東の剣聖   作:トクサン

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出立の日

 人々は自分を剣聖と呼ぶが、別になりたくてなった訳ではない。

 

 東の国の武士として生まれた自分は、常に西の国、魔の国との戦場に立っていた。

 魔の国が送り出すオーク、ゴブリン、トロールと言った兵士。

 西の国から送り出される騎士。

 それらを二国に対して圧倒的に小国である東の国が相手取るのだ、武士は数が少ない、弱くては一瞬で殺されてしまう、故に生き残りたくば強くなるのは必然であった。

 

 数で劣る東の国は、一人一人が多くの敵を屠らねばならなかった。

 一人で何人もの敵を相手取るのは日常だった、右から左から、無数の刃が迫りくる。そんな中で生き残っていく内に無駄に剣技だけが鍛えられた。死なない為の剣とでも言うのか、幸い自分には剣の才があったらしい。

 

 幾度も戦場を切り抜け、気が付けば軽徒でしか無かった自分は平士に格上げされ。

 更に修羅場を潜った頃には平士から陣衛衆に成り上がり。

 経験した戦場が五十を超えた頃には、抜刀陣若頭という地位に座していた。

 

 そして二十五歳の夏期。

 魔の国の大攻勢によって第五十三代剣聖が討死。

 そうして次代の剣聖として抜擢されたのが――自分であった。

 

 まさかとは思ったが、周囲を見渡した時、自分より強い武士は誰一人として居なかった。強くなる為、一心不乱に剣を奮った自分がいつの間にか最強になったのだ。

 その時から自分――藤堂兼善は剣聖の紋章を背に負った。

 

 剣聖の地位に座してから、前にも増して魔族の攻勢が激しくなった。西の国からの攻撃は無く、向こうも魔族の攻勢を防ぐのに手一杯の様だった。

 無数の大群、我が東の国は西の国、魔の国との間に海を挟んでいるが、しかし彼らの船を止める手立ては前回の大攻勢で失っていた。投石器も矢も防船槍も鉄網も無い。

 

 ならばこそ、先陣を斬るのは剣聖の役目。

 

 そこから幾度も魔の国が襲い掛かって来た。

 先に小国である東の国から仕留めようと考えたのか、連中は四魔将を全て我が国に仕向け、魔の国の攻めは西の国以上に苛烈を極めた。しかし、東の国の武士は死を恐れない。否、誰よりも死を恐れているからこそ、死に正面から立ち向かった。

 

 凡そ三ヵ月に渡る大攻勢。

 幾度も戦場に出向き、剣を交え、斬り、斬られ、やがて兼善は。

 

 四魔将を全て斬り伏せ、魔の国を撃退する事に成功した。

 

 最強と呼ばれる剣聖の誕生である。

 

 

 ☆

 

 

「女の子とイチャイチャしたい」

 

 剣聖こと兼善は割り振られた剣聖用の個室で、そんな事をボヤいていた。場所は東の国、中央本殿、東の国の王である天皇が座す場所。その為警備は厳重であり、剣聖である兼善もまたその警備の一員に数えられている。

 

 兼善は今年で二十六になる、しかし未だに下半身の刀を抜いた事が無かった。あるのは模擬戦ばかりで、未だに実戦の経験は無い。

 確かに強くなる事には拘っていたが、人並みに性欲もあるし、女性とイチャコラしたいという願望もある。いや、少し嘘を吐いた、人並みではない、人並み以上だった。

 剣聖になればモテると思った、実際モテている。

 自分でも言うのも何だが、顔の造りだって悪くない筈だ。

 

 しかし、兼善は気付いてしまった。

 仮に今アピールをしてくる女性と付き合って、破局してしまったら、気まずい何てモノではない。しかも今の兼善にアピールして来る女性は大抵が上級武士の娘であった、傷物にした挙句「結婚できましぇん!」なんて言った日には、結託した権力によって地位を剥奪されてしまう。

 剣聖は将軍以上の地位に在るが、兼善自身は後ろ盾も何も持たない剣技だけの男である、(まつりごと)や腹芸とは縁遠い生活を送って来た、それが魑魅魍魎とも言える上級武士の家柄出身の長女を捨てたとなれば。

 

「もぅ無理」

 

 兼善は涙に沈んだ。

 同国の女性に手を出す勇気がない現状に涙を流すしか無かった。

 

