東の剣聖   作:トクサン

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運命の出会い

「剣聖様、到着しました」

「あぁ、すまない、ありがとう」

 

 東の国を出国して三時間。

 特に海が荒れる事も無く、平穏無事な航海を終えた兼善は船主に礼を言って船を降りる。魔の国の海岸は折れた剣や砕けた鎧がそこら中に散らばり、中には白骨化した死体も転がっていた。

 東の国が魔の国に対して攻勢に出たのは、既に何十年も前の話である。恐らく、その時代のモノだろう。

 

「剣聖様、どうかご無事で」

「あぁ、留守の間、国を頼む」

「命に懸けて」

 

 短いやり取りを終え、船主はゆっくりと船を東の国へと向ける。兼善は段々と小さくなっていく船を見送り、背中の荷を一度背負い直して周囲に目を向けた。海岸には人影らしい人影も無く、西の国の軍勢が待っている様子も見えない。

 

「さて、何処にいるのやら」

 

 兼善としてはとっとと西の国と合流して、さっさと魔の国の王を討ち、天皇様と盛大な結婚式を挙げたいと思っているのだ。正直兼善に一年以上を遠征に費やすつもりは無い、常に最速を心掛けるつもりだ。

 

 暫くの間周囲の観察に徹していると、ふと誰か人の気配を感じた。そちらの方へ視線を向ければ、見慣れた西の鎧を纏った人物が此方に向かって走って来る。どうやら西の軍勢らしい、よく見れば金髪の美しい女性だった。

 女性と言うだけで兼善のやる気度はグンッと上昇する、少なくともこれから魔の国の王を討つまで行動を共にするのだ、モチベーションが上がるのも当然だろう。

 しかも近くで見れば中々の美人だ、ビューティフルだ。

 これはもう勝利と言って良い、兼善大勝利、我らの未来は明るい。

 

「君は、西の騎士か?」

「はい! モルフォ・バーン・カレアです、えっと――剣聖様、ですか?」

「あぁ、藤堂兼善だ、宜しく頼む」

 

 兼善がそう言うと、カレアは笑顔で手を差し出して来る。一瞬面食らった兼善だが、意図を察して互いに握手を交わした。

 

「西からも軍を出すと聞いている、彼らは何処に?」

「あ……えっと」

 

 まさか彼女だけではあるまい、西の軍勢が何処かに身を潜めているのだろう。そう考えて問いかけた兼善だが、対するカレアの反応は何処か申し訳なさそうなモノだった。

 先程まで美人ひゃっほいフィーバーだった兼善が、どことなく嫌な予感を覚える。

 

「我が国から遠征隊として派遣されたのは、私だけなのです」

「――何?」

 

 嫌な予感は見事的中する。

 カレアから告げられた言葉、それに兼善は愕然とした。

 西の国から派遣されたのはカレア一人だけ……それはつまり。

 

「我ら二人で、魔の国を堕とせと?」

「……すみません」

 

 申し訳なさそうに身を竦めるカレア、その肩は僅かに震えている。流石にこれは予想出来なかった。

 大国の西である、百人とは言わないが、せめて数十人単位の隊を送って来るとばかり思っていた。まさか騎士を一人送って終わりだとは。

 

「えっと、でも、その、私も一応パトリオット(愛国者)の称号を頂いているので! た、戦えますよ、一杯!」

 

 兼善の沈黙を怒りだと受け取ったカレアは、大きく手を振ってプレートアーマーの上に着込んだ貫頭衣、その紋章を見せつける。それは西の国の剣聖とも言える称号、兼善は一瞬驚いたものの、しかし訝し気に彼女を見た。

 兼善の身長は凡そ百七十八、対してカレアは百六十程度だ。

 腰に随分と大きなグレートソードを差しているが、刃先が地面に擦れそうになっている。カレアの体格や言動、雰囲気がパトリオットのソレとはかけ離れていた。尤も、兼善自身、自分が剣聖らしいとは微塵も思っていないが。

 

「――東と西の腕利きを一人ずつ、これでは攻勢とは呼べんな、まるで暗殺者(アサシン)だ」

 

