東の剣聖   作:トクサン

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愛するが故、突き進む 上

 魔の国――侵攻五ヶ月目

 

 まるで亜熱帯の様な熱さを誇る森林地帯、早いモノで既に踏み入ってから一ヵ月以上が経過した。

 人間は適応する生き物、今ではある程度暑さにも慣れ、侵攻速度が徐々に上がり始めていた。カレアと兼善の旅は順調であり、商人から入手した塩や調味料もあって食事事情も持ち直した、順風満帆と言う他無い。

 カレアとの仲も良好だ、最近では水辺を見つけては水浴びに興じている。海辺でキャッキャウフフなんぞ前時代的な巻物のみに存在する『りあじゅう』なるものの創作だとばかり思っていたが、まさか実現するとは。

 

 更に熱帯故のカレアの薄着、薄着――薄着である。

 それで密着してくるから堪ったモノではない、感触はダイレクトに伝わるし体温も伝わるし、日々が獣との戦いだ。

 嬉しいと言えば嬉しい、泣いて喜ぶ程度には嬉しい。

 しかし、解消する手立てが無いのは苦しい事この上ない。兼善はここ最近、二十四時間股の聖剣を抜刀し続けている状態に近かった。

 カレアとの接触で抜刀、水浴びで抜刀、時折覗くチラリズムに抜刀、最早今ではカレアの声を聞くだけで抜刀しそうになる。

 抜刀し過ぎて刃がボロボロにならないか心配だ。

 

「兼善様、兼善様!」

 

 最近菩薩の域に片足を突っ込み始めた兼善は、左腕に密着するカレアに揺すられて意識を取り戻す。見ればカレアが自分の顔を見上げながら、とある一方向を指差した。

 

「どうした、カレア?」

「あれ、あれ見て下さい!」

 

 どこか興奮した様な様子で腕を引くカレアに首を傾げる、紅潮した頬に笑みを象る口元、あぁ可愛くて暴走しそう。

 何とか獣性を堪えてカレアの指差した方向へと顔を向ければ、何やらキラキラと光る物体が宙に浮いていた。何だと顔を顰めれば、それは蝶の鱗粉であった。光る鱗粉の先にはパタパタと漂う一匹の蝶。

 パッと見れば蝶そのものが輝いている様にも見える、その美しさに思わず兼善も、「ほぉ…」と感嘆の声を上げた。

 

「見た事が無い蝶だな、中々どうして美しい」

「凄く綺麗ですよね、何て名前の蝶なのでしょうか?」

「ふむ、東には居ない種だ、名は分からん」

 

 カレアに手を引かれて近寄ってみれば、見事な模様を背に負った蝶だ。ちらちらと漂う鱗粉は日光に照らされて輝き、宛ら光の残滓。

 カレアが目を輝かせて蝶に見入り、兼善はそんなカレアを眺める作業に没頭した。

 目の前の輝く蝶より、輝く愛らしい天使の方が優先事項。

 

 そんな事をしていると、不意に木々の間を強い風が吹き、蝶がそのまま兼善の顔面にぶち当たった。ぺちんと軽い音がし、頬に蝶が張り付く。

 

「ひゃぁあ!? か、兼善様ッ!?」

「……大丈夫だ」

 

 兼善は冷静に蝶を引っぺがすと、そのまま軽く宙に放ってやる。すると蝶は何事も無かった様に飛び去り、カレアは慌てて水筒を兼善に手渡した。

 水筒の中に入っていた水を顔に掛け、雑ではあるが洗浄を行う。別に虫が苦手と言う訳でもない、兼善は軽く布で頬を拭きながらカレアに水筒を返す。その時、ふと甘い香りが鼻腔を擽った。

 

「少し驚いたが、まぁ見世物代という事にしておこう」

「か、兼善様は虫が大丈夫なのですね……私だったら、顔に虫が張り付いてしまった時点で我を忘れてしまうと思います」

 

 兼善が飛び去った蝶を見ながらそう言えば、カレアは水筒を胸に抱き、尊敬した様な目で兼善を見つめている。

 

