兼善が水浴びを終え、食事を摂った後に体を休める流れとなった六時間後。兼善は一度睡眠を取り、交代で見張りを行っていた。
既に荒野は暗闇に支配され、時刻は深夜。
周囲を照らす灯りは焚火の炎と月明かりのみ、兼善は焚火に乾いた枝をくべながら燻製の作成を行っていた。
周囲には何の音もなく、時折風音が耳を浚うだけである。削ぎ取った肉に塩を振り掛けて乾かし、即興で作った燻製器に干す、煙が染み込む位置に上手く調整しながら兼善は黙々と完成を待っていた。
「……兼善様」
そんな作業を続ける事三十分ほど、テントの中からゴソゴソと物音がし始め、可愛い寝癖を付けたカレアが外へと出て来た。恰好は寝間着のままで、一応手にはグレートソードを持っている、やっぱり可愛い。
兼善はカレアの方に一度視線を向け、それから月を見上げた。
「カレア、まだ交代の時間には早いぞ?」
「いえ、その、何だか眠れなくて……えっと、不躾で申し訳ないのですが、少しだけ、話し相手になっては頂けませんか?」
どこか恥ずかしそうに頬を掻くカレアに、まさか彼女からそんな事を言い出すとはと内心で驚く。しかしコレも彼女なりに心を許している証拠なのだろうと、兼善は柔らかい笑みを浮かべた。
「――勿論、カレアが話したいのなら」
「あ、ありがとうございます」
えへへ、と笑うカレアに兼善は口元の緩みを必死に堪える、駄目だ決壊しそう。
兼善が布のスペースを空けて隣を手で叩くと、小走りでやって来たカレアが「お邪魔します」と遠慮がちに腰を下ろした。それを見た兼善は、既に完成した燻製を入れた袋を取り出し、中から一枚カレアに差し出す。
「中々上手く出来た、食べてみてくれ」
「分かりました、えっと、ありがとうございます、頂きます」
差し出された燻製を受け取り、カレアは燻製を焚火で照らし僅かな時間眺めてからかぶりつく。一口、二口と口に含み、それからモグモグと咀嚼した後笑顔を浮かべて言った。
「美味しいです、兼善様!」
「そうか、それは何より」
「はい、丁度良い塩加減ですね!」
そう言って一切れを頬張り、直ぐ食べ終えるカレア。
兼善としては貴重な調味料である塩は大事に使わなければならないのでちょっぴり節約気味に使用したのだが、どうやら味付けは問題無い様だ。本当ならもう少し凝った味付けをしたかったが、旅先で肉が食えるだけ幸せだろうと思い直す。
頬一杯に肉を詰めたカレアを眺めながら兼善は暖かい感情を抱いた。
「それで話しと言うが、何について話したいんだ?」
「あ、えっと、話しの内容については、その、実は全然、考えていなくて」
手に付着した塩を唇で啄んでいたカレアは、兼善の問いに焦った表情を見せ、それから肩を落とした。自分から話し相手になってくれと言っておきながら、何も考えていなかったなんて失礼過ぎる、などと考えている顔だ。
兼善は思わず笑ってしまい、それを見たカレアは頬を紅潮させた。
「なら前と同じ形にしよう、何か聞きたい事があるなら何でも聞いてくれ」
「聞きたい事――」
兼善の言葉にカレアは俯いて、何かを考え始めた。そして徐に顔を上げると、兼善を真っ直ぐ見据えて口にする。
「なら……兼善様は、どうしてそんなに強く成れたのですか?」
それは予想していた質問よりも随分と勇ましい質問だった。どうして強く成れたのか、女性にモテたいからとか、単純に死にたくないからとか、兼善の答えは剣聖として相応しくないものばかり。
無論、それをそのまま口に出す事はしない。
兼善は空を見上げて、何かを吟味する様に考え込んだ。
彼の頭の中にある思考は一つ、どうせなら剣聖っぽい格言を吐いて尊敬されたいという安っぽい感情。しかし兼善にとってはカレアから尊敬の眼差しを受け、好感度を上げる事だけが全てある、それだけが全てなのだ、本当に。
