東の剣聖   作:トクサン

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交差する国々

「さて、将来の嫁さんの為に頑張りますかね……」

 

 翌朝の早朝。

 一睡もせずにカレアの看病と見張りに徹した兼善は、ぐんと空洞の外で背伸びをする。差し込む朝日が眩しい、この日は幸いにして天気は良く雪も降っていない、気温も心なしか暖かく感じた。

 

 未だにカレアは目を覚まさず、相も変わらず夢の中だ。随分良い夢を見ているのか時折小さく笑みすら浮かべる、まぁうなされるよりは良いだろうと兼善は苦笑いを浮かべた。

 睡眠不足は頭に薄い靄を掛ける、それは思考を鈍らせるが致命的な程ではない。何より戦場ではゆっくりと睡眠を行う時間すら無かった、敵襲に叩き起こされる事等ザラにある。一徹や二徹程度では兼善のポテンシャルは何ら損なわれない。

 

「まずは荷の回収、食料の調達、薬は最優先だな」

 

 兼善は昨夜の内にまず銑鉄の荷の中からテントを取り出して洞窟の入り口に設置した、風除け兼カモフラージュの為だ。テントの上に雪を振り掛ければ遠目には同じ白色にしか見えない。

 兼善がこの場を離れる以上、カレアはトロールの襲撃などから身を守る事が出来ない、それを未然に防ぐ為だった。最悪発見されたら銑鉄に蹴り飛ばせと命令してあるが、果たしてどこまで理解しているか分からない。

 

 外に出ていた兼善は、銑鉄の荷の中に入っていた小袋を取り出す。その中に入っているのは磨り潰された銀杏。それを空洞の広範囲にばら撒き、魔払いを行った。魔の国の兵士は例外なく人間より鼻が良い、だからこそ嫌な臭いのする場所には近づかないという習性がある。銀杏は東の国にしか成らない不思議な実だ、強い匂いを発するがソレが何であるか分からない以上不用意に近付く事はあるまい。

 兼善は小袋を雪で洗うと、どうか見つからない様にと仏様に祈ってから出発した。

 

 馬の場所は分かっている、昨日の内にカレアを探索しながら樹を傷付け印としていた、兼善はそれを辿るだけで良い。時折周囲の気配を探りながら進むと、兼善は比較的簡単に馬を見つける事が出来た。空洞から歩いて五分と経っていない。

 馬の状態は昨日と変わりない。

 もしかしたらトロールが荷を発見し奪われてしまうかもしれないと危惧していたが、どうやら杞憂だったらしい。兼善は内心でホッと安堵しながら馬の荷を解きにかかった。縄はカチカチに凍っていたが、小刀の柄で打ち付け解す。

 数度ほど縄を打つと、表面を覆っていた氷が割れ縄が緩んだ。

 

「……食料は、大丈夫だ、飲み水もある、薬も石鹸も、ランプは――あぁ良かった、まだ使えそうだ」

 

 縄を解いて中を覗き込みながら無事を確認する、ランプはガラス部分に少々亀裂が入っていたが問題無い、十二分に使える。食料や水、薬や石鹸、衣服と言ったものも問題無く、特に損失らしい損失も無い。

 兼善は一通り確認を終えると、荷を全て持ち帰る事に決めた。壊れていたり、駄目になったものはこの場に埋めていくつもりだったが、どうやら大丈夫そうだ。

 馬に括りつけていた縄を自分に掛け、少々不格好ながら荷を背負う。兼善の体と同じ位大きい荷は凄まじく重い、比較的軽い人間を二人程背負っている様な重量、しかし弱音を吐く訳にはいかない。

 

「ふぅ――んぐッ!」

 

 屈んだ状態から一気に立ち上がり、荷物を背負って歩き出す。立ち上がる時こそ凄まじい脚力が必要だが、一度歩き出してしまえばこちらのものだ。剣聖の名は伊達ではない、体は余すことなく全身鍛えられている。

 兼善は来た時とは違い、随分遅い足取りで進む。

 足元の雪が邪魔臭い、下手に転ぶと荷物の下敷きになるのでどうしても慎重にならざるを得なかった。

 

