『IS』二人目の未来   作:echo21

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会話文微増……?

くーちゃんは悪くない。
強かなお嬢様はお嫌いですか?




『IS』二人目の未来 07 セシリア・オルコット

 セシリア・オルコットは焦っている。セシリアの専用機である『ブルー・ティアーズ』は『BT兵器』の実働データを集約するための試験機だ。そのために武装が制限され、ライフルとビット以外の実弾装備がミサイルしかない。他の実戦配備型の『IS』に比べても拡張領域(バススロット)が少ない欠陥機と陰口を叩く者さえ存在する。

 

『スターライトmkIII』

 

 高出力の特殊なレーザーライフル。

 

『ブルー・ティアーズ』

 

 専用機の名前の由来になった遠隔誘導攻撃端末、別名の『BT兵器』もある。以下はビットと呼称。換装装備(パッケージ)によっては機体に接続することでスラスターとしても機能する。理論上の最大稼働時にはビームの軌道を操る(曲げる)ことが可能とされる。ビット端末は六機あり、四機はレーザー、二機はミサイルを撃つことができる。

 補足。ビット制御と機体制御を同時に行う難易度が高すぎるため、ビット制御時に本体(操縦者)が動けないことがある。

 

『インターセプター』

 

 接近戦用のショートブレード。

 

『BT兵器稼働率31%』

 

「なんの解決にもなりませんわね」

 

 セシリアは自機の情報を眺める時間を終えた。セシリアの『IS』適正、『BT適正』は共に『A』判定をもらっている。特に後者が評価されたために専用機を持った。理論値とはいえ『BT適正』が『A』判定以上であれば、『BT兵器』の最大稼働率で『BT偏光制御射撃(フレキシブル)』が可能となる。成功すれば、射出されるビームそれ自体を、精神感応制御によって自在に操ることができる強力な能力だ。祖国は期待している。セシリアは応えなければならない。

 

 列車の横転事故で両親を亡くし、群がるハイエナから家を守る手段は少なかった。オルコット家の幼い当主として相続した親の遺産を守るため、国籍保持を条件に代表候補になったことは後悔していない。セシリアを支えてくれる者がいたからやってこれた。それでも甘えられる者はいないのである。

 

 これまでに何度も挑戦しているが、セシリアは何の成果も得られないままに汗だけが流れていく時間に焦っていた。なにかひとつ、些細なことでもいい。きっかけのひとつでもあれば……。

 

「グチですわね。お風呂にでも入りますか。少しでも気分を変えないとやってられませんわ」

 

 ササッと風呂に入ったセシリアは談話室へ足を向ける。これはまた珍しい。夜は自室から出ない楓がいた。楓がひとり。なにかあったのかしらとセシリアは記憶を探るも、目の前にいるのだから訊けば早いと切り替える。

 

「ちょっとよろしくて?」

 

「ああ。セシリア。紅茶でも飲むかい?」

 

「ええ。いただきますわ。……それで、楓さん。なにかありましたの? おひとりでいるなんて珍しい」

 

「いや、なに。少しね。先に紅茶を淹れよう。待っててくれ」

 

 本当に珍しい。セシリアが知る楓は物事を柔軟に受け取るものの、自身の筋を通すひとだ。返答をわざと濁してからかうことはあっても、どもるような態度をとることはない。あった。確実になにかが。

 

「ええ。お待ちしますわ」

 

 セシリアは談話室にある簡易キッチンで紅茶を淹れる楓の背中をぼんやりとみていた。二人きりの談話室で置き時計の音が耳に入る。ふと気づけば、カップを差し出されていた。苦笑しつつも礼をいって口にしたら頭が冴える。思いの外、気が抜けていたようだ。セシリアは味の評価をせずに楓に笑いかける。無言で伝わるのも嬉しいものですわね。

 

「なんの話だったかな」

 

「あらあら。調子を取り戻したようですわね。なにがあったかは存じませんが、目処が立ったご様子。よろしくてよ」

 

「……セシリアは訊かないのか?」

 

「必要ですの? わたくしの耳にいれたいのならご自由になさって」

 

「敵わないな。……いい女だ」

 

 あら?

