『IS』二人目の未来   作:echo21

1 / 17
短編? 連載になったよ。




『IS』二人目の未来 01 織斑千冬

 インフィニット・ストラトス。通称『IS』と呼ばれる発明は近代史を一変させた。俗にいう『白騎士事件』が発端となり、近代史における兵器では太刀打ちできないことを実証したからだ。

 

 国々はひとりで発明した『IS』を受け入れた。それはもう、誰が見てもわかるほどの手のひら返しで──。

 

 そして世界は、男女平等から女尊男卑へと向かう。量産もできない、女性しか扱えない欠陥兵器が最強という矛盾を抱えたまま、その変革は緩やかでなく急激であり、その反動を予測できる者は少なかった。

 

 兵器ではなくスポーツとして知れわたり、『IS』の世界大会である『モンド・グロッソ』で総合優勝を飾った、その頂点に立つ者に送られる称号『ブリュンヒルデ』の名を持った世界最強といわれる彼女であっても────。

 

「どうしてこうなった? あれか? 私が隠してたからいけないのか? いやいや、しかしだ。姉が殴りあいで稼いでる、殴りあいを教えているから心配するな。とかいえるか? いえんだろ。……生計を立てるためとはいえ、どうしてこうなった」

 

 彼女の名は織斑千冬。操縦者を引退してもなお、世界的に認められている『最強の女』だ。ただ歩くだけで様になる『ブリュンヒルデ』は疲れていた。つい先日だ。千冬の肩書がひとつ増えたのが原因である。

 

 世界初の『IS』を動かせる『男性』が誕生した。名は『織斑一夏』といい、千冬の弟なのだ。高校受験に向かったら『IS』を起動させて帰ってきた。受験を労おうした姉の気持ちは吹き飛び、手慣れた仕草でアイアンクローをプレゼントした。後悔はしていないが、反省しろといった千冬は混乱していたのだろう。それでも千冬は動いた。たったひとりの家族、弟の人生が決まるのだ。嘆く暇などなかったのである。

 

 それからは連絡に次ぐ連絡。マスコミを抑えるために、政府関係者を中心に連絡をいれていった。最終的にはモルモットを望む声を黙らせ、自身が教師として勤務する『IS』学園に入学させる手筈を整えたのだ。やりきった。私はやりきった。その日に飲むビールは格別であった。白い目を向ける弟にゲンコツをいれ、時間的な猶予を手にした千冬は安らかな眠りについたのである。

 

 あれから数日が経ち、世界は『二人目』を探し始めた。日本も例外ではなく、一夏に近いところから全国一斉の適性検査を行った結果、『二人目』が現れたのは三月末。検査に居合わせた『女性権利団体』が起こした不慮の事故で、左腕をなくした男は憔悴していた。身柄確保の意味を込めて『IS』委員会が千冬にぶん投げ、『IS』学園の入学が決定していた。強制入学させた弟の書類地獄から抜け出せた安堵から一転、『女性権利団体』への呪詛を吐いた千冬は疲れていた。ひとまず深呼吸をし、監獄のようなホテルの一室で会う男に意識を向けた。

 

「失礼する。貴様が八嶋楓か? 私は織斑千冬だ」

 

 楓の反応は鈍い。入室して向かい合った千冬は静かに息を吐いた。左上腕から下がないのは資料で知っていたが、ここまで無機質な瞳を向けられるとは思っていなかった。千冬がこぼした「大変……だったのだな」という言葉に、愚痴や文句、悪意すらぶつけてこなかったのである。

 

「俺が八嶋楓です。名前しか……名前しか残っていませんが、二人目だそうです」

 

「そうか。……そう、だったな。愚弟が起こしたことの結果がこれか。八嶋、本当にすまない。いくら謝っても変わらないが謝らせてほしい。すまなかった」

 

 高校入学を前に起動してしまった『IS』により、楓の戸籍は抹消された。一家離散に情報封鎖。楓が好きな田舎町から、楓の痕跡は消されている。頭を下げ続けた千冬に楓は笑いかけた。