「今は来るなよ、トロール、絶対来るんじゃねぇぞ……フリじゃないからな、絶対だぞ」

 

 ブツブツと呟きながら、兼善は周囲を警戒する。流石にこの重量の荷を背負いながら戦闘など考えたくもない、攻撃は防げるかもしれないがマトモに戦う事は無理だ。

 

 兼善の願いが通じたのか、或は不気味な人間に近付く事を躊躇ったのか。

 兼善は特に何の障害も無くカレアの元へと帰還し、その大量の荷を奪還する事に成功した。これで暫くは飢えを凌げる、兼善の荷の殆どはテントで占められていたから。

 

「良し……」

 

 荷を空洞の中に持ち込み、地面に下ろす事で一息吐く。どうやら何者かが近付いた痕跡も無い、銑鉄もカレアの護衛を請け負ってくれている様だ。

 兼善は一度銑鉄の頭を撫でると、カレアの元に屈みこんだ。未だ目を覚ます様子は無い、どれだけ深い眠りにあるのか。

 

「――剣聖にここまで看病させるとは、贅沢な奴め」

 

 カレアの柔らかい頬を指で突き、緩く笑う兼善。

 まぁ将来の嫁さんの為に馬車馬の如く働く所存だ、可愛いカレアの為なら何でもござれ、甘々のドロドロの自分無しでは生きられなくなる程に甘やかしてやる。

 

 そう思っていた兼善は、しかし、その笑みを不意に引っ込めた。

 

「カレア……?」

 

 顔を顰める兼善、突いた指先から伝わる体温が余りにも高い。顔をよく見てみれば、心なしか頬が上気している様にも見える。

 慌てて額に手を当てれば、驚くほどに高熱を発していた。無理が祟って熱を出したか、昨日一時間近く雪に埋もれていた事が引き金になったのだ、そう思った。

 敵地で病に罹るなど、致命的だ。

 

「薬――まずは、そう、薬だ、えぇと、あと食事と水と……あぁクソ」

 

 兼善は慌てて立ち上がり、先程回収した荷の中から薬の入った小瓶を取り出す。瓶にはラベルが張っており、その中から熱に効くものを選んだ。薬は丸薬で三十粒程が中に入っている、食事を先に摂らせた方が良いか――兼善は小瓶と飲み水をカレアの傍に置き、自分の荷の中から米を持ち出した。

 残りはもう少ないが、こんな時に出し惜しんで何時使うのか。

 取り出したアルマイトの容器に水を注ぎ、昨日から定期的に燃やしている焚火に火を点ける。しかし薪が不足していた、取り戻した荷の中に在る乾いた枝をあるだけ放り込み、兼善は再び薪集めに奔走する。

 熱を出したならどちらにせよ、明日明後日に出立は出来ない。

 

 いっその事、樹でも切り倒して薪を作るか――?

 外に飛び出した兼善は、周囲を見渡しながらそんな事を考えた。

 しかし、刀で樹を伐採するなど聞いた事が無い。

 十中八九刃毀れして使い物にならなくなるだろう、しかしチマチマ枝を集めた所で大した燃料に成らないのも事実。薪は有限だ、こうしている間にも消費され続けている。

 

「細い奴なら、いけるか……?」

 

 兼善は自身の背より僅かばかり大きい、三メートル程の細身の樹に目を付ける。兼善が片手で八割握れてしまう程度の太さしかない、骨よりは太いが周囲の大木と比べれば雲泥の差だ。丸太が出来る様な大木は無理だが、これなら或は。

 無論、それでも断つのは困難。

 人の体を真っ二つにする事は造作もないが、中身がギッチリと詰まった樹を斬るのは至難の業。少しでも加減や入刀角度を誤れば刃が毀れる、或は柄が緩むのが先か。

 

「やるか、やらないか――否、やるのだ」

 

 カレアに暖を取らせるために薪は必要、それも大量に。

 ならば何を迷う事がある、最悪打刀が折れても小刀があるのだ、ここで一本失おうがカレアの安全には代えられない。それに刃毀れするかは使い手の技量、骨断ちの技術を活かせば最小限の負担で済む、そう思い込め。

 