「兼善様、兼善様!」

 

 涙の海に沈んでいた兼善の元に、ドタドタと荒々しい音が鳴る。何事かと顔を上げれば、「失礼します!」という声と同時に襖が開け放たれた。廊下に正座し、頭を下げていたのは剣聖の身の回りの世話をする女性の一人。

 

「どうした、何かあったのか」

 

 能面の様な表情で剣聖は問う。

 女性は給仕用の和服に黒髪の栄える素朴な美人だ。

 内心では、「あぁ~彼女が武士の家柄じゃなかったらなぁ」何て下衆な事を考えながら、女性に真顔で対応した。

 女性は平伏した状態から顔を上げると、僅かに喜色を滲ませて言う。

 

「先程、西の国との停戦が実現、魔の国を討つまでの同盟協定が結ばれました!」

「なに……?」

 

 兼善は驚きを露にする。先程までの考えが頭の中から吹き飛んでしまった。

 魔の国の大攻勢から既に一週間、国の修復に追われた東の国であるが隣国である西の国への警戒も緩めていなかった。停戦の話は小耳に挟んではいたが、まさか実現するとは。更に同盟と来た、こればかりは予想外である。

 

「つきましては天皇様より招集が掛かっております、御前に一刻も早く出頭せよと」

「出頭――戦か?」

 

 兼善はいつも肌身離さず持ち歩いている打刀を腰に差し、その刀身を確認。最悪コレだけあれば戦場に赴く事が出来る。兼善は女性に礼を告げると、早足に天皇の元に急いだ、招集命令ならば待たせる訳にはいかない。

 ここ一週間、自室に籠って春画を眺めるか、庭で剣を振るしかやる事が無かったので正直仕事は有難い。ついでに天皇様は美人なので目の保養にもなる、不敬にも程があるけれど。

 

 しかし、天皇様が結婚するとか言い出したら自分は恐らく号泣するだろう。最悪相手を斬り殺しかねない、彼女の将来の夫は羨ましい限りだ、羨ましくて死ね、寧ろ殺す。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「藤堂兼善、参上致しました、遅参、申し訳ございません」

「善い、急に招集した朕にこそ非がある、面を上げよ」

「はっ!」

 

 場所は天皇が人と逢う場合に使用する天座と呼ばれる一室、縦長の造りに左右には傍控えの衛士が六人。天皇は最奥の上座に腰を下ろしている。

 兼善が顔を上げると、長い黒髪に凛とした顔立ちの女性が自分を見ていた。その着物は煌びやかでありながら、雅を損なわない天皇衣。相も変わらず美しい方だ、素直に結婚したい。

 しかし相手は天上人、如何に自身が剣聖という立場に立っていても生まれが違う。兼善は決して目を直視しない様注意しながら、静かに口を開いた。天皇と逢う時に瞳を直視するのは不敬に当たる、尤もこれはこれで胸を直視出来るので良いのだが。

 

「この度の招集、私めに何か勅命があっての事でしょうか?」

「その通りだ、我が国最強――否、世界最強と言っても良い、剣聖である主に頼みがあって呼んだ」

 

 兼善は目を細めながら、小さく頭を下げる。

 美女からのお願いならば喜んで受ける、やる気も百倍という奴だ。兼善が淡々と闘志を張り詰めさせていると、それを答えと受け取った天皇がフッと笑みを浮かべた。

 

「流石は剣聖、臆す事を知らぬか、頼もしい限り――西の国との同盟、主も聞いておろう、此度は魔の国の王を討つために手を取り合う事に相成った、ついては西の国の騎士と共に魔の国へと向かって欲しい」

「――戦、でございますか」

「そうだ、しかし兵は出さぬ」

 

 天皇の言葉に兼善は疑問符を浮かべた。魔の国に攻め入れという事なのだろう、しかし兵は出さないとはどういう事か。兵が無ければ戦は出来ぬ、それは幼子でも分かる事である。

 兼善の疑問を感じ取ったのだろう、天皇は僅かに眉を下げて申し訳無さそうに言った。

 

「此度の攻勢、我が東の国から出す兵は主一人だけとなる」

「はっ――?」

 

 兼善は思わずと言った風に声を上げた、本来は不敬となる行為だったがソレさえも頭に残っていなかった。東の国から出兵するのは自分一人、それはつまり単独で魔の国へと乗り込めと言う事なのか?

