さない。

 

――夜の砂浜も面白い魅力があるんだな

 

 ほんの数秒か、それとも何分か、提督はその景色に見惚れ、眠る事をいつの間にか忘れていた。

 

「…ちょっと散歩するか」

 

 眠れないし丁度いい気分転換になる。

 

 自分に言い聞かせるように理由付けをし、妖しい美しさを持つ雰囲気をより間近で堪能する為に、提督は寝間着姿で私室から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 暗く何処か神秘的な風景に誘われて提督が向かうのは月に照らされた真っ白な砂浜。

 

 外の空気を吸って気分を変える散歩がてら先ほどから気になっていたその場所へと足を運ぼうとしていたのだった。

 

 ――うん。やっぱりいい気分転換になるな。

 

 最近は温かくなりつつあるが、夜になると流石に気温も下がって肌寒さを感じる。

 

 眠れなかった提督にとってその刺激は新鮮で、少しばかり目が冴えてしまうのも仕方がないだろう。

 

 眠れなくて刺激を求めた自分。昼間の砂浜とは違う白さを持つ砂浜を歩く。闇を物質化したような海を眺める。そして、それらを平等に照らす三日月。いや、月は三日月では無い。よく見ると雲に隠れているだけであり、本当は満月に近い月なのだと砂浜に向かう途中で気づいた。

 

 ともかく、誰もが寝静まっている時間帯に一人で出歩く背徳感を子供の様に心まで味わう為、月を眺めるに丁度いい場所を探して砂浜を歩く。

 

 が、その一人の背徳感は残念ながら無くなってしまう。

 

 その理由は提督が見つめる先に先客が居たからだ。

 

 夜の帳が下りた世界。その世界にある砂浜にポツンと一つの座り込んでいるようなシルエットがあった。

 

 そのシルエットの正体を確かめるため、提督はそのシルエットの元に歩み寄る。

 

 近づくたびにそのシルエットのヒントが浮かび上がる。

 

 赤く短めのスカートに白い服、よく見ると道着か。それと、スカートの下から覗くのは黒いニーハイソックス。これだけの情報だとまだまだ人物の候補がありそうだが、すぐに答えが出てしまう特徴は一瞬で理解していた。それは、海風にたなびく銀色の長い髪。

 

 この服装と特徴的な髪を合わせて考えるにそこから出る答えは決まってくるだろう。

 

 件の人物とは後五メートルも無い地点で、その人物が提督の方に振り向くと、少しばかり困ったような笑顔を浮かべて挨拶を述べる。

 

「その…こんばんは提督」

 

「…こんばんは翔鶴」

 

 先客こと、翔鶴に提督も何処か気まずそうな表情で挨拶を返す。

 

 普段なら二人とも寝静まっているような時間帯に提督と翔鶴は出会った。

 

 

 

 あの後、提督は翔鶴の隣に腰を下ろして月を眺めていたが、互いに何も語ることなく翔鶴も月を眺める事に専念したいた。

 

「なぁ、少し歩かないか?」

 

 このまま穏やかな沈黙の空間を保っていてもよかったのだが、何となく提督は翔鶴と砂浜の散歩をしたくなった。

 

「ええ、私でよければ構いませんよ」

 

「私でよければも何もここには俺達しかいないだろうに」

 

「ふふ、それもそうでした」

 

 何てことの無い会話でも翔鶴は可笑しそうに微笑んでくれる。提督も翔鶴に釣られて小さく微笑む。

 

 提督から先にたちあがり、翔鶴に手を差し出して促す。提督の意図を察した翔鶴は提督の手をとって立ち上がる事を手伝って貰う。

 

 手を掴まれた提督はと言うと、翔鶴を立ち上がらせる為の力を込めすぎてしまい翔鶴が若干飛び上がるように立ち上がる。

 

「きゃっ?!」

 

 砂浜に足を飲まれた翔鶴は軽くバランスを崩して前のめりに倒れそうになるが、提督が肩を支える事で事なきを得る。

 

「あ、すいません提督」

 

「悪いな、軽い眠気で力加減が…な」

 

「そんな事言って、わざとやったんじゃ無いですか?」

 

「上官を疑うのは感心せんな」

 

「もう…意地悪な人」

 

 軽い抗議の声を上げる翔鶴を無視して提督は、一足先に歩き出す。

 