「ふぅ――――っ」

 

 兼善は覚悟を決め、腰を深く落とした。

 長く、長く息を吸う。

 戦場では呼吸を行う暇さえない猛攻に晒される事が多々ある、数分間の無呼吸運動などザラだ。その為兼善は体全体に酸素を行き渡らせ、一気に爆発的な力を得る修行を長年行って来た。

 

 敵の攻撃を防ぐ事――水の如く。

 敵を叩き斬る事――烈火の如く。

 

 防ぐときは消費酸素を最小限に抑え、一撃を入れる時のみに全力で消費に走る。兼善のソレを独特の呼吸法と練気で成していた。カレアが感じる噴き出した闘志とは、攻撃する時のみに見せる兼善の殺意そのものだ。

 刀を抜いた兼善は、刀身を腰の辺りに構え左手で刃の腹を撫でる。ひんやりとした感触、硬く無機質な温度、それは兼善の精神を戦闘時のモノへと高めていく。

 

「断骨一刀、一閃確殺、我が刃で断てぬモノ無し………断つ、断てる、斬れば断てる、斬って断つ、断たねばならぬ――断てぬなら死ね」

 

 過剰なまでの自己暗示、自分ならば斬れる、自分でしか斬れない。

 そう言い聞かせる事により兼善は必ず切れると思い込む――否、確信する。

 そして数秒ほどの暗示を終え、息を止めた兼善は目を見開き剣を奮った。

 

「―――」

 

 音は無く、息を小さく吐き出す震えだけが聞こえた。

 水平に振り抜かれた刀身は、空気を裂いて静止する。振るわれたのは一瞬、全身の筋肉と一呼吸全ての力を注いだ一刀。その一撃は常人では目にする事も叶わず。

 

 兼善が大きく息を吸った瞬間と、樹が倒れ込んだのは殆ど同時だった。

 ズンッ! と音が鳴り響き、続いて枝がバキバキと折れる音。雪を舞い散らしながら転がった樹を見下ろして、兼善は胸を撫で下ろした。

 

「はぁ……あぁ、やったぞ、斬ってやった――刀は大丈夫だよな?」

 

 樹を両断した打刀を光に照らすが、刃毀れした様子は無い。我ながら上出来だ、百点満点をあげたい、よくやった自分。

 後は斬った樹を適当な長さに分けて、再び両断し薪を作れば良い。振り下ろす型ならば横薙ぎに斬り裂くより容易だ、兼善は幾分か気を楽にして薪割を開始した。

 ストン、ストン、とテンポよく樹を切断する兼善。恐らく東の武士が見れば、その卓越した技術に舌を巻くか、何て事に武士の魂を使っているのだと怒るかのどちらか。

 無論、兼善にとってはどうでも良い事である。

 武士が美少女ならば這い蹲って謝罪するが、むさ苦しい男どもの価値観など髪の毛一本の価値すらない。美少女だったら別だが、美少女だったらな。

 

「これだけあれば、一日二日は大丈夫じゃないか……?」

 

 十分後、兼善の足元に並んだ薪の数々。

 その大きさは少々小さいが、大きな焚火をする訳ではない、あくまでカレアと兼善が暖を取るモノだ。節約して使えば余裕がある、兼善は両手に薪を抱えて空洞を往復し、全ての薪を運び込んだ。

 後は焚火の近くに薪を積み上げ乾燥させ水分を飛ばす。

 枝が全て燃え尽きてしまう前に、兼善はアルマイトの容器に米を放り込んで加熱を開始した。彼が作ろうとしているのは東の国で病人が食べる代表的な料理、御粥である。

 少しばかり多めに水を入れて炊いた米は柔らかくふやける、これなら喉も通りやすく食べ易い筈だ。味付けは塩だけだが、そこまで不味くはないと思う。

 

「カレア」

 

 兼善は数十分じっくりと加熱し柔らかくなった粥をよそい、カレアの上半身を静かに起こした。未だに意識は戻らないが、意識が無くとも腹は減る。カレアの荷の中からスプーンを取り出し、一口分の粥を掬って口元に運んだ。