 

「知っての通り、先の大攻勢によって未だ国の立て直しが成っておらん、特に四魔将の襲撃を受けた我が国の被害は甚大だ、恐らく主が居らねば国は滅んでいたであろうよ――民の生活も儘ならん、一刻も早い立て直しが急務、なれど西の言う事も分かる、二国を相手にあれ程の攻勢に出たのだ、向こうとて国力を失っている、今こそが攻め入る好機」

 

 言いたい事は分かる、兼善は頷いた。

 恐らく攻勢云々については西から言い出した事なのだろう、この天皇様が民の生活を見捨ててまで攻勢に出るという決断を下すとは、兼善にはどうしても考えられなかった。しかし、西の国と同盟を組んだ今、向こうの言い分を無視する事も出来ない。

 つまりこれは、苦肉の策という奴なのか。

 兵という軍勢を出せない以上、剣聖という最も強い個を出す事で納得させる、そういう類の。

 

「……西の国からは、軍勢を出して頂けるのでしょうか?」

「我が東の知る限り最高の武士を出すと誓った、ならば向こうも下手な騎士は出せぬ、万が一意に添わぬ騎士が来たならば、突き返してやれ」

 

 天皇は取って付けた様な笑みを浮かべ、しかしそれは直ぐに崩れてしまった。

 すまない、この様な難事ばかり頼んで。

 そう言って悲しみの感情を滲ませる天皇に、兼善は深く頭を下げる。

 

「元より、この身は貴女様に捧げたもの、どの様に使って頂いても構いません、剣しか能が無い男でありますが、お役に立てるのであれば望外の喜び――此度の任、確と承りました」

「――朕は主の様な武士(もののふ)を臣下に持てた事、心から嬉しく思う」

 

 兼善の打てば響く様な返答に、天皇はやっと心からの笑みを浮かべた。

 美人には笑顔が良く似合う、それが自身に向けられたモノであればやる気百倍、否、万倍である。体は既に天皇に捧げた、何なら夜の御伴でも何でもござれである。

 魔の国の王だろうが何だろうが、剣の錆にしてくれる、首を洗って待っていろ。そう意気込んでいた兼善であったが、天皇の続く言葉に意識を改めた。

 

「ついては朕も主の忠誠に応えたい、この度の攻勢、成功、失敗問わず主に褒美を取らそうと思う、何か欲するものがあれば言ってみよ、主の望みとあらば何であれ用意しよう、朕に名に誓ってな」

「褒美、でありますか」

「然様、主とて剣聖である前に人であろう、何か欲する物の一つ二つ、無いとは言わせん」

 

 信賞必罰、忠義に報いるは天皇の務め。

 そう言わんばかりの口調に、兼善はぐっと瞳に力を込めた。交差していない筈の瞳に、天皇は熱い何かを感じる。やはり何か欲する物が有るのだろう、一体なんだと腰を浮かせるが、それを口にする前に兼善は再び頭を下げた。

 

「褒美の件、有り難く頂戴しとう御座います、なれどこの身は未だに何も成し遂げてはおりませぬ、何も成さぬ身で褒美を求めるのは武士の名折れ、魔の国の王を討ち、再び祖国へと帰還した折、褒美を口にする事をお許し下さい」

「……主は、何処までいっても忠臣であるか」

「――それが、剣聖の在り方なれば」

 

 どこか呆れた様な表情に、しかし嬉しそうな口元添えて天皇は手を打った。天皇は目の前の剣聖の事を好いていた、その愚直なまでの生き様に、剣しか知らぬと卑下するが自分が知る限り腹に何も抱えず、ただ邁進する男を兼善以外に知らなかった。

 かくあれかし。

 それを体現した男を、どうして嫌いになれよう?

 

「許す、故に剣聖、否、藤堂兼善――朕の一本刀である主に死ぬ事は許されん、魔の国を討つ事以上に、主の(いのち)を守る事が第一の(めい)であると心得よ」

「承知」

 

 深く平伏した兼善を、天皇は熱い視線で眺める。

 当の本人は褒美の話に舞い上がり、飛び上がる事を必死で抑えていた。何でも良いと天皇様は仰った、ならば本当に何でも良いのだろう。

 例えば、そう、例え話であるが。

 

 天皇様、結婚して下さい!