 そもそも西は軍を送る気が無かったのか、或は本当に余裕が無いのか。

 兼善は天皇に言われた通り、彼女の西の国に突き返して東に戻るべきかどうかを検討した。

 流石に戦力が厳しすぎる、たった二人で魔の国に潜入。或はその二人が一騎当千であるならば可能かもしれないが、どう見ても彼女はパトリオットに相応しくない。仮に彼女が本当にパトリオット相応の実力を持っていたとしても、カレアは明らかに兼善より弱かった。

 

 戻るべきか否か――兼善の出した答えは『前進』

 

 良く考えれば美女――いや、美少女だろうか――と一緒に遠征をする機会など滅多にない。しかも相手は東の上級武士の娘どころか、民ですらないのだ。手を出してオッケーどころか、手を出さない理由が無い。

 むさ苦しい男どもと行進する位だったら、気弱な美少女一人と魔の王を討つ遠征をした方が良いに決まっている。

 決め手は美少女だった、兼善はそう言う男である。

 

「相分かった、西も先の戦で疲弊しているのだろう、俺からは何も言わぬ。ただカレア、これは双国の存亡に関わる任務だ、お前の力に期待する、良いな?」

「ッ――は、はい! 必ずや剣聖様のお役に立ってみせます!」

 

 兼善は可能な限り重々しく頷き、カレアを叱咤する。

 カレアは涙目で嬉しそうに何度も頷き、ぺこぺこと何度も頭を下げた。剣聖っぽさは出ていただろうか、これで多少なりとも尊敬が得られたのなら安いものである、偶には剣聖の地位も役立つではないか。

 

「では、早速出発しよう、歩きながら今後の相談がしたい」

「あ、えっと、それでしたら」

 

 魔の国の王が何処にいるのかは分かっている、地図は大雑把なモノしかないが十分だ。地図を見てどういうルートを通って進行するのか二人で話し合う必要があった、そう兼善が言うと、カレアは何か思い出したように慌てて声を上げた。

 そして唇に手を当てると、ピーッ! と甲高い音を鳴らす。

 

「……何を?」

 

 態々敵地で高音を鳴らすなど何を考えているのだと思考すれば、近くの岩陰から二頭の馬が姿を現した。栗毛の大きな馬だ、一目で優良馬である事が分かった。

 

「流石に騎士一人だけ派遣と言う訳にもいきません、本国から優れた馬を二頭連れてきました、一日中走り通しても大丈夫な子です、背には野宿に必要な品と水、食料、少量ですが薬なども積んであります」

「おぉ、これは――助かる、馬の足なら道程も随分楽になるだろう」

 

 馬の背には幾つかの荷が積まれており、旅に必要なモノが一通り揃っていた。兼善も自前のものを持ち込んではいるが、あって困る様な物ではない。兼善はカレアに礼を告げると、馬の鞍に掴まって軽やかに騎乗した。

 鞍の収まりも良い、鐙に足を掛けると体から余計な力が抜ける。

 カレアも兼善に続いて騎乗し、危なげなく手綱を握った。

 

「良し、では軽く走らせながら作戦会議としよう、並走は出来るか?」

「は、はい、大丈夫です」

「上々」

 

 兼善が体を小さく揺すれば、馬はゆっくりと加速を開始する。向かうは魔の国の最奥、隣にカレアが並び、二人は荒野を走り出した。広い荒野の向こう側には山脈が見え、その頂きは白く染まっている。

 

「出立前にさっと魔の国の地図は眺めたが、少々あやふやな点が多くてな、馬の足で王の元にはどれ程掛かると思う?」

「えっと、少なく見積もって半年、でしょうか……軍では無く二人での侵攻なのでもっと早いかもしれませんが、しかし時期を考えると八ヶ月程が妥当かと」

「八ヶ月か――」

 

 当初は一年と踏んでいた兼善である、それより早いならば文句は無い。尤も、前に何事も無ければ、と付いてしまうが。

 