「国の為――と口にするのは容易いが、結局のところそうではない、恐らく俺は、自分が幸せになる為に強く成ったのだ」
兼善は三十秒程じっくりと熟考し、一つの結論を出した。要するにモテたいとか、死にたくないとかを遠回しに、それっぽく表現しようと。ついでに愛国心も見せて剣聖っぽさもアピールする事を決めた。
「自分の為……」
「あぁ、けれどそれは剣聖になりたかったとか、成り上がりたいとか、そういう事ではない――俺は自国の民が、自分の友が、知人が、どこの誰とも知らぬ者に害される事が嫌だったのだ、彼が、彼女等が、悲壮に崩れる姿など見たくはない、ならばこそ俺は俺の為に戦う、俺がそんな姿を見なくて良い様に『幸せで在れ』と、そう自己満足を得る為に剣を奮った」
まさか自分にこんな嘘八百を述べる才能があったとは、兼善は自分でも何を言っているのか分からなかったが、良く回る己の口に戦慄した。
要するに将来モテて自分の妻になるかもしれない女性を魔の国に殺させる訳にはいかず、また剣聖的な立場からも守らなければならなかったと言う遠回しな表現だ。
若しくは「颯爽と助ける俺に惚れても良いのよ?」作戦とも言う
「最初は隣人の幸せを守るだけで良かった、自分の手の届く範囲で、しかし気付けば自分の腕の中には沢山の人の幸せが在り、それを失うのが我慢ならなかった、自分の見える範囲で幸せで在って欲しい、そう願った結果だ」
隣の幼馴染系和風美人の奏、最初は彼女と結婚してぇと思って始めた武士道。気付けばもう一つお隣の冷徹系無口美人の雪さんに惹かれていた、そしたら向かいの元気活発系少女の那岐ちゃんにも惹かれ始め――気付けば
死んでたまるか、俺は生き残って彼女達と結婚してやるのだコンチクショウ! と転げ回った戦場、今では懐かしさすら感じる。
「思うに、強く成る事が出来る理由など人それぞれなのだ、ただ愚直なまでに剣を極めようと努力し、それを成したのならばそれも良し、誰かを守る為に鍛えた剣がいつの間にか頂点に迫っていても、それも良し――強いという事はソレだけで価値のあるものだ、そこに至る過程に善悪はあるだろう、だがその見方は立ち位置によって変わる、どんな理由でも構わない、大切なのは自身の中に確固たる理由を持つ事だ」
例えば死にたくないとか、モテたいとかな!
「強く成りたい理由……ですか」
「そうだ、理由なき剣は唯の暴力、それは剣を振っているのではなく、剣に振られているのだ、そんなのは剣士とは言えぬ」
目を伏せ、何かを考えるカレアに向かって兼善は力強く頷く。剣を振る理由は下衆にも等しい兼善だが、それでも一つだけ確実に言える事があった。
「一念貫き通せば真に至る――これは実体験だがな」
剣聖の地位に座し、剣を振り続けた結果、兼善は理想郷を垣間見た。その頂きの光景は絶景かな、恐らくアレこそ兼善の求める真であったのだ。
兼善が自信に満ちた表情でそう言えば、カレアは縋る様な視線を向け「兼善様は、真とやらに至ったのですか?」と問いかけて来る。
「あぁ、至ったぞ、俺は、今まで剣を奮って来て良かったと思えた、それ程に素晴らしい光景だった――それにカレア、俺が今戦う理由にはお前の存在も入っているんだぞ?」
「わ、私ですか?」
突然名を挙げられたカレアは、目を白黒させて驚きの表情を見せる。
兼善は、「あぁ」と頷いてからカレアに笑いかけた。
「出会ってまだ一週間程度だが、俺とカレアは大切な仲間だろう、たった一人の背中を預けるに足る戦友だ、守りたいと思う事は不自然か?」
「い、いえ、そんな……でも、私なんかが、兼善様の戦う理由だなんて」
嬉しいのか畏れ多いのか、口元を緩めながら、しかし目を伏せて手を握るカレア。彼女の感情が手に取る様に分かる、兼善は思わず内心で悶えそうになった。