 本当なら口移しで食べさせたかったが、それで自分も感染したら目も当てられない。これが敵地でなければ躊躇い無く実行したのだが、全く以て惜しい事この上無い。

 

「ん………ぁ」

 

 体が無意識に食事を求めたのか、或は匂いにつられたのか、小さく口を開けるカレア。兼善は内心で安堵しながら粥をカレアの口に流し込む。熱くない様冷ましながら、一口一口丁寧に。

 食事を摂れるのなら回復は早いだろう、兼善は時間を掛けて椀ひとつ分丸々カレアに食べさせ、容器の残りを昼に食べさせようと決めた。椀を雪で洗い飲み水の確保も行う、薪で雪を溶かしろ過するのだ。

 後は薬をカレアに飲ませ、そのまま焚火の近くに横たえる。上に自分の毛布も被せれば大分温かい筈。

 

「――カレアが起きるまで看病と食料調達、それと薪の入手か」

 

 カレアが一日二日で回復してくれるならば良いが、多く見積もって一週間ほどはこの空洞に留まる事になると兼善は考えていた。飲み水は問題無いが、そうなると食料が少し厳しい、ここで食料を多く消費してしまっては今後の侵攻に影響を及ぼす事は目に見えている。

 

 兼善が最初に思い浮かべたのは山草の存在だった。

 山脈と言うからには植物も多い、何よりこの地帯は万年雪が降ると言っても過言ではない。ならその環境に適応した食用植物があってもおかしくはない筈だ。

 問題は食べられるか否かの判別、兼善にはその知識が無かった。

 東の国の植物ならばある程度詳しいが、同じものが生えている可能性は低い。毒性のものを食べて敵地で動けなくなっては終わりだ、そんなリスクは承知出来ない。

 

「いっその事トロールとスノーポーンを狩るか……?」

 

 兼善は呟く。

 正直燻製には飽きたが、拠点で生活するならば生の肉を焼いて食ってしまえば良い。素早く消費するならば態々燻製にする必要も無いのだ、幸い調味料には香辛料の類もある、味付けには困らない。

 最近、肉ばかり食っている気がするが贅沢は言えない。

 寧ろ野菜ばかりよりはマシだろう。

 

 一つ手を叩くと、兼善は立ち上がって打刀に手を添えた。善は急げ、善かは兎も角飢えて死ぬ事は御免だ、特にカレアにはひもじい思いなどさせられない。夜になれば食糧調達は困難となる、ならば動くは今。

 横たわって荒い息を繰り返すカレアを兼善は見下ろす、それから汗で張り付いた前髪を払い、その額に接吻を落とした。今度は頬も紅潮しない、これは約束だった。

 

「【自分の見える範囲で幸せで在って欲しい】――そう言ったのは俺だ、例外は無い」

 

 兼善は下衆である、その自覚があり、それが自身の性だと受け入れてすらいる。

 しかし下衆は下衆でも、兼善は男児の魂まで売り渡した覚えは無い。美少女が苦しんでいる、助けを求めている、そして交わした約束があるならば――剣聖として讃えられた剣技を惜しみなく見せつけてやろう。

 

 ついでに黄色い声援を浴びたい、流石剣聖様ですって言われたい、美女に言い寄られたい。

 惚れても良いのよ? 寧ろ惚れて、お願いします。

 

 ともあれ長時間カレアを一人にする事は出来ない、此処は敵地であり護衛も無く寝ていられる場所ではないから。

 故に兼善は三十分と心の中で決めた、三十分、それで食料と薪を両方揃える。あればあるほど良い、敵を屠る為の剣を美少女の為に活かせるなら本望だ。

 

「待っていろカレア、直ぐ戻るからな」

 

 打刀の柄を握り、空洞を去る間際。

 兼善はカレアに微笑み、そう告げた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 カレアが薄っすらと意識を覚醒させた時、視界に映ったのは見慣れた光景ではなかった。ここ一ヵ月は殆どテントの暗い布が目覚めると共に視界へと飛び込んで来ていたが、しかし今カレアの目に見えたのはゴツゴツした石盤、テントの中ではない。