 翔鶴は少しばかり不満そうな顔を浮かべるが、すぐに表情を戻して海側の方の提督の傍らを歩く。波うち際を歩いている提督が濡れてしまわないようにと言う彼女なりの配慮だ。

 

 翔鶴が傍に来たことを確認すると、何気なく提督は話題を振る。

 

「どうしてここに来たんだ」

 

「何だか眠れなかったんです。それで何気なく窓を見たら、綺麗な景色が見えたので」

 

「そうか、俺も同じような理由でここに来た」

 

「あら、奇遇ですね」

 

 ここから先ほどまで黙って月を眺めていた事が嘘のように、二人から代わる代わる話題が出る。

 

 互いの仕事の事、最近の楽しかった事、鎮守府での思い出、最近の気になる事。

 

 何故互いに黙ってたのか、互いにわからないくらいに会話に花が咲く。

 

 くだらない話で笑い、難しい話には互いに頭を悩ませ、悩みには真摯に向き合い。

 

 会話が楽しくなると互いに歩みは遅くなり、立ち止まる。

 

 最初に立ち止まったのは提督だ。

 

「どうかしましたか?」

 

 突如立ち止まった提督に翔鶴は不思議そうな表情を浮かべる。

 

 翔鶴は気づいて無いが提督が立ち止まったのは、翔鶴が丁度月と同じ軸に居るような位置。もっと言えば、翔鶴の真後ろに月がある位置だ。

 

 ふと翔鶴の方を見た提督は翔鶴と月が織りなす光景に立ち止まってしまったのだ。

 

「提督?」

 

 反応が無い提督に困ったような表情を浮かべるが、相変わらず提督からの反応は無い。

 

 月に照らされた翔鶴は何とも神秘的で、彼女の双眸は月が宿ったかのように神々しく、その銀髪は月の光を編んだ芸術品の様。大げさかもしれないが、さながら月の女神がこの場に舞い降りたような神秘さの絶景。

 

 だが、その神秘さは彼の心に不安の影を落とさせ、狂わせる。彼は何故かこう思ってしまったのだ。翔鶴が月に攫われてしまうのではないかと。

 

 翔鶴は昔、仲間を庇う事が多かった。庇う度に、「私は運が悪いですから」、「私より作戦続行に大切な人が居ますから」と自分が犠牲になる事が当たり前のように言っていた。

 

 だから、その度に彼は翔鶴に言い聞かせた。「欠かせないから翔鶴を入れたのだ」、「運が悪いのは仕方ないが、運が悪い振りをして庇いに行くんじゃない」、「お前が大切じゃないと思っていても俺にとってお前は大切だ。皆だってそうだ」と何度も何度も言い聞かせた。

 

 提督や皆の説得もあり、翔鶴は自己犠牲に走るどころか、率先して指揮を執るようになり改善し、大切だという事は翔鶴をいち早く改二にし、最高練度にさせると言う結果を示し翔鶴に完全に解らせた。

 

 それでも不安になってしまう時があるのだ。翔鶴がどこか遠くに行ってしまうのではないかと。

 

 普段はそれを隠しているのだが、夜の暗さと月の光が彼の闇を浮かび上がらせ、行動に移させる。

 

「きゃあ!」

 

 提督は飛びつくように翔鶴に飛びつく。翔鶴は突然の衝撃に準備が出来ず、そのまま砂浜の上に倒れ上半身は波に軽く浸る。提督の寝間着も波がはねたせいで水っ気を帯びる。

 

「どうしたんですか提督?!」

 

 抗議の声より、提督を心配する言葉が先に出る当たり翔鶴らしいと心の片隅で思いつつも、彼は月に暴かれた闇を吐露する。

 

「さぁ、どうしたんだろうな…翔鶴が月に攫われるとか馬鹿な事考えてさ」

 

「えっ…?」

 

 余りにも突拍子もない言葉に翔鶴は目を丸くする。提督は自嘲気味な笑みを浮かべると、名残惜しそうに翔鶴から離れ、項垂れながら座り込む。

 

 翔鶴も困惑した表情を隠すことなく、起き上がり提督の行動を伺う。

 

 顔を僅かに上げて、水も滴るいい女とは彼女の事を言うのだろうなと、海水で濡れた髪の水滴を滴らせる彼女を見て見惚れていたが、彼女が次の自分の行動を待っている事がわかり言葉を紡ぐ。

 