「魔の国には山脈が多いので、間を縫って移動しなければなりません、また山脈を抜けても向こうは冬季でしょう、雪は足を鈍らせます」

「溶けるのを待つ……のは愚策だな、せめて山脈を抜ける間に溶けてくれれば良いが、そう上手くはいかないか」

 

 雪が解ければ連中も出兵を開始するかもしれない、それが兼善の不安だった。

 一年――国力を回復するには十分な時間だ。無論、先の大攻勢の様な軍勢を編成するには足りないだろうが、前線を構築する程度の力なら取り戻す事が出来るだろう。ゴブリンやオークの強みは繁殖力の高さだ、放って置くとゴキブリの様に増える。

 

「あの、剣聖様はどの様なルートで魔の国に侵攻するおつもりでしょうか……?」

 

 兼善がゴブリンやオークにも美人が居れば良いのに、などと考えているとカレアが恐る恐るそんな事を問うて来た。

 兼善は馬に揺られながら空を見上げ、頭の中に乗船中に眺めていた地図を思い浮かべた。

 

「そうだな……まずは荒野を抜けて六角山に辿り着く、中央を抜けるのが一番早いが恐らく関所か砦があるだろう、前線は放棄しても懐の守りは硬い筈だ、一番拙いのは自分達が発見されて、それが魔の国の王に伝わる事、極力戦闘は避けたい、六角山は迂回し、森に入ろう、其処を抜ければ平原だ、後は城まで真っ直ぐ――と言う感じだがどうだろうか?」

「は、はい、私も大体同じです」

 

 良かった、兼善は内心で安堵した。

 これで「全然違います!」等と言われた日には自失し落ち武者になるところであった、少ない容量の頭に叩き込んでいて良かったと心から思う。

 

「細かい部分は現地の状況によって修正するとしても、まぁ大幅にルートを変える事は無いだろう、注意すべきは巡回や警備だな、連中の街や村、集落には極力近付かない方が良い、流石に自分のテリトリーから離れた場所まで巡回は無いだろう」

「そうですね……そうなるとやはり、顔は隠していた方が?」

「魔の国は異形も多いが、人型も多い、フードを被れば或は、行商人程度なら接触出来るかもしれん」

「……路銀、持って来て正解でした」

 

 カレアは腰に下げられた小さな布袋に手を添えて、そんな事を口にする。どうやら彼女も一応金銭を持ち込んでいたらしい、敵国で物を売買出来る機会は限られるだろうが、金というのは重いが便利だ、場合によっては命を助ける。

 

「――取り敢えず、暫く走らせたら休憩に入ろう、一日中走れる馬と言っていたが、潰してしまっては拙い、唯一の足だからな、まだ初日だ、余裕を持っていこう」

「はい!」

 

 

 ☆

 

 

 馬を走らせて半日程経過しただろうか、既に日は落ち荒野は暗闇に支配されている。

 あの後何度か休憩を挟みつつ山脈を目指した二人は、日が落ちて周囲が薄暗くなった時点で野宿の準備を始めた。

 暗闇での走行は危険である、接敵の恐れもそうだが魔の国の兵は夜目が効くのだ。

 兼善とカレアは馬の背に積んであった荷物を下ろし、二人で大人四人程が入れる簡単なテントを設営した。折り畳まれた厚い遮光布をパイプに通すだけのモノだ、しかし雨風が凌げるのならば何でも良い、安眠出来る事が大切であった。

 

 兼善はカレアから受け取ったアルマイトの容器に水を入れ、中に風呂敷の中に入っていた米を入れた。後は下から炎で炙るだけ、火はアルコールランプを使用して加熱した。

 

「西の技術は進んでいるな、このアルコールランプとやらは最近知ったばかりだ」

「いえ、そんな……私としては、東の食文化には驚かされてばかりです、正直、祖国のご飯は、その、余り美味しく無くて」

「そうなのか?」

「はい、それはもう、戦時中の食事など特に酷かったです」

 

 東も戦時中は御結びに塩を振り掛け、海苔を一枚巻いただけのものが配られていたが、酷いという程のモノではない。普通に食べられるし、素朴な味が好みだと言う奴も居た。どうやら西の戦時中の食事はかなり酷かったらしい。