「先程も言っただろう、戦う理由は人の数だけある、そしてどんな理由でも本人が戦うに値すると考えるのならば、それはもう立派な理由だ、カレアの存在は俺が剣を奮うに値する理由だ、それは誰にも否定させない」
「……か、兼善様」
カレアが兼善を見上げ、感極まった様な表情を見せる。
剣聖の名を持つ男が戦う理由として求める、そんな状況が彼女の感情を揺さぶったのかもしれない。カレアの好感度がぎゅんぎゅん高まっている音がする。
「わ、私も……私も、兼善様の為に戦います!」
「それは嬉しいな、是非頼むよ」
「はい! 不肖このカレア、兼善様の為に全力で頑張らせて頂きます!」
力強い瞳で、何よりも嬉しそうに宣言するカレア。それを見て兼善は歓喜の念を覚える。
兼善が戦う理由はカレアにある、美少女を守るのは男の役目だ、誰にも譲りはしない。そして彼女が守ると宣言する程好かれているのならば、これ程嬉しい事はなかった。
「ならばその想いを持ち続ける事だ、カレア、お前は才を持っている、それを磨き続ければ何れ真に至るだろう、その時を俺は楽しみに待っている」
「はい! 必ず、必ず至って見せますッ!」
遠回しにこの旅を終えた後も仲良くしてください、お願いします、という事を言いたかったのだがキチンと伝わっているか不安である。旅が終わった途端にサヨナラなんて兼善大号泣待ったなしだ、出来ればお嫁さんになって欲しい、婿でも可、その場合は俺が西の国に入ろう。
東の国? 剣聖の座? カレアと比べれば石ころみたいなモンだろう。
天皇様との結婚? 畏れ多くて出来る筈ないじゃないか、仮にも武士の頂点に君臨する剣聖だ。主人に恋慕や愛欲を抱くなど以ての外、臣下の風上にも置けない行為だ、全くけしからん、そんな事を言い出す奴の気が知れんな!
「そして兼善様の隣に、いつか――」
カレアは両手を握り締め、何事かをボソボソと呟く。それが何であるか思考に没頭していた兼善は聞き逃してしまったが、「えっ、何、俺と結婚したいって?」と内心で盛大に難聴を発動していた。
勿論口には出さないが。
今夜も闇は更けていく。
☆
魔の国――侵攻二週間目。
兼善とカレアは十四日間の移動を終え、山脈地帯へと踏み込んでいた。
荒野とは異なり既に世界は白色に染まっている、足元には薄く雪が降り積もり山頂に至っては雪崩でも起きそうな程。魔の国はその大きさから各地域が異なる季節を持つと言われていたが、まさかこの目で見る日が来ようとは。
「わっ、冷たい」
馬に跨ったまま近くの茂みに積もった雪に触れたカレアは、予想以上の冷たさに手を引っ込める。どうやら魔の国の雪は自分達の知る雪よりも冷たいらしい。
カレアの恰好はプレートの上に生地の厚いローブを着込んでいた、更にはインナーの上にもう一枚防寒着を着用している。雪を一通り堪能したカレアはガンドレットを嵌め直し、「遂に山脈地帯ですね」と兼善に笑いかける。
「あぁ、随分長かったが漸くだ」
兼善は周囲を見渡しながら頷く、周囲に人影は無い。
この山脈地帯はトロールの縄張りであり、彼らは雪の中から突然出現したりすると聞く。百年近く前の絵巻で得た知識だが、今でも大して変わりは無いだろう。
食糧はかなり余裕があるし、水は雪を溶かしてろ過すれば問題無い。一番の問題はトロールと寒さだった。
「カレア、寒くはないか?」
「はい、兼善様に頂いた防寒着もありますし」
そう言ってカレアはお腹の辺りを叩く。
兼善はカレアに腹巻を渡していた、アレは防寒着としては優秀なのだ、中に着込めば見えないし暖かいしい素晴らしい一枚と言える。それに女性はお腹を冷やすと悪いと聞くし、兼善が着用するより有意義だろう。
あとカレアが使用した後のものを回収すれば彼女の匂いが堪能できる、何と言う天才的な閃き、数時間前の自分を褒めてやりたい。ブラボー! ハラショー!