 

 でも良いのだろうか?

 いや、不敬な考えであるとは重々承知しているのだが。しかし、何でも良いと言ったのは彼女自身である、それは即ち彼女自身が褒美の対象であったとしても構わないと、そういう事なのでは?

 

 良し、さっさと魔の国の王をブッ倒して、天皇様に結婚を申し込もう。

 そうして晴れて藤堂兼善の性活――否、生活が幕を開けるのだ!

 我が征く道に曇り無し!

 

 体に闘志を漲らせ、鋭く尖った視線をそのままに退出する剣聖を目の当たりにし、天皇と衛士の面々は、「流石は歴代最強と名高い剣聖、既に魔の王との戦いを見据えているのだろう」と勝手に納得するのだった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 自室に帰還した兼善は遠征に必要なモノを傍仕えに準備させ、自分は戦支度を始めた。最終的な目標が魔の国の王であっても、道中他の兵と戦う事は避けられない筈だ。向こうの土地は広大である、最悪一年以上の時間を過ごす事になるかもしれない。ならばこそ武器や防具と言ったものは厳選しなければならなかった。

 

 材質は軽く、しかし頑丈なモノを用意する。劣悪な環境での強行軍も予想される、ならばこそ武器は鋭さよりも安定して斬れる物を選ぶ。ある程度刃毀れしても、戦えるのならば問題ない。

 兼善の剣技は使う刀を選ばない、最悪ゴブリンが持っている錆びたナイフでも戦える自信があった。

 

 結局兼善は防具を軽甲冑――胴と脇腹、背中、手首、首と口元、腰と脛を守るだけに留める。兜は諦め、腰に打刀と小刀を差した。刀は業物とは言い難い数打ちであるが、鋭さを犠牲に頑丈さを鍛えた一品だ。最悪多少手入れを行わなくても、十二分に戦える刃を備えている。兼善が四魔将を討った時に使った刀だった、何だかんだ言って、褒美で貰った国宝級の刀や業物は性に合わない、唯一無二と言える相棒は欠かせなかった。

 

「兼善様、此方、旅の荷で御座います」

 

 戦支度を終えた兼善の前に、大きな風呂敷を持った傍仕えが現れる。風呂敷は紫色で、表面には剣聖の紋章が縫い込まれていた。

 

「あぁ、ありがとう――随分重いな」

「食料や水、日持ちする物を詰めました、後は野宿用の備品と路銀を少々、最も詰まっているのは皆の希望でしょうか」

 

 笑ってそう言う傍仕えに、兼善は苦笑を零した。

 成程、それならば重くて当然だ。それが自分に果たせるかは兎も角――しかし折角掴んだ天皇様との結婚チャンス、これを活かせずに終わるなど勿体ないにも程がある。せめて魔の王に一太刀浴びせる位の功績は残しておきたい、そうすれば褒美を貰っても文句は言われない筈だ。

 

 荷を肩に背負い、兼善は出立の準備を済ませる。聞けば西の国の軍勢とは東の国の海を渡った先、魔の国の領内で合流する事になっているらしい。魔の国と東の国の前線は、現状誰も居ない無人の荒野となっている。

 最早、魔の国にも前線を維持するだけの国力が無いのだ、その戦力は大陸の中腹に集まっていると聞いている。故に、東の国の対岸は比較的安全な場所と言えた。

 

「では行って来る、留守の間は頼んだ」

「はい、兼善様――無事のご帰還を、どうか」

「任せろ」

 

 如何にも出来る男をアピールしつつ、平伏する傍仕えを背に兼善は本殿を後にした。向かうは魔の国へと船を出す港。そこで船を出し魔の国へと上陸する、航海は時間にして三時間程か。

 

「――待っていろ、魔の国の王よ」

 

 傍から見れば剣聖らしい獰猛な笑み、しかし内心では早く天皇様と結婚してぇと逸るばかりの兼善あった。

 

 

 




 殺人的スケジュールを組む事になったのですが、何とか小説は書き続けてやろうという意味合いで投稿、週一位で更新出来たら良いなと思っています。
 尚、この作品は現実世界に敗北し更新が途切れる可能性があります、その為不定期更新となりますがご了承下さい。

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