 

「……なら、この遠征中だけでも美味い物を食べさせねばな、東から持ち込んだ食材には限りがあるが、何、調味料は粗方持ち込んだ、大抵のモノなら食える味に出来る」

「わぁ! それは凄く嬉しいです、東の食文化はずっと気になっていたので……ふふっ、人生悪い事ばかりではありませんね!」

「それはそうだ、良い事が無ければやってられん」

 

 兼善は暫くの間カレアと談笑し、頃合いを見て容器の蓋を開けた。瞬間立ち上がる湯気、上手く炊けている、カレアは容器の中を覗き込んで小さく歓声を上げた。東から持ち込んだ漆器の椀にご飯をよそい、片方をカレアに手渡す。

 その後、風呂敷の中から沢庵を三枚と、切って味噌に漬けたキュウリを二枚飯の上に乗せた。質素ではあるが、遠征中の食事と考えれば妥当だろう。

 

「頂きます」

「い、頂きます」

 

 兼善の動作を真似、両手を合わせたカレアがフォークで沢庵を刺す。箸の使い方も教えようかと思ったが、悲しい事に箸を一膳しか持ち込んでいなかった。予備を持って来れば良かったと少しだけ後悔する。

 カレアは沢庵を口に入れた後、飯を掻き込み、くわっと目を見開いた。

 

「お、美味しいです、これ、凄く……!」

「それは良かった」

「これ、何ですか?」

「ただの白米と漬物だ、東の伝統的な食べ物とでも思ってくれれば良い」

「漬物……」

 

 コリコリと沢庵を嚙みながら唸るカレア、その姿は実にシュールだ。しかし気に入って貰えたならば幸いである、兼善とカレアは東の食事を堪能し、腹ごしらえを終えた。

 さて、此処からは兼善の時間である。

 兼ねてより考えていた【カレアと仲良くなりたいタイム】、折角美少女と二人きりの遠征なのだ、当然仲良くなりたいしあわよくばフハハハという考えがある。

 

「カレア、少し相談があるのだが……」

「? はい、何でしょう、剣聖様」

 

 真面目な表情でカレアに話しかけると、容器を布袋に仕舞っていたカレアが首を傾げた。肩に掛かっていた髪がさらりと零れる。

 

「俺達二人は、これから長い時間一緒に過ごす事になる、少なくとも魔の国の王を討つまで、凡そ半年以上共に在る事が予想される、そうだな?」

「えっと……はい、そうです」

「ならば互いの事を知る必要があるだろう、共に戦うのであれば連携は当然の事、日常生活でも他人のままと言う訳にはいくまい、ある程度距離を縮める努力が要る、違うか?」

「な、なるほど……」

 

 押し切る様な口調にカレアは気圧されながらも頷く、実際言っている事は間違っていない。兼善はさも正しい事を言っている様に胸を張り、優しくカレアに微笑みかけた。

 

「であれば、どうだろうか、今宵は互いの事を良く知る為に話に華を咲かせると言うのは? お互い、これからは切っても切れぬ縁、多少は深い仲になった方が後々楽だろうよ」

「わ、分かりました!」

 

 兼善の口車に乗せられたカレアは真剣な表情で頷く。流石パトリオットに選ばれるだけの人物だ、真面目で素直、実にチョロ――思慮深い。

 兼善は満足げに頷くと、指を一本立てて提案した。

 

「では、互いに自己紹介も兼ねて質問をしよう、それに答えながら交互に繰り返す、先にカレアから俺に質問してくれ、何でも良いぞ」

「あ、えっと、では……」

 

 カレアは突然のパスにあたふたと慌てながらも、必死に質問の内容を考えた。そしてふと兼善の腰に差してある刀に視線を向け、手を挙げる。

 

「あの、剣聖様の流派が知りたいです」

「俺の?」

「はい!」

 

 流派――東の国の武士が所属している剣技の型を生んだ道場、その総称。

 本来であれば生まれた時より何処かの流派に所属し、天皇に仕えるまで修行に励む。中には武士と成った後も道場に通う者も居ると言うが、兼善はそんな奴を見た事が無かった。寧ろ兼善からすれば流派、道場というのは未熟者の訓練場の様なものである。