「もしどうしても寒くなったら、馬か俺にくっ付け、そうすれば暖は取れる」
「あ………えっと、はい、じゃあその、兼善様に……くっ付き、ます」
兼善が真顔でそう言い放つと、カレアは顔を真っ赤にしながら視線を逸らし、ボソボソと
答えた。
可愛い。
今からくっ付いても良いのよ?
「そうしてくれ、では行こう――中央本道に連中が陣取っているか知りたい、少し進んだら山道に入って偵察をしたいのだが、良いだろうか?」
「は、はい、勿論です!」
兼善はカレアに抱き着きたくなる衝動をグッと抑え、馬の腹を軽く蹴る。すると馬はゆっくりと走行を開始した、荒野に比べると大分速度が落ちる。やはり降雪地帯では侵攻速度の低下は避けられない。
「山脈地帯を進む間は、早めに侵攻を切り上げるか……」
「そうですね、吹雪になったら視界も悪いですし、どこか雪を凌げる場所があれば其処に設営するのが一番良いと思います」
それに夜になれば更に冷え込むだろう、そうすれば合法的にカレアとくっ付く事が出来る。人を温めるには人肌が一番と聞いた事がある気がする、きっとある、多分ある。外は冬だが心の中は春だ、山脈地帯万歳。
「洞窟や横穴があれば一番だが、最悪風か雪を凌げればそれで良い、もし良い場所を見つけたら教えてくれ」
「分かりました!」
最悪見つからなくとも、雪を固めて防風壁を作ってしまえば何とかなるのだが、正直手間が掛かる上に体力を奪われる、自然を利用するに越した事はない。
「あとは飲み水が凍らない様に気を付けないとな……」
兼善はそう呟き、カレアと共に雪道を駆けた。
雪道を馬で駆け続け三時間程だろうか。
山脈地帯に入った時は既に昼を回っていた為、太陽は徐々に沈み始めている。日光の遮られた雪道は酷く寒い、時折吹く風が容赦なく体温を奪う。降り積もる雪の嵩はどんどん増え続け、馬の走行はいつの間にか歩行へと変わっていた。
「うっ……はっ、はぁ……」
隣を見ればカレアが身を竦ませて小さく震えている、その唇は紫色で顔は蒼白だ。既に限界が近いのだろう、兼善は今日これ以上の侵攻は危険だと判断した。
周囲を見渡せば丁度山道の端が断崖絶壁の様に張り出て、天然の屋根の様になっている場所を見つけた。真下の影の部分は積もっている雪も少なく、風の煽りも受け難い。あそこにテントを設営しよう、兼善はそう決めた。
「カレア、そろそろ日が沈んで来た、この辺りに設営して今日は休もう」
「あ……う、は、はい」
震えるカレアを先導し、兼善は馬を進ませる。山道の端の下に潜り込むと、雪が止み風が少しばかり弱くなった。これならば焚火も可能かもしれない、兼善は馬とカレアを置いて近くの木に近付き枝を数本折る。
ついでに落ちていた枝も拾ってカレアの元に戻って来るが、兼善の表情は余り良くない。
「水気が多いな……これでは燃えにくい」
当然だが焚火をするのにも燃やす木材やら草やらが必要となる、それが無いとそもそも火があったとしても意味が無い。荒野から焚き火用の乾燥した枝は一袋程持ち込んでいたが、それ程長く燃やせる量は無い。
そして枝に水分が大量に含まれていると逆に火が消えてしまう恐れがある、周囲にある木々は漏れなく雪によって水分を多く含んでいた。
「先にテントを張るべきか――カレア、動けるか?」
兼善は露出した岩肌に取って来た枝を並べながら、馬に寄り添ったまま震えるカレアに問いかける。カレアは震える体を抱きしめながら、「だ、大丈夫です」と笑って見せた。明らかに大丈夫ではない、早く暖めてやらないとマズいだろう。