「ん? カレアは虫が苦手なのか」

「えっと……はい、恥ずかしながら、綺麗な虫とかなら見ていられるのですが、触れるのはちょっと」

「古今東西、虫に弱い女性は多いものか……愛い愛い、それも一つの個性よ」

 

 虫を怖がるカレア可愛いし。

 恥ずかしそうに唇を尖らせて、苦手だと口にするカレアを見て思う。

 そう言えば侵攻中、虫が飛んでくるとそれとなく兼善の背中に退避していたが、あれは虫が苦手だからだったのか。単に抱き着きたくなったのかな? と見当違いな事を考えていた、恥ずかしい。

 

「まぁ良いもの(可愛いカレア)も見れた事だし、気を改めて進むとしよう、まだ昼前だしな、次の水場で昼飯にするか」

 

 兼善は気を取り直して足を進める、その隣にカレアが早足で並び、ニコニコと屈託のない笑みを浮かべ頷いた。

 

「そうですね! 今日の食事は何にしましょうか?」

「ふむ、果肉も良いが個人的には魚を食したい気分だ――もし川があったら付近にテントを張って、川釣りとでも洒落込もう」

「お魚! 私も久々にお魚が食べたいです!」

「ははは、じゃあ川がある事を祈ろうか」

 

 最近は果物と山草ばかりで、魚や肉といったモノを食していない。そろそろ腹に溜まるものが食べたい気分だった。どうやらカレアも同じ気持ちだった様で、二人は足取り軽く真っ直ぐ森の奥へと進んだ。

 

 

 二時間程歩いただろうか?

 意外な事に二人はそれなりに大きな川を見つける事が出来た。

 兼善的には、まぁそんな上手く見つかる筈が無いよね、という気分であったのだが仏様がカレアの可愛さに負けたのか、或は単なる気紛れか、兎にも角にもカレアと兼善は魚の泳いでいる綺麗な水源に遭遇した。

 カレアは嬉しそうにはしゃぎ、これなら浸かって水浴びも出来ますと笑う。確かに人間が入っても問題無い位には幅があり、深さも太腿程度まである、水浴びも可能だろう。

 兼善は仏様の慈悲とカレアの可愛さに感謝した。

 そしてカレアの水浴びによる聖剣抜刀不可避に涙した。

 お願いします抜かせてください。

 

「カレア、今日は此処にテントを張って食料調達をしよう、釣った魚を焼いて食べながら釣三昧だ」

「分かりました!」

 

 カレアと共に水辺から少し離れた場所にテントを張り、それから二本の釣竿を都合する。大体は適当な枝をへし折って、兼善が小刀で形を整えるだけだ。後は自前の糸を繋いで針に結ぶ。即席の釣竿としては十分だろう。

 自分とカレアの針に石裏から取って来た餌を差し込み、そのまま川に向かって投げ込む。

 

「お隣、失礼します」

「応」

 

 後は手頃な石の上に座って、そのまま魚が引っ掛かるまで待つだけ。暇な時間だ、カレアは兼善の肩に凭れ掛かり、小さく鼻歌まで歌い始める。

 暇と言うのは究極の贅沢と言うが、兼善はこの旅を初めてそれを実感した。兎に角気の休まる時間が無い、唯一の休息は寝ている時位なものだ。あとはカレアを眺めている時だろうか、後者の方が若干休息の質としては高い気がする、多分。

 

 カレアを眺め、空を眺め、自然を眺め、川の潺に耳を澄ませていると眠気を覚え始めた。十分、ニ十分と変化の無い時間を過ごすと、慢性的な睡眠不足である体は休息を求め始める。眠気ばかりはカレアを眺めてもどうしようもない、兼善はうつらうつらと船を漕ぎながらも懸命に意識を保とうと努力をしていた。

 しかし悲しいかな、眠気と言うのは実に抗い難い。体を動かしている時ならば問題無いのだが、こうして座っている状態だと知らず知らずの内に意識が遠のいた。

 そんな兼善を眺めるカレアは、「眠気と戦う兼善様、かっこ可愛い……!」と胸を高鳴らせる。

 

「ん……………むっ! いかん、いかん」

 