 

「すまないが、俺は現在何処の流派にも所属していないんだ、幼少期に通っていた道場はあるのだが、その型はもう使ってない、強いて言うなら俺の剣は独学、流派も何も俺一人しかいない」

 

 生きる為に磨いた剣技は既に型という枠を飛び出している。言うなれば兼善の剣は究極の『(やわら)』、その場で型を生み出す即応の剣だった。

 

「あっ、そうだったのですか……すみません」

 

 悪い質問をしてしまったと、カレアは肩を落としてしまう。別段気落ちする程の事でも無いのだが、カレアは少々気を遣い過ぎる性質がある。まぁ、そこが可愛いと言えば可愛いのだが。

 

「では俺の質問だ、カレアの年齢を教えて欲しい」

「あ、えっと……今年で十九になります」

「十九、随分若いな」

 

 十九歳、パトリオットに選ばれるには随分と若い、いや若すぎると言って良い。兼善も弱冠二十五歳にして剣聖に選出されたが、そもそも東の国は武士の母数が圧倒的に少ない。それを抜きにしても十代で国一番の剣使いとは異常とも言える。

 兼善が驚きを露わにすると、「運が良かっただけです」とカレアは照れ笑いを浮かべた。

 

「えっと、じゃあ、剣聖様のお歳は?」

「二十六だな、一月前に迎えたばかりだ」

「剣聖様も十分お若いではありませんか」

「七つも違う、カレアから見れば他と大した違いはあるまい」

「そんな、歴代最強と呼ばれる剣聖様は、西の国でも若き鬼神と呼ばれているんですよ?」

 

 その異名は初耳だ、兼善は苦笑いを浮かべた。鬼神とはいやはや、それはもう半分人間を辞めていると言っても良いのではないだろうか。いや、まぁ自分でも人の身で四魔将を相手取り、単独で斬り伏せた今となっては七割程人間を辞めた気がしないでもないが。

 

「じゃあ次は俺の番だな、カレア、好きな男は居るか?」

「え、あ、うぇえ!?」

 

 兼善がここぞとばかりに色恋話をブチ込むと、カレアは肩を大きく跳ね上げ頬を染める。視線を左右に逸らすと、「え、えと、何で、その様な」と口をまごつかせた。

 確かに突然そんな事を聞かれれば驚くだろう、もし立場が逆であれば「えっ、もしかして俺の事……?」とラブコメマックスハートが始まるのは火を見るより明らかだ。

 兼善だけだろうか、いやそんな事は無い筈。

 

「仲を深めるには色恋の話が良いと聞いた、実際身近な者にしか話さない様な内容を語り合えば自然と距離も近くなる、軽い雑談気分で話してくれれば良い、友人に話す様な気持ちでな」

「そ、そういうものなのでしょうか……?」

「それで、どうだ? 好いている男の一人や二人、居るのか?」

「い、居ません! 私は、その、好き、だとか、嫌いだとか、恋愛事には疎くて」

 

 兼善に押し切られたカレアは赤面しながらも律儀に答える。

 成程、成程。

 どうやら恋愛経験値は低いらしい、高々誰が好きだと聞いただけでこの照れ様。まるで箱入り娘の様ではないか、愛い愛い。兼善は緩みそうになる口元を自然に隠し、さも真剣に考えているかのように唸った。

 

「ふむ、では好みの男性はどんなものだ?」

「へっ、好みの男性、ですか?」

「そうだ、カレアの男性の好みを教えて欲しい」

 

 あくまで淡々と、真剣な声色で兼善は問いかける。

 カレアは口をもごもごと遊ばせ、落ち着かないのか肩を揺らし髪を頻繁に触っていた。どうやら彼女の癖らしい、見ている側としては非常に面白かった。

 

「えっと、うぅ……その、強くて、恰好良くて、優しい人が、良い、です」

「ふむ、精強で見栄え良く、更に器の大きい男、中々欲張るではないか」

「えぁ!? す、すみません、私みたいなのが、忘れて下さい!」

 

 兼善の言葉にカレアは赤面し、大きく手を振った。しかし強く、格好良く、優しい男とは、中々求めるハードルが高い。

 そのハードルを自分が飛び越えられるかどうか考える。

 強さは東の国でも随一だ、四魔将を破った手前弱いなどとは口が裂けても言えぬ。格好良さは良く分からないが、自画自賛すればそれほど悪い顔立ちでも無い筈だ。後は優しさ、これは今からカレアに優しく接する事でクリアできる。

 

 あれ、イケる?