兼善はテントの荷を馬から降ろすと、震えるカレアと協力して手早く設営を行った。一応風に煽られても大丈夫な様に紐を伸ばし重石による固定を行う、震えるカレアを中に入れ兼善は焚火の準備を行った。
比較的奥の方で火を起こし、馬の荷に積んでいた枝をくべる。
その炎で先程取って来た枝を炙り、水分を飛ばした。これで多少なりともマシになってくれれば良い、それらを適当に炎の中に放り込みながらテントの中に声を掛けた。
「カレア、焚火の準備が出来た、火が消える前に温まると良い」
「え、あ、は、はい、すみません兼善様……」
「気にするな、寧ろもっと頼れ」
テントから顔を覗かせたカレアが、申し訳無さそうに眉を下げる。
寒さに震える美少女を放って置ける筈が無い、それに頼られた方が男と言うのは嬉しい生き物なのだ。それと兼善とて寒さは感じる、カレアの手前やせ我慢を続けていたが正直限界に来ていた。
焚火の近くにあった岩肌に腰かけ、カレアと共に焚火で暖を取る。ついでに近くに積もった雪の綺麗な中層を掬って小さな手持ち鍋に放った、火で雪を溶かし飲み水にするのだ。溶かして出来た水はろ過すれば飲んでも平気な綺麗な水となる。
「カレア、平気か?」
「は、はい……すみません、まさか自分がこんなに寒さに弱いなんて」
「いや、此処の寒さは少し異常だ、西や東の冬と比べない方が良い」
唇を噛んで悔しそうに震えるカレアを見て、兼善は否定の言葉を口にする。
実際、風邪をひいて美女に看病されたいが為、褌一つで雪の中を三時間程走り回った事がある兼善だが、この寒さの中では褌一つなど自殺行為だと考える。気温の低さが東や西の冬とは比べ物にならない、まるで空気全てが氷の様だ。
「恐らく魔の国の土地が特殊なのだ、俺とて此処までの寒さは経験した事が無い」
「でも、兼善様は平気に見えます……」
「なに、カレアの前で情けない姿は見せられないと、少しばかりやせ我慢しているだけさ」
ふっと力を抜いて笑って見せると、カレアの表情も少しだけ穏やかになる。
寒さは一番の敵になり得ると思っていたが、まさか此処まで牙を剥くとは思っていなかった。
兼善はふと思い立ち、馬の荷の中から一つの袋を取り出した。とある動物の膀胱を使って作った水筒の様なものだ、それの口を開いて中に熱した鍋の中の水を入れる。そして紐で口をきつく縛ると、それをカレアに手渡した。
「カレア、湯たんぽ代わりだ、使うと良い」
「……? 湯たんぽ、ですか」
湯たんぽと言う言葉に聞き覚えが無かったのだろう、カレアは疑問符を浮かべながらソレを受け取り、「わぁ」と感嘆の声を上げた。
「とても暖かいです……そっか、中にお湯を入れて暖を取るのですね」
「あぁ、そうだ、東では冬にこうして温まっていた」
焚火に当たりながら、湯たんぽを抱きしめるカレア。大分冷えも収まって来たのだろう、その頬には赤色が戻りつつあった。兼善も焚火に当たる事で暖まり、ついでに飲み水の確保も終わる。
後は再度周囲の木から枝を集め、乾燥させて袋に詰めた。
次の焚火で使う分の確保である。
そうこうしている内に炎は完全に下火となり、風に吹かれて消えかけとなる。時間にして十五分程か、良く燃えた方だろう。
「――テントの中に入って食事を摂ろう、本当なら交代で外の見張りを行うべきなのだろうが、この寒さでは体温を奪われて危険だ、見張りはテントの中で行う」