 兼善が眠気に負けそうになり、慌てて姿勢を正す。眠気が強すぎる、これは少々危ない。

 座っているから眠気に負けるのだとばかりに伸びをするが、大して眠気が解消される事はなく。

 

 不意に兼善の膝がカクンと落ちた。

 

「――?」

 

 その場に膝を着き、思わず川に落下しそうになる兼善。

「兼善様?」とカレアが疑問符を浮かべ、兼善は自身を支える足と手が異常に震えている事に気付いた。

 カレアも遅れて気付き、驚愕の表情を見せる。

 何だこれは。

 

「兼善様、一体なにが……お体が酷く震えて……!」

「カレア、これは――」

 

 震える体に続き、ぐらりと視界が揺れる。

 強い眠気だ、まるで意識の底に引きずり込まれる様な感覚。平衡感覚が崩れ、そのまま地面に横たわってしまう。体に力が入らない、思考が黒に塗りつぶされる。

 兼善は漸くコレがただの睡眠欲の類ではない事に気付いた。明らかに異常だ、何かの攻撃か、或は毒でも食らったか?

 

「兼善様――!? 兼善さまぁ!」

 

 カレアが体を揺らし、兼善は何とか意識を失う事を堪える。

 鈍った思考で原因を探るが、全く覚えが無い。何か毒性のモノでも食ったか、或は知らぬ内に病に罹ったか? それとも蛇や虫に刺され――?

 そこまで考えて、兼善の脳裏を掠める事柄。

 不意に鼻の奥から感じる、甘い匂い。

 

 鱗粉だ。

 

 あの蝶の鱗粉、アレが毒性のものだったのだ。東の国でも鱗粉に毒を持つ蝶が何種類か存在する、無論体が動かせなくなる程の毒ではないが、今の兼善には心当たりがそれしかなかった。

 しかし、それが分かったところでどうする。

 蝶の鱗粉に毒が含まれていると分かったとして、それを解毒する薬はない。兼善がこの旅に持ち込んでいる解毒薬は血清のみ、蝶の鱗粉に効果があるとは思えなかった。カレアに製薬の知識があるとは思えない、兼善は唇を強く噛んで決断を下した。

 

「カレア――俺を、テントに……っ」

「ッ! は、はい兼善様!」

 

 目に涙を浮かべながら自身の名を呼んでいたカレアは、倒れ伏した兼善の脇に手を差し込んでテントまで引き摺って行く。テントの中に寝かせられた兼善は、何とか震える体で打刀を腰から抜き、自身の直ぐ脇へと置いた。

 

「兼善様、大丈夫なのですか!? 顔色が優れません、それに汗も……っ、どこか痛いところはありませんか!?」

「っ、ふぅ……大丈夫だ、カレア、案ずるな、どうにも、眠気と、脱力の作用があるだけで、痛みはない」

 

 兼善に覆い被さる様な形で顔を覗き込むカレアは、今にも泣き出しそうな声で叫んでいた。兼善は努めて冷静に、何でもないと笑顔を浮かべ安心させようとする。

 しかし今の彼の顔色は酷いもので、その額には脂汗を浮かべている。口も満足に動かせない。

 兼善は明らかにやせ我慢をしていた。

 

「これは、あの蝶の鱗粉だ、あれに恐らく……毒が、入っていた」

「蝶の鱗粉……!」

 

 兼善の言葉を聞いたカレアは、「ならば薬を……ッ」と口にして、しかし何の薬を投与すれば良いのか分からず閉口した。風邪ならば幾らか異なる種類の薬を揃えていたが、毒に関する薬など持ち込んでいない。

 奇しくも先の兼善と同じ思考をカレアは辿った。

 

「薬はない、自然回復を待つしか――すまない、カレア、意識が……もう」

「っ、兼善様? 兼善様!」

 

 兼善は何かを言いかけて、しかし途中で瞼を閉じてしまう。強烈な眠気と脱力状態に精神が敗北し、そのままカクンと首が落ちた。

 カレアが思わず縋りつき、その肩を揺する。しかし兼善が再び目を開く事はなく、最悪の想像にサッと血の気が引くカレア。その胸元に耳を当て鼓動を確認し、ただ気を失っただけだとひとまず安堵した。