 

 兼善は内心で春の到来を悟った。

 生まれてこの方二十六年、女性を知らずに生きて来た自分ではあるが、どうやら遂に終焉を迎えるらしい。今は亡き父上、母上、兼善は大人の階段を登ろうと思います。

 

「じゃ、じゃあ剣聖様、剣聖様の好みの女性はどの様な方なのですか!?」

「む、俺か?」

 

 赤面したカレアが、ふとそんな事を問うてくる。

 そんな事を聞く何て、もしかして俺の事――と一瞬トキメキを覚えた兼善だが、恐らく本人はテッパッているだけで何の意図も無いだろう、冷静な部分がそう囁いていた。

 

「そうだな……」

 

 兼善は腕を組み考える。

 ぶっちゃけて言うと美人で気立てが良く、多少の浮気に目を瞑ってくれる女性であれば文句が無い。しかし東の国を代表する剣聖として、こんな答えを真面目に口にしたら幻滅されかねない、それは避けるべきだと思った。

 

「――芯のある女性」

 

 結局兼善はそれっぽい事を言って煙に巻く事にした。

 

「外見は問わぬ、身分もな、ただ自身の意思を確りと持ち、どの様な困難にも立ち向かえる女性が好ましい、肉体的な強さでは無く、精神的な強さ、それを俺は重視する」

「な、成程……!」

 

 無論適当に言っただけである、内心では「なに言ってんだ?」という気分であった。

 しかしカレアは兼善の答えに感銘を受けたのか、「私、剣の強さとか、外見とか、優しさとか、そんなものばかりに目を……」と項垂れてしまう。

 兼善はここぞとばかりに目を光らせ、カレアの肩に自然な動作で手を置いた。

 

「それは違う、カレア、人それぞれ好みは異なるのだ、これは俺の好みであって、カレアの好みではない、善い悪いの話ではないのだ、カレアにはカレアの、俺には俺の価値観というものがある」

「け、剣聖様」

 

 兼善のフォローにカレアは尊敬の眼差しを送って来た、そこには若干の熱が籠っている。

 剣聖をやっていて良かった、本当に良かった。

 兼善は心からそう思った。

 

「しかしカレア、外見に囚われる様な事だけは駄目だ、幾ら外見が美しくとも、格好良くとも、人をそれだけで決めつけてはならない、寧ろ格好良いからこそ注意しなければ駄目だ、美は時として人を狂わせる、付き合う男は少し顔が良い程度にしておきなさい、ね? あ、でも強いのは良い、腕っぷしは努力の結果だから、顔が良いのは生まれだけれど、剣は鍛えた分だけ強くなる、それは努力の証だ、そうだろう?」

「は、はい! 剣聖様!」

 

 随分と兼善に都合の良い話だが咎める者は誰も居ない、ならば良し。

 どこかの偉い人も言っていた、バレなきゃ犯罪じゃないんですよって。

 カレアから注がれる視線から強い尊敬の念を感じる、尊敬度がグングン上がっている気がした、素晴らしい、ブラボー! 兼善は心の中でガッツポーズを決めた。

 

「俺も、カレアの事を少し理解した様な気がする、この調子でカレアの事を教えてくれ、そうすればこの先の旅はより良いものになる筈だ」

「はい! 私も、頑張って剣聖様の事を理解します!」

「善い善い」

 

 こうして出立から初日の夜は、兼善の計画通りに更けていった。

 

 




 書けば読んでくれる人が居ると言うのは、本当に幸せな事です。
 いつも読んで頂いている皆様、本当にありがとうございます。

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