「そう、ですね、分かりました」
兼善は食糧の入った袋と飲み水を荷から取り出し、カレアと共にテントの中に避難する。焚火の近く程ではないが、風を凌げるテントの中は比較的暖かい。湯たんぽを抱きしめて座るカレアの隣に座り、食事と飲み水を手渡した。
食事は荒野で仕留めた燻製だ、東と西から持ち込んだ食料は既に殆ど底を尽いている。幸いにして調味料はまだまだ余裕があるが、無駄遣いは出来ない。
「ありがとうございます、兼善様」
「あぁ、飯を食えば多少は体も暖まる、後は日の出まで凌げれば良いが……」
テントの中には毛布が二枚、夜はコレに包まって眠る。かなり厚手のものだが魔の国の寒さを考えると十分とは言えなかった。
兼善は少し考えてからカレアに向かって言った。
「カレア、鎧を脱いで貰って良いか? ガンドレットや腰の物も、他はそのままで良い」
「あ、はい、分かりました」
突然の事にもカレアは何の疑いも無く鎧を脱ぎ捨てる、手早くプレートアーマーを脱いだカレアは纏めたそれらをテントの隅に置く。兼善も甲冑や手甲を脱ぎ捨てると、カレアと同じくテントの隅に追いやった。
「失礼する」
「えっ……あっ!?」
兼善はカレアが鎧を脱ぎ終わるや否や、カレアの肩に毛布を羽織らせ、自分も毛布に包まった状態でカレアを抱きしめた。
突然の事にカレアは顔を真っ赤にし、「あの、あのっ、兼善様!?」と声を裏返す。
鼻腔を擽る女性らしい甘い匂い、腕に触れる柔らかい感触、重なる禁欲に兼善の獣が暴走しそうになるが何とか堪え切った。耐えられたのは単にカレアに嫌われたくないからである、兼善はこれでも小心者なのだ、女性関係に限定すれば。
「これが一番暖かい、人を暖めるのなら最善手だ、焚火を起こす薪が少ない以上あるモノで何とかするしかない、嫌かもしれないが互いの為だ、少しだけ我慢して欲しい」
さもこれしか方法が無い様な切実な声色で話す兼善、実際これ以外に良い方法が思い浮かばない。まぁ九割程は兼善がカレアにくっ付きたいという理由なのだが、それは絶対口にしない、絶対にだ。
いやぁ、しかし幸福、幸福。
「い、いえ、その、兼善様に抱き着かれるのは、えっと、構わないというか、嫌では無いのですが、う、うぅ、す、少し、心の準備か……」
「準備など不要だ、俺の事は動く暖房だとでも思ってくれれば良い」
「そそ、そんな無茶ですよぉ……」
いや、寧ろ動く暖房で良い、そうすればあんなところや、そんなところに触れても怒られない、無機物最高、来世は湯たんぽになりたい、使うのは美女限定の。
頬を赤く染め湯たんぽを強く抱きしめるカレア、その手には燻製が握られていたが凄まじい握力で大変な事になっている、あぁ食料が、貴重な食糧が。
「しかし、暖かいだろう?」
「うぅ……は、はい――す、凄く暖かいです」
カチコチに固まっていたカレアだが、暫くして観念したのか、体から力を抜いて凭れ掛かって来る。
何だろうかこの、身を任されている感、幸福が体を駆け巡っている、カレア成分に体が歓喜の声を上げていた。
カレアは小さく縮こまって、兼善の胸板に後頭部を埋める。
女性を抱きしめているという事実に兼善の獣もそうだが、何よりも信頼されているという事が嬉しい、手を出しても良いかな、駄目? でもほら、男女の運動って激しいし暖かくなると思うんですよ。先っちょだけ、先っちょだけだから!