 

「織斑さんが悪いとか、憎いとかは思ってません。ただ、どうして? とは、思います。謝ってくれたのは織斑さんだけですよ」

 

「本当にすまない。何かあれば助力したいと思うが」

 

「謝罪は受け入れます。受け入れますので、その、相談を」

 

「いくらでも乗ろう。今日一日、時間を空けてあるからな。愚痴でも何でもいい、話してくれ」

 

「ありがとうございます。俺の今後を考えたんですけど、聞いてくれますか?」

 

「ああ。いくらでも聞こう」

 

 二人の話し合いは数時間に渡った。幸せな家族から未来を奪ったことを強く実感した千冬が謝り、今からでも幸せな未来を目指すといった楓が眩しかった。千冬の疲れを感じ取ったのか、他愛もない話を混ぜてくる楓に千冬は頭が下がる思いだった。どこか楽し気な会話の中、楓が言いづらそうに「気を悪くしたら謝りますが」と、不安気な顔をしたことが千冬には可笑しかった。イタズラがみつかった子供のような楓に、女を捨てたはずの自分が感じた気持ち……母性本能を刺激した事実に笑い声をあげた。

 

「そんなに笑わなくても」

 

「いや、すまない。可愛くてな?」

 

「な? じゃありませんよ。……いいです」

 

「いやいや、聞こう。聞こうじゃないか」

 

「まったく。いつもこうなんですか? 千冬さんさ。年下をからかうのは趣味が悪いとしか」

 

「いや、な? ここのところ疲れていてな。今は楽しい時間なんだ。楓の反応が可愛いのが悪い」

 

「嬉しくありませんね。まあ、いいですよ? 千冬さんみたいな綺麗なお姉さんは好きですから」

 

「ほう。嬉しいことを聞いた。婿にきてくれ」

 

「残念ながら無理です。というか、二人目は結婚できるんですか?」

 

「そうか。そういう問題もあったな。許せ」

 

「千冬さんさ。オヤジくさいですよ? 乙女心はいずこに?」

 

「両親と一緒にいなくなったよ。楓に彼女役を譲ろうじゃないか」

 

「政府と掛け合ってから出直してください。じゃなくて、盛大に脱線したので戻しまあす」

 

 千冬と楓が笑いあう。時折のぼる黒い話題を茶化しながらも、お互いに貯まっていたストレスを吐き出していた。不思議な気分だと思う千冬は知らないが、楓は聞き上手である。ご近所の井戸端会議に躊躇なく入り、娘の婿に欲しいといわれた男なのだ。この手の話術はお手の物。

 

「ああ。笑った。……それで楓。何だ?」

 

「いやいや、『IS』は宇宙用のパワードスーツですよね? ならですよ。同じモルモットなら、宇宙飛行士? そんな感じのモルモットになりたいです」

 

「いやいや、楓? それでいいのか?」

 

「いやいや、千冬さん。どっちにしろ、モルモット的な扱いから逃げられない。それなら、未来に向かってモルモット! ダメ?」

 

「いやあ。ダメとはいわんが……そうか、宇宙か。少し時間をくれ。ひとり、詳しいのがいるから訊いてみよう」

 

「いるんですか? お願いします」

 

 千冬の心当りは悪友だ。天才的な天災の『篠ノ之束』である。『IS』の発明者であり、千冬にとっての幼馴染みだ。束は宇宙に行きたい夢の足掛かりとして『IS』を発明し、我が子のように扱っている。それを兵器としてしか扱えない世界に嫌気がさして雲隠れしたといわれている。身内以外をゴミという束と連絡を取り合うには千冬を経由するしかない。だからこそ、ブリュンヒルデの発言と立場を重くしていた。最初の男性操縦者が千冬の弟でなければ、楓の苦労を一夏も経験していただろう。

 

(だからと言って、宇宙のモルモットか)

 

『もすもすひねもす。束さんだよぅん。ちーちゃんから電話してくるなんて、愛が溢れちゃうぜぇ』

 