 その事に一抹の不安を覚えながらカレアは最後の記憶を手繰り寄せる、最後に自分は何をした、どうしてテントの中で目覚めない。

 見渡せる限りで目を動かせば、どうやら焚火が行われているらしい。炎の揺らめきが壁に影と光を形作り、この空間の外が夜だと分かる。自分は仮眠を取ったのだろうか、だとすれば何時(いつ)――

 

 駄目だ、思考が上手く纏まらない、寝起きの靄があるから? 違う、何か体全体が怠い、まるで鉛を塗りたくられた様だ。一体どうなっている、自分はなにをしたのか。

 

「か……ね、ょ……ま」

 

 ――兼善様。

 

 何故か全身が熱く、身動き一つ取れない。そんなカレアの脳裏に過ったのは全幅の信頼を置ける唯一の仲間、戦友、心の師、その名前を弱弱しく口にする。

 その名に反応する様に、カレアの手にピクリと何かが触れた。

 思わず声を上げそうになり、視線を直ぐ横にズラす。もしや敵の類かと警戒したが、その顔を確認するや否や胸中に安堵の感情が滲んだ。

 

 兼善がカレアの横で添い寝を行っていたのだ。自分の腕を枕にして、もう片方の手はカレアの手を握って横向きになっている。その枕元には愛用の打刀が置かれており、咄嗟の襲撃にも対応できる様に準備されていた。

 兼善の顔を見てカレアは安堵する、先程まで不安で一杯だった胸の内は一瞬にして晴れた。ここまで劇的に楽になるとはカレア自身驚きだった、それだけ心の支えにしていたという事なのだろう。

 兼善の顔を見て安堵したカレアは、ゆっくりと、しかし確実に記憶を掘り起こす。

 

 最後の記憶、二人で山脈に登り本道の偵察を行った、素晴らしい景色を目にしたのを覚えている、そしてその場所で自分は興奮して、確かトロールに……。

 

「ゎ……た、し」

 

 カレアは何とか上体を起こそうとして、失敗した。全て思い出した、その落下する瞬間も、落ちた後も。

 まるで体に力が入らない、まさか負傷したのか。

 しかし足も腕も感覚がある、強いて言うなら若干胸元に痛みがあるが、どちらかと言うと怠いという感覚の方が強い。痛みでは無く気怠さ、そして大して痛む箇所も無い。骨折なども経験した事があるカレアからすれば、喚きたく様な痛みを発する場所は一つも無かった。

 そこから導かれる答え。

 強い後悔、そして不甲斐なさ。

 

 カレアは思わず唇を噛む――どう考えても体調を崩していた。

 

 崖から落ちても辛うじて重傷は免れた、凄まじい奇跡だ、生きているだけでも儲けもの。

 しかしソレで体調を崩して寝込むなど間抜けの所業、何と無様な姿か。

 頭はガンガンと鈍痛が続き、全身を包む熱は寒くもある、発汗した手は兼善の温度もありグショグショだ。

 恐らく彼が看病を行ってくれたのだろうと、カレアは隣で寝息を立てる兼善に深い感謝の念を抱く。

 

 何とか首だけでも動かして周囲を見れば、空洞の中には積み上げられた薪と吊るされた燻製が幾つもあった。それにカレアの持ち込んでいたアルマイトの容器に、量の減った米とやらの袋。

 入口と思われる場所にはテントが不格好に設置されており、しかしソレが意図的に崩されたものだと気付いた。入口を塞ぐように遮光布が垂らされている、恐らく風除けと光を漏らさない為だろう。

 

 自分が回復するまで、此処を拠点とするつもりだったのだ。

 

 カレアは不意に泣きたくなった。

 敵地侵攻中に酷い負傷、昏倒、病を患った兵士は容赦なく切り捨てられる。軽い場合ならば治療を受け復帰する場合もあるが、カレアの様に動けなくなった場合は見捨てられて当然だ。

 風邪ならば軍全体に蔓延させない為、怪我ならば行軍についていけないから、昏倒はそれ以前の問題。

 

 それを兼善は決して見捨てず、あまつさえ看病し、此処に暫く腰を据える準備までしていた。その優しさと温かさがどうしようもなく胸を突き、思わず涙が零れてしまう。

 兼善という男はどこまでも暖かい男だった、優しい男だった、器の大きい男だった。

 剣聖という頂きに、至るべくして至った男だった。

 