「昔から翔鶴は色々と危なっかしい所があったからな。いつも何処か遠くに行ってしまうんじゃないかって心配だったんだ。そんな思いが何故か今爆発した」

 

「提督…」

 

「だから、何故か思ってしまったんだよ。翔鶴が月に攫われて何処か遠くに行くんじゃないかって。俺が後悔しても取り戻せない位遠い場所へ。だから、今日は寝れなくてここに来たのかもな。翔鶴がどっか行きそうに思えたから」

 

 可笑しいと思うだろ、と何処か寂しそうに提督は笑いながら語るが、対する翔鶴はどこまでも真剣に聞いていた。

 

「何だよ…。馬鹿な事言ってるなとせめて笑ってくれよ」

 

「いいえ。思いません。寧ろ、嬉しいんです」

 

「何でだ」

 

「だって、提督がそれほどまでに私に気にかけてくれているって、大切にしてくれていると改めてわかったからです」

 

 おかしいと笑われるかもしれないと思っていた提督とは裏腹に、翔鶴は何処までも嬉しそうに提督に笑みを浮かべていた。

 

 翔鶴は提督の頬に左手を当てる。その手には翔鶴の体温だけでは無く、一か所だけ冷たい金属の感触がある。それは彼女との絆の結晶。提督が贈った大切だという証。

 

「確かに昔の私は危なっかしかったです。ですが、今は皆さんのおかげでそれは治ったと思います」

 

「……」

 

「ですが、提督はまだ心配してくださったんですね。ありがとうございます心配してくださって。でも、もう大丈夫です。貴方が大切にしてくれていると言う証がある限り、私は貴方の傍に居ますから」

 

 翔鶴は提督に向かって微笑む。その笑みはさながら、月の女神の様に美しい。

 

 女神の祝福によって提督にかかっていた疑念と言う狂気は解かれ、脱力してしまう。

 

「ははっ、そっか。その指輪が無くなれば翔鶴は離れていくのか。悲しいなぁ…」

 

「そ、そんわけないです!もう、真剣な場面なのにどうしてそう意地悪なんですか!!」

 

 先ほどまでの不安に駆られた表情は消え失せ、わざとらしくがっかりとした表情で提督が項垂れると、翔鶴は少しばかり涙目で抗議する。

 

 先ほどまでの女神の如き神性はどこへやら、今は頬を膨らませて抗議する年頃の一人の少女の表情だ。

 

「指輪が無くても私は貴方の傍に居ます。提督が大切にしてくださるように、私も提督が大切ですから」

 

「ん、ありがとう翔鶴」

 

 不安が晴れた提督の表情は明るく、艦娘達を指揮する者らしく太陽の様な心強い笑みを浮かべる。

 

 その笑みを直視した翔鶴は、暗闇の世界でもわかるほど顔を朱に染めながらも穏やかな笑みを返す。

 

 このまま至福の時間を過ごしていたい気持ちはあるが、時計はこの場に無く、現在の時刻がわからない上に月の位置から予測する限りもうそろそろ寝ないと本格的に明日の業務に支障をきたすだろう。 

 

 何より、自分のせいで濡れてしまった翔鶴もどうにかせねばならまい。

 

 二人は手をとりあって立ち上がる。

 

「いい加減、そろそろ寝るか。と言っても、濡れてるから俺の部屋でシャワーでも浴びてくれ」

 

「そうですね。この時間はお風呂もやってないですし」

 

「んじゃ、決まりか。風邪ひかないうちに行くか」

 

「ふふっ。よかったら提督も一緒に入ります?」

 

「…冗談だろ?」

 

「冗談じゃないです。最近忙しいですから一緒の部屋で過ごせてませんし、それに……そう言う時間も大切…ですから…」

 

 提督の寝間着の袖を小さく握り、翔鶴はまた顔を赤くしながらも消え入る様な声で確かに提案する。恋人同士の甘い蜜の様な時間をおくる事を。

 

「そうだな。うん。確かに必要だ。うん」

 

 翔鶴からのまさかの提案にそっぽを向きながらも提督は翔鶴の提案に同意する。

 

「ありがとうございます。では、行きましょうか」

 

 提督に腕を絡ませて提督の私室へと向かう二人を照らす月にはもはや狂気を暴く神秘性は無く、二人を見守るように穏やかに輝いている。

 

 余談だが翌日二人して風邪を引く事になるのだが、その理由は二人だけの秘密である。


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