 兎に角、兼善が死ぬような事だけは避けなければならない、何が何でも。

 

「兼善様が――どうしよう、どうしよう……!」

 

 しかし、自身の最愛の人が倒れたという事実は予想以上のプレッシャーを彼女に与えた。兼善は自然回復を待つと言っていたが、本当にそれで治るのか? 最悪それで治らず、兼善が息を引き取ってしまったら死んでも死にきれない。

 カレアは兼善に覆い被さったまま、必死に思考を回した。

 

「看病、まずは熱さを何とかするべき? 濡れタオル、えっと水と、薬が駄目ならご飯、栄養のあるもの……!」

 

 昼ご飯をまだ食べていないと気付いたカレアは、一先ず兼善に食事をさせようと思い立った。薬が無いのであれば兼善の体内にある抗体に頼るほかない。ならばこそ、栄養は何よりも重視されるべき。

 カレアは先程まで釣りをしていた川の前に立つと、無造作に捨て置かれた釣竿を足で蹴飛ばし、腰から抜き放ったグレートソードを構えた。その表情には焦燥が浮かんでいるが、今はそれ以上に覚悟を感じさせる瞳を見せる。

 

「兼善様の為、兼善様の為、兼善様の為――」

 

 ブツブツと繰り返し何かを呟きながら、カレアは剣を大きく上段に構える。川の中には複数の魚が泳いでおり、カレアがこれから何をしようとしているのか理解していない。

 カレアは肩幅に両足を開くと、ゆっくりと大きく息を吸った。

 

「すぅぅッ――!」

 

 カレアの瞳が大きく見開かれ、それからカレアの全身から闘志が吹き上がる。振り上げられたグレートソードが全力で振り下ろされ、斬撃は川を直撃し、その水面ごと底を抉り凄まじい水柱を発生させた。

 兼善にも見せた事が無い、カレアの全力一閃。

 グレートソードの刃が水滴の中で光り、水柱の中から数匹の魚が軽い音を立てて地面に落下した。更には水柱が収まり、疑似的な雨が降り注ぐ中揺れる水面にはプカリと魚が浮かぶ。カレアの凄まじい斬撃、その衝撃を水越しに受けた魚は意識を失っていた。

 

「やった、上手くいった……!」

 

 カレアは地面に落下した魚と、水面に浮かんだ魚を見て叫ぶ。ぶっつけ本番で突発的な発想から行った攻撃だが、上手く魚を確保する事に成功した。カレアはグレートソードにこびり付いた水滴を払い、そのまま腰に差す。そして地面と水面に横たわっている魚を回収し、再びテントの中に戻った。

 

「お魚、獲ったのは良いけれど、どう調理したら……」

 

 両手に抱えた魚を袋に詰め、それから兼善の前でどう料理するべきか考える。兼善と釣りをしていた時はそのまま焼いて食べる気でいたが、今の兼善にそのまま食べさせるのは無理だ、ならば消化に良いモノを――確か粥と言ったか、カレアが病を患った時はそれを食べさせてくれたと聞く。

 

「御粥、確かお米を炊いて、水でふやかす感じの……」

 

 少ない知識の中から大雑把に粥という料理の情報を引き出す、旅を始めたばかりの頃、米を食べさせてくれた兼善が幾つかレパートリーを口にしていた事を思い出した。朧気ではあるが、確かに覚えている。

 カレアは思い立つや否や銑鉄の荷の中から米を探し始めた。

 探している内に幾つか材料は見つかるモノの肝心の米が中々見つからない、まさかもう無くなってしまったのかとカレアが顔を顰めた時、不意に小さな袋を見つけた。中を見てみれば少量の、それこそ一人分程度の米が入っている。

 兼善が保管していた最後の一袋。

 

「あった!」

 

 見つけた小袋を握り締め、カレアはアルマイト容器を準備する。後は焚火の用意を行い、容器の中に水を入れて米を投入。下から炙って炊けば、三十分後に少し水っぽい白米が出来上がった。カレアは一粒口に含んでみるものの、水分を多量に含んだソレに眉を寄せる。

 

「これが、粥……なの?」

 