「死ね」

 

『嫌だ! そんでそんで? どしたのちーちゃん? 告白? 愛の告白?』

 

「それはないから安心しろ。束。お前は今でも宇宙を目指しているのか?」

 

『ほへ。なにいってんのさ。束さんの夢だよ? 行きたいに決まってんじゃん』

 

「楓がな? 宇宙のモルモットならと」

 

『ちょいちょい待ってよ、ちーちゃん。意味がわからないよ? 楓って誰さ』

 

「うん? 知ってるだろ? 二人目の男性操縦者だ。それでだが」

 

『うぇいうぇい。だから待ってよ、ちーちゃん。二人目なのは知ってるよ? なしてそこまで仲が良さげなのさ? 束さんは気になっちゃうなあ』

 

「ああ、そうだったな。すまんすまん。楓が思いの外な? 可愛くてだな。……いや、うん。あれだ。八嶋の話をしよう」

 

『はーい! なんていうかっ。なにさっ。束さんの前でノロケ? お気に入り? 殺したほうがよさ』

 

「殺すぞ束。楓には手を出すな」

 

『うぇい。マジな声だよ、ちーちゃん。そんでなに? 宇宙のモルモット?』

 

「ああ、そうだったな。八嶋がいうには──」

 

 部屋の外で話していた千冬に隠れ、窓から侵入していた束は楓の前に立っていた。機械な兎耳をつけたうえに、エプロンドレスを着た束の登場に楓は困惑していた。束の静かにというジェスチャーに頷き返すものの、束が差し出した──ちーちゃんと電話中なう──紙をみて、千冬がいう宇宙に詳しいひとだと思った。

 

『ほうほう。それなら訊いてみよう。宇宙に行きたいかー』

 

『行きたいでーす』

 

「うん? 今の声は……」

 

『でもでも、どうするん? ロケットで行くだけ行くのかな?』

 

『ああ、『IS』コアが不思議エネルギーですよね? こう、連結して宇宙戦艦とかできませんか?』

 

「な、なあ、束」

 

『なある。『IS』の宇宙戦艦ね。ばびゅーんと行くの? 行っちゃうの?』

 

『行けるなら? まあ、行きたいでーす』

 

「楓の声……束と」

 

『いいねぇ。コアのエネルギーかぁ。そんでなに? 宇宙飛行士?』

 

『ですです。宇宙飛行士。操縦者のモルモットなら、そっちもモルモットしたいです』

 

『うーん。なら、かっくん! 飛ぼうか!』

 

『飛びますか!』

 

「おいこら馬鹿共っ!」

 

 部屋に飛び込んだ千冬に満面の笑みで返す束と楓がハイタッチを交わす。束が千冬に向かって『ねえねえ今どんな気持ち? どんな気持ち?』とやるもんだから、束をアイアンクローで沈めた千冬に楓が謝罪する。

 

「まあいい。話し合おうじゃないか」

 

『あっはい』

 

 こうして日が暮れても話し合いは続き、学園生活の三年間で宇宙飛行士の訓練と知識を身に付ける計画が立てられた。

 

「かっくんかっくん。ちーちゃんと結婚するの? 家事できないよ? 大丈夫?」

 

「おい束!」

 

「一緒にやればいいじゃないですか。それに苦手分野があるのは可愛い?」

 

「ほっ、ほらみろ束。お前よりも先に結婚するから、お前もいい相手を探せ。もちろん一夏以外でな」

 

「なにさなにさっ。束さんより先に結婚なんてさせないからねっ。かっくんは束さんが貰ったよっ。モルモット的な意味でっ!」

 

「やらんわ!」

 

「おおう。モルモットからモテ期。まるで意味がわからないよ」

 

 最強と天災の女が取り合う未来が決まった楓は、とても楽しそうな笑みで二人に礼をいい、これからの未来に思いを馳せていくのであった。

 

 




追記。一部修正。

なぜかブクマされとる。書けというのか(汗)

気が向いたので『連載』します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。