 

「ありがとうございます。わたくし、心配になってきましたわ。楓さんが無意味に褒めるんですもの」

 

「なるほどね。……ありがとう、セシリア。少し耳を借りるよ」

 

「ええ。どうぞ」

 

「イギリス、セシリアには悪いが……。ビットの有効利用を考えていた。自室は相方がうるさくてね。気分転換で談話室に」

 

「なんですって? ……楓さんは今、なんと仰いましたの? 詳しく聞かせなさい。よくって?」

 

「だろうな。説明するよ──」

 

 楓の『六合壱式』にある未完成のバインダーにビット、遠隔誘導操作システムを用いた武装端末を仕込む計画があるという。それを楓はどのような形にするのか悩んでいた。セシリアのようにオールレンジ攻撃を可能とする『ファンネル・ビット』を本命とし、『シールド・ビット』や『リフレクター・ビット』が対抗馬である。変わり種になるのは『ソード・ビット』に『フェザー・ビット』だろう。大穴として『ミサイル・ビット』まであるのだが、ミサイルは十分に武装してあるから却下している。

 

「それはまた、なんといえばよろしいので? さすがは『S.R.F.』といったところですし、我が祖国の上を容易く走るのですから、なにも言えませんわね」

 

「まあね。俺の空間認識能力は高いほうだが、セシリアのような並列思考は苦手だからさ。束さん特性のシステムによる半自動操作になるだろう。仕込んだとしても二機から四機がせいぜいかな」

 

「それでも驚異ですわ。……並列思考ですか。わたくしとしては空間認識能力を鍛えたいところですのよ?」

 

「セシリア、少し違うな。セシリアはライフル、ビット、機体制御と並列処理に思考を使っているだろう? マルチタスクだよ。それでだな。それぞれの特性上、制御には高い集中力が必要になるよな? そのうえでフレキシブルを目指すのだから、並列思考を鍛えるべきだよ。空間認識はあとからついてくるさ。もう、持っているからね」

 

「……それはまた、なんといえば」

 

 セシリアの悩みをついた言葉だ。

 

「セシリアに適正がある以上、ビットだけに集中力を使うのではなく、集中力そのものを均一化するんだよ。それが慣熟したらフレキシブル。その方向性でどうだ? 俺は今、ミサイルのマルチロックをマニュアル操作できるように鍛えているよ。これがまた、しんどくてね」

 

「ふふ、無謀なことをなさいますわ。わたくしの記憶が確かなら、初バトルで三十発以上は撃たれましたわよ? それはもう痛かったものです。責任をとっていただかないと」

 

「すまないが政府と相談してくれ。いい時間だ。おやすみ、セシリア」

 

「いい逃げ口上ですわね。それでは楓さん。また明日話しましょう。よくって?」

 

「穏便に頼む。いい夜を」

 

「ええ。いい夜を」

 

 片腕の楓の背中を見送る。男尊女卑の頃から家を盛り立てた母親を尊敬するセシリアは、婿養子になり、その立場に甘んじる父親が嫌いだった。ほぼ別居状態にあった両親が、他界したその日だけは一緒にいたことを今でも疑問に思う。あの日からセシリアの心に『理想の男性』が住み着いていた。屈強であれ、優雅であれ、なにかひとつ、セシリアが尊敬できる男でなければならない。

 

「そう。それがオルコットのため」

 

 

   ◇

 

 

 翌日。クラス代表の対抗戦が行われている時間帯にセシリアの心臓は高鳴り続けていた。学園の端にある『S.R.F.』に案内されたセシリアは、改良中である『六合壱式』を眺めている。案内をした楓はセシリアに待つように言って立ち去り、側に残る簪は膨れっ面だ。事情を聞いているセシリアでさえも監視されている気分になる。

 

「なんですの?」

 

「別に」

 

 これだ。セシリアに対して簪の態度が冷たいのには慣れない。何度話しかけても素っ気ないのである。理由はわかる。遠隔誘導操作システムだ。楓が提案して千冬が根回しをした結果、『ブルー・ティアーズ』に組み込まれることになったわけだから。

 

「不満ですのね」

 

「別に」

 

 またこれだ。簪の専用機は開発計画から改善されており、機体名も『六合弐式』へと変わっていた。未だに稼働すらできず、起動テストを繰り返す毎日だと聞く。遠隔誘導操作システムは簪発案の『山嵐』という、マルチロックオン・システムを凌駕しており、簪の機体に組み込まれる予定のシステムを外部に預けることが気に入らないのだろう。逆の立場であれば、セシリアでさえもそう思う。だからといって、そのままには出来ないのだ。

 

「このシステムがうまくいけば、わたくしも所属するのですからね。仲良く、とは申しませんが、お話は必要でなくて?」

 

 イギリスはセシリアを利用する。セシリアはイギリス政府を利用した。

 