「兼善様の体、暖かくて、硬くて、でも安心します」
「それは何よりだ」
下の方も十二分に硬いのですが如何でしょう?
「………? 兼善様、何か、腰の辺りに硬いモノが……?」
「あぁ、済まない、小刀を帯から抜くのを忘れていた、変な方向に曲がっていた様だ」
「そうだったのですか」
指摘された兼善は股間を捥ぐ勢いで横にズラす。
実際に手を出す勇気はない、顔を逸らして誤魔化すので精一杯だ。
小心者と笑いたければ笑うと良い、この心地よい関係を崩す事になると思うと、その一歩が踏み込めない。男女の関係など経験が無いのだ、少しくらい奥手が丁度良いだろう、なんて自分に言い訳をしてみる。
ともあれ、早くその小刀が萎む事を希望する。
尤も、全く萎む様子が見えないのだけれど。
これに関して自分は悪くないと弁明させて貰う、カレアが可愛いのが悪い。
そうしてこうして幸せと辛さの板挟みになること三十分、兼善がカレアの感触を堪能している時、ふと規則正しい呼吸音が続いている事に気付いた。見れば既に腕の中の彼女は既に意識が無く、夢の世界へと旅立っている。
すぅ、すぅ、と小さな寝息。
その瞼は閉じられており、こてんと後頭部が兼善の胸に預けられている。
兼善は自分の腕の中で簡単に眠りこけるカレアの危機感の無さに驚き、次にそれだけ信頼されているのだろうと嬉しくなった。
嬉しさの余りカレアのうなじに顔を埋め深呼吸してしまう程だ。
とても良い匂い、ビューティフル。
漸く落ち着いて来た兼善の獣が再び首を擡げる。
眠っている美少女に抱き着いている自分という状況と、相手が自分を信頼しているという関係が兼善のハートを直撃したのだ。据え膳食わぬは武士の恥と言うでは無いか、故にこれは不可抗力、大丈夫、大丈夫、バレなきゃ犯罪じゃないんですよ。
内心で覚悟を決め、世界の倫理観だとか道徳心とやらに言い訳をする。
そして兼善は早鐘を打つ鼓動に急かされながら、ゆっくりと顔を動かし。
カレアの頬に接吻を落とした。
「―――」
やった、やっちまった、兼善大勝利。
兼善は自分の頬が赤くなっている事を自覚した、女性の頬に接吻――キスしてしまった、これはもう求愛の証と言って良い。何と言う行動、何と言う勇気、自分で自分を褒めてやりたい、よくやった兼善、頑張った兼善!
兼善は内心で自分自身に万雷の喝采を送り、その偉業を讃えた。カレアをぎゅっと抱き締め、幸福感に満たされた彼は瞳を閉じる。取り敢えずやれる事はやった、今夜はこれくらいにしてやろうと。
彼は小心者だった。
接吻まで済ませたのなら次はアレだろうか、口と口だろうか?
それとも、こう、ぼでぃたっち?
本当に? 行っちゃうの? 将来的にそこまで行っちゃう?
兼善は接吻を成功させたという事実に酔い、これからの旅の道程に想いを馳せる。その中でカレアと兼善は親密な関係となり、互いに互いを好いてあんな事やこんな事をしていた。
故に気付かなかった。
「―――ぁぅ」
寝たふりをしながら顔を真っ赤にし、薄目を開け悶えていたカレアに。
毎日更新四日目です、この小説を書き始めて一週間経っていないと思うのですが既にWordのページが100を超え50,000字を超越しました、1日6時間くらいPCの前で打鍵しているのですが中々楽しくてやめられません。
昨日は更新できないでしょうとか言っておいて更新してすみません。
明日はきっと更新できないでしょう。