 そんな人が自分に寄り添い、優しく接している、自惚れても良いのなら、兼善という人間にとってカレアという存在は既に大きなものとなっているのだろう。

 

 カレアにとってはそれが泣く程嬉しくて。

 

 

 ――同時に、泣く程悲しかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ほぅ……西め、中々奮発したと見える」

 

 同時刻。

 東の国の天座、その上座に腰を下ろす天皇。左右に並んだ六人の衛士と、天皇の前には将軍が跪いている。一ヵ月前に出立した剣聖に代わり天皇の警護を担当する事となった男だ。

 天皇の手には一枚の洋紙が握られており、その書かれている内容に天皇は満足そうに頷いた。

 洋紙を送って来たのは西の国、内容は『魔の国侵攻作戦に於ける我が国からの出兵詳細』

 要するにどの程度の戦力を魔の国に送ったかだ。

 

「ご満足頂ける結果でしたか」

「そうさな、兼善が戻ってこなかった時点である程度の兵は送ったと思っておったが、中々これは頑張ったのではないか?」

 

 洋紙をヒラヒラと靡かせながら、天皇は上機嫌に笑みを零す。

 

「長ったらしい肩書と階級は分からんが、下級騎士百名余り、更に上級騎士としてパトリオット(愛国者)まで駆り出したと書いておる――中々の軍勢だ、捻り出すのも苦労しただろう」

「なっ、それは真に御座いますか!」

「そうだ、西を疑うのであれば主が目を通してみると良い」

 

 天皇は洋紙を突き出し、将軍は慌てて頭を下げ恭しく洋紙を受け取る。洋紙に視線を落としてザッと斜め読みを行った将軍は、「確かに、百名余りの騎士と、パトリオットの名が」と呟いた。

 

「うむ、西も中々頑張りよる――しかし、その写真とやらは面白いな、白黒だが絵画よりも現実味がある、写真の女、そのパトリオットも中々の美人、もしや兼善を色欲で釣るつもりかもしれん」

「は、剣聖様をですか――?」

「あぁ、馬鹿げた事よ」

 

 将軍が洋紙に再び目を落とせば、パトリオットと思われる女性が鎧を身に纏い、椅子に座ってじっと此方を見据えている。確かに美しい女性だ、東の国では中々見ない深い顔立ちの女性、その凛々しい印象も相まって大体の男ならば好ましいと感じるだろう。

 しかし剣聖は決して慢心せず、愚直なまでに忠義を貫く男、女一つで揺らぐ程奴の信念は軽くないと、天皇は彼を大層高く評価していた。

 天皇だけではない、将軍も兼善に対する評価は概ね同じだった。

 

「……しかし、白黒では肌の色や髪の色は分かりませぬな」

「所詮お遊びの道具、何時間も座って居なければソレ一枚撮れぬと聞く」

「それは、それは」

 

 将軍は写真を見下ろしながら思う、彼女はどんな心境で何時間も椅子に座っていたのか。彼には時間を無駄に浪費しているようにしか思えなかった。

 

「――そのパトリオット、名は何と言ったか? 末席とは言え彼女も愛国者の称号を持つ豪傑、名の一つ位は記憶しよう」

 

 天皇が指で写真を指示し、尊大な態度で口にする。彼女にとっては臣下こそ守り、敬うべき存在ではあるが、西の騎士など最低限を除きどうでも良い存在だった。そんな彼女が記憶すると口にし、将軍は僅かばかりの驚きを覚える。

 しかしそれを悟られぬよう、将軍は務めて淡々と写真の下にあったパトリオットの名を読み上げた。

 

 

 

「今回の遠征に参加したパトリオットの名は――シャルル・フラガ・ローリエ で御座います」

 

 

 

 

 




 毎日投稿六日目。
 今回は兼善単独行動回、次回からはカレアも復帰してラブコメ、微ヤンデレします。
 ヤンデレは森林地帯辺りからフルパワーになるかと。 

 流石にもうストックがボロボロなので書き溜めます、ゆるりとお待ちください。

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