「そう。わたしの都合はおかまいなし。男に嫌われるタイプ」

 

「なんですの?」

 

「わたしは多分、三番目だと思うから」

 

「……よく意味が」

 

「無様ね。わたしはあなたじゃないもの」

 

「わかりませんわ」

 

「お待たせしました。……クロエ・クロニクルと申しますが、なにかありましたか?」

 

「別に」

 

「いえ、ありませんわ」

 

 では、こちらへとクロエに案内された待合室でセシリアは深いタメ息を吐いた。最初からここへ通せばいいものを。

 

「緊張はとれた? さっきのわたしより、束博士の態度は強烈だから覚悟して。わたしは今でも博士の前に立ったら固まるときがある」

 

 腰をおろした簪がはにかむ。

 

「あら? あらあら。ありがとうございます。気を使わせたようですわね」

 

 セシリアが簪の隣に座ると同時に開いたドアは粉々になった。

 

「はいはいどーん! よくきたなゴミどもめっ。束さんだよぅん。くーちゃんはお茶だっ。かっくんは義手の調子を確かめてるから遅れるよんだっ」

 

 セシリアの向かいにあるソファに飛び乗った束は、くるくると回ってから倒れた。画面越しではない生の束の奇行。いくらかは誇張があると予想していたセシリアは、あまりにも斜め上の惨状であったために固まった。

 

「束博士。何徹?」

 

「ううん。八徹? だったかな? ……あれじゃん。束さんがテレビジャックしたとき、かっくんの動画も流したじゃん。左腕なくしたやつぅ。あのあとちーちゃんに怒られたからさぁ。お詫びの意味を込めて義手を用意したわけよん。急いで準備したからギミック仕込めなくて気に入らなかったから入学前にばーんしたわけ。そしたらまた怒られたわけよぅ。ちーちゃんにっ。だから待機形態にしろとかなんとかさぁ。いわれたけどね。機体は改良中だからここから動かしたくないすぃ。別の義手を用意したわけ。めっちゃバイブするやつ。すごぉくいい気持ちになる振動数を探してたら愉しくなっちゃってね。いろいろ、そりゃもういろいろ作ってたの。束さんは驚いたね。やるよ、凡人も。こればっかりは束さんでも大変だったからなぁ」

 

「博士が? いろいろ?」

 

「うん。いろいろだよぅん」

 

「……まことに残念ながら。束様は大人のおもちゃを作っていました。お茶です」

 

「待ってたよっ! ──ふぅ。美味しかった。おやすみなさいっ」

 

 起き上がった束はお茶を飲み干して倒れた。セシリアはゆっくりと簪をみる。首を振られたのでクロエをみた。タメ息を吐かれた。

 

「どうしますの?」

 

「そうですね。千冬様なら……。いえ、仕事中ですから楓様にお願いしましょう。呼んできますのでお待ちください。──そうでした。束様には触れないように願います。『S.R.F.』の所属メンバー以外は自動的に攻撃されますし、束様は寝起きが悪いのです。安眠妨害をすると殺しにきます。簪様はご存知ですが、オルコット様。殺されたくなければ触れないように願います。では、楓様を呼んできますので」

 

「……ぶっ、物騒ですわね」

 

「わりといつも通り。慣れて」

 

 クロエが黒い義手をはめた楓を連れてきた。束は寝たままだが、今日はセシリアとの顔合わせだけのため、起こさなくていいだろうとなる。楓の顔が明らかに億劫だといっていたが、『システムの準備は終わっていますが』というクロエと話を進めた。セシリアが呆気にとられている合間に、簪とクロエがシステムを組み込むことになり、束が準備していたシステムをインストールするだけで終わった。

 

 セシリアは祖国のイギリスとの格差に泣きたくなった。数日はかかると思っていた作業が数時間で済むのだ。セシリアは決意する。わりと物騒な場所ではあるが、ここに所属したい。『S.R.F.』で見聞きしたものを吸収し、色々と学べばより強くなれるだろう。これから先を見据えて、改めて自己紹介をしたセシリアは『なんでもお訊きください』といったことを後悔した。クロエが即座に訊いてきたのは『簪様からお嬢様は高笑いすると聞きました。本当なのですか? おーほっほっほと笑うのですか?』であり、クロエに教えた簪へバトルを申し込んだ。

 

 




次回『嘘』予告。

なん……だとっ?
バカなっ、教官が結婚ッ?!
覚悟はいいかッ? 私はできてるッ!

次回『わけがわからないよ』

この次も、サービスサービスぅ!


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