 何かを激しく間違っている気がする。

 しかし今更戻る事は出来ないと、カレアは椀に米をよそって、その上に魚の身をまぶす。

 白米を炊いている内にカレアが魚を捌いて用意したものだ、彼女に魚を捌いた経験など無かったが、「取り敢えず頭を切り落として、真ん中から掻っ捌いて、内臓と骨さえ除ければ大丈夫な筈」という理論で実践した結果だった。

 兼善が魚を調理している場面を、見様見真似で真似したものだ。

 それの上に適量塩を撒き、兼善の元へと持っていく。

 

「兼善様――」

 

 カレアは兼善の上半身だけを起こし、スプーンで粥を掬い口元へと運ぶ。しかし兼善が口を開く事はなく、無理矢理食べさせ様にも歯が閉じてしまっていた。

 何度か唇に押し付けてみるものの、スプーンの先端がカチカチと歯に当たるだけ。

 カレアは一度スプーンを下げ、逡巡した。

 

「……なら」

 

 ぐっと顔を引き締め、僅かに頬を赤くしたカレアは、兼善に食べさせる筈の粥を自分で頬張る。そのまま何度か咀嚼し、飲み下す前に兼善の頬を掴んで口を開けさせ、そのまま顔を近づけた。

 

「んっ」

 

 口付け。

 兼善とカレアの唇が触れあい、そのまま歯を割って舌が口内を這う。そしてカレアは口の中にあったものを兼善の口内へと流し込み、そのまま舌で押し込んだ。

 流石に喉に詰まらせるのは拙いと兼善の体が思ったのか、口内にあった粥を飲み込む。その様子を見てカレアは喜び、それから恥ずかしそうに俯いた。

 

「……本当は、もっと別の形でしたかったですけれど――んっ」

 

 兼善が咀嚼出来ないのであれば、自分が代わりを務めるまで。

 カレアが粥を口に含み、咀嚼し、兼善へと口移しする。それを何度も繰り返し、カレアは椀ひとつ分の食事を全て口移しで食べさせた。

 カラン、と椀にスプーンを放ったカレアは兼善を毛布の上にゆっくりと寝かせる。そのまま適当な布を一枚手に取り、水筒から水を滲ませて兼善の額に乗せた。

 

「――次は意識がある時に、お願いします」

 

 頬を赤らめたカレアは、聞えもしない言葉を呟く。

 それから容器とスプーンを川で洗った後、グレートソードを手にカレアは焚火の前に座り込んだ。倒れた兼善の前では取り乱してしまい、冷静な思考が出来ないと考えたのだ。

 口移しは口移しであり、それ以上の何でもないのだが、今のカレアは接吻の余韻に浸っている。しかしながら今は緊急事態、軽く川で顔を洗ったカレアは思考を改めた。

 

 考える、ただ考える。

 この後の行動、自分が何をすべきかを。

 

 兼善は自然回復を待つと言っていたが、その間カレアはただ待つだけになる。正確に言えば動けない兼善の護衛だろうか。

 だが自然回復で完治するという保証はなく、カレアの理性と本能がソレでは駄目だと叫んでいた。

 

 薬が要る、解毒薬だ。

 

 それさえあれば兼善の回復は確実であり、確かな安寧を得られるというもの。

 しかしながらカレアに製薬技術などないし、そもそも知識が無かった。あの蝶の名前も知らず、毒に効く薬を作る材料も、どうやって作るかも知らない。そもそも本当に薬があるのかどうかも怪しい。

 

「けれど、あの蝶が毒を持っているなら、絶対に知られている筈――」

 

 魔の国の住人、いつぞやかに逢った行商人の様に森を通る者、或は森に住まう者がいる筈だ。そんな彼らが蝶の毒について知らない筈が無い、つまり彼等ならば薬についても知っている可能性があるという事。

 問題なのはどうやって彼らと接触するか。

 カレアと兼善は森に入って随分経つが、未だに先の行商人以外と接触した事が無い。それだけ人が少ないと言う事なのか、或はそもそも町や村が無いと言う事なのか。どちらにせよ適当に歩き回った所で運良く発見できるとは思えなかった。

 

「なら……誘き出すまで」

 

 見つけられないのならば、見つけられるようにすれば良い話。

 こちらか見つけに行くのではなく、向こうが勝手に近寄って来る様な策を考えれば良い。カレアは深く考え込んだ、発想自体は悪くない筈だと、少なくとも自分の足でやたらめったらと探し回るよりは絶対に良い。

 その時、カレアに悪魔的発想が浮かんだ。

 

「森を焼く……?」

 

 カレアが思いついた策は、森に火を放って焼くと言うもの。

 焚火の煙や炎程度では見つからない、それは経験済みである。ならばもっと大規模な、それこそ森の一角を焼き尽くす様な炎であればどうか?

 きっと気付く筈だ、そしてソレをどうにかしようと人が集まる。自分から探しに行かなくとも、勝手に見つけられる。

 

「………」

 

 だがそれは、カレアの矜持を著しく傷つける行為だった。森を焼くと言う事は即ち、森の民から安住の地を奪い、生態系を狂わし、森の恵みや自然を壊す行為に他ならない。それを己の手で、他ならぬ私欲の為に働くのだ。

 カレアは迷い、苦悩した。

 森を焼き払うという行為が兼善の命を救うならば、きっと自分は迷い、苦悩し、死ぬ程考えた果てに、恐らく実行するだろう。今も、兼善の命が救えるのならば構わないという気持ちが確かにある。

 けれど、それだけは駄目だと叫ぶ自分も確かに存在した。

 性格が、矜持が、信条が、それを許さない。

 

「――なら焚火は?」

 

 森を焼き払わずとも、複数の焚火を設置し煙を上げる。一つ二つ程度ではない、もっと数を集めるのだ。十や二十、三十と数があればどうか? 森林が燃えていると勘違いはしないだろうか?

 それならば現地の住人を誘き寄せるに足るだろう。

 兎に角誰か一人でも気付けばよい、その一人を足掛かりに情報を集められれば万々歳だ。

 

「銑鉄!」

 

 カレアは立ち上がり、グレートソードを掴んだまま銑鉄の名を呼ぶ。

 銑鉄は呼ばれるや否やカレアの傍へと駆け、そのまま背を差し出した。軽やかな動作で銑鉄に乗馬したカレアは、そのまま銑鉄に掴まりながら告げる。

 

「此処の住人を誘き寄せて、兼善様を助ける、協力して、銑鉄――加減は要らない、兼善様は意識が無いから、全力で、出し惜しみはなし、風の如く駆けなさい」

 

 必要なのは速度だ、森を縦横無尽に走り回り焚火を設置していく。そのまま無数の煙を立ち昇らせ近付いて来た奴を捕え薬を頂戴する、或は情報でも良い。

 兼善が息絶える前に、迅速に、正確に。

 カレアの言葉を聞いた銑鉄は嘶き、その瞳に赤色を灯す。

 銑鉄の足がミチミチと音を立て、その鬣が逆立った。

 

「さぁ行きましょう――全ては兼善様の為に……!」

 

 

 




 連続投稿です、やったぜ。
 学校? 知らない子ですね。
 
 一話に纏めようとしたら「15000字」とか言うぶっ飛んだ文字数になったので、二つに分けました。丁度良いシーンで区切れたので良かったです(小並感)
 という訳で今話はカレア話・前半でしょうか。

 そろそろ終わりが近付いてきましたが、これ下手すると今週中に完結出来たりするんだろうか……? 今の執筆文字数は12万6千字程度なので、あと2万5千ですね。
 森を抜けたシーンまでは書いたので、あとは決戦シーンだけです。
 最初と最後しかプロットのないグダグダ仕様ですが、いつもの事なのでスルーして頂けると幸いです。

 因みに感想欄で褒められてめちゃんこ嬉しかったです、ありがとうございます。
 私は単純にこの小説の物語を楽しんで欲しいし、ヤンデレと言う属性を持ったカレアを見て「可愛い」と思って頂ければ、それだけでもう満足です。
 
 両方楽しんで頂けたなら最高ですがね!
 
 という訳で日々精進して参ります。 次話も近い内に投下しますね。

 
 
 
 

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